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明治蒸気幻想パンク・ノスタルヂア  作者: 留龍隆
終幕 絢乱劫花
77/97

77:釘さしという名の脅し。

 静まりかえる街の中。ひさびさに訪れたアンテイクの中を掃除していた井澄は顔を上げる。


 こんこんと、窓を叩く音がしていた。開けると、寒風が吹きこみはたきから埃を奪う。首を出すと、壁際に見覚えのある被外套がはためいていた。両腰に佩いた軍刀が間にのぞき、制帽を整える手套をはめた指先の下、蜥蜴のような細い目が開く。


「式守一総」


「いかにも。殺人者、定期監視であります」


 こちらを向くと、左頬に以前井澄が指弾で以て肉を抉り飛ばした痕が見える。隙のない様でじろじろと室内をためつすがめつして、とくに怪しいものはないと判じたか、それとも殺人者たる井澄と同じ空気を吸っていたくないのか。式守はすぐに首を引っ込めると、挨拶もなく街路を向こうへ歩いていった。


 かたちだけの、しかしたしかな威嚇行動である監視。それは十日前から続いている。


 湊波と井澄が会い、その裏で小雪路と靖周が〝怪神〟桜桃を倒し、また同時進行で〝詩神〟呉郡黒衛ことクロウ・グレゴリーが瀬川によって倒されたあの日から。〝流れ〟の定まってしまった島の中で、井澄は傷を癒しながら息を潜めているしかなかった。


「だれか来ていたの」


 振り向くと、二階から降りてきた八千と目が合う。そう、八千、だ。あのときレインと交戦して一時的に八千草に人格が交代したものの、眠りから覚めたとき彼女は再び八千としての人格を取り戻していた。


「なんでもありませんよ」


 ひとの来訪を否定はせず、井澄は窓を閉めてはたきを手にする。八千は不思議そうな顔をしていたが、やがて水回りに入ると、薬缶やかんにお湯を沸かし始めた。井澄もなんでもなかったふりを続け、再び店内の掃除に戻る。


 すべては、秘密裏に行わねばならない。事態に直面する瀬戸際までは、八千にも知らせずに進めてゆく。


 島の状況が様変わり(、、、、)してしまった現在では、行うに難いことだろうが。どんなことがあろうとも井澄の中で揺らぐ思いはない。……たとえ自分の不実さに自己嫌悪に陥っていたとしてもだ。


 しばらくして、ドアベルがからころと鳴った。次いで下駄の擦れる音がしたので、目を向けずとも来訪者がだれであるかはわかる。井澄は声をかけてから、顔を上げた。


「靖周。調子はどうですか」


「どうもこうもねぇよ、商売あがったりだろが。かといって暇を潰せる場所があるわけでなし」


「そもそもあなたいつも手元が不如意でしょう」


「言うなよそれをよ。さいきんはきっちり自覚あんだからさ」


 色の薄い頭髪を後ろでぴんとひとつに結んだ靖周が、頭をふりふり現れた。小柄な体躯に厚手の作務衣と継ぎ接ぎの羽織を着こみ、狐の襟巻を巻いている首をすくめながら、入口近くに配置しているストオブの前で手を合わせる。


 彼のところに近づいていき、ながら、井澄は背後を気にする。八千が聞き耳をたててはいないかと警戒していた。それから、屈みこんでストオブの火で敷嶋の紙巻煙草シガレツに火を灯す。


「これで、ちょうど空になりました。このごみ表に捨てておいてください」


「いま来たばっかの人間をもう外に追い出すつもりか。ふざけんじゃねぇや」


 言いながらも、くしゃりと丸められた空き箱を受け取る。


 そして羽織の影で八千からは見えないように、空き箱の中身である紙片を広げる。そこには井澄がここ数日で当たってきた、四つ葉から本土へ向かう密航船の手配方法が記され、そのほとんどすべてに罰点が打たれていた。八千には聞こえないように溜め息をついて、靖周は丸めた紙片をストオブの火にくべる。


