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議案8:「言の葉を秘めてこそ、乙女は華やぐのだよ」


 怒涛の夏休みを終えて、瞬く間に9月である。

 時間の進みは真に早いと言うべきか、オボロが風紀委員会に入って半年が経過しようとしていた。

 そして東央学園の9月と言えば、大きなイベントが存在する。



 運動会である。



 正式名称は「第60回東央学園体育祭」、5000人超の生徒を誇るこの高校の運動会の規模はそれはそれは盛大な物である。

 生徒数が多いため家族の招待や近所の住民の招待などは無いが、それにしても高校としては規模がかなり大きいものであることには違いない。



「いや、今年も実に盛大な体育祭だ」

「……そうですね」



 そして当然、生徒である以上風紀委員会も参加する。

 まぁ、生徒としての参加と同時に体育祭実行委員会などを傘下に置いての運営、進行も仕事の内だ、その意味では他の生徒に倍する苦労を味わっていたと言うべきだろう。

 オボロの声が沈んで聞こえるのは、ある程度の疲労が蓄積しているからなのかもしれない。

 あるいは、単純に体力が無いのかもしれないが。



「……ん~……」



 まぁ、体操着姿で毛布をお腹にかけて眠っているユウは、体力とは無関係に常に寝ているわけだが。

 そう言う意味で言えば、その隣でニコニコしているカレルなどは体力に恵まれている方なのだろう。

 とは言え、体育祭であっても書類仕事を捌いているのはどう言うわけか。



「これが僕の仕事ですから」



 と言うのが、カレルの言い分であった。

 例によって体育祭関連の書類の8割を処理したのは彼であって、これはオボロの中では東央学園7不思議の一つに数えられている。

 もちろん、カレル本人には言っていない。



 いずれにしても、東央学園の運動会は非常に規模が大きいことで有名だ。

 何しろ校舎内の複数のグラウンドもこの日ばかりはフル活用、校舎そのものまで使った競技なども存在し、しかもクラスの数も多いため順位争いも熾烈だ。

 その熾烈さたるや、新聞の全国紙に記事が掲載される程である。



「いやぁ、本当に盛大な運動会だね」



 しきりに頷きながらそう言うレンを、オボロは微妙な表情で見つめていた。

 別に夏休みに引っ掻き回されたことを根に持っているわけではなく、単純に言いたいことがあるだけだった。

 それは、つまりこうである。



「レン先輩」

「何だい、オボロ君」



 オボロの声に、レンが笑顔で応じる。

 機嫌の良さそうなその顔を見つつ、オボロは言った。

 事態の核心に迫る、大事な一言を。



「体育祭、もう終わってますよね」

「終わってるね」



 それは9月の末日。

 体育祭が終了した、1週間後のお話である。



  ◆  ◆  ◆



「いやはや、今年の体育祭も無事に終わって良かった。毎年のように怪我人が出るからね、心配ではあったのだよ」



 上機嫌にそう言うレンは、いつもの風紀委員長の椅子に座ってご満悦の様子だった。

 もちろん、体操着でも無ければジャージでもなく、普通の制服姿だ。

 その日はもはやいつもの放課後であって、10日ほどかけて準備が行われた体育祭の気配は、校内からすでに一掃されていた。



 その代わりに、風紀委員会のメンバーそれぞれの前にある長机には体育祭の時に撮影されたと思われる写真が並べられていた。

