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意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
恐ろしい三人の子供達
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1話 目覚め


『ギルヌンガプの北側には

闇と霧に閉ざされた氷の国(ニブルヘイム)があった

氷の国(ニブルヘイム)の真ん中からは泉が湧き出し

寒さに凍りつきながらも雷のような響きをあげて

大きく口を開けたギルヌンガの穴の底へおちていった

ギルヌンガ南側には

炎と熱に輝く火の国(ムスペルヘイム)があった

火の国(ムスペルヘイム)の真ん中には

炎の巨人スルトが煌めく火花を雨のようにこぼし

ギルヌンガの穴の底へ落としていった

遥かな時の果てに氷に炎の熱気合わさり

原初の巨人ユミルが生まれた』


-巫女の予言 原初の生命-


「ねぇ、早くおきなよ。全く、蹴飛ばしてみようか?」

「ロキ様!今少し動いたみたいですよ!」


悪戯っぽい声が聞こえる。もう一人はキーキーっと高いコウモリのような声だ。

頭を振ってゆっくりと体を起こす。自分は図書館にいたはず、それなのに風と大地の匂いを感じる。ゆっくりと目を開いた。そこはいるはずの場所とは似てもつかない場所、緑の葉が視界を占め、立ち並ぶ木々、太陽が木陰を作って揺らめいている。同じ光景が続いている。見渡す限り深い森の中のようだった。


「おはよう異世界からの人間君。僕の名前はロキ。こっちは使い魔のクロボ。君は異世界から来たんでしょ?そうでしょ?」


アキは表情を強張らせ目を細めた。今いる場所も驚きだが、目の前にいる少年、いや、少女にも見える中性的な顔立ちの子供に、なにやら聞き慣れない言葉を言われたからだ。


「すまないが、よくわからなかった。なんだって?異世界と言ったか?」


自分でも平凡なセリフだろうとは思う。異世界転移や転生はありふれている。今ではブームといってもいいだろう。しかしそれは小説や物語の中の話だ。実際にそんなことはありえない。アキは今まで毎回同じような展開の物語に文句を言っていたが、主人公の気持ちがわかる気がした。


「ロキ様になんて失礼な口を!人間の分際で!」

「まぁクロボ落ち着きなよ、実験は成功のようだ。運命の神(ノルン)に感謝しないとね」


またキーキー声がきこえる。周りには誰もいない。満足そうな表情を浮かべている子供の方から聞こえるようだ。アキが困惑しているとロキは話しながらくるりと向きを変え、歩き始めた。


「さてじゃあ行こうか。トールに呼ばれてるんだ。きっと奥さんの髪の毛を寝てる間に全部剃り上げたことについてだと思う。あれは傑作だったなぁ。」

「ロキ様!また悪戯ですか!?トール様の奥方は、髪の毛をなによりも大切にしているとご存知でしょう!」

「きっと怒ってるだろうね」

「ちょっと、ちょっと待ってくれ」


アキは急いで後を追い、ニコニコしているロキを呼び止めた。


「それで、俺は?俺はどうすればいいんだ?ここが異世界かどうかはあまり信じられないが、これで終わりか?もう少し説明があるんじゃないのか?」

「好きにしていいよ、君を呼んだのは特に理由はないから。ノルンの姉妹のとこで面白そうな本を見つけてさ、それを試したかったんだ」

「ノルン様に本をちゃんと返したほうがいいですよ」


ロキはくるりとこちらを向くようにして回り、クスクス笑いながら答えた。


「どういうことだよ…異世界といえば特殊なチート能力とか、魔王討伐の使命とかがあるんじゃないのかよ…」

「使命?君は英雄になりたいの?うーん、僕は人間を眷属にしたことはあんまりないんだけどなぁ。オーディンとかはよくやってるけど…クロボ、どう思う?」

「人間ごときにロキ様の血を与える必要などございません!特にこの男、さっきから礼儀もなく加護を与えるに値しません!」


アキは心の声が言葉になってることに気づかなかった。ロキが言ってることも、キーキー声が言ってることも、夢を見ているような、この非現実的な状況がよく理解できていなかった。


