43:回顧録という名の真実。
回想開始。
夜半過ぎ。宿に着き、その場で靖周と小雪路は去っていった。その後山井が店内に入り、なにやら奥で揉み合うような声が聞こえてしばし。「用意させたわ」と言って山井は宿の中に手招きした。なにをしていたか少し気になったが、先ほどまでの井澄たちのごとく青ざめた顔の店主を見るに、あまり追求しないほうが良いと感じた。
宿は居留地の外れにある簡素な建物で、基本的には商人たちの一時逗留に使われる場所らしい。二階建ての、丸太を組んだような構造の外観から想像のつく程度の間取りで、井澄と八千は一階最奥の二部屋をあてがわれた。
「なんかあったら二階の部屋訪ねて。いちおう薬は一式もってきてるから。この辺で買うと暴利だからねえ」
そのように言って、白衣をひるがえして後ろ手を振った。井澄と八千は顔を見合わせて、とりあえず八千は海水にさらされて広がった髪を戻すべく、湯を張った盆を手に部屋に戻っていった。井澄も彼女も傷口を縫い合わせたばかりなので、湯に浸かるわけにはいかないのだ。
井澄もひとまず湯をいただき、手ぬぐいをひたして体を拭く。見下ろす体には傷痕が多く、どれがどのときの傷かも思い出せない。塩気のべたつきがとれると服をまとい、ぼろぼろになった三つ揃えから取り外してきた硬貨幣の束と、カフス釦に繋いだ鋼糸を取り出した。
硬貨幣はベッド、枕の下へ放りこむ。ズボンのポケットにもいくらか突っ込んでおく。そしてカフス釦は、指先でつまんできりきりと鋼糸を引っ張りだし、表面にこびりついた血を湯で洗い落した。
そして店主に頼んで砥石を借り、糸を張る、緩めるを繰り返すようにして表面に押し付け、慎重に研いだ。最後に荒いほうの砥石で引っかけるようにして磨き上げ、常と同程度の切れ味を取り戻す。仕上げに、わずかな伽羅の油で全体を湿らせ、錆止めを成して終える。この鋼糸の釦をちょいとジャケツの袖口につけると、井澄はベッドの脇に畳んで置いた。
砥石と水盆を返してくると、狭い部屋をさらに狭く見せるように鎮座する机に向かう。海水が染みてだいぶ危ういことになっていた手帖はここに乾かしておき、居留地を抜ける途中で購入した新品を開く。懐中筆を指になじませると、井澄は今日起きた物事を整理して書きだした。九十九との会合。八千草の推測。冥探偵の存在。青水の襲撃。
そして、統合協会から派遣されてきた名執と、銃遣い。ほかにも伏兵がいた可能性はあるが、とりあえず明確に敵と判明していたのはその二名だ。
「銃、か」
筆を止めて考える。リヴォルヴァなどのピストルは統合協会で、正式装備とはいかないものの広く普及している代物だ。もちろん間合いの点で有利なため多く用いられるのだが、銃声で周囲に気づかれるのを嫌い、刀剣や暗器、術式を主な武装とする者も多い。にもかかわらず銃を選んだということは、よほど射撃の腕に自信があったのだろうか。
脳裏にちらつくのは、八千の頭の傷跡だった。
「……かれこれ二年以上も、経ったのか」
統合協会を出て、八千と出会って。八千と暮らして。彼女を失い。再会を果たし。
八千草と出会い。別れ……井澄は彼女を守る力を得るべく呉郡黒羽に師持し、いまの戦闘技術を手に入れた。そして洛鳴館で師と死別し、この島へ戻り着き。八千草と再会し、いままた、八千と再会した。
もう二度と失うわけにはいかない。これ以上の別離には耐えられない。だから、生き延びる策を考えねばならなかった。八千草を、いや八千を、殺させないために。
考えをめぐらしている最中、扉を控えめに叩く音がした。井澄はすぐにそちらへ意識を移し、はい、と返事をした。
「……あの、僕だけど。入って、いい……?」
