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議案12:「いざ始まると、寂しいものだね」

 ――――学園祭、それは学生にとって最も重要なイベントの一つだろう。

 私立東央学園と言えども例外ではない、いや、生徒の自治によって学生生活が成り立っている以上、重要性は遥かに増していると言える。

 しかし逆に言えば、生徒を束ねる風紀委員会にとっては最も忙しい時間だろう。



 風紀委員会の傘下である学園祭実行委員会の監督、学園祭期間中の生徒の素行の監視、舞い込んで来るトラブルの解決事後処理その他諸々、すべき仕事は多岐に渡る。

 5000人を超える生徒が参加する上、教職員などの大人が存在しない学園敷地内の管理は困難を極める。

 それを4人の委員で統制しようと言うのだから、どれほど忙しいかは押して知るべしだ。



「ちょっと風紀委員さん! バレエ部と体操部が舞台の上で変な議論してるんだけど! レオタードかスパッツかどうかとかで!」

「は、はーい!」

「風紀委員さん、図書委員会と読書部とラノベ部が図書館でサバゲーしてて迷惑なんですけど……」

「は、はいはーい!」

「サッカー部とフットサル部が、野球部のグラウンドを襲撃した!!」

「は、はいはいはいはーい!」



 まさに目が回る忙しさだ、オボロは学園祭を楽しむ暇もなく走り回っていた。

 校内はもちろん各グラウンドや施設、範囲は問わずとにかく駆け回り、様々な問題を風紀委員の権限をもって解決していった。

 奇しくも今まで風紀委員会で振り回されていた経験が活きていた、これも怪我の功名と言うべきなのかどうなのか。



「しんどい……けど、委員長達も頑張ってるんだもんな。今日だけは、うん、今日だけは」



 そして校庭の真ん中で額の汗を拭いながら、オボロは充実した顔でそう言った。

 例によって準備の8割はカレルの仕事だが、それでも今日ばかりはあのレンも自分と同じように忙殺されていることだろう。

 苦労しているのは自分だけでは無い、その想いがオボロの力となっていた。



 その時、風紀委員会支給の携帯電話がブルブルと震え始めた。

 他の風紀委員会からの連絡である、周囲の喧騒が凄いため聞こえるかどうか不安だったが、しかし出ないわけもにいかなかった。

 と言うわけで、オボロが通話ボタンをプッシュした次の瞬間……。



『オボロ君! オボロ君オボロ君オボロ君!!』

「い、委員長ですか? どうしたんですか、いきなり……」



 レンの声が大音量で耳に届いて、オボロは驚いたように身を竦めた。

 だがそれに構わず、電話口の向こうでレンは言葉を続けて。



『オボロ君、カレル君が……カレル君が大変なん』

「は? カレル先輩に何が……ちょ、レン先輩? レン先輩!?」



 途中で切れてしまったために、ますますもって意味がわからない。

 いったいカレルに何が……というか、レンはどこにいると言うのか。

 まさかあの2人が揃っていて、どうにもならない事態でも生じたのだろうか。

 オボロは緊張の余り、頬に一筋の汗を流した――――。



  ◆  ◆  ◆



 ――――の、だが。



「レン先輩! いったい何が――――」

「やぁ、オボロ君。キミも一杯どうだい?」



 カレルのクラスの出し物がある大音楽室、そこに駆け込んだ――まぁ、カレルがいるかどうかは賭けだったが――次の瞬間、オボロは盛大にコケた。

 何故と聞かれれば、危機的状況を伝える電話で自分を呼んだ相手がタキシード姿の少年達に接待されていればそうなるだろう。



 音楽クラスの出し物のために使われているのだが、BGMが嫌に本格的なオーケストラの演奏であることを除けば、良くある喫茶店の出し物だった。

 申請によれば、執事喫茶ならぬオーケストラ喫茶である。

 まぁそれは良い、良いのであるが、いや良くないが。



「レン先輩、何やってんですか……」

「む? いや風紀委員長として……ああ、ありがとう……このクラスの出し物を見に来たのだよ。そしたら……うむ、砂糖は2つで……カレル君が凄いことになっていたから、思わず……おお、クッキーかねありがとう……オボロ君を呼んでしまったんだよ」

