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虹色幻想

日向(虹色幻想21)

作者: 東亭和子

 私立和泉高等学校の校舎はH型になっている。

 コの字型の中庭は生徒達が好んで集った。

 そこは明るい日差しがあふれ、開放感に満ちている。


 恭子もその中庭がお気に入りだ。

 昼食はいつもそこで食べたし、おしゃべりもした。

 それが恭子の世界だった。


 生まれつき心臓の弱い恭子は、激しい運動が出来なかった。

 そして二週間前から心臓の調子が悪くなり、恭子は学校を休んでいた。


 玄関のチャイムの音がした。

 恭子は家の縁側に座って日向ぼっこをしていた。

「こちらです」

 母が襖を開ける。

 恭子は突然の来客に驚き、振り返った。

 知らない青年が立っていた。

 彼は恭子の傍に寄ると手に抱えていたものを置いた。


「可愛がって下さいね。思いを寄せれば、答えてくれます」

 それは生後二週間ほどの子犬だった。

 母が恭子のために貰ってきたのだ。

 恭子は体をよじり子犬を抱き上げた。

 小さな体は柔らかく、暖かい。

 恭子は自然に笑みがこぼれた。

「お母さん、いいの?」

 母親は笑って頷いた。

 それを見て恭子は、青年にお礼を言った。

 いいえ、と青年は答えた。

 そうして子犬の頭を撫でて言った。

「こいつはオスですから。きっと元気に育ちますよ」

 その青年の笑顔は太陽のように明るかった。

 恭子はその笑顔が眩しくて、子犬に顔を埋めた。

 子犬は日向のにおいがした。


 世話の仕方やしつけ方が分からないだろう、だから明日も来ると言って青年は帰って行った。

 次の日、青年は制服姿でやって来た。

 その時になって恭子は青年が同じ高校であることを知ったのだった。

「僕は二年で清田真咲といいます」

 自己紹介してませんでしたね、と真咲は照れ笑いをしながら言った。

 恭子は真咲を好ましく思った。

 柔らかで丁寧な物言い。

 犬に対する愛情の深さ。

 真咲が来てくれるだけで、恭子は元気をもらうような気がした。

 実際、最近の恭子は調子がよく、寝付かなくなった。

 まだ外へ出ることは不安だが、自宅の庭くらいなら子犬と共に遊べるようになってきたのだ。


「日向」

 恭子は子犬にヒュウガと名前を付けた。

 暖かな、日向のような子犬。

 日向は恭子の宝物になった。


 暖かな日差しの中で、恭子は庭を眺めていた。

 真咲はそれを後ろから見ていた。

 少し前に来たのだが、恭子に声をかけそびれていたのだった。

 金色の日差しを浴びて、恭子はまるで天使のように見える。

 真咲は恭子に見惚れた。

 恭子が静かに微笑む。

 その目線の先には、日向がいる。

 小さなボールでじゃれる日向も日差しを浴びて、金色に輝いて見えた。

 真咲は目を細めた。


 そして、ふと恐ろしくなった。

 恭子が今にも消えてしまいそうに見えたのだ。

「恭子さん!」

 真咲は恭子を呼んでいた。

 存在を確かめるように。

「どうしたの?真咲君」

 恭子は振り返り微笑んだ。

 真咲はホッとして恭子に近寄った。

「恭子さんが夢中になって日向のことを見ているから、少しヤキモチをやいたのです」

 真咲は照れて笑った。

 まさか、消えそうに見えたとは言えなかった。

 そんな真咲を見て恭子は不思議そうな顔をした。

 真咲は笑ってごまかした。

「おいで、日向!」

 名前を呼ばれた子犬は、喜んで走ってくる。

 真咲は日向を抱き上げた。

 日向は嬉しそうに鳴いた。


「最近、調子がいいの。真咲君のおかげよ」

「そんな!僕は何もしてませんよ」

「ううん。沢山してくれたわ。ありがとう。感謝してもしたりないくらい」

 恭子は真咲を見て微笑んだ。

「明日から学校へ行くわ。そうしたら、またよろしくね。

 会っても無視したりしないでよ」

「しませんよ!」

 真咲は日向を庭に下ろして、恭子の隣に座った。

「恭子さんこそ、無視しないで下さいよ」

 真咲は真剣な顔をして恭子を見た。

 そうして二人、笑いあった。


 世界は綺麗な金色に満たされていた。


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