「でもせっかく呼んだなら使うのもいいかもしれないね。その方が面白いかもしれない」

「ロキ様本気ですか!?」

「あぁクロボ、僕は自分に正直なんだ。ほら君、これを飲みなよ」


ロキはごそごそと服から小瓶を取り出し、何かを呟いた後に、自分で一口だけ飲んだ。その後小瓶をアキに放り投げる。急いで受け取ると、またキーキー声が喚いてるのが聞こえた。


「ロキ様!考え直してください。契約や啓示のことを考えてますか!?神々の協定に従ってこれらは、やらなければいけないことなんですよ!」

「えぇ、めんどくさいなぁ」


アキはなんとなく、風向きが怪しくなってきたことを感じ取って急いで小瓶を飲み干した。目の前の少年、いや少女か?子供は、感情ですぐに決める性格のようだ。めんどくさいからやっぱなしでとも言いかねない雰囲気である。


「飲んじゃったね」

「なんてことですか…」


キーキー声の主はうなだれているようだが、ロキは嬉しそうに笑っている。


「仕方ありません。ロキ様、古き同胞の盟約に従い、契約をお願いします」

「え?なにすればいいの?」

「血を与える対価として、契約者から代償を受け取るんです!自身の魂だったり、大切な友人や家族、恋人、君主であれば国、宝石や魔法の道具などですね」


「全くなぜ知らないんですか」とキーキー声が文句を言っている。アキは冷や汗をかいていた。自分は何を取られるのだろう。聞く限り、自分の魂くらいしかこの場で差し出せるものなんてない。もちろん、魂を渡すなんて考えたくもないが。


「ふーん、じゃあその腕についてるやつちょうだい」

「え?これ?」

「うん、それ、それいいね」


ロキが求めたのは腕時計だった。高級なわけでも、親の形見でも、恋人からの贈り物でもない。大した思い出もない。腕時計はあまりつけない主義で、たまたま今日はつけていただけのもの。アキは魂や国と同じ価値があるとは思えなかったが、腕時計を外して手渡した。


「おー、なかなかいいじゃん」

「ロ、ロキ様、そんなものでよろしいのでしょうか?」

「羨ましい?いいでしょー!」


腕時計をつけたり外したりして無邪気にはしゃいでいる。キーキー声の心配とは裏腹に満足そうだった。


「で、では啓示をお願いします」

「えーまだあるのー?啓示ってなにするの?」

「ロキ様…。血を与えた人間には、なにをすれば良いのか啓示による使命を与えるのです。絶望に嘆く民の居場所、恐ろしい怪物の住処やそれを打ち倒す魔法の武器の場所だったり、豊作を得ることができる土地を教えるのです。使命を果たせば、契約神、つまりロキ様のことです--が再度契約者の前に現れ、褒美や新たな啓示を与えるのです」


アキはまたもや冷や汗をかいていた。自分には今言われたどれも、教えられてもできそうにない。一体自分に何をさせようというのか。そんな気持ちを察したのか、ロキは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あんまり簡単すぎるとよくないよね…じゃあ、僕の子供に会ってきてもらうってのはどう?」

「こ、こども?」

「そ、三人の子供たち。会えたらまた君のとこ行くから、クロボ、まだ他にある?」

「いえ、もうありませんが、それは少し難しすぎるかと、もう少し詳細に説明をしなければただの人間では不可能でしょう」


キーキー声がぶつぶつと文句を言っている。アキは子供に会うだけならなんとかなるのではと思っていた。別に殺したり、救ったりする必要がないのだから。


「あーもううるさいな!じゃあクロボついて行ってあげなよ」

「え?ちょっとロキ様?本気じゃありませんよね?ロキ様?」

「君!案内役をあげるよ、ちょうどうるさいなと思ってたところだし」


反対の意思を示すキーキー声を無視してロキは服についている黒い何かをアキに放り投げた。アキはキャッチできず、黒い何かは地面に無様に落ちた。


「それじゃあまた会う時まで御機嫌よう。そろそろトールのとこ行かなきゃ、雷が落ちちゃうからね」


ロキはクスりと笑ってくるりと回った。瞬きをするうちに、姿は溶けるように消えていた。

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