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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望と希望の魔法

ダークな話です。

「よお、見ない顔だな」

「ああ、今日初めてこの町に来た」


 町に入って最初の酒場に入ると、奢りの酒だとビールを差し出されて話しかけられた。

 いかつい顔だったが、人の良さそうな笑顔に俺は気を良くする。

 礼を言ってビールをあおった。


 この町から俺の物理チート物語が始まるのだ。

 力こそが正義。

 せっかく転生したのだ。大剣でばっさばっさとモンスターを切りまくる憧れていた剣士になりたい。

 名前はかっこよくジャスティスにした。


「魔法は何属性が使えるんだい?」

「魔法?」


 名前や職業を聞かれた後、唐突に魔法を使える事を当然とした質問をされた。

 転生を手伝ってくれた神様はごちゃごちゃと渋っていたが、物理チートにして貰っていた。


「まさか魔法が使えないんじゃないよな?」


 目の前の人の良さそうな笑顔が一瞬にして鬼のような顔になる。

 目が釣りあがり、俺に憎しみで一杯というような目を向ける。

 酒場の周りの人間が一斉に立ち上がり、無数の目が俺を睨んでくる。


 ………どうなってるんだ。


 俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

 立ち上がって後ずさると、後ずさった分だけ俺を取り囲む輪が迫ってくる。




++++++++


 僕の名前はレオン・タージ・ノクリス。7歳だ。

 伯爵家の長男だった。

 何故、過去形かと言うと伯爵家から消されそうだからだ。


 魔法が使えないものは人間ではない。

 5歳の時の魔力測定で何の魔法の力も認められなかった。

 幽閉か処刑かだ。

 僕は貴族だったので、処刑は免れた。

 でも、一思いに殺してくれたら良かったと思う。

 後少ししたらお母様が来て僕を叩きに来る。

 人間ではない僕は叩かないと駄目なのだそうだ。


 憎い憎い憎い。

 お母様が憎い、お父様が憎い。

 ノクリス家が憎い。この国が憎い。

 この世界が憎い。

 人間が憎い。

 昔、魔法使いを捕らえた人間が憎い。

 魔法を使えない自分が憎い。


 僕は全ての国民が読む事を義務付けられている歴史書を本棚から手に取った。

 狭い部屋の中では本を読むぐらいしかすることは無い。

 僕は歴史書を読み、憎しみの炎で心を一杯にする。




 ---はるか昔、貧しかったこの国や世界には魔法を使える者はいなかった。

 人の形をしては居たが、魔法を使えない悪魔で溢れ返っていたそうだ。

 やがて、悪魔たちの中に善良な魔法を使える人間が生まれ始めた。

 神が貧しい世界を哀れんで魔法を使える人間を遣わしたのだという。

 善良な魔法使い達はその魔法を悪魔どもにも使ってやり、世界を豊かにしたという。

 怪我や簡単な病気を治したり、簡単に火を点したり、水を恵んだり、鉄や金を精製したりした。

 魔法使いたちは限りない愛情を悪魔どもにも注いだ。


 だが、当然の事ながら魔法を使えない悪魔に裏切られる。

 数少ない魔法使いたちは捕らえられ拘束され、少しの自由も許されずに人質を取られた。

 そして、魔法だけを唱えさせられ続けた。

 疲れても休むことは許されず、魔法を唱えるだけの奴隷とされた。


 来る日も来る日も魔法使いたちは、

 回復呪文を唱え続け、

 空間魔法で異空間に荷物を整理し続け、

 掃除し続け、

 火を点し続け、

 他を攻撃したりあるいは守ったり、

 殺したり殺されたり、

 痛め続けられて………


 とうとう神を呪った。


 それは魔法使いの数がある程度増えた時だった。

 魔法使い達は、

 仲間にだけ回復呪文を唱え、

 空間魔法に人の形をした悪魔を閉じ込め続け、

 悪魔を跡形もなく綺麗に掃除し、

 悪魔に地獄の火を点し、水に流し、

 魔法を使えない悪魔を攻撃して殺し続けた。


 人質は諦めた。悪魔に囚われた時点で死んだも同然な事に気づいたのだ。

 

 そして、世の中は善良な魔法使いだけの優しい世の中になった。

 お互いの為にそれぞれの魔法を使い、感謝しあう。

 神は魔法を使えない悪魔を殺すように、地上に魔法使いを遣わしたのだと納得した。

 魔法を使えない者は悪魔だ。

 閉じ込めるか殺すかしかない。




 ---僕は何百回も読んだ本を元通り本棚にしまった。

 お母様の足音が聞こえる。

 また鞭で叩かれるのだろう。

 僕には両親の魔法使いの炎の血が流れているのに、何故魔法が使えないのだろう。

 僕は悪魔の落とし子なんだろうか。

 

