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議案5:「そんなに見つめられると、照れるね」


 プール授業、学生にとっては夏の代名詞とも言える授業だろう。

 楽しみにしている生徒も多いだろう、特に良く晴れた暑い日には。

 まぁ、中には逆の見解を述べる者もいるかもしれないが……。

 いずれにせよ、プール設備のある学校では概ね存在する授業のはずだった。



 ちなみに、ここ私立東央学園にはプールが3つ存在する。

 一つは172人の部員を要する水泳部が使用する遠距離プール、そしてシンクロ部と飛び込み部が使用する深いプール、それから授業で使用する普通のプールだ。

 当然、水泳関係の部活に入っていない一般生徒が使えるのは最後の普通のプールだけである。



「25メートルプールを4人で掃除するとか無いでしょ、無いよなー」

「ははは、これがあるんですよねぇ」



 そしてそんなプールの真ん中に、オボロはいるのだった。

 体操着であるジャージ姿で、デッキブラシを肩に担ぐようにしながら溜息を吐いている。

 そんなオボロの横では、いつもの書類捌きのように常人の3倍のスピードで水を抜いたプールの床を磨いているカレルがいた。

 同じジャージ姿だが妙に絵になっている、イケメンは不公平だと素直に思った。



「毎年の恒例行事なんですよ、普通プールの風紀委員会による清掃は。一般生徒への模範と言うか、そう言うことで」

「誰も見てないんですけど」

「人が見ている前でやったら、模範になりませんから」

「それ意味あります?」



 まぁ、風紀委員会の活動に意味を求めて満足したことが無いので、そのあたりについてはもはや諦めの境地に達しているオボロだった。

 彼に出来ることは、真面目にプール掃除をして少しでも早く終わらせることだけだった。

 普通である、良いことであった。



 そう、何事も真面目にやっていればそこまでの時間はかからないのである。

 日曜日と言う学生にとって貴重な休日を潰してまでやっている掃除である――ますますもって誰にも見られることが無い――そうすべきである、文句なしに、議論なしに。

 ところが風紀委員会には、常に事態をややこしくしてくれる人物がいるわけであって。



「やぁオボロ君にカレル君、精が出るね。ところでどうだい、一緒にタワシでエアホッケーでもしないかね?」



 今日び小学生だってそんな遊びはしないと言うのに、デッキブラシとタワシを実際に両手で抱えてワクワクした笑顔でそんなことを言う少女。

 流石に邪魔だったのか、いつもは流している長い黒髪を黒のリボンバレッタで纏め上げている。

 風紀委員会の長、レンは、今日も明るい笑顔でオボロ達の前に立っていた。



  ◆  ◆  ◆



 そもそもである、レンは人が見ていない前だと仕事しなさ過ぎなのである。

 普通は新聞部のパパラッチ部隊などが醜聞を暴こうと暗躍する所なのだろうが、レンに関してはあまりそう言う話を聞かない、何でも新聞部の部長が幼馴染なのだとか。



 それで良いのか新聞部と思うオボロだが、以前の他己紹介のように風紀委員会側から求めに応じる形で情報をあえて流すこともある。

 つまり癒着である、何と言うことだ。

 学園の秩序を司る風紀委員会が新聞部と癒着、大スクープだが新聞部が報じないので問題にならない。

 どこの政治情勢だと突っ込みを入れたくなってくるオボロだった。



「と言うかレン先輩、働いてくださいよ。実質俺とカレル先輩の2人でやってるようなもんじゃないですか」

「またキミはそれかタワシホッケー、たまには他のことも言ったらどうなんだねタワシホッケー、そう言うことをしていると人間性が固定化されてタワシホッケー、つまらない人間と周囲に称されてしまうよタワシホッケー、ところでどうだねタワシホッケー」

