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弐/鉄塔のとり追い達


 僕は佐久間(さくま)さん家のおばさんと二人で、頭上を見上げていた。



 十一月のすすき野原に僕らはいた。

 突然の大粒の雨のなか、おばさんは真剣な顔でコートの衿をぎゅっと掴んでいる。おばさんの指先は力がこもって、まっしろだった。時折抑えきれないように、「ああっ」と悲鳴まじりの声がもれる。

 いつも朗らかな顔は険しくて、今にも卒倒しそうで僕はハラハラしていた。

 でも第三者から見たら、きっと僕も似た様な感じだったに違いない。

 僕らの前にはまるく並んだ五本の鉄塔が立っている。

 すすき野原のなかで、鉄塔は(ゆが)んだオブジェのように見えた。どこの誰が、なんの必要性を感じて、閉じた円の形に鉄塔を立てたのだろう。

 勿論一介の中学生には、理解しがたい奥深い理由が存在しているはずだ。

 現に僕らは無言で、食い入るように、鉄塔を見上げている。



 恐ろしい程の高さにある鉄塔の真上には、人が立っている。それは鉄塔の存在意義以上に、(いびつ)な、信じられない光景であった。しかも鉄塔のひとつに立っているのは紛れも無く僕らが知っている人物。さく兄だった。

 大雨のなか、さく兄の大きな躯が、遥か頭上でぐらぐらと揺れている。

 僕は怖くて目を閉じたかった。けれどそうしたら、さく兄を信じていないように思えて、僕は唇を噛み締めながら鉄塔を。さく兄の更にうえを飛び回る鳥の群れを見つめていた。



 これは僕がこどもだった頃の話しだ。



 仲良くしている近所の兄ちゃんがいた。

 佐久間さん家のにいちゃんで、さく(にい)。と僕は呼んでいた。

 さく兄は躯が大きくて、(たくま)しいひとだった。

 高校にあがるとあご髭をたくわえ、強面(こわおもて)がますます際立った。外見で敬遠されることも多々あったけど、話すとすぐにも世話好き、こども好きの優しさが伝わってくる人だった。

 同学年のおとこの子たちと比べると、ちびで、どんくさくて、体育では置いてけぼりになりやすい僕の頼もしい味方だった。

 逆上がりも、ドッチボールの球の受け方も。さく兄が、とことん練習に付き合ってくれた。

 僕が後年教員免許取得試験で、鉄棒と水泳をパスできたのは、子供の頃にさく兄の手ほどきを受けたおかげだ。

 さく兄が大学を卒業して、遠くに働きにでると聞いた時は、本当に寂しかった。

 僕は中学生になっていて、さく兄のおかげで、小学生の時よりはほんの少しだけ、運動ができるようになっていた。

 けれどそれまで色々と相談に乗ってくれて、力になってくれたさく兄がいなくなるのは、一人ぼっちで取り残された小学校時代を思いださせた。



 さく兄の最終試験の見学に誘ってくれたのは、おばさんだった。

 これには正直びっくりした。

 僕はさく兄がなんの仕事につくのかも知らなかったし、ましてや試験を見られるなんて思いもしなかった。ペーパーテストではなくて実地試験だという。

 それでも人様の試験を暢気に見学に行くなんていいのだろうか。おばさんに聞いてみると、「見学は許可されているの。それにね」

 おばさんは僕の目をまっすぐに見ると、こう言った。

「結構危険なこともある試験なの。一人じゃ怖くて」

 さく兄にお父さんはいなかった。おばさんが仕事をしながら、さく兄を大学までだしたのだ。

 僕は正直びびりだ。

 怖いことならいくらでも想像できる。

 建設中のビルがあれば、資材が落ちてこないか心配になるし、修学旅行の前日にはなにがあっても良いようにと、部屋の大掃除をはじめて、母さんに呆れられた。

 僕のこの性格をおばさんだって知っている。それでも僕について来て欲しいなんて、よほど心細いんだろう。それくらい中学生の僕にだって分かった。だから僕はすぐにも、「行きます」と答えたんだ。


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