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  鉄塔のとり追い達


 まず一番最初の変化は空だった。

 そもそも今にも降り出しそうな空模様であったのだが、(にわか)にバケツをひっくり返したような大粒の雨が降り注いだ。しかも雨が降っているのは、鉄塔で囲まれた円のなかだけだ。

 彼等を見上げる僕らのうえにも、風にのってぱらぱらと雨粒は落ちてくる。雨粒はベニヤ屋根にあたるとけたたましく鳴り響く。

 地中から顔をだした小人が、屋根のうえでドラムのジャムセッションをしているかのようだ。それほど酷い雨風だった。

 これでは大雨の真下にいる彼等は、たまったものではないだろう。

 次の変化は鳥だった。

 雨と共に、三人の姿を覆い隠す程の鳥だちが、鳴き声も高らかに、雨雲の向こう側からどっとやってきたのだ。

 ぎゃおぎゃおと、辺りはもう耳をもつんざく、鳥たちの甲高い鳴き声に支配された。下から見上げても、鳥たちははっきりと見ることがかなうくらい大きかった。

 カラスなどより余程大きい。鷲や鷹くらい大きな鳥たちが、三人の周りをぐるりぐるりと旋回している。

 終いには彼等に向かってものすごい速さで突っ込んでいく奴まで現れた。

 僕の隣ではおばさんが両の掌を唇にはわせ、息を飲み込んでいる。

 突っ込んできた鳥をかわそうと、反射的に躯をよろけさせたのは、さく兄だったからだ。他の二人も同様だ。いかにも頼りなく鳥たちから身を守っている。

 彼等は風にあおられ、大雨に打たれ、鳥たちを除けるために躯のバランスを崩しながらも、必死で鉄塔のうえに立っている。しかも何かを待っているかのように、その視線は危なげな足元ではなく、空を(あお)ぎ見ているのだ。

 やがて。

 猫背の男が右腕を頭上に構えた。

 なにをする気なのだろう。僕は濡れるのも構わずに、小屋の外へと、まろび出た。僕につられるように、何人かの大人も駆け出した。

 猫背の男の真上で、しろい光りが()ぜた。爆ぜた光りのなかから、真っ白な、輝くばかりに艶やかな羽をもつ鳥たちが飛んでくる。

 しろい光りの鳥たちは優美な躯とは裏腹に、他の鳥とは比べ物にならぬ速さで、それはもう無茶苦茶に飛び回る。

 猫背の男の真横から、彼の躯にぶつかっていく奴までいる。痩躯(そうく)の為か、衝撃にたたらを踏みそうになりながらも、男の右手がぶつかってきた鳥を捕らえた。

 それは一瞬のことであった。

 見物人のなかから、「おお」とか「ああ」という、感嘆の溜め息があがる。

 猫背の男は更にもう一羽を器用に左手で捕まえる。まるでもうすばしこい、猫のような動作であった。

 男は両手に一羽ずつの光りの鳥を頭上高くに(かか)げたかと思うと、鉄塔のうえで跳ね上がり、次の瞬間には空中に身を踊らせた。

 僕は男が足を滑らせ、落下するのだと思った。

 けれど僕の悲観的な予想は大いに外れた。

 空中で男はふわりと浮かんだかと思うと、そのままゆらゆらと、降りてくる。

 鳥だ。

 二羽の光りの鳥が、男の翼となり降りてくる。

 鳥たちは先ほどとは打って変わって大人しい。まるで男にかしずく下部(しもべ)だ。羽をまっすぐにぴんと伸ばし、雨風をものともせずに飛んでいる。

 そうして呆気にとられている僕らの前に、男は降り立ってきたのだ。



 その時すすき野原にいた、ほとんどの人達が、猫背の男の元へ駆け寄った。僕も走って行った。

 近づくと、男は全身から水を滴りおとし、まったくの濡れ鼠状態だった。服からでている顔だの手の甲には無数の傷跡があり、そこから血がにじんでいた。

 拡声器を片手にしたお爺さんが、「合格者一号!」と大きく叫んだ。

 男はにやりと笑うと、右の拳を高くあげた。男を取り囲んだ人々から一斉に歓声があがる。

 いつの間にか、しろい光りの鳥はどこにもいない。変わりに男の足元には二人の幼子が(うずくま)っている。ふたりそろって、裸ん坊だ。ふたりの幼子はしっかりと手をつなぎあい、きらきらとした瞳で辺りを見渡している。

 男がひとりの子の頭に片手を置いた。

「この子が、ほし」

 低い、(おごそ)かな声で言う。もう片方の頭に空いている手をのせて、「この子が、はこべらだ」

 どこから現れたのか、おんなの人が毛布を持ってきて、裸ん坊のこども等をくるくると包むと、そのまま連れて行った。

 男は地面にどっかと座り込むと、かたわらに立つお爺さんへ声をかけた。

「ひでえ、雨風だ。落ちるかと思った」

「ああ。しかし(いかずち)が鳴らないだけましだろう」

「そう思ってさっさと捕った。しかし二人は難儀している」

 その言葉に僕は躯を強張らせると、頭上を再度仰いだ。

 残る二人はまだ鉄塔のうえだ。

 雨風はその強さを益々増していっている。地上にいる僕らの所まで、吹込んでくる。それに伴って、いくつもの鳥の羽がはららと落ちてきた。

 僕は思わずそのうちのひとつを手にとった。

 落ちてきた羽は光りこそ失ってはいたが、しろく、立派なものだった。

 猫背の男の様子を見るに、光る鳥を手にいれると試験に受かり、降りてこられるはずだ。

(さく(にい)!はやく!!)

 僕は羽を握りしめ、さく兄の名を胸のうちで叫んだ。とても声にだすなどかなわなかった。今にもさく兄が足を滑らせて、落下したらと思うと、言葉は喉奥でつっかえて出て来ない。

 知らず足が震えた。

 光りが頭上で点滅した。

 きた!そう思ったのに、しろい鳥は現れず、変わりに耳をつんざく音が鳴り響いた。

 雷だ。

「まずいぞ!」

 猫背の男が、がばと立ち上がった。


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