「どんだけホッケーやりたいんですか!?」



 ちなみに、常に委員会の部屋の隅のソファで寝ているユウもプールサイドにいる。

 ただいるだけであって、見学者用の屋根のある椅子の上で寝ているが。

 徐々に気温が上がってきた昨今、よくもまぁ外で寝れるものだと逆に感心する。

 プールの底にいるオボロには見えないが、今頃寝返りでもうっておへそを見えていることだろう。



 しかし一方で、レンの姿もなかなか凄い物があった。

 掃除に邪魔だったのか知らないが、まず制服のスカートを脱いでいる。

 剥き出しの白い太腿が太陽の下に晒されている、意外と細く引き締まった脚線美が全て目の前にあった。



「と言うか、何ですかその格好」

「む? いろいろ考えてこれが一番だと判断したのだが」

「どんな思考を辿ったのか、非常に気になるんですけど……」



 もちろん、スカートの下は下着では無い。

 黒、いや紺色のレオタードのようなそれは水着だった。

 お腹部分の右端部分に校章が刻まれているそれは、学園指定のスクール水着である。



(小学生かこの人……)



 たまに思うが、レンは大人びた容姿に反して子供な部分が多い。

 いや、それは少し違うのかもしれないとオボロは思う。

 どちらかと言うと、昔できなかったことを今したがっているとでも言おうか。

 スクール水着の上に制服の上と言うのは、どうかと思うけれど。



 それでもオボロがレンの言うことをなんだかんだで聞いてしまったり、黙認したり、諦めたりしてしまうのは、そう言う所を感じ取ってのことなのかもしれない。

 レンの事情は、良くわからないが。



「さぁオボロ君、風紀委員会ホッケー大会の開幕だよ!」

「いや、だから仕事してくださいよ」



 まぁ、仕事はしてほしいと思う。

 それを許してしまう自分は、後輩だからか諦めの境地だからか、それとも……。



  ◆  ◆  ◆



「さぁ! いつでも良いよ、どこからでもかかってきたまえ……!」



 飛び込み台側の壁を背にしつつ、ツルツル滑るプールの底板の上を警戒にステップして見せるレン。

 最初に水を撒いたため余計に滑るはずなのだが、レンはそれを意に介していないかのように巧みなステップを刻んでいる、ただ正面のオボロから見ると反復横跳びのように見えるのだが。

