議案9:「乙女の秘密に迫ると言うと、何だかドキドキするね」
この人達はいったい、どう言う人達なのだろう?
風紀委員会に入ってからと言うもの、オボロはそのことを気にしてばかりいた。
と言うか、気にならない人間の方がどうかと思うことが多々ある。
今日も今日とて自分の仕事をこなしつつ、少し室内を見渡してみる。
委員長であるレン、最近少しバックボーンが見えてきたがどこまでが本当かわからない。
副委員長であるカレル、ある意味一番よくわからない人だが不思議と違和感は無い。
自分がいない先代委員会からいる2人だが、いったいどんな人間ならこの2人の上に立てるのだろうか。
それも想像が出来ないから、ますますもってわからない。
「まぁ、それでもレン先輩とカレル先輩はわかるんですよ。優秀だから、無駄にハイスペックだから。性格と人格と性根がアレでも、優秀だからわからないでもないんですよ」
「おや? カレル君、どうやらオボロ君にいきなりあんまりな扱いをされたような気がするのですがね」
「ははは、頼もしい限りですね」
「でも、あの人は……」
「しかも無視されたよカレル君」
「ははは、頼もしい限りですね」
シャープペンをくるりと回して、首も後ろに回す。
するとそこにはソファがあり、1人の少女がいつもと同じように眠っている。
と言うより、その少女はいつも寝ているし、オボロは彼女が起きている所を見たことが無い。
その、ユウと言う名前の少女は。
そしてこのユウこそ、風紀委員会で最も謎多き少女であった。
「何だいオボロ君、そんなにユウが気になるのか?」
「いや、まぁ……と言うか、レン先輩達もユウ先輩が起きてる所、見たこと無いんですよね?」
「「無い(です)ね」」
妙にはっきりと答えられてしまった。
そしてレンは、どこかあざといぐらいに「やれやれ」と肩を竦めて見せた。
それはもう、あざといくらいにアメリカンに。
「やれやれ、オボロ君がそこまで言うなら仕方が無いね」
「言い方が何か気に入らないですけど……まぁ、で、どうするんです? ユウ先輩を起こしてみますか、そう言えば起こそうとしたこともなかったですよね」
「うむ、明日一日ユウを尾行しようと思う」
「俺の話聞いてました!?」
オボロは衝撃を受けた、全校生徒の模範たるべき風紀委員長がとんでもないことを言い出した。
「いや、少女を尾行と言うと……何か、ドキドキするね」
「しませんし! それにそう言うのは求めて無いですし!」
「ははは、実は私も気になっていたのだが、誰か言い出してくれないかなぁと思っていたらやはりキミが言ってくれたよ。流石は私の見込んだ男だ!」
「畜生、言うんじゃなかった!」
「どうでも良いですが、本人の前で言っていいんですかね。寝てますが」
カレルだけが冷静なその状況の中で、当事者たるユウはと言えば。
「……んむ……」
相も変わらず、すやすやとソファの上で眠りこけているのだった。
◆ ◆ ◆
「やぁ、皆おはよう。今日もいい天気だね」
「「「赤城先輩、チィ――ッス!!」」」
「おはようございます、本日もいや麗しい方ばかりですね」
「「「お、おはようございます、タカギ先輩っ」」」
そして翌朝、それは実行に移された。
いつもよりかなり早くに登校してきたレン、カレル、オボロの3人は、挨拶運動などを装いつつ正門前のバス停を張っていた。
意外なことにユウはバス通学であり、常にこのバス停から校内に入っているらしいと言う情報を得たためだ。
……まぁ、ユウの学生鞄にバスの定期入れがぶら下がっていたからわかっただけだが。
しかしそれにしても、レンは男子に、カレルは女子に随分な人気があるようだった。
それでこそと言う気もするが、誰か隅の方で細々と活動しているオボロのことが見えている者がいるのだろうか。
「安心してくれオボロ君、私はキミのことを忘れないよ!」
「そいつはどーも。それで、ユウ先輩はまだですか?」
そんなに軽く流さなくとも……などとやや拗ねつつ、レンは「まだのようだね」と応じた。
しかし焦る必要は無いと彼女は言う、何故ならもうすぐ朝の予鈴が鳴る時間だからだ。
