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議案1:「グラウンドは仲良く使いたまえ」

私立東央学園風紀委員会、長編化です。

長編オリジナルは初めてですが、これまでの作品と同じくゆっくりと頑張っていきたいと思います。

それでは、どうぞ。


 私立東央学園。

 普通科はもちろん、音楽科、スポーツ科、美術科、建築科など多様なクラスによって構成される県内有数の規模の高等学校である。

 それに伴い生徒数は5000人超、多様なクラスで構成される以上、生徒の個性も多種多様である。



 それ故、その統制のために『校則』と呼ばれる物が存在する。

 各クラスの代表による会議で毎年制定される『校則』、その執行者こそ――――。

 ――――私立東央学園、風紀委員会である。



  ◆  ◆  ◆



 私立東央学園は、国内の高等学校の中でも極めて異例の存在である。

 5000人を超える県内有数の生徒数、10を軽く超える多様な学科、「民間への教育委託」と「学生の自治」を二本柱とする独特の運営体制。

 そして最大の特徴、「風紀委員会」。



 教育者と学生の関係が完全に「寸断」されているこの学園において、全体が共有すべきルールの存在は必要不可欠である。

 そこで毎年、各クラス代表が参加する会議において『校則』が制定される。

 学生はこの『校則』を絶対に遵守せねばならず、その枠から外に出ることはけして許されない。

 そしてその『校則』を生徒に守らせるための執行機関、それが――――「風紀委員会」だ。



「…………ふぅ」



 その風紀委員会が仕事用に使用している校舎内の一室、生徒会室よりも四畳分大きいとされるその部屋で、1人の少年が溜息を吐いていた。

 風紀委員長の執務卓の前に並べられた2つの長机、扉側から見て左手側のそれの半ばに座っている彼は、窓の外に見える緑交じりの桜の木を見つめた。



 あれほど満開だった桜の花に緑の葉が混じるのは、毎年のことではあるが少し寂しい。

 何よりも異物感が半端ない、思うに緑なのか桜色なのか、はっきりすべきであると思う。

 ああ言う不純物が混ざると、急に魅力が薄れるような気がするのだ。

 ……ただそれは桜にケチをつけていると言うよりは、自分の境遇に重ねているようにも思えるのだった。



(なんたって、俺が風紀委員になんてなっちまったのか……)



 彼の名は、秋雲(あきぐも)(おぼろ)

 この4月に東央学園に入学したばかりの1年生であり、入学2週間目で風紀委員会にヘッドハンティングされた少年である。

 彼の手元には副委員長言う所の「誰にでも出来る簡単なお仕事」らしい書類が何枚か広げられているが、彼がシャープペンを放り出している様子から見るに、捗っているとは言い難いようだった。



(入試順位普通科1084人中544位、見事に中間地点。ガタイも運動も並以上でも以下でも無い、どこにでもいるふっつぅの男子生徒。俺よりデキる1年生なんていくらでもいるのに……なんで俺?)