 いずれにせよ、無駄に良い動きだった。



 ただ先にも言った通り、今はプール掃除の時間である。

 しかも割と夏日だ、暑い、なるべく早く終わりたい。

 ……実はそう思っているのは自分だけでは無いのかと、オボロがやや疑いを持っているのは秘密である。



「さぁさぁさぁさぁさぁさぁ、オボロ君! 私の準備は万全だよ!」

「何でそんなにテンション上がってるのか知りませんけど、やりませんからね」

「え、何故だい?」

「どうしてそこで本気で「何で?」みたいな顔ができるんですか……」



 と言うか、「デッキブラシでタワシで床ツルツルだったらホッケーだろう?」みたいな顔をリアルでするのはやめてほしい、無意味に純粋な瞳で。

 そもそもにおいて、ここには3人しかいない。

 カレルは現在1人でプールの7割を凄まじい勢いで磨いている、笑顔で事も無げにだ、相変わらず無意味に能力が高い、無意味多いな風紀委員会。



 よって、ホッケーをするとすればレンとオボロの一騎討ちになるのである。

 2人できゃっきゃきゃっきゃとホッケー……何だか恥ずかしい、やはり無意味に。

 なのでオボロはレンの誘いを無視して、無意味に下を向きつつ――今のレンの姿は思春期突入中の少年には目に毒である――ゴシゴシとプールの床を磨いている。



「オボロ君オボロ君、遊ぼうよ」

「凄まじく風紀委員長が言って良い台詞じゃないですよね、それ」

「えー、ふーむ」



 オボロのつれない返事にムクれたレンだが、ふと何かを考え込み、そして気付いたような表情を浮かべた。

 それから制服の襟元に指を入れて、服の下の水着を確認するように覗き込む。

 そして、ニンマリとした笑みを浮かべると。



「オボロ君オボロ君」

「何ですか、レン先輩。俺は今真面目にプール掃除をしている所で……」

「もし私に勝てたら、上も脱ぐよ?」



 ――――……。



「いや、別に良いです」

「間があったね?」

「……無いです」

「あったね?」



 ニマニマした笑みが何だかムカつく、そう思うオボロだった。

 しかし若干だが顔が赤い、不必要にレンを視界に入れようとしない点も、レンの心を弾ませていた。

 可愛い、そんな目で後輩の少年を見つめている。



「とにかく! やらないです!」

「そうかい、わかったよ」



 わかってくれたか、と頷くレンの姿にほっとするオボロ。

 これでようやく、普通にプール掃除が出来ると思った所で。



「……スク水制服が好みか……」



 凄まじい誤解が発生した。



  ◆  ◆  ◆



「ふははははっ、その程度のフットワークで私からタワシを奪えると思うなよ!」

「ホッケーってそう言うゲームでしたっけ!?」



 オボロは女子スク水制服が好き――まさかそんな認識をそのままにも出来ないので、オボロは結局レンの遊びに付き合うことになった。

 しかし誤解を恐れないで言うのであれば、別に勝利して上の制服を脱がせようとしているわけでも無い。



 ただ単純に、レンの気が済むように付き合っているだけである。

 それだけだ、それ以上の意味は無い。

 だからオボロにとって、これは流しの遊びであって真剣になるいかなる要素も無い。



「しゃおらぁっ!」

「おおっ、凄まじい身体の伸びだねオボロ君!」



 喜色に富んだレンの声が響く、その視線の先では、レンが打ち払ったタワシを全力で取るオボロがいた。

 こう、両手でデッキブラシを持ち、両足で滑るプールの床を蹴ってキャッチした。

 少なくとも「流し」の動きでは無い、全力である。

 そしてレンも全力で、タワシを確保したオボロへと肉薄する。



 伸ばしてきたブラシから逃れるようにタワシを下げれば、まるで棒術か何かのようにデッキブラシを構えてプールの底板の上を滑ってくる。

 驚異的なバランス間隔だ、オボロとしては逃げの一手である。

 幾度も重ねられるフェイトやフェイクの動きに悩まされつつも、必死に動くオボロ。

 本当に無意味に身体能力が高い、どういう才能の無駄遣いだ。



「……仲が良いですねぇ」



 そしてそんな2人を、相変わらず1人だけ仕事をしているカレルが見ていた。

 本当なら彼も審判あたりで参加したかったのだが、何分彼が動かないと風紀委員会は回らない。

 いつもの通り、1人で大体の仕事を終えるのだ。

 だが彼自身は、それを不快に思ったことは無かった。



 レンが遊んでオボロが巻き込まれ、ユウが隅で寝ている。

 それが今の風紀委員会、カレルはそれを割と好いていた。

 仕事は、そこにいるための必要な要素だと思っている。



「頂きだよ!」

「ぬわっ……たらっぷっ!?」

「あっははははっ!」



 タワシを奪われすっ転んだオボロを笑うレンの声が、水の抜かれたプールに響く。

 撒かれた水が跳ねてキラキラと輝く中で、それは非常に貴重なもののようにカレルには見えたのだった。

 まぁ、若干ぬるぬるした水溜りにはまったオボロとしては、別の見方があるだろうが。



