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議案11:「実は普通が一番普通では無い」


 学園祭の近い時期、東央学園風紀委員会は通常運転だった。

 つまりカレルの書類の処理量がオーバーロードしていたと言う意味だが、同時に他の面々がのほほんとしていると言うことでもあった。

 約一名は、変わらず寝ていたが。



「オボロ君、私はある事実に気付いてしまったのだよ」

「はぁ」



 いつぞやもやったような会話だな、などと思いながら、オボロはカリカリと書類にペンを走らせながら適当な相槌を打った。

 カレルほどでは無いが彼も一生懸命である、それでも成果は一般的な領域を出ない物であったが。

 しかし少なくとも、風紀委員長の椅子に座りながら携帯ゲーム機を握り締めているレンより働いていることは確かだった。



 そう言う意味では風紀委員会で2番目に働き者なのはオボロであると言える、そして彼に適当な相槌を返された当のレンはと言えば、「ゲームオーバー」と表示されたシューティングゲームの画面を軽く唸りながら睨みつつ。

 ……なお、カレルは当社比3倍の書類の壁の向こうにいて顔が見えない。



「……オボロ君、私はある事実に気付いてしまったのだよ?」

「はぁ」

「私は! ある事実に! 気付いてしまったのだよ!」

「はぁ!」

「キミ実は私で遊んでいたりしないかい?」

「いやまさかそんな」



 携帯ゲーム機から顔を上げてジト目で睨むレンから顔を背けつつ、オボロは溜息を吐いた。



「レン先輩、仕事してくださいよ」

「仕事などいつでも出来る、遊ぶことが最優先だ」

「カレル先輩の前で何と言うことを……!」



 それはそれとして。



「それで、何に気付いたんですか?」

「うむ! 実はだね!」



 聞いてもらえたことが本当に嬉しいのか、レンはぱっと笑顔の花を咲かせた。

 それをまともに目にして3秒固まった後、オボロは咳払いなどしつつ再起動した。

 それに気付いているのかいないのかは不明だが、レンは携帯ゲーム機を放り出して本当に嬉しそうな顔で話を始めた。



「実はオボロ君こそが、風紀委員会の最大の謎なのでは無いかと気付いてしまったのだよ!」

「レン先輩、仕事してください」

「もう少し真面目に聞いてくれても良いじゃないか、オボロ君!」

「レン先輩がもう少し真面目に話してくれたら考えても良いです」



 オボロの言葉に、表情を真面目なものに変えるレン。

 それを受けて、オボロもやや真面目な顔を作る。

 そして、レンは言った。



「オボロ君、キミが風紀委員会の一番の謎だよ」

「違います、先輩達と一緒にしないでください」

「まぁ聞きたまえ……聞いてってば」

「聞きますけど……」



 それにしたとしても、オボロが風紀委員会一番の謎だと言う言葉には首肯しかねた。

 レン、ユウ、カレル、それぞれ個性的過ぎる先輩に囲まれる中、オボロは自分をほとんど唯一の一般人だと思っていた。

 と言うか、それが事実である。



 いったいこの世の誰がこの3人よりもぶっ飛んでいると言うのであろうか、逆に聞きたいくらいだった。

 ところがレンの側からすると別の見解があるらしく、つれない態度を取るオボロを見て唇を尖らせていたが。



「と言うか、俺のどこが謎ですか。普通です」

「それ、それだよオボロ君。その普通と言うのがネックなんだ」



 我が意を射たりとレンが頷く、ますます意味がわからないオボロだったのだが……。



「つまり、普通すぎて逆に謎なのだよ。要するに、没個性と言うわけだね」



 物凄く失礼なことを言われた。



  ◆  ◆  ◆



「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ!」



 オボロが家に帰ってきた時、出迎えてくれたのは母のそんな声だった。

 頬に手を当ててひたすら「まぁまぁ」と言う母の姿は、何ともいえないものがあった。

 しかしそれも仕方が無いだろう、未だかつて息子が放課後に誰かを連れ帰ったことなど無い。