 オボロは指先で机の上に転がしたシャープペンを突きながら、心の底からそう思った。

 そもそも風紀委員と言うのは、『校則』違反者を地位に関わらず一方的に裁く権限を持った存在だ。

 権限の大きさは能力の優秀さに比例する、選挙で選ばれる生徒会と違い、先代に指名された委員長に選ばれるしか就任の機会も方法も無いのがその証左だった。



 生徒会長よりも風紀委員長の方が優秀であり、生徒会役員よりも風紀委員の方が有能である。

 それはもはや、この学園における常識であった。

 つまり、風紀委員会とは東央学園におけるエリート集団なのである。

 そのエリート集団に何故自分のような凡人がいるのか、さっぱりわからなかった。



「オボロ君、オボロ君」



 その時、声をかけられてオボロは顔を上げた。

 視線の先は部屋の奥側、つまりこの部屋で最も偉い人間が座る椅子がある。

 すなわち、オボロを風紀委員会へと誘った、風紀委員長その人が。



  ◆  ◆  ◆



 風紀委員長、それは東央学園の『校則』の司である。

 『校則』の最大の執行者であり、生徒会長を凌駕し、学園長・理事長にすら影響力を持つ存在。

 全校生徒の模範であり、同時に独裁権を持つ存在。

 そしてその第55代目が、赤城あかぎれんと言う女子生徒である。



「オボロ君、ちょっと聞きたいことがあるのだが……」



 腰まで伸びた烏の濡れ羽色の髪に、同じく深い黒の瞳。

 陶器のように白い肌は黒を基調としたブレザーの制服に映えて、赤い胸元のリボンがアクセントとなって彩を加えている。

 噂では華族の子孫とか言われているが、それも有り得そうな……日本人形じみた美しさを持つ少女。

 全校生徒の羨望の視線を一身に受ける、風紀委員会の長が彼女だ。



 そんな人形めいた美貌を誇る彼女が、今は眉根を寄せて憂い気な表情を浮かべている。

 何が難しいのだろう、「うーん……」と、吐息を漏らすように小さく唸っている。

 そして彼女は、オボロに向けて心情を吐露するように言った。



「このゲームなのだがね、弟キャラが攻略対象で無いのではどういうことかな?」

「って、何の話ですか!?」



 最初は他の1年生生徒と同じように、入学式で見事な演説をブった3年生の風紀委員長の彼女に尊敬と畏敬の念を抱いていたオボロ。

 しかし風紀委員会に入って3日を過ぎた頃、そんな尊敬と畏敬には何の意味も無いことを知った。

 何故なら、このレンと言う風紀委員長は。



「レン先輩、仕事してくださいよ」

「いや、しているとも。この生徒から没収したゲームのセーブデータを全て私色に染め上げると言う重要な制裁活動を」

「生徒から没収したゲームをやっちゃダメでしょ……!?」



 この風紀委員長、とんだポンコツだったのである。

 仕事はしない、この部屋の中に入る限り全力でダラける、何かを考えていても9割は物凄くくだらないこと、外で見た彼女とは全く別人ではないかと思えてしまう程に。

 今も、生徒から没収したゲームをするという意味不明な行動に出ている。

 携帯ゲーム機を両手で持ち、一生懸命にボタンを連打している姿は可愛らしいが憎らしい。



「む、ふっ……シミュレーションゲームにパズルゲームの要素を入れるのはズルいとは思わないかねオボロ君っ……! 私はテ○リ○を常に10手で終わらせる女だと言うのに」

「知りませんよ、そんなこと」

「冷たいな、オボロ君は」

「そう言うことじゃないと思います」



 おかしい、初日にあれほどあった緊張が綺麗さっぱり消えてしまっている。

 もしこれがオボロの緊張を解すためにやっている演技だとすれば大したものだが、そんなことはなく、彼女は心の底からゲームに熱中しているだけだ。



 どうして自分を風紀委員に指名したのかもわからないが、何故この人が委員長なのかもわからない。

 イメージと現実は違うとは良く言ったものだが、これは無いだろうとも思う。

 まぁ、この風紀委員会が委員会として体面を保っているのが何故かは、なんとなくわかるが……。



  ◆  ◆  ◆



 オボロの向かい側の長机には、常に書類が積まれている。

 オボロの目前に置かれている書類数枚とはまるで比較にならない、何故なら彼の座高よりも高く積み上げられているのだから。

 紙と言えども、積まれればタワーになるのだと言う証拠が目の前にあった。



 紙のタワーが積まれること4つ、そこに座る人間の顔など見えない。

 しかしタワーの頂上から何秒かに1度、1枚ずつ丁寧に紙が飛ばされて別の段へと映されている。

 飛ばされた書類は遠目に見てもサインや注釈のメモが付随されていて、まさに処理されていると言った風だった。



「アレが、イメージ通りの風紀委員だよな……」

「それでは、私が風紀委員らしくないということかね?」



 オボロは、慎ましくレンの言葉を無視した。

 レンはゲーム画面を見つめながら唇を尖らせたが、特にそれ以上の文句は言わなかった。

 その代わりに、オボロの前の紙のタワーが横にズラされてそこで働く者の顔が出てきた。



「いえいえ、委員長は立派に委員長の役目を果たしていますよ」



 そこにいたのは、レンとタメを張れる程の美貌の持ち主だった。

 ただしこちらは男子で、しかも日本人とオランダ人のハーフであった。

