捌/掌編うそ話し:イエローいるかサブマリン
一五歳になる夏。
僕らの元には葉書がくる。
葉書のうえでは黄色のいるかが、ウインクしている。
「さあ、おいで」
そう言って、ひれが手招きしているようだ。
みんなが憧れるイエローいるかサブマリンへの招待状だ。
一五の夏だけの特別な二週間が今始まる。
僕らはいるか号に乗り込むんだ。
葉書をもらうと、みんなそわそわと落ち着かない。一生に一度だけの特別な夏だ。行き先は書かれていない。
しかめっ面の大人だって欲しい招待状だ。
昨日の夜。バスルームで父さんは、こっそり口ひげをそり落としていた。
なんでだって?僕に成り済まそうとしていたわけだ。
でも無理だね。
大人たちのノスタルジーで重たくふくれた頭では、あの流線型のいるか号には、のれっこないんだ。
高慢ちきで、世間知らず。
お馬鹿で、騒がしくて、自己中心的。
周りを情け容赦なく傷つけて、だけど自分は傷つきたくない、ナイーブな一五の僕らでなければ、潜水艦に乗る資格はない。
午後二時の。とろりと黄色い夏の午後に、さあ出発だ。
学校のプールから。
運河から。
ため池から。
僕らをのせたサブマリンは自由自在に出発する。誰も僕らを止められない。
一歩乗り込むと、僕らは記憶喪失の二週間を過ごすんだ。
学校での派閥も。
友人関係も。
成績の上下も。
運動会での活躍具合も。
部活の成績も。
全部いっぺん白紙に戻して。僕らは自分自身をわすれた二週間を過ごす事になる。
持っていけるものは、ひとつだけのリュックに詰め込めるものだけ。
パイナップルキャンディーに、チーズクラッカー。
小ぶりのナイフ。
カメラにノートと二十四色のペン。
真っ白の海図。
文庫本は一冊だけ。
派手なTシャツに、あるだけの小遣い。
お気に入りのスニーカーを履いて、胸ポケットには招待状を忘れずに。
今朝だって大学生の姉さんが、狙っていた。けれど黄色のいるか号に、マスカラでばっちりきめている姉さんと、恋を語たれる男はいない。僕らはまだてんで子供だから、諦めた方が無難だね。
そら。
僕の脚はぐんぐんと駆ける。
歩道も車道も関係ない。
前に立ち塞がる余計なものは、全部とっぱらって走って行く。
そら。
駅前広場の噴水に黄色のいるかが浮かんでいる。あれが僕のイエローいるかサブマリンだ。
いってきます。
誰にともなく、はしゃいだ声でそう言って僕はするりと乗り込んだ。
ばいばい。
僕の名前。
僕の二重螺旋。
ちょっと好きだったおんなの子。
悔しくて。
恥ずかしくて。
泣きたくなって。
枕に八つ当たりした夜もあったけど。
テスト用紙と、勝手に押し付けられる僕らの進路。
まるきしの白紙に戻って、僕ら自由な夏に出かけるんだ。
完/原稿用紙換算枚数 約四枚
小説構成練習としての掌編第一弾/お題「イルカ」