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議案4:「他己紹介はインパクトが大事でね」


「自分が何者か、というのは、実は自分が一番わかっていなかったりするものなのだよ」



 その日の風紀委員会、開口一番に委員会の長たるレンはそう言った。

 委員長の革の椅子の前に立ち、握り拳までつけている。

 だが、彼女のその話を聞いている人間はその場には誰もいなかった。



 例えば、明らかに日本人離れした容貌の副委員長は黙々と書類の山を捌いていたし。

 2年生の委員は、部屋の隅のソファの上ですやすやと眠っているし。

 そして1年生の委員であるオボロはと言えば、先の2人程ではないが普通に仕事をしていた。

 総無視である。

 ふぅ、と、レンは溜息を吐いた。



「……そう! つまり人の価値とは、他人に評価されてこそと言うことなのだよ!」

「続けた!? 挫けなかったよこの人、と言うかどこ見て言ってんですかレン先輩!?」



 無視されることに対して欠片も挫けることなく、なぜか明後日の方向を向いてポーズまでつけて叫ぶレン、そしてそんなレンに律儀に突っ込みを入れるオボロ。

 なんだかんだと言いつつも、風紀委員会は通常運転だった。

 最近は特に大きな揉め事も無いので、仕事の量に変動が無いことも影響しているのかもしれない。



 東央学園にとって大きなイベントは基本的に夏休み後の2学期に集中しているので――体育祭や学園祭、音楽祭などだ――1学期である今は、言わば学園に慣れるための準備期間だ。