次のバスが予鈴前の最後のバスであり、これ以降は遅刻となる。
出席記録によれば、ユウは今まで遅刻をしたことが無いらしい。
ならば次で確実に来るはずだ、レンは自信満々にそう言う。
そして実際、最後のバスが来た。
そこから次々と生徒達が降りてくる、オボロは挨拶運動モドキを続けつつ待った。
恥ずかしながら、少しワクワクしている。
さしものユウも、移動中くらいは起きているだろうと思って。
「おはよう、朝から精が出るわね」
「え? あ、おはようございます……」
その時、オボロの横を白いスーツの女性教諭が通り抜けていった。
左目の下に泣きボクロのある、30代くらいの黒髪セミロングの女性だ。
「……おや、あれは確かユウさんのクラス担任の先生では?」
「む、そうだったかな」
「はい」
彼女は生徒が降り続けるバスの出口まで行くと、生徒の波が途切れるまでそこで待っていた。
そして不思議なことに、波が途切れてもユウは降りてこなかった。
今日は遅刻だろうか、そんなことも思ったが、何故かバスの中へ入っていった女性教諭が出てきた時にはその疑問は氷解してしまった。
何故なら、その女性教諭が1人の女生徒をおんぶしてバスから降りてきたからである。
誰かなどと言うまでも無い、ユウである。
女性教諭の背中ですやすやと眠るユウを見た瞬間、衝撃が走った。
「う、うええええええええええっ!?」
「そ、そういえば、先代が彼女を風紀委員会に連れてきた時も寝ていたような」
「マジですか!? いや、と言うか危ないでしょう普通に!」
尾行その1、朝の登校時。
結論、ユウは登校時も寝ている。
◆ ◆ ◆
「さぁ、尾行は第二段階だよオボロ君……!」
「いつの間にかノリノリですねレン先輩、いやいつも通りか」
昼休みの喧騒で賑わう2年生の学生棟、実は膨大な生徒数を誇る東央学園には各学年ごとに棟がある。
ちなみに職員室も三分割されているのだが、それはこの際関係が無い。
何故なら民間委託されているこの学園において、教師とはつまり塾の講師と同じような存在だからだ。
だから、彼らは基本的に生徒と交流を持ったりはしない。
もちろん中には、特定の病気や諸事情によって学園側のサポートを受けている生徒もいるが。
とは言え、流石にバスからクラスまでおんぶで運ばれるお昼寝先輩は1人しかいないが。
……それ以前に、2年生の棟でこそこそと美術科の教室を窺っている1年生と3年生もかなり目立つが。
「……レン先輩」
「何だい、オボロ君」
「……ユウ先輩、普通に寝てますけど」
「寝ているね」
美術科は芸術系と服飾デザイン系で2種あるのだが、ユウが所属しているのは前者だ。
芸術系、いわゆる絵画や彫刻などのクラスである。
進学先はほとんどが美大だ、そのためかある種奇妙な生徒が集まることでも有名。
まぁ、才ある者は何とやらである。
そして昼休み前の授業は彫刻像のデッサンか何かだったのか、教室の中央にはどうやって運び込んだのかわからない巨大な彫刻像が立っている。
そしてそれを扇形に囲むように数重の椅子とパネルが置いてある。
オボロには生徒ごとの差などわからないが、誰も彼もが凄く上手いのではないかと思った。
ユウもその中にいる、椅子の背もたれに身を預けて寝ているが。
「しかしユウが昼休みに寝ていることなど、私が想定していないとでも?」
「ど、どういうことですか、レン先輩?」
「ふふふ……あれを見るが良い!」
「あ、あれは!?」
全校生徒の中でも奇抜な生徒が集まる美術科、その生徒達からさらに奇抜な目で見られるレンとオボロ。
一度、客観的に自分達のことを観察してみると良いと思われる。
そしてレンの指差した先には、カレルがいた。
いつも通りのにこやかな笑顔を浮かべる彼の周囲には、美術科らしい女生徒達の輪が出来ている。
「木を隠すなら森の中と言うが、逆に言えば木を探すなら森の中。同じ美術科の生徒達に起きている時のユウのことを聞けば良いのだよ!」
「おお……! 何か凄く情けない気がするけど、でも凄いですレン先輩!」
「ははは、もっと褒めてくれたまえ!」