思い人の到来に心弾ませ、井澄は小走りに近づいて扉を開ける。しとどに濡れそぼった黒髪を垂らす八千は不安そうな面持ちでこちらを眺めており、いい? と再度尋ねてきた。断る理由があろうはずもなく、井澄は扉を大きく引いて、彼女に道を開ける。
「椅子一脚しかありませんが、どうぞ」
開きかけだった手帖を閉じて、井澄は椅子をすすめる。
「ありがと」
ちょこんと腰かけた八千草は、彼女の周りを回ってベッドに腰かけた井澄に視線を移し、膝の上で手を組んでじっとしていた。井澄は自分から話しかけるべきだと判じて、しかしなかなか切りだせない。どこから言えばいいのか、とあごに手を当てているうち、彼女の手元に目がいった。
「それは」
「ああ、これ。砕けちゃったけど、捨てることできなくて」
穴を開けて麻ひもを通して結わえ、手首に備える飾りへと姿を変えた髪留めが、そこにあった。堆朱彫りのような濃い色合いの髪留めは、不揃いな大きさとなっても鮮やかに存在を主張している。ここまでしてくれる事実に胸が満たされ、井澄は感極まった。目がしらに熱さがこみ上げて、視界が緩む。
本当に、いつ泣いてしまってもおかしくはない。
「え……ちょっと。なんで泣いているの。僕がなにかしたかな」
「すみ、ません。けれど、どうにも……止められず」
「やめてよ、そういうの。きみが泣いてると、僕まで……なんだか、泣きそうだよ」
ぐすりとしゃくりあげ、井澄が見る間に、八千は涙をこぼす。それを見た井澄がさらに泣き、八千がまたそれを見て泣き……しばし二人は、頬を濡らし続けた。井澄は涙を流すことで彼女と繋がり、失った時間を取り戻せるような気がしていた。
――はじめて彼女と出会った日も、井澄は同じように、泣いていた。
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いまでは覚えている事柄も少ないが、彼にとって人生で最初の景色は、三人で過ごした宿舎である。井澄と、一回り年上の女性と、女性よりさらに年上の男性。三人で、八畳ほどの部屋の中に過ごしていた。
布団の他にはなにもない、簡素な部屋だ。水瓶の横にある扉から外に出ると、長い廊下が続いており、天井は低く白けた色をしていた。その向こうにある世界を、彼はしばらく知らずに過ごしていた。
彼は統合協会に拾われた子供だった。とある村落で病が猛威を奮い、奇跡的に助かった数名のうち一人だった。ここで〝亘理井澄〟と名を与えられ、気づいたときには女性と男性と三人で暮らしていた。一日にやることは二度の食事と読み書き算術の勉強、たまに廊下に出て運動――という名の組み手。勉強も運動も相手は女性と男性が務めてくれた。
それなりに、満たされた日々を送っていた。
以前の名は、覚えていない。生来あまり名に執着がないのか、生活の中で名を重視しなくなったためかは、わからない。とにもかくにも名に感ずるところが少ないので、現在名乗る〝沢渡井澄〟の偽名に変えたときも、井澄はなにも思わなかった。
「井澄」
と、名を呼んでくれるのは、女性と男性の二人だけだった。統合協会の他の場では、井澄の呼び名は〝いの三号〟。時折廊下ですれ違う黒の三つ揃えをまとった人々は、決まって井澄をそう呼んだ。
そしてその呼び名で気づいたのだが、どうやら井澄の遊び場である廊下には他にも部屋が並んでおり、それぞれ〝いの一号〟から三号の井澄を含め、十四号までが各部屋に生活しているらしい。もっとも、最後まで彼らと会うことはなかったのだが。ひょっとすると、十四号までの中に名執もいたのかもしれない。
