鉄塔のとり追い達
猫背の男は険しい顔つきで、雷の方向を見定めている。
すすき野原にいた大人達は、雷に慌てわらわらと屋根のしたへと戻って行く。逆に僕は猫背の男の隣へ立った。
「まずいって、まだ続けるんですか?」
突然の僕の質問に、猫背の男はちょっと驚いた顔で僕を見た。
「あーーあ。鉄塔なんざ、雷がさあ落ちてくれっていわんばかりだしな。だが続けるか、中止にするかは爺さん次第だ」
そう言って拡声器をもつお爺さんに、声をかける。
「親方。どうすんだ」
どうやら親方と呼ばれたお爺さんこそが、この場を取り仕切っているらしい。
「まあ、死人がでる前には止めなきゃならないかもなあ」
この状況にも関わらず、のんびりと親方さんが言う。
僕は気が気ではなかった。
荒れる空では雷がまた光る。光りに照らされて、鉄塔のうえに立ち尽くす二人の姿が、真昼のように浮かび上がった。
「さく兄!」
「はじめ!」
絞り出すような声が僕の隣から発せられた。いつの間に来ていたのか、さく兄の名前を呼んだのはおばさんだ。
「佐久間の家族か?」
僕らの言葉に、猫背の男が聞いてきた。僕は詳しい説明なんて面倒で、男の問いかけに頷いた。
「親方!」
猫背の男が再度親方さんを呼んだ時だ。
ひときわ眩い光りが辺りを包んだ。
光りは雷の音が鳴り響いても、空中に残っている。あの白い光りだ!その場にいた誰もが、固唾を飲んで光りを凝視した。
「くるぞ!でかい!」
親方が拡声器で叫ぶ。
「佐久間!牧野!いけ!」
猫背の男が叫んだ。
真白の光りはさく兄の頭上で瞬いた。
牧野というおんなの人には、空いた鉄塔ひとつ分の距離がある。
それが我慢できなかったのか、最後のチャンスだと思ったのか。
光りのなかから白い鳥が飛び出してきた刹那、牧野さんが飛んだ。不安定な鉄塔から、隣の鉄塔へと華奢な躯が飛ぶ。その彼女へ向かって、まっすぐに飛んでいく白い鳥がいた。
牧野さんは躯ごと鳥を受け止める。けれどその足元はなにもない空中だ。鳥一羽と共に、牧野さんの躯は宙へと投げ出された。
このまま地面に向かって落ちていくんだ。僕は凄惨な場面を脳裏に描き、咄嗟に目を瞑った。
「牧野!」
猫背の男が僕の隣をすり抜けて行く。
「鳥を放せ!どうせ一羽じゃあ、鳥追いにはなれねえ!」
走りながら男が叫ぶ。
その言葉に牧野さんが落ちていないと知った僕は、恐るおそる目を開けた。
牧野さんは細い腕で、鉄塔のなか程にぶら下がっている。反対の手には白い鳥を捕まえている。鳥は男の時とは違って、全然いうことを聞く気がないのか、翼を大きく羽ばたかせ、牧野さんの腕から逃れようとしている。
「放せ!牧野!」
男が叫ぶ。
小柄な中年女性が男の背に続いた。動揺で足がもつれている。走ろうとしているのだろうが、何度も転び、終いには四つん這いになりながら、牧野さんに向かって絞り出すように叫んだ。
「ふみちゃん、放して!」
きっと牧野さんのお母さんなんだろう。毛布をもったおんなの人が、さっとお母さんに駆け寄り毛布を肩にかけた。それから立たせようとするが、お母さんは力が入らないのだろう。何度やっても地面に座り込んでしまう。
「五、四、三、二、……」
親方が腕時計を見ながら数を数える。
「早く。早くしてあげて……」
牧野さんのお母さんが縋るように親方さんを見つめる。
「一!」
親方さんの大声が響いた。
「牧野!失格!」