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議案6:「課外活動も、重要なのだよ」


 ――――セミの鳴き声と言うのは、どうしてこうも鬱陶しいのだろう。

 そんなことを思いながら、オボロは東央学園最寄りの駅のロータリーに立っていた。

 時期はすでに7月初旬、セミも鳴き始める良い時期である。

 季節で言えば、すでに初夏から夏への移行期間と言って良かった。



 つまり、太陽が全快で平常運転しているわけである。

 駅のロータリーは屋根は無く剥き出しだ、故にジリジリとした太陽光が直接肌を刺しているわけだ。

 一言で言えば、暑い。

 それも、超がつく程に暑いのだった。



「…………」



 それでもオボロが――東央学園の夏服、半袖シャツとスラックスと言う出で立ちで――ロータリーに立ってひたすらに待っているのは、それも夏休み直前の試験休みの一日を潰してそこにいるのは、当然、理由あってのことである。

 そうでなければ、ダラダラと汗を流しながら立ち続けていたりはしないのだ。

 ――――しないのだ、が。



「げ……」



 その時、ロータリーに一台の車が入ってきた。

 バスでもなければタクシーでもない、周囲の人だかりがザワめくその車は、黒塗りでしかも細長かった。

 所謂、リムジンと言う車だった。

 しかもその車はオボロの目の前に停車した、庶民たるオボロからすればビビるしか無い。



 そしてオボロの目の前の窓が、スルスルと開いていった。

 するとどうだろう、そこには1人の年若い少女がいるでは無いか。

 年は17歳くらいで、艶やかな黒髪と白磁の肌の美しい少女。



「やぁオボロ君、おはよう。随分と早いんだね?」



 そこから姿を見せたのは、オボロが常に学校で「レン先輩」と呼んでいる女生徒だった。

 ただいつもと違い、私服姿である。

 どこかお嬢様然とした、紐とリボンで彩られた白のワンピースである。

 柔らかで上質な素材で出来ているらしいそれは、確かにレンに良く似合っていた。



「どうしたんだいオボロ君、まるでキミが暑い中制服姿で立っていたのに、のうのうと私服姿でしかも涼しい車に乗ってやってきた私に対して怒っているようじゃないかね」

「先に全部言うことで、予防線にするだと……!」



 驚愕の事態だった、車から降りてくるレンを見つめて驚くしか出来ないオボロ。

 しかしレンの到着に触発されたかのように、他の2人も到着した。

 1人はカレルである、こちらはマウンテンバイクに乗って爽やかに登場してきた。

 清潔感のあるシャツとスラックス姿、何故か汗一つかいていない。



「おや、僕が最後だったようですね。これは申し訳ありません」

「最後? いや、まだユウ先輩が……うおっ!?」



 オボロは飛び上がった、ちょうど自分の影になる所に1人の少女が体育座りで蹲っていたからだ。

 ホットパンツにキャミソールと言う非常に薄い格好のその少女は、ユウである。

 本当にいつの間にそこにいたのかわからないが、彼女は寝ていた。

 すやすやと、暑い中でぐっすりと……どうして平然と眠れるのか不思議だった。



「よし、全員揃ったようだね!」



 機嫌よく宣言したレン、ブランドのロゴの入ったハンドバックを片手に、彼女は続けた言った。



「それでは、夏休み直前……毎年恒例、風紀委員会の課外活動に取り組むとしよう!」



 恒例なんて初めて聞いたとか、課外活動という名の遊びじゃないですかとか、いろいろとツッコミ所はあったのだが……しかし結局、レンの弾けるような笑顔には何も言えずに。

 オボロは、深々と溜息を吐いたのだった。



  ◆  ◆  ◆



「それで、課外活動って実際のところ何をするんですか?」



 駅前のショッピングモールへと歩を進めながら、オボロは前を歩くレンに対してそう聞いた。

 するとレンは良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷いて、白魚のように細く綺麗な人差し指を一本立てて見せた。