八歳のとき、言語魔術舎と呼ばれる場に移動することとなった。村落での生活を覚えていない井澄にとっては、はじめて廊下と部屋以外の場所に出る機会だった。
未知なる世界に怖れを抱いて、井澄は最初ひどく嫌がった。だが女性と男性になだめすかされ、最後には承諾した。
おそるおそる爪先を出した廊下の向こうはまぶしく、広かった。
山を背に建つ統合協会本部は、なんらかの術によって空間を広くとっており、山間に隠れ潜むとは思えないほど多様な施設を構えていた。古来より日本国に伝わる陰陽道、神道、修験道、密教などさまざまな分野の術を研究する舎があり、中には西洋の魔術、錬金術などを学ぶ場もあった。
その中のひとつが言語魔術舎。男性――村上は、ここで魔術を学んでいるのだと語った。井澄も同じ魔術を学ぶのだとも。遠い存在だった、大きく遥かな存在だった彼らに近づけるのならと、井澄は魔術の座学、実践、研究、どれも精力的に挑んだ。
一方で組み手も続けられ、こちらは女性――レインが相手してくれることが多かった。いまにして思えば女性、男性といっても井澄と十も齢が離れているかどうかだったのだろうが、いつまでたっても追いつけない二人は、井澄にとって憧れの存在であり続けた。
朝起きて、八畳の部屋でともに食事をとり、本部へ出かけ。術の研究と組み手を行い、夕刻に部屋へ戻り食事をとって眠る。ただそれだけだったが、井澄にとっては二人が家族だった。二人だけが、家族だった。
村上と共に術について学び、いつしか井澄は殺言権という異能を手にしていた。研究一辺倒で能力が無い私とは大違いだ、と村上は笑っていた。
レインとの組み手では――あいにくと体術はてんでだめだったので、奇策や奇襲ばかりを身に付けた。硬貨幣を使った指弾と羅漢銭に、真面目にやれとレインは怒った。
二人に鍛えられ、次第に井澄は成長していった。いまにして思えばあれらはすべて適性検査で、術式研究を主とする鶴唳機関・護衛戦闘を主とする梟首機関・対外交渉を主とする鶯梭機関のどこへ振り分けるべきか調べていたのだろうが、事実を知っても当時の井澄は気にもしなかっただろう。
二人と共にいられれば、それでよかったのだ。
「――写真を撮るぞ」
あくる日の夕食後。言いだしたのはレインだった。
井澄は賛成しようとしたが、その前にすかさず村上は言い放った。
「撮る理由が、無いと思いますが」
「いや、ある」
「なんだ、言ってみなさい」
「井澄の成長の記録になるだろう」
「……あなた、時折突拍子もないことを言う。記録というのならもっと幼いころから撮るべきでしょう。いま井澄が何歳だと思っているのだか」
「十六歳。元服も済ませて一年、ちょうど凛々しくなってきた」
「はいはい。写真などなくても目に焼きつければよいでしょう、高いんですよ写真というのは」
「お前高給取りだろう」
「ハナから人の財布を頼りにしますか。だいたい三人で撮るとね、真ん中の人は早死にすると聞き及びます」
「では真ん中はお前だ、村上」
「年長者を敬う精神を覚えなさい。あなたそんなのですと嫁の貰い手がなくなるよ」
「どう思う井澄」
写真なら撮りたい、と井澄は返した。レインはそうじゃなくて……と言葉尻を縮めて、村上はそんな彼女を見て皮肉った笑みを張りつけると、読みかけだった図書に目を落とす。
結局は後日、レインに押し負けた村上が写真屋を招き、三人並んで写真を撮ることとなった。レインはしっかりとした笑みを形作り、村上は皮肉った笑みのままレンズを見つめた。井澄も笑おうとしたのだが、険しい目つきをやめろと言われて、そちらにばかり注意を向けているうちに、ぱちりと表情は焼き付けられてしまった。