 トランプの七並べのようにきっちりと並べられたそれらは、体育祭における風紀委員会の活躍をカメラに収めたものである。

 とは言え写真自体は全校生徒分が5日前にすでに写真部によって現像されていたのだが、不適切な写真を除外する作業を行うのに時間がかかってしまったのだ。



「まぁ、その作業が凄まじく疲れましたけどね」

「オボロ君は、女子のハプニング写真ばかり探していたようだけどね」

「凄まじい誤解を招くので、そう言う言い方はマジでやめてください」



 心の底からそう言いつつ、オボロは写真の一つを手に取った。

 そこにはレンが映っている、体操着姿のレンがフランスパンを口に咥えて全力疾走していた。

 別の写真では、大縄跳びでジャンプしているレンが映っている。

 ジャンプの拍子に体操着の上着が少し捲れて、おへそが見えている。



 他にも徒競走しているレン、借り物競争しているレン、クラス対抗リレーに参加しているレン。

 風紀委員長は生徒の模範であることが求められるため、こうした行事では率先して種目に参加することが事実上義務付けられている。

 そのため、レンの写真が多くなるのは必然とも言える。

 言える、言えるのであるが、しかしそれにしてもレンの写真ばかりがオボロの前に並べられていた。



「あ、そうか。ユウ先輩は寝てて、カレル先輩は書類仕事してたから出てないのか」

「オボロ君、オボロ君、キミの写真が無いがどこにあるんだい? ほら、あの綱引きで綱に巻かれて宙を舞っていた画期的な奴とか」

「そんなことしてませんよ!?」



 そう言う理由で、風紀委員会ではレンが露出することが多い。

 もはやレンのグラビアか何かかと言いたくもなるが、外では完璧な淑女を演じている彼女の写真は、校内では普通に出回っていたりするのだが、それはまた別の話だ。

 そしてどうやら、今日の風紀委員会は体育祭の思い出語りのようであった。



  ◆  ◆  ◆



 東央学園の体育祭は、学生の自治と言う名目の下、準備から後片付けまでを学生が行う。

 もちろん筆頭は風紀委員会であって、言うなれば体育祭はレンのプロデュースなのだ。

 書類仕事をカレルに任せておける分、外で指揮を執るのがレンの役目だ。

 なお、ユウはマスコットである。



 競技は、概ね各学年のクラス対抗、紅白競技、そして学年対抗の全体競技の3種がある。

 体育祭のプロデュースは風紀委員長であるレンによるものなのだが、記録を見る限り、多くの競技のトップにレンの名前があるため、何とも微妙ではある。

 しかもこれが不正でも何でも無く実力によるものなのだから、不思議なものである。



「プールホッケーの時にも思いましたけど、レン先輩って運動神経良いですよね」

「オボロ君、オボロ君」

「な、何ですか?」



 不意に深刻な表情でレンがオボロを見てきたので、オボロもやや緊張の面持ちで彼女を見た。

 レンは一つ頷くと、どこか他の2人に聞こえないよう配慮してか、掌で口元を隠しつつ。



「人間には、運動神経と言う神経は無いんだよ……?」

「いやありますよ! 騙されませんからね!?」



 運動神経と運動能力の関係性については、諸説あるとして。



「でも、確かに委員長は活躍されていましたね」

「ありがとう、カレル君。カレル君も応援合戦の時には凄まじく活躍していたね、我が校の女子生徒が黄色い声を上げていたよ」

「恐縮です」