  ◆  ◆  ◆



 ――――酷い目にあった、と、オボロは思った。

 彼の目の前には、夕焼けに照らされるプールが広がっている。

 縦25メートル、一般的なプールの縁に腰掛けて眺めているような体勢だ。

 朝からやって今までかかったのは、ひとえに途中の「遊び」のせいである。



 大体にして、彼の姿はなかなかのみずぼらしさだった。

 髪と肌の荒れ方などはもちろん、身に着けているジャージは生乾きで黒ずんでいる。

 傍にあるデッキブラシが無ければ、いったい何があったのかと聞きたくなる程である。

 その彼自身は、どこか遠くを見るような目で磨かれ終えたプールを見つめていて……。



「……うわった!?」



 不意に頬に冷たい感触が走って、オボロは飛び上がった。

 慌てて振り向けば、まず視界に入ったのは冷たい水滴のついた柑橘系の缶ジュース。

 そして、弾けるような明るい笑顔だった。



「ふふ、相変わらず面白い反応をするね、キミは」



 そこにいたのは、プール備え付けのシャワーを浴びてきたのだろう、制服の肩に白いタオルをかけたレンだった。

 まだ雫が垂れて濡れている髪に、第一ボタンなどが外れていつもより緩い印象を受ける服装。

 何より違うのは、タイツから解放された白い生足だ。

 さっきまで見ていたのに、スカートの端から伸びるそれはまた違うもののように見える。



 だが何よりも、赤い夕日に照らされて、缶ジュースを差し出す彼女は綺麗だった。

 見た目はもちろんそうだが、見た目以上に、空気と言うのだろうか。

 どこか淡い、そんな雰囲気の彼女はこの世の何よりも綺麗に思えたのである。

 ……まぁ、その実態はタワシでホッケーして大はしゃぎする少女なのだが。



「ん? どうかしたのかな?」



 缶ジュースを受け取ってもらえないことに対してか、あるいは単純にじっと見られていることに気付いてか、レンは不思議そうに首を傾げる。

 いつもより重さを持って流れる前髪を何となく視界に入れつつ、オボロはレンから缶ジュースを受け取った。

 夕日に照らされたその顔の色は、何色に染まっていたのだろうか。



「別に何も、ただレン先輩に仕事してもらうにはどうしたら良いかと考えてただけです」

「何だ、そんな課題なら簡単に解決できるぞ。弟を連れてくれば良い、基本的に私は弟の言いなりだからね。アレだ、「お姉ちゃん、お願い」と言われたら何でもするぞ?」

「いや、俺先輩の弟さん知りませんし。にしても、本当に弟さん好きなんですね」



 前々から聞いてはいたが、どうもレンはブラコンらしかった。

 よほど可愛いのだろうか、幼いのかもしれない、会ったことは無いので良くわからないが自分にも似ているらしいし。



「と言うか、そんな毎日甘やかしていたら弟さん、かなり我侭になりません?」

「そんなことはないさ、弟は天使だからね」

「そーですか」



 天使と来たか、オボロは苦笑を浮かべた。

 しかし次のレンの一言に、苦笑を怪訝の表情に改めなければならなくなった。



「何しろ、私は弟に年に何度も会えないから」



 このレンの言葉で、弟の人物像がまたよくわからなくなった。

 まさか留学でもしているわけでもあるまい、いやしているのだろうか、レンより年下で?

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、レンはオボロの横で笑みを浮かべた。

 その笑みに、オボロは何も言えなくなった。



 何故なら、その時のレンが浮かべていた笑顔は先程までの明るい、弾けるような笑顔ではなかったから。

 どこか陰のある、儚い、哀しげですらある……そんな、笑みで。

 オボロは、どこか呆然とした顔でレンを見つめた。

 沈黙が数秒続き、そしてオボロが何かを言うべきかと喉を鳴らした所で。



「……おや、カレル君が戻ってきたね。ユウは……まぁ、自分でいつの間にか帰ってるかな」



 ふい、と、レンはオボロから顔を背けて立ち上がった。

 そしてそのまま、オボロには何も言わずに歩き出す。

 背筋を伸ばして歩くその背中を、オボロはただ見送っていた。



 こういう場合に何を言えば良いのか、経験値の足りないオボロにはわからなかった。

 もし何かわかっていたら、自分は何と言うべきだったのだろうか。

 だがこの時のオボロには、わからなかったのである――――。



 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 3月最後の更新になります、季節感の違いが凄いことになってますね。

 ただ、基本的にはこんな形で進めていく予定です。


 ただ4月からは環境が激変するので、ペースはしばらくかなり鈍るように思います。

 でも何とか更新できるよう、頑張ります。

 それでは、またお会いしましょう。


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