「全力で走ってきた後輩に対して……というか、何接待されてるんですか」

「風紀委員長だからじゃないかね?」

「それアウトですよね、風紀委員長として!」



 オーケストラの少年達に甲斐甲斐しく世話をされているレンを睨めば、まんざらでも無い表情でレンは笑った。

 しかしレンもここに来る前は自分と同じように苦労していたに違いない、そう思うことでオボロは自分を押さえ込んだ。

 そうでないと、何かがどうにかなってしまいそうだったからだ。



「ははは、どこであっても変わらない人達ですねぇ」

「ああ、カレル先ぱ……」

「「「「きゃーっ、タカギ先輩かっこいぃ――――!!」」」



 件のカレルが姿を現したと思い振り向けば、しかしそこにカレルはいなかった。

 何故ならば黄色い声を上げる女子生徒に囲まれていたためで、と言うか彼が女子の群れの中でどんな状態になっているのか、オボロには見えなかった。

 ただ気が付けばそこかしこで盆を持ったハーフの少年が出現しているので、囲まれる→脱出→囲まれる……というのをひたすらループしているようにも見えた。



「ははは、いやすまないねオボロ君。だがせっかくの学園祭なのだから、少しくらい楽しんでもバチは当たらないだろう?」

「いやダメですよ、風紀委員会ですよ俺ら」

「オボロ君は真面目だなぁ」

「レン先輩はもう少し真面目になってください」



 心の底からそう言って溜息を吐いて、しかしオボロはいつものこととして処理することにした。

 そう、いつものことだ。

 それこそ、今までと同じ……からかわれるのは、もう慣れっこなのだから。



 そんなオボロに、レンは相変わらず笑みを見せている。

 ニコニコと楽しそうに浮かべられるその笑顔は、風紀委員会では見慣れたものだ。

 見慣れているが故に。

 いつもそこにあると、そう思えるものだった。



  ◆  ◆  ◆



「まぁ、風紀委員とは言っても生徒の1人。それぞれのクラスの出し物について見て回るのも悪くは無いだろう?」

「まぁ、そうですね」

「おやおやオボロ君、いつまで拗ねているんだい子供かねキミは」

「誰のせいだと思ってますか!?」



 呆れ果ててオボロが音楽室から出た際、何故かレンも一緒についてきた。

 ついて来たと言うよりは、飽きて出てきたのではないかとオボロは踏んでいる。

 当のレンはと言えば、何故か楽しそうに鼻歌など歌っているが。



 しかし、学園祭である。

 広い校内は各クラス・クラブによる飾りつけで凄いことになっていて、とてもいつもの学園と同じ建物だとは思えない。

 ……と言うか、壁の色が違うのはやりすぎだと思わないでもないが。



「ああ、オボロ君オボロ君。そっちでは無いよ、こっちだ」

「はい? いや別に良いですけど……どこに行くんです?」

「ユウの所に決まっているだろう」



 いや、そんな「当たり前だろう」みたいな顔をされても。

 そう思ったオボロだったが、ふと気になったことがあった。

 そう、ユウである。

 はたしてあのお昼寝先輩は、どんな出し物でどんなことをしているのだろうか。



「うむ、何でも休憩所をやっているらしい」

「そうなんですか?」

「うむ、添い寝をしてくれるらしい」

「……え?」

「ところでオボロ君、添い寝とは――――どんなことをするのだろうね?」

「――――え?」



 耳を疑うような発現が聞こえた気がしたが、それをレンに確認することが出来ない内に、オボロはレンに連れられて美術室にまでやってきた。

 すると、美術クラスの女生徒が受付をやっていて、レンとオボロの姿を認めると。



「あ、風紀委員会の方ですね? お待ちしてました、こちらへどうぞー」

「うむ、よろしく頼むよ」

「――――え?」



 広い美術室には、保健室で使うようなカーテンの仕切りとお布団が敷かれた小スペースでいくつにも仕切られていた。

 いや、と言うか良いのだろうかこれは、風紀委員会として取り締まるべきなのでは無いだろうか。

 しかしこの期に及んで何を言うことも出来ずに、オボロは美術クラスの生徒とレンの後について歩くことしか出来なかった。



 そして一番奥のスペースにつくと、美術クラスの女生徒がカーテンを開いて。



「どうぞー、本人が貴方なら良いということなので」



 と、言った。

 カーテンの向こうにはもちろん、と言うかやはり、ユウがいた。

 お布団の上ですやすやと眠るその姿は、添い寝と言うよりはまさにお昼寝ではあるが、どうぞと言うからにはそのまま横に寝ろと言うことなのだろうが。

 と言うか、オボロならとはどういう意味だろう、ドキドキした。



 ――――にゃあん。



 その時、不意に奇妙な鳴き声が聞こえた。

 何かと思えば、すやすや眠るユウの枕元に、それはいた。

 猫である、それも随分前に風紀委員会にやってきた淡い色の毛並みの猫だ。

 どうしてここに、と首をかしげていると。



「どっちにしますか? 添い寝」

「え」

「いえ、ですから……猫ちゃんと、菊月先輩、どっちとお休みになりますか?」



 何故か頬を赤らめる女生徒に、オボロは何も返すことが出来なかった。

 視線を動かせば、シーツの中から覗くユウのきゅっと締まった足首と、枕元で丸くなる猫が見えた。

 すやすや眠るユウの唇が、何故か誘うような言葉を紡いだような気がした。

 ごくり、と、唾を飲み込むオボロ。

 そして、彼が出した結論は――――……。



 ……ちなみに、この時レンが何をしていたかと言うと。



「な、何故あの猛獣がここに……!」