「俺としては、何故書類仕事をしながら応援合戦が出来たのかが謎なんですけど」



 平凡な容姿のオボロとは違い、カレルは見事なまでイケメンである。

 しかも物腰が柔らかで仕事がデキるとあっては、クラスの女子達などは皆彼のファンになってしまうのだった。

 オランダ人とのハーフと言うのも、ポイントが高いのかもしれない。

 オボロからすれば、彼もレンと同じように外での振舞い方を心得ているだけにしか見えないが。



「しかしまぁ……」



 ぱらぱらと体育祭の順位記録などをを捲れば、トップを総ナメにしているようなレンの名前が読める。

 カレルはレン程に競技に参加していないが、参加すればそこそこ以上の成果を出している。

 ユウは……まぁ、除外として。

 対してオボロはと言うと、いくつかの競技に出てはいるのだが……。



「……ふぅ」



 と言うような溜息を吐いてしまうような、普通の結果だった。

 あまりに普通すぎて、何とも言えない。

 そしてそんな少年の横顔を、レンはふと見つめた。

 何かを考えるように顎先に細い指先を当てた後、どこか柔らかな微笑を浮かべるのだった。

 ――――……男の子の心理は、とても微妙だから。



  ◆  ◆  ◆



 話題の転換、と言うわけでも無いだろうが、レンは別の話題を提供した。

 人差し指と中指に一枚の写真を挟み、器用にそれをクルクルと回転させながら。



「私としては、お昼ご飯の時も楽しかったけどね」

「ああ、アレですか……あの空輸事件」



 苦い顔になって何事かを思い出したらしいオボロに、レンは笑みを向ける。

 やはり彼は良い、レンの望んだ反応を返してくれるから。

 その点、寝てばかりのユウと常に笑顔のカレルでは面白さに欠ける。



 そして回転を止めた写真には、昼食開始時の光景が映し出されていた。

 校庭の真ん中にパラシュート付きで落ちてきた木箱の前で、何事かを騒いでいるオボロを前に涼しげな顔をしているレン、それを遠巻きに眺める生徒達と言う構図だ。

 ちなみに何が起こったのかと言えば、文字通り「空輸」である。

 レンはどこか照れたように笑い、軽く舌を出しつつ片手で自分の頭を叩いて見せた。



「いやぁ、ついうっかりお弁当を家に忘れてしまってね」

「だからって空輸します!? ヘリから重箱100段詰めた木箱が落ちてきた時、俺真っ先にレン先輩を疑いましたからね!?」

「そうか……オボロ君、そこまで私のことを。いや、照れるね」

「照れたフリして逃げないでくれます!? 俺この件に関してはまだ追及してますからね」



 本当に照れていたのに。



「しかしだねオボロ君、仕方ないじゃないか。学園内は父兄や関係者と言えども原則入れないのだから。ならば忘れ物を届ける手段は、ヘリで空輸か大砲で打ち込むかしか無いじゃないか」

「おかしい! レン先輩の価値観はどこか全般的におかしい!」

「そうなのかい、カレル君?」

「委員長は概ね一般常識を理解しておられるかと」

「だそうだよ、オボロ君」

「気付いてくださいレン先輩、カレル先輩は別のレン先輩の行動が常識だって認めたわけじゃないってことに……!」



 しかし、賑やかであったことは確かだ。

 しかも面倒なことにオボロの手元のプログラム以外にはイベントとしてきちんと記載されていたし、重箱100段など1人で食べきれるわけも無く、その時点での個人戦成績ベスト100の生徒達に配られた。