 まぁ、2年生や3年生はそもそも準備する必要が無いのだろうが。

 それはともかく、レンはオボロの反応に満足そうに頷き、身体を明後日から正面へと移しながら。



「よって、これから風紀委員会の他己紹介を始める!」

「他己紹介!? あ、これは説明してほしいとかそう言う意味での「!?」じゃ無いんで!」



 牽制球を投げるオボロ、しかしレンは牽制球に思いっ切りバッドを叩きつけるタイプの人間だった。



「つまり、他の3人がどう思っているかを今日この場で聞いてしまおうと言う試みなわけだ」

「良いって言ってるのに説明入ったよ……」

「まぁまぁ、今回は一応仕事なんですよ」



 書類の山の中から、カレルの声だけが返ってくる。

 そして書類の山の一番上の紙が滑り落ちるようにオボロの手元まで飛んできた、そこにはこう書かれている。

 「風紀委員会メンバーの紹介」……新聞部からの要請と言うか、要望だった。



 この学校の新聞部は全国紙に紹介される程の記事を書くことで有名だった、噂によればここの新聞部に3年間過ごすだけで大手新聞社への就職の道が開けるとまで言われている。

 ともかく、その新聞部から風紀委員会の記事を書きたいと要望が来ているのだった。

 内容は、他の委員がその委員について紹介するというもの。

 つまり、他己紹介である。



  ◆  ◆  ◆



 他己紹介、呼んで字の如くである。

 本来は自分で自分のことを紹介する自己紹介を、他人の手に任せるというものだ。

 他人が自分をどんな人間だと感じているか、それを知る良い機会でもあった。



「ふふふ、さぁ、私のことを素敵に紹介してくれたまえ」



 長机が隅に移動した部屋の中心、革ではなくパイプ椅子に姿勢正しく据わったレンがワクワクしたような顔で紹介されるのを待っていた。

 ちなみに新聞部から来た書類に書けば終わる話なのだが、どうやらレンは他己紹介に何かしらのこだわりを持っている様子だった。

 まさか誰かに紹介されるのが楽しみだ、などと言うわけでは無いだろうが……。



「さぁ、どんと来たまえ!」



 何故か、キラキラした眼差しでウェルカム状態だった。

 正直、いつものことだがオボロにはついていけない。



「まぁ、やはりここはオボロ君から先に行くのか妥当かと」

「え? い、いや、ここはやはり一番長く付き合っているであろうカレル先輩から」

「オボロ君」

「あ、はい」



 視線を戻すと、何故かレンは表情を消していた。

 表情の無い真顔で、オボロを真っ直ぐに見て言う。



「私とカレル君は、そう言う関係ではないよ」

「あ、はい、すみません…………って、じゃあどんな関係ですか、そもそもそんな意味じゃないですよ!」

「うん、やはりオボロ君は打てば響くから良いね」



 翻っての笑顔、オボロは複雑そうな表情を浮かべてそれを見ることしか出来なかった。

 視点を変えれば、すでにカレルは待ちの体勢に入っている様子だった。

 こうなってくると、最初にオボロから行くしかない。



 とは言え、さて、どうか。

 オボロから見たレンがどう見えるのか、と言う問題だが……難しい。

 女性を評価など考えたことも無いし、先輩であるし、それこそ長い付き合いでも無い。

 悩み始めると、困る。



(うーん……改めて見ると、やっぱ美人だなぁとは思うけど……)



 白人の血が混じっているカレル程ではないが、それでも十分に白くシミ一つ無い肌。

 身長やスタイルなどのバランスも良いし、特に長い艶やかな黒髪などは色気すら感じる。

 和服など着れば、まさに日本人形のような少女に変身するのでは無いだろうか。



 また内面においても、レンは委員会の部屋の外にいる限りは完璧だ。

 試験は常に学年トップ、全国模試で3連続全国単独1位になったとも聞いている。

 茶道や弓道、華道にも通じ、スポーツも文化も万能、教師の受けも良く同学年・下級生問わず人気がある。

 バレンタインには女子からチョコを貰い、週に3度は男子生徒の告白を受けているとも……。



「うーん……」



 でもそれは、自分の知る「レン」では無いような気がする。

 目を向ければ、未だワクワクと自分の紹介を待っているレンの顔がある。

 少なくとも、他の生徒はこの彼女は知らないだろうと思う。

 風紀委員だけが知っている、彼女の素だ。

 やはり、オボロにとってそこを抜いた彼女は「レン」では無かった。



「何というか……」

「うんうん、何だい?」

「えー……と、一言で言うと」

「うむうむ」

「――――……唯我独尊、みたいな?」



 レンはかなり微妙な表情を浮かべた。



「良く言えば引っ張っていくタイプ……ですかね、たぶん。悪く言うと空気読めてないと言うか、そんな感じですけど。もうちょっと落ち着いてくれればそれが一番、かな」



 実際、風紀委員に入ってからと言うもの、レンには振り回されてばかりだ。

 まだ2ヶ月程度の付き合いだが、巻き込まれた騒動は数知れず。

 と言うか、そもそも論として。



「仕事してくださいよ、レン先輩」

「なっ!? 私は風紀委員長として立派に仕事を果たしているとも! 1日たりとて怠けたことは無い!!」



 胸に手を当てて叫ぶレン、だがオボロの中のイメージは全く変わらなかった。

 それは外では立派かもしれないが、中では全くダメダメなのである。

 イメージとして、そこを抜くことは出来なかった。



「ぬ、く……カレル君、カレル君! 私はしっかり仕事を果たしているよね!?」

「はい、委員長は立派な風紀委員長ですよ。僕が保証します」

「カレル先輩、甘やかしすぎですよ……って、もしかして今のが紹介ですか?」



 オボロのレンのイメージ、「仕事してください」。

 カレルのレンのイメージ、「立派な委員長です」。

 凄まじく逆のイメージである、そこで3人目の意見が重要になるのだが……。

 なお、その3人目の彼女、お昼寝先輩(オボロ心の呼び名)の意見は。



「……すぅ……すぅ……」



 と、言うことだった。



  ◆  ◆  ◆



 風紀委員会の序列として、委員長の次は副委員長だろう。

 オボロの紹介に凄まじい講義の嵐を返した後、レンは憮然とした表情でそう告げた。

 東央学園における絶対権力者であるレンの言葉は神の言葉である――実際、彼女の言葉に絶対的に従う人間も学園内にはいたりする――と言うわけで、また特に反対も無いので、そのようになった。