 そしてその相手が女子ともなれば、息子を持つ母親として「まぁまぁ」の一言も言いたくなる……のかも、しれない。



「いやぁ、とても個性的なお母様だったね。まさか「まぁまぁ」だけで全ての会話を成立させるとは……どうしてオボロ君は日本語を習得してしまったのかね?」

「馬鹿にしてますか?」

「いや、不思議に思っているんだよ」



 と言うわけで――何が「と言うわけ」なのかはオボロ自身にもわからない――風紀委員会は、急遽オボロについて調査を行うことになった。

 正直に言えばかなり嫌なのだが、すでにユウとカレルの調査に参加してしまったオボロなので、正面切って断る度胸は無かったのである。



 とは言っても、ユウやカレルほどに面白い物があるわけでは無い。

 今は家の客間を借りている状態だが、別に高級な壷があるわけでも掛け軸があるわけでも無い。

 畳とテーブル、一般的な家財道具があるくらいだ。

 それでも何が珍しいのか、レンは物珍しそうにキョロキョロしている。



「これが本邦初公開、オボロ君の家か……本邸はどこにあるんだね?」

「ここが本邸ですよ、と言うか庶民はそんな名前の建物持ってませんからねレン先輩」



 それにしても……と、オボロは制服姿で自分の家にいるレンを見る。

 何と言うか、物凄く違和感があった。

 妙にソワソワするのは家にレンがいると言う状況のせいだろうか、あるいは畳の上ですやすやと寝ているユウのせいかもしれないが。

 ちなみに、カレルはどこにいるのかと言うと……。



「いやいや、お待たせしました。鍋と炊飯器と冷蔵庫とキッチンをお借りできそうです」



 人の母親を誑かし、全員分の夕飯を用意する手はずを整えていたのだった。

 好き嫌いがわからないので、あと面倒なので、母から自分達で用意するように言いつけられたのである。

 自分で言うのもアレだが、相当な母親である。



 ここに来る前にカレルがスーパーに行って材料を買ってきてくれたのだが、校門前で合流した時、書類の山もかくやと言わんばかりのエコバックを担いだカレルの姿が思い出される。

 あの量は、ちょっと4人分とは思えなかった。

 しかも料理の他にもお菓子などがあって、いや実に良く食べるなと感心した程で……。



「ああ、言い忘れていたがねオボロ君。今日の夕飯は闇鍋だよ」



 ……その感心は、レンのたった一言で脆くも崩れ去ったのであるが。



  ◆  ◆  ◆



 ――――闇鍋。

 それは古今東西、最もアグレッシヴな鍋の一つとして知られている。

 理論は単純だ、暗闇の中で参加者全員で具材を入れる、それだけである。

 誰が何を入れたのかわからない鍋、それが闇鍋だ。



 ただこれはあくまでもギャグであり、本気で夕飯の献立にしようと言う人間はまずいない。

 いるとすればよほど感性の振り切れている人間か、あるいは好奇心旺盛なあまり殺される猫ぐらいなものであろう。

 そして残念なことに、この場にはその両方を兼ね備えた人間がいるようだった。



「いや、一度で良いから闇鍋なる物を食してみたかったのだよ」

「どうしてレン先輩は、どうでも良い知識だけ豊富にあるんですか……」



 心から、心の底からオボロは戦々恐々としていた。

 何やら鍋奉行に任命されたらしいカレルはすでに鍋の中身を知っているだろう、寝ているユウを除いてしまえば、おそらく恐れを抱いているのは自分だけだろう。

 と言うか、レンは何故こんなに楽しみにしているのだろうか。



「いやいや、何とも香ばしい香りがしてくるじゃないかね」

「……タバスコじゃないですかね……」

「そして同時に香る、この甘やかな香りは」

「……麦チョコじゃないですかね。グミの可能性もありますけど……」

「ところでカレル君、ダシに使ったのは何かね?」

「マシュマロです」

「溶けますよね!?」



 そして、聞いているだけで気が遠くなりそうなラインナップだった。

 と言うか、明らかに鍋の具材では無い。

 もしかして食べ物以外の物も入っているのでは無いかと疑いたくなる、いや確実に入っているだろう、そう思うだけでオボロの心はヘシ折れそうだった。

 と言うか、今日はオボロの謎とやらを解き明かすのではなかったのか?



