何気ない話
内容は【ふ(食物)】のようなものですが、よろしければ。感想、評価よろしくお願いします。
場所は東北の、ある森。くすんだ緑の葉を、傘の親骨のように伸びる枝に万遍無くつけた木。その木が、合わせ鏡に映されたように無数に立ち並んでいる。その森の付近には家一軒、いや、人工物の一つも見当たらない。
その飽和に呑まれていない場所が、今言った森の中に一つだけある。そう、あの尖り帽子状の赤い屋根の家だ。近くで見ても全て視界に収まる程の大きさしかない。外観からは長い間自然に晒された古めかしさが感じられる。
赤黒い錆に侵食された頼りないほど細い手摺り。その手摺の導く先にあるのは、朽ちかけの木製引き戸。そこから視線を上に向ければ闇と苔の支配する申し訳程度の雨よけ屋根。どれもが容易にボロボロと崩せそうな印象を与えてくれる。脆さという印象だけで言うならば、この家はお菓子の家と呼んでもおかしくない。
「たすけて! たすけて!」
森をざわめかせんばかりの金切り声が空に響いた。眼前の家から鼓膜を突きささんばりに流れてくるのだ。思わず俺は顔をしかめた。まだ耳に反響し、暴れている。
「あいも変わらず、うるさい家だな」
腐ったようなドアを引きつつ、独り言のように呟いた。家の中も相変わらずカビ臭かった。
「おーい。いないのか?」
居るとは分かっていた。彼が居なかったのならこんな田舎の山奥に来るはずもない。
「おねがい! たすけて!!」
また聞こえた。ほんとあいつ何言わせてんだか。それでも前に来た時よりはマシだと思った。前は『ころされる!』だったからな。
「おお! 久し振りだなあ」
瞬き一つの間に彼が前方右の戸から顔を出した。彼は俺の高校の同級生だ。今は三十にもなって、ほんの少し顔に年齢の皺が見え隠れしている。やはり畑仕事での自給自足をしているせいだろうか、俺の最近の記憶の中の彼より日焼けしている。
「一年ぶりかあ。元気してたかあ?」
「医者の世話にならない程度にはな」
返事をしつつ、一度辺りを見回してみる。畳二畳分程の玄関にいろいろな物がごった返している。どこかの半額セールでもこんなに汚い配置にはしないと思う。それにしても色々な物がある。小さな木彫りの熊、壁に掛けてある高そうな亀の甲羅、割と大きめの鳥かご、畑を耕すのに使うだろうピカピカと光沢を放つ鍬。他にも数え切れないほどの物が眠っている。
「いやあ、すまない。家のミーちゃんが騒いでな」
「ほんとだぜ。全く、うるせぇことこの上ねぇ」
「そこらじゅう逃げ回るもんだから……今度は首輪でもつけとくかなあ」
「そうしとけ。こんなとこ滅多に人は来ねぇと思うが、あんなふうに『たすけてー』なんて叫ばれちゃ誰か勘違いをしちまうかもしんねぇからな」
「それはごもっともだなあ。サスペンス映画の鑑賞も控えとこうかあ」
言い終わると同時に彼の服から緑の羽がふわりと落ちた。
ホラーではないのですが、ただでさえばれやすいオチだったので、勘弁。