 何と言うか、最近のレンはオボロを驚かせるために何事かを仕込むことが好きなようだった。

 驚かされるオボロとしては、たまったものでは無いのだが。



「ふふふ、オボロ君は本当に面白い反応を返してくれるね」



 そう言って、レンが本当に楽しそうに笑うものだから。

 オボロとしては、何も言うことができなくて口を噤んでしまうのだった。

 これがレンを調子に乗らせる要因だとわかってはいるのだが、どうにも出来ない。

 この笑顔が見られるならと、そう思ってしまう自分を認識するオボロだった。



 しかし、どうなのだろう。

 そうした思いは、はたしてどんな感情から発せられるのだろうか。

 この時点では、まだ、それは言葉にされることは無かった。



  ◆  ◆  ◆



 風紀委員会にとっての体育祭競技の山場は、クラブ・委員会対抗リレーだろう。

 準備・運営を司る風紀委員会そのものの山場は多々あるだろうが、学園の代表たる風紀委員会としては、他の委員会や部活との直接対決に敗れるわけにはいかない。

 事実、風紀委員会指導体制の導入後、伝統としてこの種目は歴代の風紀委員会が勝利し続けている。



「委員会対抗リレーで、俺どうしても納得できない所があるんですよ」

「ほう、何だいそれは」



 わかっている癖に、レンはあえてオボロに言わせる。

 オボロはそんなレンをチラリと見つつ、いい加減解明しなければならない風紀委員会の三つの謎の一つに果敢に挑んでいった。

 その視線は、ソファゾーンで眠りこけているユウへと向けられている。



「ユウ先輩って、リレーのスターターでしたよね?」

「ああ、そうだね」

「ユウ先輩って、リレーの時も寝てましたよね?」

「うん、そうだろうね」



 ユウは常に寝ている、彼女の存在はもうオボロの中では「東央学園の七不思議」兼「風紀委員会の三つの謎」として正式認定されている。

 しかし一番の問題は、ユウが寝続けていることに関して誰もツッコミを入れないと言う周囲の環境なのでは無いかと最近のオボロは思っている。

 出来れば、一日ユウのことを観察してみたいとも思わないでも無い。



「でもユウ先輩、カレル先輩にトップでバトン渡してましたよね。いや、何と言うか気がついたらカレル先輩がバトン持って走ってましたよね」

「だそうだよ、カレル君」

「いやぁ、照れますねぇ」

「露骨に話題を逸らそうったってそうは行きませんよ、俺は今ユウ先輩の話をしているんです」



 当人は話に混ざろうともしていないが。

 と言うか、寝ているのでそもそも混ざることも出来ないのだが。

 しかし本当に、いつ起きていつ動いているのだろうか、この2年生の美術科の女子は。



「何だいオボロ君、ユウのことがそんなに気になるのかい?」

「いや、気にならないわけが無いでしょこんな人」

「なるほど、思春期なのだね」

「は? ……はっ、いやそう言うわけじゃないですから!」



 レンの言葉の意味がわかって、オボロは片手の掌を顔の前で激しく振って否定した。

 ユウが背中を見せるように寝返りを打ったが、まさか照れ隠しでもあるまい。

 と言うか、だからそう言う意味では無いと言うのに。



 しかしレンは口元に手を当ててクスクスと笑っていて、むしろオボロの慌てる様子を楽しんでいる様子だった。

 夏休み前と比べても、その笑みは柔らかく、そして軽い。

 ひとしきり笑った、お手洗いにでも行くつもりなのか、彼女は席を立った。



「ああ、ところで委員長」

「ん? 何だいカレル君、カレル君が私に質問とは珍しいね」



 出口へと歩きながら軽やかに微笑するレンに、カレルもまた微笑を浮かべながら問いかける。



「借り物競争に参加していたと思うのですが、その際委員長はオボロ君を連れて行きましたが……どのような条件の借り物だったのですか?」

「――――ああ、そのことかい?」



 出入り口の扉に片手を当てて、レンはチラリとオボロを見た。

 オボロ自身はきょとんとした表情を浮かべているが、そのことにレンはさらに笑みを深めた。

 そしてそのまま、カレルの問いかけには明確に応えぬまま、部屋から出て行った。



「……何だったんですかね?」

「さぁ、どうでしょう?」



 微笑を絶やさぬまま、カレルはオボロに応じた。

 オボロは数秒間何かを考えていたようだが、諦めたように肩を竦めた。

 それで、この話題は終わり。



 しかし視点をより天へと近付ければ、実は答えは意外な所に落ちていた。

 風紀委員長の椅子、つい先程までレンが座っていたその椅子の足元。

 いつ落としたのか定かでは無い、が、そこには一枚の小さな紙が落ちていた。

 二つ折りになったその紙は、一度開いたためだろう、落ちている状態でもやや開いて中が見える。

 そこに書かれていた言葉は、言うなれば、酷く思春期的な言葉だった。





『初めての――――』




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 今話はシリアス路線を修正、元通りの軌道に戻しました。

 うん、やはり最後までシリアスは抜きでいきましょうかね。


 次回からは、ユウやカレルなど脇を固める人達の謎に迫ってみるのも、良いかもしれませんね。

 それでは、失礼致します。


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