「あはは、お手柔らかにお願いします」



 レンが座っていた席に今度はカレルが座って、にこやかな笑みを浮かべながら他のメンバーの紹介を待っている。

 どこか余裕そうなのは、懐が大きいのか神経が図太いのか。

 しかし、オボロとしては彼の悪い点というのはなかなか思いつかないのだが。



「カレル君はアレだね、胡散臭いな」

「何かいきなり凄いことを言ったよこの人……!」



 カレル本人が頬に一筋の汗を流している前で、オボロは信じられないものを見るような目でレンを見た。

 あれほど……あれほど! 風紀委員会の書類仕事を一手に引き受けているカレルに対して「胡散臭い」である。

 ばっさり斬り捨てにも程がある、と言うか何様だろうこの少女は。



「風紀委員長様だが」

「むしろ胸を張って言いましたね……!」



 もはや脅威すら感じて、オボロは顎の下を腕で拭った。

 別に汗など流れていないが、何となくそうした。



「まぁ、でも仕事は早いね。それは誇って良いことだと思うよ」



 そして、あくまで上から目線である。

 立場的にはその通りなのだが、実情を知るオボロとしては断固抗議したい所だった。



「カレル先輩ほど学校のために働いてる人いませんよ! むしろレン先輩は仕事してくださいよ!」

「また私か!? オボロ君はそうまでして私を貶めたいのかね、何の恨みがあってそんなことを!」

「人が必死で仕事してる前でRPGゲームの裏ボス攻略法に頭悩ませてたら、そりゃあ憎しみの一つや二つくらい湧いてくるってものですよ!!」

「ついに憎しみと来たか、いったいキミの中の私はどれだけ怠け者なんだね!?」

「果てしなくですよ……!」



 あっという間に置いていかれたカレルは、目の前で第2ラウンドを始めた2人を眺めつつ喉奥でくっくっ、と笑った。

 何となく、彼がどうして風紀委員会にいるのかがわかる構図ではあった。

 意外と、カレル自身が今の風紀委員を気に入っているのかもしれない。



 なお、レンとオボロのカレルへの評価と紹介はほぼ予想通りのものだったが。

 最後の1人、例の彼女の意見も一応必要なので聞いてみた所。

 彼女は、顔色一つ変えずにこう答えたという。



「……むにゃ、むにゃ……」



 だ、そうであった。



  ◆  ◆  ◆



 レンとカレルは、それぞれ個性が強すぎるものの、それは逆に言えば紹介の材料に事欠かないと言う意味と同義であった。

 むしろ材料が山のようにあったので、誰も紹介に詰まったり困ったりということも無い。

 なので、割とスムーズに来れはしたのだが……。



「……ど、どうするか」

「困りましたね……」

「うーん……」



 だが、ここに来てそのスピードは致命的なまでに停止した。

 レン、カレル、オボロ、3人共にどうしたものかと眉根を寄せている。

 彼ら彼女らの視線は、今は同じ女生徒に注がれていた。



 その女生徒は、もはや紹介の必要も無いくらいの個性を持っていた。

 一言で言えば、起きない。

 起きないと言うか、ずっと寝ている。

 何故に風紀委員会にいるのかと言うそもそもの疑問もあるのだが、しかしそれ以上に。



「ユウは、いったいいつ起きて行動しているのだろうか」

「いえ、僕も2年間一緒に風紀委員をやってますけど、彼女が起きた所を見たことがありません。気が付いたら帰宅したりしてますけど」

「と言うか、ユウ先輩って普段の学校生活どうしてるんですかね……?」



 菊月夕、ある意味で風紀委員会で最も個性的な女生徒である。

 何しろ最初から最後まで寝続けているのだから、個性的で無いわけが無い。

 しかもいつの間にか自分の分の仕事はしているのだから、もはや意味がわからない。

 美術科は奇妙な人間が多いことで有名だが、これはそれとは何か違う気がした。



「しかし、一応はユウのことも紹介しなければならないからな。さて、どう表現したものか」

「もういっそのこと、いつも寝てますで良いんじゃないですかね?」

「キミは風紀委員の評判を落とす気かね?」



 オボロの中で風紀委員のイメージが崩れ去るのは良いのだろうか、良いのだろうなとオボロは諦めることにした。

 しかし実際、ユウはこれだけ騒いでも起きない。

