4話 聖都
『神々の黄昏
恐ろしい冬が続き、人々は殺しあう
太陽と月が呑み込まれ、星々は天から落ちる
大地は燃え、海は崩れる
世界の終末を知らせるギャラルホルンが鳴り響く
世界蛇が海水を従えて進み、高潮には死者の船が浮かぶ
炎の巨人が神の国へ進軍し虹の橋は崩壊する
死せる英雄たちの軍と巨人の軍が、最後の地、ヴィーグリーズの野で激突する』
-アトリの言葉 バルドルの夢-
西方ユトランドの首都、聖なる都の中枢、奥深くにその場所はあった。厳重な警備に守られた扉の先、『巫女の間』そこで祈るのは選ばれし女性。主神オーディンより血を受けし巫女は、【全知】オーディンの力の顕現によりユトランドの全てを知ることができた。
「感じる…あの盗人、ロキの手の者がこの聖都に入ろうときている…。黒髪、細い目、背は高い、異邦の服、年は成人前後。捕らえるのだ。決して殺してはならん。あの聖宝のありかを聞き出すまでは」
巫女のそばでに控えていた老人は近衛に耳打ちをし、近衛は急いで走り去った。
『巫女の間』は不気味なまでの静寂と憎しみに包まれていた。
「アキ様!聖都が見えてきましたよ」
クロボの声に目を上げる。森からどれほど歩いただろう。遠くに見えるのは灰色の地平。堅牢な城壁、どこまでも続いているほど巨大だ。街の中は一切見えない。アキは城壁を迂回するように周り、街道にたどり着いた。
「入国審査的なのってあったりする?」
「門に衛兵がいますが、特にそういうものはありません。街中にも衛兵はうじゃうじゃいますからね。治安のいいところですよ」
「 ここのぶどう酒はオーディン様のお気に入りでよく来る」「バルドル様の精密な彫像がある」などと、クロボのうんちくを聞いているうちに門が見えてきた。なにやら大きな樽を積んだ荷馬車や修道服を着た巡礼者達。街に入ろうとする人々の顔を衛兵が固まって見ている。アキが門をくぐり抜けようとした時、突然何かに引っ張られた。見れば鎧を着た屈強な衛兵が、鋭い目でこちらを睨み、腕をがっしりと掴んでいる。
「異邦の服、黒髪、成人前後、間違いないこいつだ。連行する」
「ちょ、なに?クロボ!どういうこと!?」
体がぐるりと周り、地面に叩きつけられた。目の前がチカチカする。口の中で鉄の味がした。
「この、おとなしくしろ!」
腹部に鈍い痛み、さらに何度も、腹や顔を殴られる。アキは抵抗していた。こんなところでわけもわからず捕まるなんて冗談じゃない。さらに一撃、強い痛みが頭に走り、意識は朦朧としてくる。
「アキ様、申し訳ありません…」
最後にクロボの声が聞こえたような気がした。そして、アキは意識を手放した。
「…きなよ、はやくおきなってば」
アキがゆっくり目を開けると、そこはなにもない虚無の世界、全ては淡く、靄に包まれているようだった。そこにいるのは見覚えのある顔、むしろ、この世界で知り合いは一人しかいない。
「ロキ…」
「やっとおきたね、半日ぶりかな?すごいでしょこれ。なんかね、契約者には夢を通じて話に行けるんだって!」
絞り出すようにした声のアキとは対照的にに、ロキは嬉しそうにはしゃいでいた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだ。
「君を呼んだのは他でもないんだ。コレ、使い方がわからなくてさ」
ロキが見せたのは腕時計、この世界では使われていないものなのか。頭はボーッとしていたが痛みはない、突っ込むのも面倒になってアキは時計の説明をした。
「時間を見るための道具だ、数字があるだろう?それで一日の時間がわかる」
「すごいすごい!つまり、星の動きを道具にしたものなのか。なるほどね」
興味深そうに腕時計の説明を聞き、頷くロキ。一通り説明が終わるとぴょんと飛び上がった。
「ありがと!じゃあまたね!」
「ちょ、ちょっとまってくれ!今、わけもわからず捕まったんだ。どうなってるのか知らないか?」
「なんかあったかなー…。もしかして聖都にでも行った?あーっ…うん、まだ怒ってるかぁ。えっと、あんまりよく知らないけど、僕、用事を思い出した!それじゃあまたね〜」
「まて、まてって!絶対なんか知ってるだろ!」
アキの必死の制止も虚しく、悪戯っぽい笑みを浮かべて、くるりと一回転し、ロキは消えた。