「おや、そろそろ煮えた頃でしょうか」

「そうか! では早速蓋を開けたまえ。いや楽しみだねオボロ君、人生初の闇鍋だよ」

「そして人生最後の闇鍋だと思いますよ」

「ははは、何を言っている。こんなに楽しいものなら月に一度の闇鍋デーを来期の『校則』にねじ込んで――――」



 カパッ、とカレルが鍋の蓋を開け、いの一番に鍋の中を覗き込むレン。

 その笑顔が、急速に萎んでいくのをオボロは見た。

 それはそれは花が萎むかのような様子で、花開いていた笑顔が真顔になるまで2秒もかからなかった。

 オボロの位置からはカレルが開いた蓋が邪魔で中身が見えないのだが、香りだけでも十分なインパクトがあったとだけ告げておこう。



「……オボロ君」

「な、何ですか?」



 カレルの手をそっと押さえて鍋の蓋を下ろさせながら、レンはオボロを見た。

 その表情は、引き攣って頬をヒクつかせた笑顔しか浮かんでいない。



「覚悟は良いかね? ちなみに私は良くない」

「もうやだ、この人……」

「ははは、明日は風紀委員会全員で学校を休むのですかね」



 カレルの言葉は、的中する可能性がかなり高かった。



「……すやぁ~……」



 訂正、寝ていて鍋に触れてすらいない一名を除いて。



  ◆  ◆  ◆



 恐怖の闇鍋からこっち、胃腸の調子が芳しくないオボロである。

 まさかお豆腐の中にラーメンが仕込んであるとは誰が思うだろう、ちなみにジャガイモの中には納豆が仕込んであった、外観を傷つけずにいったいどうやったのだろう。

 まぁ、それもゴロゴロ鳴るお腹と比較すれば大した問題では無いのだが。



「うう、カレル先輩はどうして平気そうなんですか……」

「いいえ? 正直かなりキてますよ、この家のトイレを一晩占拠したいぐらいには」



 テーブルに突っ伏したまま顔を上げると、そこには変わらずニコニコ笑顔のカレルがいた。

 ただ、いつもに比べて顔色が白い気はする。

 何しろ結局あの闇鍋は、「男子がいると助かるねぇ」と言うレンの鬼畜な発言によりオボロとカレルでほとんどを消化したのだ。



 闇鍋の処理をせずに鍋を母親に渡す勇気は無かったので、苦渋の努力ではあった。

 しかし言いだしっぺだと言うのに、レンはほとんど手をつけなかった。

 夜中にお腹がすいたと言っても何も与えない、オボロは心の底からそう誓った。



「と言うかカレル先輩、鍋奉行だったんでしょう? なのにどうしてあんなエグいことを……」

「ははは、委員長の言いつけですからね」

「学園の外まで言いつけを守らなくても……というか、そういえば先輩たちの相互関係ってかなり謎のままじゃないですか。俺のことよりまずそっちを解明しましょうよ」



 そんなことをぶつくさ言ってると、不意にカレルがじっとオボロを見つめてきた。

 あまりにも真剣な眼差しで見つめてくるので、何かと思って緊張するオボロ。

 しかし、始まりと同じように不意にカレルは表情を変えてにっこりと笑い。



「委員長とユウさんが入浴中だからと言って、そんなに必死に話題を探さなくても良いんですよ?」

「なっ!? 違いますよ、ちょっとやめてくださいよそう言うの!」

「おや、では全く全然これっぽっちも気にならないんですか?」

「…………」



 事実、現在レンとユウは一緒に入浴中である。

 一般家庭のお風呂場が初めてだったのか何なのか、レンが非常に興味深そうだったのが印象的だ。

 そしてユウ、常に寝ている彼女はいったいどうやってお風呂の入るのだろうか。

 そう言う意味では、確かに気にならないと言うわけでもなく。



「……思春期ですねぇ」

「まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ!」

「だから違いますって! そしてどこから登場したこの母親!」



 断言しておくが、オボロはけして「そう言う」ことを気にしているわけでは無い。

 無いったら無い、無いのである。

 何故ならオボロは、紳士であるからである。

 レンやユウの入浴に対する興味は――――……まぁ、人並みであろう。

 そして一方。



「むむ、ユウ。キミはどうして寝てばかりなのに私より小尻なのかね、そして足首が締まってて胸は大きいのかね……!?」

「……むにゅ……」

「待て待てユウ、そんな所を枕にしても寝れな……あいたぁっ!?」



 何故か、お風呂場でどったんばったんしていた。



  ◆  ◆  ◆



「おやオボロ君、キミはカレル君と入浴しないのかね?」