カレルの手柄を自分の手柄のように高笑いするレン、神経が太い少女であった。
しかし実際、カレルの事情聴取(?)は意外と上手くいっているようだった。
9割が黄色い声で占められる中、ふんふんと頷きながら女生徒達の話に聞き入っている。
そして昼休みがそろそろ終わるかという段階になって、やはりにこやかに女生徒達に手を降りながらレンとオボロの所へとやってきた。
「ど、どうだったね、カレル君」
「授業中のユウ先輩の様子とか、聞けましたか?」
「ええ、デートに誘われてしまいました」
レンとオボロは凄まじい脱力感に襲われたが、しかし踏み止まった。
昼休みも本当にもう終わりそうなので、あえてのツッコミは控えた。
けしてレンがカレルの脛に蹴りを入れたりはしていない、ないったらない。
「そ、それで?」
「はぁ、結論から言えば……授業中でも寝ているそうです」
今度こそ脱力感に襲われ、レンとオボロは床に手をついた。
登校時もダメ、授業中もダメ、ではどうすれば良いと言うのだろう。
実はこの時、レンの頭の中ではさらに過激な案が浮かんでいたのだが、それはまた後ほど明らかになることになる。
「ただ、課題などについてはユウさんが最も早く提出しているそうです。美術科の課題は数日がかりのものが大半なので、ほとんどの生徒は家で課題をやっているのでは無いかと思っているのですが……」
「ですが? 何だねカレル君」
「はぁ、基本的に、ユウさんの作品は常に最高の評価を受けているそうです。いくつかの美術展にも作品を出しているとか……いつも寝ているユウさんが賞を取っていることに対して、クラスでもいろいろと噂が立っているそうです」
そういえばと、オボロは思った。
ユウが美術科に在籍していることは知っていたが、ユウの作品などは見たことが無いと。
今さらながらに、オボロはその点に気付いたのだった。
本当に、自分は風紀委員の同僚のことについて良く知らないのだと……。
◆ ◆ ◆
そして放課後、いつも通りの風紀委員会である。
いつもと同じじゃないかと言う者もいるかもしれないが、仕方が無いのだ。
まさか風紀委員が授業をサボってまで他のクラスの様子を見に行くなど出来るわけがない、その意味では制約が多い立場だとも言える。
「と言うわけで、今日はお泊り会をしようと思う!」
「え、何ですか突然。そして誰の家に泊まるんです? まさか俺の家とか言わな」
「もちろん、ここにだ!」
「あ、風紀委員会でですか……」
以前、カレルとユウがやってきた記憶から不安になったオボロだが、自分の家が被害に合うわけでは無いと知ってほっとした表情を浮かべた。
しかし、それもすぐに驚愕にとって変わられるのだが。
「うぇ!? ……って、許可は!?」
「無論とってある! こんなこともあろうかと、昨日の内に申請しておいたのだ! カレル君が」
「恐縮です」
「用意周到!」
用意周到すぎる、無意味にハイスペックな先輩達だった。
そう言えばこの2人もユウ程では無いにしろ、かなり意味不明な人達だったとオボロは思い直す。
まぁ、今回も頑張っていたのはカレルだが。
「ちなみに、キミの親御さんへはすでに連絡済みだよ。だから安心してくれたまえ」
「何も安心できないんですけど」
「大丈夫だ、私が自ら『オボロ君と、一夜を過ごしたいんです』とお願いしておいた」
「何も安心できないんですけど……!」
物凄い形相で睨むオボロの視線の圧力を、レンはカラカラと笑いながら軽くいなした。
ぐっ……と詰まるオボロ、しかし彼は耐えた。
何故ならここでツッコミを抑制しなければ、後ほどさらなる反撃が待っているからだ。
例えば「おや、一夜を過ごすと聞いて何を想像したのかな?」とかだ、そしてまた「キミは本当に可愛いねぇ」とか言われるに違いない。
だからオボロはツッコミを耐えた、そう、これまでの無茶に比べれば大したことは無い。
家に帰った後、母親あたりの追及が凄いことになりそうと言う一点を除けばだが。
そしてレンはと言えば、そんなツッコミを耐えるオボロを見てほうっ、と恍惚の溜息を吐いていた。