 すやすやすやすやと、自前のお気に入りの毛布に身を包んで、良い夢を見てそうな笑んだ表情で寝返りなど打っている。



「まぁ、こう……大人しい、的なことで良いのではないだろうか。少なくとも邪魔に思ったことは無いわけだし」

「たまに思うんですけど、レン先輩って実は俺らのこと嫌いですか」

「いいや? 共にいて安らぐ友だと思っているよ」



 それにしては、随分な扱いと認識である。

 まぁ、それはそれとして。

 ユウの紹介は、外面的には「大人しい少女」ということになった。

 それほど間違っていない、と、思う。



  ◆  ◆  ◆



 オボロは、そわそわしていた。

 何故かと問われれば、それはもちろん彼自身が他のメンバーにどう思われているかを知る機会が訪れているためだ。

 これまでは一方的に自分の意見を述べるばかりだったので、気になって仕方が無いのだ。



(まぁ、どうせ碌でもない認識なんだろうけど……)



 ふ、とどこかやさぐれた雰囲気を滲ませるオボロ。

 何しろ彼は普通だ、風紀委員会の中では最も普通であることに自信を抱いている。

 だから彼はユウを除いた……いや、カレルも除いてレンから飛んでくるだろう言葉も大体は想像がついていた。

 哀しいことを言えば、精神的に予防線を引いたのである。



「さて、まぁこんな所かな」



 ところがである、レンはそんなことを言い出した。

 未だオボロが他己紹介されていない状態で、終了を宣言したのである。

 思わずオボロが「えっ」と声を漏らしてしまうのだが……それが不味かった。



 意外そうなオボロの反応を耳にした途端、レンがニヤリとした笑みを向けてきたのである。

 罠だ。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 レンは口元に手を当てて、ニヨニヨとした笑みを浮かべつつオボロへとにじり寄って来る。



「おや? どうしたんだいオボロ君、そんな物欲しそうな顔をして。もしかして、私に紹介してほしかったのかな? ん?」

(し、しまったぁ――――!)



 後悔すれどもう遅い、レンは非常にニヤついた顔で頭を抱えて悶えるオボロの背中を突いていた。

 もう本当に楽しくて仕方が無い、そんな顔をしていた。

 一方でオボロは罠にかかった羞恥心――こう、構ってちゃん的な意味で――顔を赤くしてその場に縮こまっていた、救いようが無い。



「ふふ、可愛いなぁ、キミは」

「いっそ殺せ!!」



 あんまり楽しいものだから、レンはコロコロとおかしそうに笑うのだった。

 そして目尻に浮かんだ涙を拭いながら、言うのだ。



「ああ、楽しいな。友人を紹介するのも友人に紹介されるのも初めてだから、本当に楽しい」



 オボロは、そんなレンを僅かに不思議そうな気分で見つめた。

 友人の紹介くらい、17年も生きていれば何度でもあるだろうに。

 大げさなことだと、この時の彼はそう思うしかなかった。



 後で思えば「ああ」と思えることでも、その時には大した意識も無く流される。

 レンの楽しそうな笑顔を見ていれば、やはり流してしまえる些事だと思えてしまって。

 だからオボロは、この時、いつものように疲れたような溜息を吐いて終わるのだった。



  ◆  ◆  ◆



「……でもレン先輩、新聞部のコレって一行分くらいしか書くスペース無いんですけど」

「おや、では今までの紹介では入りきらないね……カレル君、じゃあ適当に書いて出しておいてくれたまえ」

「今までの話の意味は!?」




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 オリジナルであることと、ハーメルンでのコードギアス二次に主力を置いていることもあって、なかなかこちらが賑やかにはなりませんね。

 そろそろある程度のキャラクターごとのストーリーを入れていこうかな、と考えています。


 まぁ、ユウさんのエピソードって何描いたら良いのかわかりませんけどね……!

 では、またお会いしましょう。


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