2話 この世界の結末
『原初の巨人ユミルは多くの子供を産んだ
その中にオーディン、ヴィリ、ヴェーの三人の神が生まれた
三人の神はユミルが悪しき心を持っていることを感じ
ユミルを殺した
その血は大きな川になりあたりを飲み込んで
巨人は二人を残して皆死んだ
生き残った巨人は世界の果てに住み着き
霜の巨人と呼ばれる一族となった
巨人は神を永遠に憎んだ』
-巫女の予言 ユミルの死-
「ロキ様…ロキ様…」
哀れな黒いボール、使い魔クロボ、これがキーキー声の正体だった。アキは座り込み、精一杯優しく聞こえるよう声をかけた。
「まぁ落ち着けよクロボ。ロキもお前を信頼してるから案内役をつけたんだろう?啓示が終わったらロキに返すつもりだ。その時に、役目をしっかりと果たしたって伝えるつもりだよ。だから、まぁ元気出せよ」
自分でもあまり気の利いたことが言えてないと思ったが、これがアキの語彙力の限界だった。クロボはひくひくと小刻みに動いていたが、その動きが止また言った。
「人間…私はともかくロキ様まで勝手に呼び捨てにするとは厚かましいやつだが…いいやつですね…」
「え?あぁすまなかったよ。えーっと、クロボ…さん」
「クロボでいいです。しかしロキ様には敬称をつけていただきます!」
あっさり打ち解けることがでいたようだ。この世界ではいい人の基準が低いのだろうか。
「わかったよクロボ。俺はアキだ。これからどうすればいい?」
アキは自己紹介する。よく考えればロキには名前も名乗ってない。あちらは知っていたのだろうか。
「よろしくお願いしますアキ様。私はクロボ、ロキ様に生み出された使い魔です。ロキ様は腰につけていましたが、あなたがよろしければ腰につけてもらえますか?」
「もちろん構わないよ」
アキはどうやって腰につけるのかわからなかったが、すぐに解決した。クロボを腰のベルトの横に持って行くと、スライムのようにくっついて離れなくなった。重さもほとんど感じなかった。感心していると、クロボが真剣に話し出した。
「啓示にあった三人の子供たち。これは非常に難題ですよ。あなたはご存知ないようですが、それぞれ住む場所はバラバラで、ただの人ではたどり着けない場所ばかりです」
アキはやっと気づいた。先ほどの子供、ロキと名乗っていた。北欧神話における高名な神の一人だ。ロキの子供が、元いた世界での北欧神話と同じであれば会うことは不可能に近いことを。
「『世界蛇』ヨルムンガンド、『天呑む狼』フェンリル、『冥界の女王』ヘル、ヘルは氷の国の奥にいますがあそこは死者の国、後の二人はどこにいるのかさっぱりです」
クロボが説明しながら呟いている。アキは耳に入っていなかった。名前は知っている神話と同じ、となると、この世界は北欧神話の舞台になっている可能性が高い。よく考えれば、最後の記憶は『古のエッダ』の中に引きずりこまれるところだった。それにロキも異世界から招き寄せたと言っていた。嫌な予感がした。ロキの言葉とクロボの言葉。
「クロボ、フェンリルは捕まってるんじゃないのか?」
「?いいえ、捕まっていませんよ、一度捕らえましたが難なく鎖を引きちぎりました」
間違いない。考えは確信に変わっていた。ロキがトールの妻の髪の毛を全て剃り上げた逸話は有名なものだ。あの後ロキはトールに責められ、新しい魔法のカツラを小人に作らせる。それをトールに渡し許されるのだ。同時に、グンニグルと呼ばれる槍も作らせることになる。神話の通りなら。
そしてフェンリル、こいつは何度も鎖を破るが最後は魔法の鎖に囚われることになる。まだ自由の身のようだ、つまり神話が今現在進行しているのだ。アキに悪寒が走る。神話の時期関係は不明だが、確実に起こることがある。
ラグナロク、 世界の終わり、終焉の時、神々の黄昏、霜の巨人と神々の最終戦争。ギャラルホルンの笛が鳴り響き、ヴァルハラの館は炎上し、太陽と月は飲み込まれる。オーディンやトールを含むほとんどの神々が倒れ、最後は炎の巨人スルトの剣により世界の全てが灰になる。