 所謂、説明のポーズである。



「最近、『校則』に反して寄り道をする生徒の姿が多数報告されていることを知っているかい?」

「ああ、はぁ。まぁ、聞いたことくらいは……」



 実は知らないのだが、ここは知ったかぶっても害は無いと判断した。



「うむ、当然、私達風紀委員会としてはこれを掣肘しなければならない」

「あ、なるほど! それで休日に出てきて注意を喚起しようとか、そんなまさに風紀委員っぽい仕事を」

「よって、我々も寄り道をして原因の究明に当たるべきだと考えたわけだよ!」

「放課後じゃなくて休日に出てきた時点でそうだろうなとは思ってましたけどね!」



 休日でも関係性は変わらない、オボロは全力で諦めた。

 レンがまともに仕事をするわけが無いのである、わかっていたことだった。

 ちなみにカレルはそんな2人を後ろからニコニコしながら見守っていた、一方でユウは気がついたら視界内のどこかで寝ているので、もはや誰も心配していない。

 むしろ、ユウに関する謎が増えていくばかりだった。



「それで、実際何をするんですか?」

「ふむ、そうだね、実は次の予定まで時間があるからね……まずはこのあたりを制覇してみようかと思う」

「ここって……」



 まずやってきたのは、ショッピングモール西側の一階部分にズラりと並んだ洋服店街だった。

 見るからに若い女性向けのブティックが並ぶそこは、なるほど女生徒が寄り道をしたがるのもわかろうと言うものだった。

 まぁ、つまりはショッピングのお誘いなのだろう。



 ここまで来れば、オボロに否やを言うつもりは無い。

 ただ何分、女性向けの洋服店など入ったことが無い。

 そのため、何と言うか、恥ずかしかった。

 恥ずかしかったのだが、レンに腕を掴まれて引き摺り込まれてしまうのだった。

 唯一、カレルはユウが店の中で寝ていることを確認してから入店するだけの余裕があった。



「ふむ、随分と洋服が置いてあるのだね。オボロ君、この店はどうやって使用したら良いのかな」

「……自分の好みの服を試しに着て、気に入れば買えば良いんじゃないですかね」

「なるほど、博識だね」



 店内に入れば、レンは興味津々といった様子で店の中を見回していた。

 マネキンが着ている服をしげしげと見ていたかと思えば、棚にサイズごとに同じ服が大量に置かれているのを見て不思議がったり、何より値段のタグを見て驚愕していた。



「オボロ君オボロ君、ここにある服は全部がプライスレスだね! こんな値段で果たして利益は出るのかい、私はむしろそれが心配だよ」

「別にレスじゃないですけど、それが所謂デフレって奴じゃないですかね」

「な、なるほど……これがあの伝説のデフレか」



 絶対に違うと思う。



「何かお探しですかー?」



 その時、営業スマイルを浮かべた店員がすすすっと近付いてきた。



「おお、オボロ君、店の人間に声をかけられてしまった。どうすれば良いと思うね?」

「試着すれば良いんじゃないでしょうか」

「なるほど、キミは頼りになるな……良し店員、ここからここまで、全て試着させて貰おう!」

「待てい」



 いったい誰が、店の端から端まで全ての服を試着すると言うのか。

 営業スマイルを崩さない店員に脅威を覚えつつ、オボロはレンに洋服店の正しい使い方を教え始めた。

 教えると言っても、「3つ選んで試着して気に入ったら買う」くらいのことしか言えなかったが。

 ちなみにレンは、結果として6万円のワンピースと5万円のブーツを購入した。



「ああ、お似合いですよユウさん」

「……すや~……」



 なお、ユウはいつの間にか試着室の中で寝ていた。

 カレルが一定間隔でカーテンを開けると、どういう理屈か毎回違うパジャマ姿になっているのである。

 なお、ユウは1万円のパジャマと8000円のナイトキャップを購入した。



  ◆  ◆  ◆



 一通りのブティックを文字通りに制覇した――合計27店、購入合計金額298万4520円――後、ファストフード店で1人620円前後の昼食を取った後、1人2000円を出して映画館のチケットを購入した。