 隅の方で、ガタガタと震えていたと言う。



  ◆  ◆  ◆



 オボロ、ユウと来れば、次はレンである。

 これはオボロのクラスが地域の歴史発表会と言うあまりにもつまらない普通の出し物をしているからではない、単純なローテーションの問題である。

 そして、レンのクラスの出し物は何かと言うと。



「おお、オボロ君よ。ヘタレてしまうとは情けない」



 どこかの酒場を思わせる飾り付けが成された教室で、木製の丸テーブルの前に座ったオボロはレンによる「説教」を受けていた。

 叱るほうの説教ではなく、教え諭す方の「説教」だ。

 そして、何故今そんなことをしているのかと言うと。



 レンが、どこかで見たような女僧侶の格好をしていたからである。

 青を基調とした修道服に、両手に持った聖書とロザリオ、どこからどう見ても「なんちゃって僧侶」だ。

 周囲を見渡せば、皮鎧を身に着けた戦士やらローブの魔法使いやら村人Dやら、いろいろいるのだが。



「ようこそ、我がRPG喫茶へ。存分にセーブしていくが良い、あ、とりあえずこの白紙の聖書に今日の記録をつけてくれるかねオボロ君?」

「いろいろ危ない!!」



 オボロは全力で突っ込んだ、ここで突っ込まないと大変なことになる気がしたためだ。

 当のレンは本当に楽しそうに笑っていて、何がそんなに面白いのかと呆れてしまう程だ。

 しかしレンはふと表情を険しいものに変えて、腰に手を当てると。



「しかしだよオボロ君、さっきのあのヘタレっぷりは何だね、それでも据え膳を食うべき男の子かね。ユウよりあの猛獣の方が柔らかいとでも思ったのかね? 残念、キミがあの猛獣と戯れている間にユウの柔らかさは私が存分に堪能して」

「今日のレン先輩はテンション高いですね本当!? あと風紀、風紀を守ってください委員長!」



 今日のレンは本当にテンションが高い、いやそれはいつものことではあるが、それでも高かった。

 何がそんなに楽しいのだろう、学園祭は楽しいものだが去年も一昨年もあっただろうに。

 そして気になったことはすぐに聞けば良いと、今までの風紀委員会で学んだオボロ。

 なので、彼は素直に聞いた。



「レン先輩、学園祭、そんなに楽しいですか?」

「うん? 楽しいよ、オボロ君は楽しくないのかい?」

「うーん、仕事が忙しくて、それどころじゃないです」

「そうか、大変だね」

「……って、レン先輩も仕事してくださいよ!?」

「あはは」

「あははじゃなくて!」



 まったくもう、と言いたげに胸を逸らすオボロ。

 子供用ビールの入った木製のジョッキを一気に煽るオボロ、向かい側に座ったレンがその様子にクスクスと笑う。

 ……さて、オボロは気づいているだろうか。



 ここの所、レンがオボロと過ごす時間が増えていると言うことに。

 以前は4人での行動が多かったのに、カレルやユウの真相を追っていた時もオボロとレンだけは離れることの無い組み合わせとしてそこにあったことに。

 そしてそれが、レン自身が好んで行っていることだと言うことに。

 おそらく、気付いてはいないのだろうな、と。



「キミは本当に、可愛いね」

「嬉しくないです」



 今日何度目かの優しげな笑みを浮かべて、レンはオボロを見て想うのだった。



  ◆  ◆  ◆



「おや、ようやく来たようだね」

「はい?」



 その後も箸にも棒にもならない会話を延々としていたのだが、ある時、ふとレンが顔を上げた。

 視線の先を追えば、オボロもああ、と頷く。

 何故なら、教室の入り口からこちらへと近付いてきたのは……。



「いやぁ、すみません。ユウさんを迎えに行くのに手間取りましてね」



 カレルである、それもいつものようにユウを抱えての登場だった。

 何故か離れた位置で女子生徒達がキラキラした眼差しを2人に向けていたが、その眼差しからは憧れや羨望と言った気持ちが見て取れた。

 何しろタキシードの美少年がお昼寝美少女をお姫様抱っこである、しかもユウはシーツにくるまったままなのでやけに絵になっていた。



「カレル先輩、ユウ先輩まで……いや、ユウ先輩は寝てますけど」

「いつものことじゃないか、さぁ、皆で遊びに行くとしようか」

「いや、仕事しましょうよ……」



 そんなことを言いつつも、オボロはレンの背中を追って席を立った。

 何だかんだと言って、彼もまた、そうするのが自然になってしまっているのだろう。

 自覚があるのか無いのかは、わからないが。



「私とカレル君にとって最後の学園祭を、大いに堪能しようじゃないか!」



 レンのその言葉が、妙に胸にズシンと来たことだけは。

 隠しようの無い、事実だった。

 ……それだけは。



 ただ今は、オボロも気にしないことにした。

 今はただ普段通りに接して、心の底から楽しめば良い、そう思っていたからだ。

 そしてそれが出来るのが、学生というものだ。

 今と言う一瞬を駆け抜けていくことが出来る存在が、その時間が、思い出が。

 その瞬間の少年と少女には、かけがえの無いものなのだから。



 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 ついに学園祭に突入、そして12話目です。

 おそらく次回が最終回になるのではないかな、と思います、13話目、ちょうど1クールっぽいので、キリ良くいきたいと思います。


 それでは、もう少しだけお付き合いくださいませー。


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