 名前はカレル・タカギと言い、レンと同級生の3年生、しかも音楽科の在籍である。



 金色の髪に黒い瞳、スラッとした身長に学園のブレザーが良く似合う彼は、風紀委員会にはなくてはならない存在と言って良い存在だった。

 ゲームに熱中している委員長の横でタワー状に積まれた書類――実に委員会の仕事の8割以上――をこなし、仕事を回している彼は肩書きとしては副委員長だった。

 話によると、数百ページに及ぶ『校則』を全て記憶しているらしい。



「僕達風紀委員会は、委員長がいて初めて成り立つのですから」

「ふふん、どうだいオボロ君。アレが真の風紀委員と言う物だよ」

「レン先輩、凄まじく情けないです」



 何故だっ!? と憤慨するレン。

 カレルはそんなレンに微笑ましげな微笑を向けた後、再び書類の向こうへと姿を消した。

 仕事の8割をこなしていれば事実上委員長のようなものだが、しかし書類仕事が忙しいので対外的なことが何もできないため、無理である。

 ……って、それは何だか凄く本末転倒な気がするオボロだった。



  ◆  ◆  ◆



 そしてもう1人、風紀委員会には生徒が在籍している。

 風紀委員会の所属人数はその時々の委員長によって違う、委員長1人きりなどと言う年もあれば、50人以上を風紀委員に任命した年もある、レンは1年生、2年生、3年生から1人ずつ選出している。

 1年生がオボロ、3年生がカレル、つまりここには2年生が1人いることになる。



「……んむ……」



 オボロの後ろ、本棚と窓の間に置かれた大きなソファ、そこに1人の少女がいた。

 いや、いたというよりは……寝ていた、と言った方が遥かに正しいだろう。

 何故ならば、その少女はまさにソファの上で丸まって眠っていたのだから。

 愛用の毛布をお腹にかけて、幼子のように身体を丸めている。



 名前は菊月(きくつき)(ゆう)、風紀委員会では単純にユウと呼ばれている。

 ただし呼ばれているだけであって、オボロはこの美術科所属の先輩の声を聞いたことがなかった。

 ソファの上に寝ているユウは、それはそれは穏やかそうな顔でスヤスヤと眠っている。

 そう、眠っているのだ、ちなみに起きている所をオボロは見たことが無い。



「……ふ、むぅ……」



 半袖短パンの体操着、薄い布の向こうに収められた豊かな胸元と、靴もソックスも脱いだきゅっと締まった足首が酷く艶かしい。

 小さな桜色の唇から時折漏れる吐息は、もしかして寝言だろうか。

 しかしオボロとしては、レンもカレルも何も言わない以上、彼女に対して何かを聞くことは出来なかった。



(と言うか、本当にこの面子で校内の風紀をまとめられるのか……?)



 個性的なメンバー過ぎて、むしろ風紀を乱しているのではないかとすら思えてくる。

 そして、ますますもって平均的かつ平凡で普通な自分が指名されたのかがわからない。

 レンに聞けば早いのだろうが、何となく聞きにくくもあって……。



「すみません!」



 その時だった、風紀委員会の扉がノックも無しに開かれたのは。

 非常識ではあるが、しかし扉を開けたのは東央学園の女生徒だった。

 後ろにさらに2人程いて、1人は焦り、1人は半分泣きべそをかいていた。

 どうやらかなり切羽詰っているらしく、ノックが無いことが余裕の無さを示していると言えた。



「――――何かな? ノックも無しに慌しいね」

(うぉっ、ゲームどこやった!?)



 オボロがぎょっとしたのは、その女生徒達が扉を開けるとほぼ同時にレンが体勢を整えていたからだ。

 ゲームをどこかへやり、椅子にだらしなくもたれかかっていた身体をぴんと伸ばし、表情も引き締めて組んだ掌に顎を乗せて……と、威厳と威圧、その両方を細めた瞳から放っている。

 見ているだけで息を呑むような、そんな厳しい雰囲気がそこにあった。



 これが、東央学園の秩序を司る風紀委員会の長。

 そう、見る者に教えるかのような姿だった。

 女生徒達もその姿を見ると、息を呑んでその場で背筋を伸ばして。



「え、えっと……だ、第3グラウンドで、ラグビー部とアメフト部が揉めてて、それで……」

「ほう、部活動同士の衝突かね。なるほど、ならば私が出向くべきだろうな。ありがとう、教えてくれて」

「い、いえ……」



 意思の強さを光として放つような鋭い瞳、自信に満ちた笑み、同性であっても惹き付けるようなカリスマ。

 頬を染める女生徒に目元を緩めて見せると、レンは席を立った。

 そして両側のオボロとカレルに視線を向けた後に。



「カレル君、知っているかい?」

「ええ、顔には覚えがありますね」



 と、意味のわからない言葉をレンとカレルは交わして、そして。



「さぁ、風紀委員会、出動だ。オボロ君、ゲームで息抜きも良いがほどほどにね」

「へ? って、アレ!? 何で俺の手にゲーム機が!?」



 なお、この騒ぎの中にあってもユウだけは……。



「……むにゃ……」



 何事も無かったかのように、スヤスヤと眠っていた。



  ◆  ◆  ◆



 東央学園には、全部で4つのグラウンドが存在する。

 何しろ山一つを丸々敷地とする巨大校である、しかも5000人の生徒が何らかの部活動・委員会に入ることが義務付けられているため、自然、運動部の使用する敷地は増加していく。