どうやら可愛くて仕方が無いらしい、歪んでいることだ。
「ふふふ……流石に一夜を共に過ごせば、ユウの秘密の一つや二つ、暴けるだろうさ」
「ツッコまない……俺はツッコミませんよレン先輩……!」
「昨日も言いましたけど、本人の前でそう言うことを言っていいのですかねぇ」
苦笑するカレルの視線の先には、相も変わらず眠りこけるユウの姿。
自分が話題の中心にいることなど気もせず、すやすやと眠り続ける風紀委員会の眠り姫。
はたして今日、少しでも彼女のことがわかるのだろうか。
◆ ◆ ◆
東央学園には無数の巨大クラブが存在し、それらが円滑に活動できるだけの設備が整えられている。
実用的な物で言えば、調理部が経営している学生レストランや温泉部や山岳部などが共同で運営している大浴場・部活棟シャワールームなどがそれだ。
よって、突然の学園お泊りでも一晩くらいはどうとでもなるのだった。
「レン先輩の思い付きがどうとでもなるんだと見せ付けられる度に、俺は何だか悔しさで一杯になるんですよ」
「ははは、怖いですねぇ」
かぽーん……と音を立てるのは、学園敷地内に存在する大浴場、通称「せんとう」である。
基本的に運動部が部活後に使用する物だが、天文学部などが夜間活動を行う際などもある。
まぁ、学生に開放された銭湯と言えるだろうか。
そしてカレルとオボロがいるのは、その大浴場にいた。
「まぁ、委員長が言う無茶は無茶に見えて、実は頑張れば何とかなることが大半ですからね」
「その大半を何とかさせられている先輩としては、何とか言っても良いと思いますよ」
「ははは、まぁ、私の仕事ですからね」
「それで済ませるから、レン先輩の無茶が減らないんだと思いますけど……」
まさに銭湯レベルの広い湯船に肩まで浸かりながら、オボロは溜息を吐いた。
彼とて学生、学校に泊まると言う経験はわくわく物ではある。
ただ、どうもレンに振り回された結果な気がして腑に落ちないだけで。
それにしても、とオボロは隣で湯船に浸かるカレルへと視線を向ける。
足が長いくせに座高までオボロより高いので、やや見上げる形になる。
西洋の血が入っているからか日本人離れした身体つき、しかも金髪碧眼の美貌と相まってギリシア彫刻じみた美しさがある。
正直、平均的日本人であるオボロと並ぶと格差があると言えた。
「大丈夫ですよ、日本人女性の多くは日本人男性を好むものですから」
「はぁ……って、何の話ですか!?」
優しげに放たれた言葉に過剰に反応するオボロ、お湯が散ってそれがカレルの顔に正面からかかった。
ポタポタと前髪の先から滴り落ちるお湯の雫、それでもなお笑顔なのが逆に怖かった。
誰を想定しての話かはともかくとして、オボロは慌ててハンドタオルでカレルの顔面を拭った。
そして、沈黙が訪れる。
かぽーん……と再び音が消える大浴場に、2人の少年だけがいた。
片方は汗を流し、片方は終始笑顔だったが。
「それでどうですか、ユウさんのことは何かわかりましたか?」
「いや、常に寝てる人をどうわかれと……というか、カレル先輩はユウ先輩について何か知っているんですか?」
「そうですねぇ……学園に保管されている履歴書や健康診断書に書いてあるようなことは一通り。後は、まぁ……不思議な人ではありますね」
「不思議で済ませて良いのかなぁ……」
首を傾げるオボロ、微笑するカレル。
でも、とカレルは指先を立てて続けた。
それは、今そこに迫っている危機についてだった。
「でも、このままだと来年にはユウさんが風紀委員長になりますよ? その場合、副委員長になると思われるオボロ君はどうなってしまうのでしょうねぇ」
「……い、一刻も早く、相互理解を進めなければ……!」
それはまさに目の前にある危機、何しろレンとカレルの卒業まで半年を切っているのだから。
寂寥感以上に危機感の方が強い、一刻も早い状況の打開が必要だった。
しかし残念ながら、それは容易では無いのだった。
何しろこの日一晩、レンが思いつく限りの監視方法でユウを観察していたのだが。
功を奏したものは何一つ無く、結局、深夜に力尽きて眠ってしまったのだから。