 前半と後半の金銭感覚がおかしいが、オボロは10店目のブティックで考えることをやめた。

 荷物は持ちきれなかったので、全て郵送である。

 まぁ、とにかく午後は映画だった。



 タイトルは、「姉をたずねて三千里」。

 ――――オボロは耐えた、耐えに耐えてまた耐えた、けして突っ込まないと心に誓った。

 だから彼は黙ってチケットを買い、ポップコーンと炭酸飲料を購入し、レンとユウに挟まれる形で席に座った。

 まぁ、ユウは当然のように寝ていたが。



『お、お姉ちゃん……おねえちゃああああああああああああああんっ!』

「うう、泣くな弟よ。姉はお前の学費を稼ぐために大西洋に出稼ぎに行くんだ……!」

「レン先輩、映画は静かに見てください」

「すまん、つい感情移入してしまって」



 映画の内容は、何と言うか、出稼ぎに出た姉を追いかける幼い弟の冒険活劇だった。

 もう、突っ込み所しか存在しなかった。

 と言うか、序盤ですでに号泣してどうすると言うのだろう。



 だが映画が進むにつれて、レンは過剰な反応を返すようになっていった。

 主人公の弟が姉を求めて密航するシーンではハラハラした表情でオボロの肩を掴み(かなり痛かった)、旅先で出会った友達キャラに弟が「お姉ちゃんお姉ちゃんって……バカみたい」と言われると本気で激怒し(ガクガク揺さぶられた)、まさに感情移入していた。



(ま、まるで映画に集中できない……)