 そうなってくると当然、部活動同士の衝突と言うのも増えてきて――――。



「だから、今日は俺達がグラウンド使う予定だって言ってんだろが!!」

「お前らみたいな弱小より、全国区の俺らが使った方が良いに決まってるだろ!!」



 ――――と言うように、現在は大会では1回戦負け前提とすら言われるアメフト部(部員数17人)と、毎年のように全国区に顔を出しているラグビー部(部員数300人)とが揉めているわけである。

 どうやらこの時間はアメフト部の練習時間らしいのだが、そこにラグビー部が文句をつけにきた、と言う形らしい。



 理は明らかに前者にあるのだが、数の差からキャプテンらしき男子生徒以外は萎縮してしまっている様子だった。

 オボロ達が(『校則』に従って廊下を走ることも無く)やってきたのは、そんな時だった。

 そしてこうした場面に初めて立ち会うオボロは、実は緊張していた。



(うわぁ、めちゃくちゃ殺気立ってるよコレ)



 どちらかと言うとラグビー部が威嚇しているように見えるが、アメフト部の人数やラグビーとの違いも全くわからないオボロには一食触発の雰囲気にも見えるのだ。

 ぶっちゃけた話、ビビっている。

 ラグビー部など、本当に自分と同年代かと思える程に厚い胸板を逸らして屹立しているのである、あの太い腕で掴みかかられたらと思うと戦々恐々としてしまう。



「さて、事情を聞かせてもらおうか」



 そんな中で、レンは毛ほども気にした風も無く薄い胸を張って運動部の面々の前に立っていた。

 その背中は、無性に頼もしい。

 傍らに立っているカレルはいつも通りのにこやかな笑みを浮かべているが、レンは部屋でのだらけ方が嘘だったかのように冷たい光を瞳にたたえていた。

 その気配に押されたのか、彼女を視界に入れた運動部員達が静かになる。



 それは、彼女の存在に対するものか。

 それとも、彼女の持つ権力に対するものか。

 あるいは、その両方か。

 そして双方の部活のキャプテンから一通りの話を聞いたレンは、一つ頷くと。




「双方、廃部だ」




 一瞬、時間が停止した。

 そして止まった時間を動かしたのは、皮肉なことに止めた本人だった。

 レンは目の前で固まる部員達に対して何も言うことなく、手を振ってカレルに示した。

 カレルはどこから取り出したのか、分厚い装丁の本を取り出してページをめくると。



「昨年の『校則』制定会議において、部活動に関する第7条に第3項が追加されました。衝突を起こし、一般生徒が報告に来た場合、関係する部活動は全て廃部となります」

「――――以上、では解散だ」



 つまらなそうに手を振って、レンは部員達に背を向ける。

 それで終わり、まさにそうだった。

 『校則』にそうある以上、それ以上のこともそれ以下のこともしない。

 それが風紀委員会であり、特定の部活や生徒に肩入れしない。



 しかしそれで納得できるかと言われれば、それはまた別の話だ。

 特にいちゃもんをつけられ、まるっきり「やられ損な」アメフト部の憤りは強いだろう。

 それに300人からなる、「全国区」のラグビー部とて黙っているはずも無い。

 もう、今にも飛び掛って――――いや、実際ラグビー部の1人がレンに掴みかかろうとした!