村上は自身の財布からお金を払ってくれた。ただしお金を出す条件というのが、「真ん中はレインにすること」だった。本気で写真機に怯えていたのだろうか……。あとからレインとそんなことを話して、二人は笑った。
このように平穏な日々が、いつまでも続くと思っていた。
やがて心身と術とがどれも高められたと判断されたか、ある秋の日に井澄は村上・レインと共に小さな行軍に加えられた。目標となるのは山奥の隠れ里――魔的な力に秘され、常人はまず辿りつけない異界――に住む、人外の種族。鬼の生き残りだと、話に聞いていた。
「鬼人種は万物を砕く怪力も危険ですが、それよりも脅威となるのが術式耐性です。個体としても、一度受けた術に対しては即座に耐性を構築し、威力を半分にまで減ずる。種族としてはもっと恐ろしく、世代を交代するたびに親の耐性を子が引き継ぐのです。つまり歴史ある由緒正しき術式ほど、通用しない可能性が高い」
だからこそ我々が護衛につく、と言って村上は陣頭指揮を執った。村上、レイン、井澄、そして十数名の部下を加えた小隊は、それぞれが言語魔術、錬金術、召喚魔術の担い手であった。これらはもともと、この国に存在しなかった魔術である。よって鬼にも耐性がない、弱点をつける術の使い手足り得るというわけだった。
井澄は身構えて、ことに当たるため真剣な面持ちとなった。すると村上がくるりとこちらを向き、耳打ちするように言う。
「……まあ今回は交渉なので、先遣隊の護衛を務めるだけですがね。あくまで『背後にこういう連中がいる』という示威行為。そういうわけだから井澄、あまり硬くならずともよろしい」
はじめての外での行動でかちかちになっていた井澄の緊張をほぐそうというのだろう。ありがたいことではあるが、黙ってうなずくほかはできることがない。あまりかたさが取れなかった井澄を見て、レインは肩をすくめていた。
それでも事実として、このときは和平交渉に向かったはず、だったのだ。なにも危険なことはなく、井澄たちは威嚇の姿勢をとるだけで帰路につき、また平穏に暮らす日常へ戻っていく。そのはずだった。
事態が急変したのは、山中に秘された鬼の里の近くで、野営をはじめようとしたときだった。
きな臭い、とレインが言って、井澄たちは顔を上げた。彼女はこの先から、火薬の嫌なにおいが漂ってきていると答えた。井澄は彼女が以前の行軍でも罠の気配に気づき、隊を救ったという武勇を聞いていたので、素直にこれに従った。
まだ夜間だというのになにが起きているのか。不安に駆られながら、井澄たちは撤収の準備に入り、いそいそと身支度を整えた。
レインは先の様子を見てくるといい、斥候の役を買って出た。駆けだし、あっという間に姿は見えなくなる。井澄たちは彼女の報告を待つこととした。
だが待機に入ってしばしあと、襲撃に遭う。闇に同化し息を潜めていた井澄たちのもとに、叢を掻きわけて迫る音がした。鬼の側からの、急襲。それは先遣隊が全滅していることを示唆していた。
夜間に視認しづらい位置から相手から攻め立てられたことで、井澄たちの小隊は短時間で分断された。散り散りになって逃げ出し、それぞれが戦闘に入る。敵は数こそ数人だが、危険な人外種である。井澄の方を向いた一人が、膂力にものを言わせて拳を放ってきた。眼前が赤く染まる。
血しぶきは、鬼のものだった。村上が短刀を逆手に、鬼の下顎から脳天まで突きあげていた。ぐるんと目玉を上向けた鬼はどうと倒れ、それは震える井澄に手を伸ばしたように見えた。
「逃げるぞ井澄!」
彼の怒声で我に返り、井澄は村上と共に逃げた。
茂みを闇雲に走りまわり、息を切らして逃げ惑う。連絡系統を途絶させることにこそ真価を発揮する殺言権は、先手を相手に奪われてしまえば使いようもなかった。無様な敗走に、井澄は死の恐怖を思った。