「まだまだ懐も寒いし、ままならねえもんだ」


「まったくですよ」


 裏で結託する二人は、今度はだれに聞かれてもいいような溜め息をついた。



        #



 山井いわく、湊波は六層六区を中心として感染拡大がつづいている赤痢の調査をすべく、そちらへ降りているとのことだった。そこで井澄は六層で聞きこみを行い、やがてわずかな目撃箇所へ目ぼしをつけ、いくつかの箇所を繋げた円の中でさらに捜索をつづけた。


 やがて第六坑道、井澄たちの住まう五層の最奥にある六区・第五坑道から六層へ下った先にある炭坑のほうに、彼の居所を突き止めた。


 青水とのやりとりで追いこまれつつあるアンテイク。その状況において四権候である彼こそが頼れる人材だったというのに、踊場は遺言にて彼こそが危険な人物だと、赤火の九十九と繋がっている統合協会の人間だと(、、、、、、、、、)告げた。しかもこの島に〝流れ〟を生みだす元凶であり、またこの島自体が統合協会によって作られたとまで言う。


 今日まで、さまざまな事件とそれに伴う推測が生まれてきた。銀が錬金術の産物ではないかとの疑い。結託して四つ葉を作ってきたのが四権候二人との疑い。加えてレインに八千が命を狙われている事実。裏で式守らを操っていたという往涯の存在。彼が日輪の発現条件、ひいては八千の出現条件を知っており、日輪と井澄を手元に置こうとしている事実。


 だれが味方なのか。なにが敵なのか。判断を下すべく井澄は湊波を探し、しかし狭いあなぐらの奥に見つけた人物は――その姿は、井澄の心に深い憎しみと敵愾心を生みだした。


「お前は……あのとき(、、、、)師匠を(、、、)……!」


「そうだ沢渡井澄。私が、お前たちの仇敵かたきだ」


 低く平坦な声で答える、大黒天に似た仮面を帯びた大男は、ぼろきれをまとう体を、細さに不釣り合いで竹節虫ななふしのような手足で支えながら、岩の隙間に身を横たえていた。


 腹には痩せた体を餓鬼のように見せる、大きな袋が提げられている。触れてもいないのに、袋がもぞもぞと蠢いて、そこから革手袋に包まれた手が飛び出す。


「ヤれやレ赤痢ヲ流行セてオイたノにここヲ突キとメラレるとハ――」


 がたがたと、いまにも崩れて砕け散りそうな声が、袋の中から聞こえる。手が出て、包帯に包まれた腕が出て。ぼろきれをまとった、見慣れた胴体が出てきたあと――頭部のない(、、、、、)上半身がずるりと這い出る。


「う、」


 それは醜悪な見世物だった。


 首の無い体が這い出ると、袋の中から大小様々な鼠が溢れだす。ちぃちぃと鳴きわめきながら辺りをかけずり回り、そしてぼろきれの体に跳び移ると、ざわざわと寄り集まって、頭部の形に身を固める。歌川国芳などの寄せ絵を思わせる、鼠で作った人の面相。


 水面のように造られた顔の表面が動き、口のかたちをとってぱくぱくと流れる。喉奥からあふれ出る鼠の群れの鳴き声が、まとまりをもって次第に人の声に近づいていく。聞きなれた、湊波戸浪の声が、耳に届いた。


「――しカし躍進もここまデだ……もウ状況は最終局面に至った。ここからは、なにを起こそうとも止まりはしないよ」


「あなた……仕立屋、あなたが、なぜ、そいつと」


「そいつなどと二分されても困るがね。これが私だ、私がこれだ」


 鼠の大群でできた身を動かし、湊波は大黒天の仮面を帯びた大男に触れる。触れた部位から大男はざらざらと崩れ、包帯や布の隙間から鼠があふれ出る。あまりに多い鼠の数に、地面が波打っているようにさえ見える。平衡感覚まで気持ち悪さを覚えさせられ、井澄は口許を手でおさえた。