「レン先ぱ」



 い、と言おうとした刹那、そのラグビー部員は空中でひっくり返されて地面に倒されていた。

 何が起きたかと思えば、その部員の腕を掴んで立っているのはカレルだった。

 どうやら、彼がその部員をひっくり返したらしい。



「――――停学だな。カレル君、その子の学年とクラス、名前を控えておいてくれたまえ」

「はい、委員長」



 横暴だ、と、何人の生徒が思っただろう。

 凄まじく上からの決着、いかに揉め事を起こしたのが自分達とは言え、それは無いだろうという気持ち。

 そこに渦巻いているのはそういった感情であり、それは言葉となる。



「ち、ちょっと待てよ、俺らは何も悪くないだろ!」

「私が知らないとでも思っているのか?」



 3秒止まり、何事か言い募ってきたアメフト部のキャプテンにレンがそう告げる。

 その静かな瞳に、アメフト部のキャプテンが押し黙る。

 しかしオボロは内心で首を傾げる、何のことだろうか。



「明日中にアメフト部とラグビー部の廃部手続きは完了する。それまでにキミ達が何らかの結果を出すまで、私はこの決定を覆すつもりは無い、以上だ」



 やはり一方的にそれだけ告げて、レンは今度こそ校舎へと向けて歩き始めた。

 カレルが代わりに丁寧に頭を下げて、やはりレンについて歩き出す。

 オボロは結局何も出来ずに、しかしその場のアメフト部とラグビー部の面々の視線に耐えることも出来るはずもなく、レンの後を追った。

 彼の初陣は、このようになかなか情けない形に終わったのだった。



  ◆  ◆  ◆



「あー、やっぱり自室が落ち着くね。カレル君、お茶を……あ、書類仕事か。ユウ……は寝てるか、じゃあオボロ君オボロ君、そこの冷蔵庫からお茶のペットボトルを取ってくれないかね? おやオボロ君、どうしたんだい、何やら元気が無いようだけど」

「いや、その、何と言うか……」



 再び部屋に戻ってきた際、オボロ以外は出た時と何も変化が無かった。

 カレルは再び書類の山に取り掛かっていたし、ユウはソファの上で寝ていたし、レンはレンで委員長の椅子に座ってのんびりしようとしていた。

 しかしオボロはどこか後味の悪そうな顔をしていて、それに気付いたレンはふっと微かに笑った。



「キミは優しいね、ラグビー部とアメフト部の廃部のことを考えているのかい?」

「はぁ、いや、まぁ……」

「誤魔化さなくても良いさ、喧嘩両成敗とは言え、被害者のアメフト部まで廃部にされることに理不尽を感じているのだろう?」



 図星をつかれて、オボロは何も言えなくなってしまう。

 そして同時に、疑念も湧く。

 そこまで考えているのに、何故レンは両者を廃部にしたのだろう。

 オボロの疑問を承知しているのか、それに応えるようにレンは続ける。



「部活動に関する第7条に第3項は、被害者側を除く関係者の部活を廃部にする取り決めだ。今回の場合、被害者であるアメフト部は廃部にならないはずだね、その意味ではオボロ君の感じる疑念は最もだよ、正しいとすら言える。しかし、今回に限っては必要ないと私は判断した」

「……どうしてですか?」

「ここに知らせに来た女子生徒だがね、その内の2人が先週までアメフト部に在籍していた生徒なのだよ」



 『校則』では、一般生徒の訴えが無い限り部活動間での揉め事は関係者間の話し合いで解決を図ることになっている、しかし一般生徒からの訴えがあれば加害者側を廃部に追い込める。

 今回の場合、アメフト部がラグビー部を嵌めるために動いたと言うわけだろう。

 とはいえラグビー部がルールを守らなかったのも事実であって、双方廃部と言う結論になるのだ。



「ちなみに、今日アメフト部が第3グラウンドを使用すると言う申請も無かったよ。あの場では確認のしようも無かったが、ところがどっこい、うちにはカレル君がいる。彼の記憶力は素晴らしいからね、書類の中身について彼の知らないことは無い」

「恐縮です」



 書類の向こうからカレルの声が聞こえて、ようやく全ての情報を得たオボロも納得した。

 正直、どういう証拠でもってそう言っているのかはわからないが……もしその予測が本当ならば、確かにアメフト部は風紀委員会を利用してラグビー部を潰そうとしたと言うことになる。

 それならば――――確かに、罰則ものだろう。



「それにだ、オボロ君。おそらく明日までには向こうから何らかの謝罪なり申し開きなりのアクションがあるだろう、それ如何によっては廃部にならない可能性も十分にある。だから今日の所は、これでこの問題を考えるのは終わりだよ」