だがなにより恐怖したのは、鬼の力もそうだが――普段の温厚さを切り詰め、殺気の塊となった村上だった。井澄の知る彼とは質のちがう、本気の殺意があふれていた。外がこれほど怖い場だと、はじめて知った。井澄はただこの非日常が早く終わることだけを願い、一心に村上の背を追った。
時間の感覚が不明瞭になる中、山の頂に近づく。枝葉の切れ間に白んできた空を見て、わずかばかりの安堵が生まれたのを覚えている。しかし安堵もつかの間、二人の前を遮る影が在った。
鬼ではない。それは金色の髪を持ち、しなやかな肢体を誇る彼女。
鬼よりなお恐ろしげな感情で顔を彩る、レインがそこに立っていた。衣服はずたぼろで、激しい戦いをくぐりぬけてきたことがうかがえる。構えた短剣も刃こぼれがひどく、対照的に鋭さを増して剣呑なのは彼女の玉翠の瞳くらいだった。
「……なぜだ村上」
謀ったのか、と彼女は言った。彼女の手にする短剣が、朝日を受けて照り輝いた。
村上はなにも言わず、ただ短刀の切っ先を下げた。柄を手放し、刃は地面に落ちた。
それから彼女のそばに近づいて、井澄には聞こえない小さな声でなにかささやいた。途端にレインは総毛立った表情となり、短剣を持つ手を振るわせた。井澄は悲鳴をあげた。そこでやっと、彼女は井澄に気づいたような顔をして、動きが鈍る。
隙を見逃さず、村上は左袖に隠していた二振り目の短刀でレインの腹を突く。またなにか彼はささやきかけ、レインが耳を塞ぎたくなるような絶叫を漏らす。
「――畜生ッ――――!!」
じくじくと衣服に血が滲み、彼女は横倒しになる。振り向いた村上はいつもの皮肉った笑みを浮かべていて、短刀の赤い輝きが目に痛い。けれどなにより目につくのは、口の端からてろりとのぞかせた舌。
そこには、井澄と同じ。銀の刺飾金が、突き刺さっていた。
がむしゃらな遁走はいつしか孤独なものとなり、村上に背を向けた井澄はそのまま山を駆け続けた。どこまで行っても、彼が追いかけてくるような気がした。恐怖と焦燥に追い立てられ、山を一里は駆けた。
行き着いた湖のほとりで、井澄は崩れる膝を抱えてうずくまった。いまにも背後に彼が現れるのではないか、レインはどうなってしまったのか。井澄の世界を作り上げていた大事な二人の豹変が、これまでに感じたことのない大きさの心的負担をもたらしていた。
それでも人は、弱れば眠る。神経の摩耗で幻覚にさいなまれながら、井澄は薄く柔らかな眠りに包まれていった。水底に沈む泥のように、重く深い眠りについた。
どれくらい経ったか、肩を揺られて、井澄は跳び起きた。かけられた腕を払いのけながら跳び退ると、目の前の少女も尻餅をつきそうになっていた。ひゃ、と悲鳴のような声をあげる少女は、夕暮れの湖で闇にとけそうな影法師を連れていた。
長い黒髪を腰まで垂らし、青みを帯びた美しく黒き瞳。陶磁器のようになめらかで、けれど柔らかそうな肌の少女は、あまり仕立ての良くない着物をきて井澄の前に立っていた。
村上ではなかったことに、井澄は安心して、そこですっと腑に落ちた。もういままで自分の知っていた世界は無く、村上にもレインにも、二度と会えはしないのだろうと。理解が至ると途端に、彼は失ったものの大きさに気づいた。少女を見るとも見ないともつかないまま、さめざめとあふれ出る涙に任せて、感情を吐きだした。
少女は不安そうな顔のまま、おそるおそる近づいてきた。闇が深まる中で、彼女の白い肌だけが、浮き上がって見える気がした。
「あの……大丈夫?」
橘八千草との邂逅は、このようにして成ったのだった。