◆ ◆ ◆
――――深夜、外が暗闇に覆われてしばらく経った後の時間。
レンの用意した動物着ぐるみ――レンは牛、カレルは羊、オボロはクマ――にくるまった少年少女3人は、すっかり眠り込んでいる。
誰も活動していないその時間、カーテンの間から漏れる月明かりの下で身を起こした存在がいた。
「……………………」
その存在は、猫のように目を細めながらソファの上で身を起こしていた。
ボブショートの黒髪に、寝巻き代わりに身に着けている体操着。
愛用の毛布をお腹に乗せたまま、彼女は風紀委員会の部屋の床の上で雑魚寝している同僚達を見つめていた。
まだ夢の中にいるかのようなぼんやりとした眼差しで、また半分寝ているかのような緩慢な動きでソファの下へと手を伸ばす。
そして、薄暗い中でカチャカチャと言う音が響く。
ソファのサイドに立てかけられていた薄い木箱を手に取り、アタッシュケースか何かのように留め具を外して中身を開いた。
「おはようございます、と言うには、少し遅い時間でしょうか」
不意に声がかかって、彼女はゆっくりとした動作で顔を上げた。
目覚めたばかりの眠り姫の瞳は、羊の着ぐるみ寝袋の中にいる金髪碧眼の美少年を映していた。
少年、つまりカレルは身を起こすことなく、目も閉じたまま声をかけている。
「今日は委員長がユウさんのことで騒いでいたのですが、ご存知ですか?」
「……知ってる」
「そうですか、それは重畳」
知っている、レンがオボロのために彼女のことを知ろうとしてくれていたことを。
夢の中にいながらも、彼女は現実でのことを把握していた。
これは、そう言うものだったから。
これを病と取るかは、人によって異なるだろう。
ただ事実として彼女には普通の人間よりも長い時間の睡眠が必要だし、そして夢の中で美術活動を行い、その一部を現実世界で再現しているのは事実だった。
つまり彼女が目覚めるのは、その再現の時間に限られるのだ。
「……おぼろん、良い子」
「ええ、とても良い子ですよ。貴重なツッコミ要員です」
「……うん」
キャンパス、筆、油壷、絵の具、パレット……必要な道具を緩慢かつ手際よく木箱から出した。
そしてこの時点で、ようやくユウの両の瞳が大きく見開かれた。
起きた、と言えるとすれば、このタイミングだったろう。
そしてその後は、カレルも彼女も……誰も、声を発さなかった。
聞こえてくる物は、規則正しい寝息と、僅かな水音と何かが滑るような音だけ。
静かな時間は、早朝までの数時間、続いた。
◆ ◆ ◆
「むむっ、こ、これはいったい!」
翌朝、牛の着ぐるみ寝袋にくるまったままのレンが驚愕の声を上げた。
もぞもぞ動くイモムシのような状態であるものの、それでも気品があるのは何故だろう。
そしてその横では、レンの声で目を覚ましたオボロがいる。
「何ですかレン先輩……って、うおっ、これはいったい!」
と、オボロがレンと同じ反応を示したのには、理由がある。
それは、一枚のキャンパスだ。
油絵と言うのだろうか、窓が開いていなければ特有の匂いが部屋中に広がっていただろう。
ただ、そこに描かれていたのは、何と言うか……。
「ち……抽象画、なのだろうか」
「た、たぶん……」
さしものレンも、芸術的観察眼と言う物は持ち合わせていなかったのだろう。
キャンパスに描かれていたのは、何とも言い難い模様だった。
いや、絵であった。
辛うじて、人間が何人か描かれているのかがわかるくらいだ。
「報われませんねぇ、ユウさん?」
「……すや……」
カレルだけが、相も変わらず眠りこけるユウに対して微笑を向けていた。
返ってきたのは、静かな寝息だけ。
でもそれは、いつもより少しだけ穏やかな物だったが……。
……まぁ、気のせいだったかもしれない。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
今話はユウに焦点を当ててみましたが、踏み込み不足だったかもしれませんね。
いやでも、これくらいで良いのか……今後もお昼寝キャラでいて頂くために。
そう言うわけで、またお会いしましょう。