「先刻述べたはずだよ、私が、お前たちの仇敵だ」


「……師を。私の、師匠をっ……」


「そうだ。呉郡黒羽は私が殺した」


 言葉にして聞いた途端、紅蓮に燃え盛る館の上で、膝を屈して倒れゆく師の姿が浮かんだ。


 こみ上げる感情を腹の奥底に留めることに、すさまじい痛みを覚える。けれど、荒れ狂う感情とは裏腹に、体は合理的に働いた。後ろに置いていた足に重心を載せ、身を翻してこの場からの遁走を選択した。


「さすがに暗殺者アサシネに育てられただけはある、状況判断能力は大したものだ」


 背後から、嘲るでもなくただ淡々と事実を述べるだけの湊波の声が聞こえる。


「だが遅い」


 次の言葉は正面からだった。あなぐらの壁面を迂回してきた鼠の群れが、湊波の首と同じ形をとって宙に浮かぶ。身を屈め腕を前にかざすが、衝突した石身鉄牙の鼠の重さに、仰向けにひっくり返されてしまう。


「ぐっ――」


「動くな、黒死病を打ちこまれ師と同じ末路を辿りたいのか」


 挑発の意味合いは一切ない、平坦な語調で湊波は言う。周囲を取り巻いた鼠たちは、いまでこそ動きを止めているが、湊波の指示があれば瞬時に井澄にかじりつく。おとなしく、言うことを聞く他ないようだった。


「……ふむ。さて、どうしたものか」


 言いながら迫りくる湊波は、人間の重心の扱いとはおおよそ似ても似つかない歩みであった。鼠は絶えず動き回っており、その様はどこか脈打つ心の臓を思わせた。


「ここで来るというのは少々慮外の事態だったよ、沢渡井澄……別段私を探し求める事態ではなかったはずだが、なにに急かされここへ来た」


「……新聞記者、踊場宗嗣の遺言に従って、です」


 へたに隠しても得はないと思い、正直に述べる。湊波はわざとらしく顎の位置に手をやり、ふうむとささやいて倒れた井澄の前に屈んだ。


「生きていたか。彼にも黒死病を打ちこんだはずなのだが、なにかから察して対抗策を所持していたのか」


「もう土の下だそうですがね……手にかけたのは、あなたの正体と赤火・九十九との関係性に気づいたから、ですか」


「そこは特別関係ないな。強いて言うならば気づけたから(、、、、、、)、というところ」


 周囲ではちちち、と細長いものでギヤマンをひっかくような、鼠の鳴き声が反響し続けている。変わらず平坦でつかみどころのない湊波の口調には、付け入る隙は見出せそうにない。こちらの札を切って九十九との関係についてちらつかせたにもかかわらず、にべもない。


 と、そこでああと気づいたような声を出して、井澄の周りを囲んでいた鼠を少しひかせた。手をついて動ける位置が増えたので、にじり寄っていた鼠の間を抜け、井澄は壁際に背をもたせかけ立ち上がった。湊波は屈んだままで、鼠を制しながら告げる。


「お前を殺すつもりはないよ」


「あなたつい先ほど、黒死病にかけると脅したばかりですが」


「それはここまで来たのなら、そこまで知ったのなら、最後まで聞いてもらうためさ。半端に知った危うい判断で動かれても困る。お前が死にかねない」


「私が死んでは困るのですか」


「日輪を従えにくくなる。そのように往涯様からうかがった」


 往涯。ここでもまたその名が出てくるのだ。日本国術法統合協会鶴唳機関は機関長を名乗った、あの男。


 裏のない顔で笑う、彼の不気味な面構えを思い出しながら、井澄は顔のない男に向きあう。湊波は立ち尽くし、這いまわる鼠に身をまかせながら、井澄に言葉を継いだ。


「さて……事情と状況を知り納得しておいてもらおう。まずは、お前の知りたがっている、踊場宗嗣についてだ。彼は実に優秀な情報屋だったね」


「だから殺したのですか」


「そうなるな。彼は新聞屋でもある、情報の拡散力が強かった。それが問題だ。あまり突出した力があると、採れる情報デェタ取得の平均値にばらつきが生まれてしまう。私と九十九の正体が露見することよりも、むしろこちらが問題だったのさ」