 ---何回も何回もお母様が僕を鞭で叩く。

 もう痛い気持ちも麻痺した。

 ただただ憎い。

 最近はそれだけだった。

 ふと、鞭がとまる。

 どうしたんだろう、と僕はお母様を見上げた。

 ………ああ、お母様は黒い炎に包まれていた。


「お母様!」


 笑いながらお母様は燃えている。

 黒い艶やかな炎が母様の美しい黒髪や白い肌を焦がしていた。

 僕が驚いて声を掛けると、炎は跡形もなく消えた。


「レオン! よくやりましたね!」


 髪が焦げた嫌な臭いが充満している。

 美しい髪は焦げ全身に火傷を負ったお母様はにっこりと笑って僕を抱きしめた。

 僕はただただ呆然としていた。


「ディアナ! 魔法の反応が!」


 だいぶ昔に見たきりのお父様が部屋に飛び込んでくる。

 火傷を負ったお母様を見て、僕をお母様と一緒に抱きしめた。


「やっぱりお前は悪魔じゃない。私たちの子だった」

「ええ、この焦げた私が証拠よ」

「闇の炎だな。炎と闇の属性があるなんて、さすがは我が子だ」

「ふふっ」


 お母様とお父様が僕を挟んで微笑みあう。

 お母様は時々痛そうに顔を顰めたが、嬉しそうに顔を輝かせていた。

 火傷を負ったお母様が痛々しい。

 僕は無意識にお母様に手をかざしていた。

 すると、僕から何かが抜けていくような感覚がした後、お母様の火傷がみるみる治っていく。

 髪は残念ながら焦げたままだった。


「おお、生命力を移動する闇の回復術まで」

「レオン、ありがとう」


 喜ぶ両親にあれ程感じていた憎しみが湧いてこない。

 どうやら僕の憎しみは炎となって燃えてしまったようだった。

 代わりに喜びが沸きあがってくる。

 僕は悪魔じゃなかったのだ。



++++++++++



「誰か助けてくれ!」

 酒場で取り囲まれた俺は一目散に酒場を飛び出した。

 酒場からいかつい男たちが追いかけてくる。

 大勢で追いかけられて、噴水がある広場でまたすぐ取り囲まれてしまった。

 男たちは剣に杖に大金槌にと様々な武器を持っている。

 この世界はどうなってるんだ。

 この異世界で俺の物理チートの物語が始まるんじゃなかったのか。

 じりじりと取り囲む輪が狭まっていく。


「そこで何をしている!」


 涼しげな男の声が響いた。

 振り返ると、白い馬に乗った軍服のような服を着た若い男がこちらを見ている。


「領主様!」

「ノクリス様!」

「魔法を使えない怪しげなやつです」

「魔法が分からないみたいで」

「ノクリス様の手は煩わせません!」

「悪魔かもしれない」


 俺を取り囲む男たちが口々に若い男に訴える。

 若い男は苦々しげな顔をして馬を降りこちらに向かってくる。

 黒髪に黒い目の端正な顔をした男だった。


「私はレオン・タージ・ノクリスだ。ここの領主をしている。あなたの名はなんという?」

「………ジャスティス」


 レオンと名乗った男の真剣な眼差しに、急に名前を名乗るのが恥ずかしくなった。


「ジャスティス。聞きなれない名前だ。我が領民が無礼をしてすまない」

「いえ………ここに来たばかりで慣れなくて」


 物理チートだと浮かれていた頭が冷えてきた。

 この世界では魔法が重要らしい。

 これだけ魔法を連呼されれば流石に分かった。

 同時に冷や汗が出てくる。

 俺は神様に魔法を貰わない代わりに物理の力を強くしてもらったのだ。

 どうなってしまうのだろう。


「落ち着いて」


 俯く俺にレオンが優しく声をかける。


「職業は?」

「剣士だ」


 剣士、と聞くとレオンが少し首を傾げた後、ハッとした表情をした。


「剣士という割には剣を持っていないが、もしかしてあなたは異界人ではないか?」

「どうして分かったんだ?」


 俺の問いを肯定と受け取ったのだろう。

 レオンは安心したように微笑んだ。


「もう大丈夫だ。本で読んだ事がある。………小さいころに」


 どこか傷ついたような笑顔に、今度は俺の方が首を傾げる番だった。


「あなたは悪魔じゃない。さあ、落ち着いて。剣を出してくれないか?」

「えっ?」

「出せるのだろう?」

「………ああ」


 RPGの世界でメニューを開いて剣を取り出すことに何の意味があるのだろう。

 俺はよく分からなかったが、レオンに言われるままにする。

 俺にしか見えないメニュー画面を目の前に開き、大剣を選んで手を伸ばす。

 瞬間的にアイテムボックスから俺の手に剣が握られていた。


「おお!」

「なんだ!」

「人騒がせな!」


 剣を握った俺に周りがざわめいた。

 俺を取り囲むのをやめて、少しの奴を残して周りから去っていく。


「それは空間魔法だ。手間を掛けるが、この国で「魔法の属性は?」と聞かれたら「空間魔法だ」と答えてはくれないか」


 そう答えなければ、今のような騒動が起きるのだろう事はわかった。

 俺は神妙な顔をして頷く。


「助けてくれてありがとな」

「いや、人は助け合うものだ。ようこそ魔法と剣の世界へ、異界人どの。この世界は臆病で人間に優しい者たちばかりだ。嫌わないでくれ」


 微笑むレオンに、俺はまた頷く。


「ファンタジーに憧れていたんだ。こんなイベントが起こったくらいで嫌わない」

「良かった。ジャスティス、良ければ僕の屋敷に来ないか? 来訪者をもてなしたい」


 レオンが虚空に手を翳すと、黒い馬が現れる。


「さあ、乗って」


 変なイベントが起こったが、テンプレ通りに領主に拾われた。

 物理チートの能力でもって馬にもひらりと飛び乗る俺にレオンが力強く頷く。

 俺は楽しいファンタジーの世界が始まる予感がしていた。

読んで下さってありがとうございます。

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