鉄塔のとり追い達
当日はおばさんの運転する軽自動車に乗せてもらった。
いつもは明るくておしゃべりなおばさんが無口であった。おばさんも緊張しているんだな、と思うと自然と僕も話せなくて、二人して強張った雰囲気のまま現地へ向かった。
烏辻という、聞き慣れない田舎町に僕らは着いた。
ぼうぼうの一面すすき野原だ。
風の強い冬の夕刻で、車を降りると僕とおばさんのコートの裾が派手にまくれ上がった。
「寒くない?」
おばさんが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫」
僕よりもおばさんの方がずっと寒そうだった。風に乱れる長い髪の毛を片手で押さえて、立ちすくんでいる姿は頼りなげに映った。
僕達以外にも来ている人たちはぽつぽつといた。すすき野原に様々な車が不雑作に止められた。しろ。くろ。おれんじに、黄緑色の車まであるのに、どういうわけかどれもこれもくすんで見えた。
天気のせいかもしれない。今にも雨が振り出し、そのまま雪になっても不思議じゃない天候だった。
車から降りると、皆不安そうな顔で落ち着き無く歩き回った。
僕もつられて辺りを見渡したりした。
「最終試験見学の皆さんは、どうぞこちらへ」
突然しわがれた声が辺りに響いた。
ちょっと押したら簡単に倒れて、そのままぐしゃりと折れそうなお爺さんが、拡声器を片手に立っている。元気なものでこの寒空に半袖姿だ。
「さ。こっち。こっちだ」
お爺さんについて、皆でぞろぞろと移動する。
連れられて行ったのは、ベニヤ屋根の祖末な小屋だった。
小屋といっても壁は一枚だけで、細い柱が屋根を支えている様は、バスの停留所みたいだった。最もすすき野原のど真ん中に、バスがやってくるわけがない。
そこで僕らが目にしたのが、円を描くように並ぶ五本の鉄塔であった。
おばさんは真っ青な顔で食い入るように、鉄塔を見上げた。
僕も見た。
その途端ざっと血の気がひいた。僕らが見上げた先にいたのが、さく兄だったからだ。
鉄塔は目もくらむ高さだ。おまけにそこに風は情け容赦なく吹き付ける。
僕なら立つことはおろか、のぼることだって適わないくらいだ。
「ああ!」
おばさんが心配そうに、両の掌を揉みしぼる。
「なんで……?」
僕は縋るように、おばさんの腕を掴んだ。
ちびだった僕はいつの間にかおばさんを追い越していた。見下ろすおばさんは僕の質問に、「これが試験なのよ。おお……!」
そう言うと、おばさんは唇を戦慄かせた。
こんな試験があるものか。さく兄は一体全体どんな職につくつもりなんだ。僕は改めて、鉄塔を見上げた。
うえにいるのは、さく兄だけではなかった。
背の高い猫背の男と、髪の長いおんなの人がいる。二人ともさく兄の半分もないくらい痩せている。
「ただいま、一五時五十六分。十六時丁度に試験を開始します。皆様どうぞお静かに」
拡声器で話すお爺さんの声が辺りに響き渡る。この場所で一番五月蝿いのは間違いなく、お爺さんだった。
僕らも。
周りの人たちも、誰ひとり余計な言葉を発しない。
余計な音をたてたら、世界が壊れてしまうのではないだろうかと、喉からでそうな悲鳴を飲み込んだまま、じっと彼等を見上げている。僕が考えていた暢気な見学者なんてひとりもいなかった。
お爺さんの腕の時計がけたたましく鳴った。
十六時を知らせる音だった。
途端。
鉄塔の上部で、風が一際大きく唸った。どどっと吹き上げる風に、三人の姿が大きく揺れた。