「情報……?」


「この島をなんのため作ったか、という話だ」


 回答を求めるかのような間をあけて、湊波は言う。このとき井澄の脳裏に浮かんだのは、銀が錬金術によって作られたものではないかという、八千草の推測。次に思い至ったのは往涯が日輪の発現条件を知っており、式守らを八千草にけしかけたと告げた点。


 いや、しかし八千草についての彼の接触はせいぜい、矢田野山を焼き払った陽炎事件からだろう。四つ葉ができたのはそれよりも遥かに昔だ。となると、やはり銀。そもそも四つ葉がこうまで栄えたのも、発端は青水連中が島に流刑されてから労役の中で銀山を発見し、これを元手に商売をはじめたのが始まりだという。


 けれど湊波は情報が大事だと述べている。ならば政府に錬金術の有用性を説くための、情報集めだったか。


 否、そもそも統合協会から湊波らが来たというのなら、政府とは裏でつながっているはず。では情報――――情報、とは。


「……そうか、情報を得る過程(、、、、、、、)、そのものか」


「ご明察だ、沢渡井澄。無論それだけが目的ではないが、いまお前の持つ手札からではその答えがいいところだろう」


 湊波はさも感慨なさげに言う。


 情報を得る過程の研究。情報というものの操作方法の研究。それらを目的に、この島は成立していたというのか。


「あとの目的としては異能が秘匿されたこの国で、おおっぴらに錬金術の実用性を確かめるとの意味合いで、島の鉄鋼業・精錬業にも赤火方面から手の者が入っている。なにしろこの国は戦艦保有数が少なく、海戦に向けての手立てが少ない。だからこそ軍拡を進め保有数を増やす目論見をしていたのだがな」


「錬金術で戦艦を――まさか、赤火のあの船舶も、戦艦の」


「でなければあれほど火薬を積んでいるはずないだろう」


 乗り込んできた青水は、やたらと発破を用いて赤火と応戦していた。てっきり鉱山から爆破用の品を持ちだしてきたのだと思っていたが、最初から火薬が船内にあったのだとすればあの使用頻度もうなずける。


「国内の邪魔な異能者の排斥場。秘密裏の戦艦建造と保管の隠れ蓑。また情報伝達の道筋・手段の研究実験場。日輪の異能を再発現させるために彼女を追い込む戦場」


 鼠でできた指を折って数え、湊波は言う。


「おおまかにはそれらがこの島の存在した理由だ。そして現在、我々の作り出してきた流れのまま、この島は最終段階に入った。ここまで持ってくるためにこそ、私は動いてきた――葉閥間の緊張状態を生み力の均衡を崩すべく危神を殺し(、、、、、)、情報拡散力を押しとどめ条件が均一な実験が行えるよう優秀な情報屋を消し(、、、、、、、、、)、島に潜り込んだ統合協会の者が動きやすく隠れやすくなるよう赤火と提携を結び(、、、、、、、、)、ついでにお前たちが殺されそうになれば、守ってやることもあった」


 最後の付け足しは、レインに襲われていた先日のことを言っているのだろうか。式守をあの場に動かす際、五層の地理に詳しい湊波も関わっていたのだろう。


 なんにせよ、驚くべきは積み重ねてきた事象だ。危神の殺害――たしかに、盲点である。正面切ってあの剣客が殺されていた時点で、少しは想像を働かせておくべきだった。正面に立っても警戒されない人物。そうなるには港の倉庫で戦闘した際の式守よろしく、警官の姿などをとるか……身内だと判断される人物が犯行に及べばいい。


 仮にも四権候として彼の身柄を引き受けた湊波だ。危神も、怖れとともにわずかながら警戒を緩めたのだろう。その隙をついて、他の人間の犯行と思われるよう、斬り殺した。


「〝流れ〟は、やはり、あなたたちが作っていたのですね」


「いまさら確信しても遅いがね。もちろん告発したければ好きにすればいいが、現状として非常に立場が弱くなっている緑風に身を置くままの内部告発は、お前自身の首を絞めあげる荒縄となるだろう」