「男同士で風呂に入って、誰が喜ぶってんですか……」

「今では結構な市民権を得ていると思うがね」

「は?」



 オボロが意味がわからないと言う顔をすると、レンは肩を竦めて話題を流した。

 掘り下げると怪我をしそうなので何も言わないが、言葉の通り、今はカレルが入浴中である。

 これについては正直に言って興味が無い、いやレンやユウの入浴にしても興味があるわけでは。



 一方で、実はオボロ達は部屋を移っていたりする。

 理由は単純、闇鍋した客間はもはやいられるような環境――匂い的な意味で――では無くなったため、急遽オボロの部屋に詰め込まれたのである。

 オボロが先程からソワソワしているのは、そう言う理由だ。

 けして、ベッドの下を探られるのを恐れているわけでは無い。



「やれやれ、やっと自分のお手入れが出来るよ」



 一方でレンはと言えば、寝っぱなしのユウの髪を拭いたり梳いたりと忙しそうだった。

 よもや入浴の時間中そうやっていたわけでもあるまいが、少なくともオボロが見ていた限りにおいて、レンはユウの世話を焼いていた。

 あの2人が現委員長と次期委員長だと言ったら、いったい何人の生徒が信じてくれるだろうか。



 とにかくほっと息を吐いた後、ブローブラシや櫛、コテ、アフターバストリートメントやスタイリングローション小瓶……小さな学生鞄のどこにしまっていたのかと思うような道具をガチャガチャと取り出すレン。

 ユウに対してはユウ自身の道具を使っていたようだが、オボロにはその差があまりわからなかった。

 そしてふと、レンはオボロの視線に気付いて。



「おや、気になるのかい?」

「え、あ、す、すみません。ジロジロと」

「別に構わないよ。何、長い髪を維持するのも大変なのさ」



 軽く笑って、髪のお手入れに入るレンを、オボロは少しばかり興味深そうに見つめた。

 不躾にならないよう気をつけてはいるが、寝巻き(ネグリジェ)姿と言うのも手伝ってなかなかに気恥ずかしい。

 それこそカレルでは無いが、思春期の男子には眩しいものがあった。

 しかしふと、何かを思い出したような顔になって。



「そういえばレン先輩、俺のことわかったんですか?」

「うん? ふふ、キミが素敵な男の子だと言うことはわかっているよ、ちゃんとね」

「そ、そう言うことじゃなくてですね」



 たまにだが、レンと一緒にいるとこうして気恥ずかしくなることがある。

 その理由は非常に微妙な心理によるものなのだが、言葉にするにはあまりにも淡すぎた。



「ふふふ、すまないね。私やユウ、カレル君のことは知ったのに、キミだけ知らないなんて不公平じゃないか。こうして部屋にも来れたことだしね」

「いや、何にも無い普通の部屋ですよ……」

「私にとっては、こういう部屋は初めてだよ。それに……」



 そこでレンは、何故か中空を見上げて鼻先をすんすんと動かして。



「……オボロ君の、匂いがするね」

「そ、そりゃ……まぁ、俺の部屋ですから」



 気恥ずかしい、何だろうこの空間はとオボロは思った。

 ちなみに何故かユウがドアの方向に向けて数センチ動いたように見えたのだが、まさか起きているのだろうか、そしてもしやこの空気に当てられているのだろうか、寝苦しそうである。

 ……再び、ブローの音が響き始めた。



 レンの髪はいつも艶やかなのだが、今はやや毛先が広がっているように見えた。

 そしてそんな部分に目が行ってしまう自分にすら気恥ずかしくなって、オボロはついに視線をレンから外してしまった。

 クスクスと言う笑い声が聞こえるのは、気のせいに違いない。



「……まぁ、私も引退だからね」



 だから、不意に流れてきた声も、きっと気のせいだ。

 学園祭の後、卒業を間近に控えた3年生の声を、気のせいで済ませる。

 それは、とても寂しいことのように思えた。



「ところでオボロ君、一つ良いかな」

「何ですか、レン先輩」



 それでも。



「実は私、先程からお腹がすいてしまってね……何か無いかね?」

「闇鍋!」



 それでも、今は、まだ。

 まだ、このままで――――……。



 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

 そろそろ学園祭をやって、と言う空気ですが、最後まで更新していきたいと思います。

 オリジナルって、難しいですよね……。


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