 そう言えば、去り際にそんなことを言っていたかもしれない。

 オボロには状況も事情も全く見えていなかったので、正直レンとカレルが何を考えているのか全くわからなかった。

 自分で取り出したペットボトルのお茶を、腰に片手を当てながらゴクゴクと飲み始めるレン。



 そして同時に、ますますわからない。

 彼女は何故、自分のような人間を風紀委員の一員にしたのか。

 正直、彼としては今日のようなことに二度と巻き込まれたく無いと言う思いすらあるのだが。

 実際、オボロは今日何の役にも立っていないのだから。



「レン先輩は、何で俺を委員会に入れたんですか?」



 基本的に、委員長に指名されれば拒否権は無い。

 オボロがここにいるのもその規定のためで、しかしだからこそ気になって仕方ない。

 どうして、オボロだったのか。



 そして、奇妙なことが起こった。

 外では凛として、そして内ではゆるゆるなレンが、それ以外の第三の反応を示したのだ。

 目を大きく見開いたかと思えば、やや頬を染めてあちらこちらを見て、ペットボトルの蓋などで人差し指をいじいじしだしたのだ。



「え、なんスか?」

「いや、その……ま、まぁ、良いじゃないか、理由なんて」

「いやいやいやいや、そんな反応したらめちゃくちゃ気になりますって。教えてくださいよ」

「う、う~~ん……」



 揉めること、そこから何と3分。

 それだけ粘ってようやく、レンは理由を教えてくれた。



「その、始業式の日に偶然、キミを見かけて……その時から、何と言うか、一緒にいられたらなって思うようになって」



 空気がおかしい、流石にオボロは気付いた。

 今やレンは頬を赤く染めて、お茶を机に置いて両手の指を胸の前で絡めたりしている。

 視線は常に下を向いているのだが、時折オボロへと向けられてはすぐに伏せると言う行動を繰り返している。

 カレルは書類の向こうでユウは寝ているため、擬似的ながら2人きりの空間である。



 そしてそこまでされれば、オボロと言えどもドキマギせざるを得ない。

 先程までとは別の戸惑いが胸中に生まれ、何と言うか妙な方向に意識してします。

 彼とて健全な高校生男子だ、レンのような綺麗な少女に照れたような視線を向けられては。

 何と言うか……胸の奥が鼓動を早めるのも、仕方無いだろう。



「その、キミを初めて見た時から……」

「は、はい」

「初めて見た時から…………キミのことが」



 そして、レンは言った。

 恥ずかしそうに両手で顔を覆って、「いやいや」するように顔を振りながら。




「……弟に、そっくりだと想っていたんだ!」




 ――――は?

 と、オボロは思った。

 声に出して言ったかもしれないが、しかしレンはオボロの様子などお構い無しの様子だった。

 何やら年頃の少女のように――実際、年頃の少女なのだが――甲高い声を上げて明後日の方向を向いて身体を弾ませている。

 こう、「きゃーっ、言っちゃったー!」みたいな。



「いやっ、私に弟がいることは話したことがあったかな? これが本当に可愛い子でね、出来ることならずっと傍にいて愛でていたいのだがそうもいかなくて。だから始業式でキミを見つけた時は運命と思ったんだ、これは逃してはならないと私の中の神様が囁いてだね……っ!」



 秘密にしていた好きなアイドルを知られた乙女みたいな態度できゃーきゃー騒ぐレンを前に、オボロの表情を一言で表現とすると――――「無」だった。

 もう、それまで感じていた何もかもを放り捨てての無表情だった。

 彼は自分の向かい側に座っているだろうカレルの方を向いて、レンの照れた甲高い声をBGMにしながら。



「すみません先輩、辞めてもいいですかね?」

「辞められる規定が『校則』に無いので、無理ですね」

「ですよね」



 戻ってこないレンは完全に無視して、オボロはその場から窓の外を見た。

 放課後、夕焼けが見えつつあるその空の向こうに、彼は何を思うのであろうか。

 興奮するレン、仕事するカレル、そして黄昏(たそが)れるオボロ。

 そしてそのいずれにも属さず、ある意味で最も3者を客観的に見れている存在(ユウ)はと言えば。



「……ふ、みゃあ~……」



 気持ち良さそうに、スヤスヤと眠っていた。

 この4人が、第55期~第57期の生徒を担当する風紀委員会、そのスターティングメンバーである。

 そして彼らの任期は、まだ始まったばかりだった。



 最初なので若干シリアスを混ぜてみましたが、基本的にはシリアスは入ってきません。

 あくまでも日常のほほんをモットーに作っていきますので、山も谷もなく、風紀委員会の1年間を描いていきたいと考えています。


 それでは、また次回。

 更新は不定期ですが月に最低2回は行いますので、もう少々お待ちくださいませ。


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