 話しても構わない段階だから、もう後戻りできないところまで進んでいるから、湊波はこうして説明をしてくれているのだ。


 諦めさせるため。往涯の庇護に下るのが最良と思わせるため。


「ここから最終実験だ。追い込んだ青水・瀬川一家へ赤火・白商会が戦争を仕掛ける。戦時デマゴギイ(、、、、、、、)情報伝達実験(、、、、、、)だ。この島は戦乱の中に落ちる、へたに動けば流れ弾でお前たちも死ぬぞ」


「なぜ、そんなことを。この島の罪人を一斉に処分するためですか」


「それも一理あるが、その前に大前提があるな」


 前提。罪人の処分は、その先にあるものでしかない。


 罪人がいては困るということ――あるいはいなくなることで利益が出ることが、ある。おそらくは、いままでのように島の中へ閉じ込めて管理しておくだけでは足りない状況が訪れるのだ。


 足りない、手が回らない。


「……本当の戦争を仕掛けるつもりですか。どこかの国へ」


 その間、内乱を起こされることなどで内側に手が回らない状況をこそ恐れての、処分。推測は当たっていたらしく、湊波は答えずに肯定してつづけた。


やると決まっている(、、、、、、、、、)からやるだけだ。眠れる獅子、その次はさらに北の大国。とくに後者の戦のためにこの国は戦艦を要している、扱いの練度も求められている」


 歌うように彼は言い、鼠たちをざわめかせながら顔を模した群れをこちらに近づける。


「状況がわかったのなら、往涯様が迎えを寄こすまでおとなしくしていることだね。そうすれば日輪の力は戦に用いられることとなるが、逆説的に言えばそれまでは丁重に扱われる。先日のような日輪を狙う襲撃からも最大限私が守ろう」


 暗に逆らう場合のことを想定させている。なにをするか明言しないことで、相手の想像に任せて恐怖をあおる。


「賢い選択をすることだ」



        #



 しかし井澄は従うつもりがなかった。従ったところでその先に展望が持てない、という結論に至っていた。なにせ統合協会の中でさえ、レインらのように日輪の命を狙う者がいる。内部分裂を起こしそうな場へすすんで入っていくというのはいただけない。


 だからこその島抜け。式守らの監視の隙間を縫い、靖周と共に四つ葉を脱する計画を練っていた。


 九日前。湊波から得た情報を靖周に語り、どうすべきかと策を問うた。すると彼は先日の小雪路との共闘、和解から思うところあったのか、「俺もここを出る」と共謀することにのってくれたのだ。


「しかし、向こうも情報戦の精鋭だ。俺らの動きは当然バレてる」


 その上で裏をかかねばならない。伊達煙管をくわえた靖周は、羽織の袂に手を入れて暖を取りながら井澄を見上げる。壁に背をもたせかけながら煙草のふちを噛んだ井澄は、腕組みしながら煙をふかす。目を閉じ、脳裏にあの能天気なブンヤの姿を浮かべた。


「策はまったくないわけではありません。踊場の遺してくれた方法、という最後の手があります」


「あいつそんなもんも遺してたのか」


「そもそもあいつはここ最近、島に訪れる流れを察して島抜けしようと画策していましたからね。中途で湊波の事情などを拾ってしまったために追い詰められただけで」


 口許から吸殻を離して目を開き、ストオブの中へ放り投げる。


「ま、なにがあろうともなんとかしますよ」


「わかった。こっちでもいくらか方策がないか、引き続き調べを進めてみる」


「頼みます」


 ちょうどそこで、三人分のお茶をいれた八千が「どうぞ」と言いながら近くのテエブルへ湯のみを置いた。常にない愛想のよさに少し怪訝な顔をする靖周だったが、たまたま今日は機嫌がいいのだと判じたか、とくに言及することはなく湯のみを手に取る。


「お、茶柱だ」


 のんきに喜びながら、靖周は茶をすすった。



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