 隣が凄まじく五月蝿い、口は閉じているが行動が五月蝿い。

 逆側にいるユウが寝ていて静かなため、余計にそう思えてしまう。

 ひょっとすると、普通に映画を見ているのはユウの向こうに座っているカレルだけなのではないだろうか。



 レンの静かな大騒ぎは、映画が終わるまで続いた。

 最終的に主人公の弟が、出稼ぎ先の土地で姉の腕の中に飛び込んだシーンで映画が終わるのだが。

 その時になると、もうレンは号泣を通り過ぎて大泣きしていた。

 黒の瞳から大粒の涙をボロボロと流す姿も美しいが、映画の間中好き勝手に揺すられたレンはグロッキー状態だった。



「うっ、ぐす……良かった、良かったね弟君……!」

「……そ、そうですね……」



 感情移入し過ぎだろうと思うのだが、もはやそう突っ込むことすら出来ないオボロだった。

 実に、そう実に長い2時間だったと言えるだろう。



「いや、感動的でしたね」

「……すや~……」



 カレルだけが、普通に映画を見ていた。

 そしてユウは、やはり最初から最後まで寝ていた。



  ◆  ◆  ◆



 今日一日付き合わせたお礼だよ、と言って、夕食はレンがご馳走してくれることになった。

 流石に奢りはどうかと思ったので、オボロなどは遠慮しようとしたのだが。



「何、ここは店主が知り合いでね。安くして貰えるから、遠慮しないで良いよ」



 とのことで、やはり半ば引き摺られるようにして入店することになった。

 ただ、そこはいかにもな高級料理店……と言う程では無いにしろ、内装の凝った上流層の店構えではあった。

 少なくとも、ファミリーレストランのように気軽に来れる店では無さそうだ。



 白いテーブルクロスを広げられた丸テーブルが10個ほど並んだ店内には、テーブルには花、壁には絵画が展示されていて、自然色で統一され落ち着いた造りになっていた。

 やや薄く設定してある照明に、店内に流れるシックなBGMが非常に雰囲気を出している。

 そしてテーブルに座るのは、ノーネクタイでこそあるが、どこか物腰が庶民とは異なる人々だった。



「あら、レンちゃんじゃない。今日はお友達も一緒なの? 珍しいわね」

「はい、お世話になります」



 オボロがテーブルに座って緊張していると、彼らのテーブルに一人の女性が近付いてきた。

 40代くらいだろうか、どこかウェイトレスを思わせるシックな黒の女性用スーツに身を包んだ美人だ。

 長い黒髪と言い、物腰と言い、どこかレンに似ているような気がする。



 その後の自己紹介――オボロは緊張の余り2度噛んだ――によると、どうやら彼女はレンの遠縁の親戚にあたる女性らしい。

 どんな関係なのかはわからないが、どうやら自分の才腕のみで店を持った才人らしい。

 曰く、レンの尊敬する人なのだとか。



「レン先輩の尊敬する人って……」



 何故だろう、非常に危険な気がしたオボロだった。

 緊張して固くなっているオボロをクスクスと笑いながら見つめる所など、良く似ている。

 身の危険を感じる、非常に。



「じゃあレンちゃん、わかってるとは思うけど、たまには本邸の方に顔を出しなさいね」

「……はい」



 しかし、最後の別れ際、女性の声に応じるレンの声に違和感を覚えた。

 特に何がどう、とまでは感じないが、どこか固い声だったように思う。

 椅子の上で身を後ろへと逸らしているレンの表情は、向かい側に座るオボロには見えない。

 カレルは常に笑顔であるし、そもそもユウは寝ていたからわからない。



「……うん? どうかしたのかな、オボロ君?」



 次に振り向いた時にはレンもいつも通りの顔と雰囲気になっていたので、オボロには何もわからなかった。

 しかしこの時点では、結局、何もわからなかっただろう。

 当事者であるレンが、何も話すつもりが無かったのだから。



 それが幸福であるのか不幸であるのか、それは誰にもわからない。

 この時点では、まだ。

 誰にも、わからなかった。



  ◆  ◆  ◆



 学生が夜に出入りする店となると、どんな物を想像するだろうか。

 カラオケ、ゲームセンター、ひょっとしたらボウリングやバーなどもあるかもしれない。

 人によってはまだまだ多くの遊び場を知っているだろうが、オーソドックスな所で言えばそのような場所だろう。



 オボロは、レン達と共にその夜、その全ての店を訪れた。

 遊び倒した。

 とんだ風紀委員会である、巡回名目に何をしているのだろうか。



「オボロ君、私は夢を見ているのだろうか……」

「大丈夫ですレン先輩、今回ばかりは俺も同じ気持ちですから」



 ゲームセンターで4人でレースゲームに挑戦した所、椅子に座って寝ていたはずのユウが一位になっていたり。

 いったいいつの間にそんなことになったのか、他の3人には理解することも出来なかった。

 寝ながらドリフトを決めるとは、それはもはや起きているのではないだろうか。



「オボロ君、ボウリングのボールは果たしてシュートしただろうか?」

「カーブしか見たこと無いです……」

「ははは、大したことはありませんよ」



 カレルが、右手投げのシュート回転ボールでパーフェクトゲームを達成したり。

 もうそれは骨に悪いのでは無いかと思うのだが、しかし普通にストライクを取ってくるのだから意味がわからない。

 この副委員長、苦手な物があるのだろうか。



「ああ、そうだオボロ君、キミにはまだ言っていなかったと思うのだが」

「は、何です?」

「いやね、風紀委員会の夏休みの予定なのだが。まぁ、またこんな風に街を歩いて『校則』違反者を発見すると言う使命もあるのだが」

「それ、使命って言います?」



 そして所変わってオールナイト・カラオケ。

 カレルが歌うオランダ民謡をBGMに――無意味に流暢なオランダ語で――レンはオボロに言った。

 どうやら夏休みの予定らしいのだが、風紀委員会の予定を話した後、レンは微妙に言いにくそうにしていた。

 しかし何やら意を決したように、何故かオボロから目を逸らしつつ。



「な、夏休みには、どこかへ合宿にでも行こうかと思うのだが」

「風紀委員会の合宿って、何するんですか?」

「合宿は合宿だ、風紀委員は全員参加だから、そのつもりでいたまえ」

「はぁ」



 風紀委員会の合宿、正直イメージが湧かない。

 しかし風紀委員会のイベントであると言うならば、参加しなければならないだろう。

 その点に関して、オボロとしては拒否する理由は無い。

 だが、何故だろう。

 了承の言葉を返した時、レンが僅かに嬉しそうな顔をしたような気がしたのだが。



「それで、実際なにをするんです?」

「うん? ふふん、それはその時になってのお楽しみと言う物だよ。……おや、私の番のようだね。オボロ君、デュエットでもしないかい?」



 その後もやけに上機嫌で、オボロとしては首を傾げざるを得なかった。

 ただレンの機嫌が良いのは悪いことでは無いので、オボロは気にしないことにした。

 夏休みが楽しみというのも、それはそれで健全だろう。

 ――――だから、オボロは意外だったのだ。



 この2週間後、夏休みの真っ只中。

 レンがあれほど楽しみにしていた夏休みのその時、そのレン自身が。

 オボロを含む風紀委員会のメンバー全員が、レンと全く連絡が取れなくなってしまうだなんて。



 オボロは、思わなかったのだ。



 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 どうしましょう、少しシリアスもどきが混じりました。

 これを拾うか、やめるか。

 それによって、今後の展開が大きく変わりそうな予感です。


 こちらの作品は月に何度更新するかの不定期ですが、完結まで停止はしませんのでよろしくお願い致します。

 では、またお会いしましょう。


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