23:遠距離戰という名の攻防。
この戦の字が無駄にたぎる。
離れた位置で風と湿度を測っていた夜想が、投石機を構えるのとは逆の手でロングコウトの腰あたりを探る。握られたのは小さな鎌で、彼女は東南東から吹きすさぶ風に向けて、これを横薙ぎに払った。
「〝風切鎌〟」
ばちりと音がして、次いで無音に。夜想の眼前に、無風の道が開く。この鎌は呪力で以てして風を防ぐ、特殊な術具なのだ。これにより風向きに障害となる部分が現れ、彼女のさきほどの連絡は、予言へと変わる。
風が東へとそのうねりを向けた。
瞬間、夜想が口ずさむ。
「――〝千早振る 高天原の 神集い――」
まったく同時刻。
風の音に時の訪れを悟った奏鳴、小夜もまた、喉を震わせていた。
「〝千早振る――」「――高天原の――」「――神集い――」
奏鳴は両のまなこを開いて詠唱し、照星の揺れを一定の律動にて刻む。遠眼鏡を用いて奏鳴と同じ方向を望む小夜は周囲への警戒を怠らず、かつ言葉の紡ぎに余念はない。思考と行動を別個に切り離し、しかしどちらをも最大効率にて行い続ける。
同時重複詠唱。同じ術の効果を重ねがけして高めるための、高等技術である。
詠唱とはただ文言を紡げばそれでよいというものではなく、音の拍子、速さ、高低、区切りなど様々な条件をくぐりぬけなくてはならない。それを三人で、しかも互いの声も届かぬ距離でまったく同時に行ってのけるというのは――まさに三つ子であるがゆえの、共時性ともいうべきなにかが彼女たちの中にあるという証左だろう。
術の向かう先は、標的へ飛び出さんとしている弾丸だ。込められた力が、六発目の鉛玉を必殺の魔弾へと変貌させる。
間をおくこともなく。
「魅入る憑き物――」「――退ちのきて――」
彼女ら三名の集中力が、空気を張りつめさせた瞬間。
「――去ね〟!!」
狙的照準越しに捉えた敵の姿――そこから一間と二尺ほどの空間。ここまでの射撃で感じた手ごたえから推測した、〝当たる〟位置へ向いた瞬間。
奏鳴の構える〝国友製後装式単発風砲参號器〟人呼んで〝苦絶ツ風〟という長銃が、乾いた小さな音と共に弾丸を吐きだした。
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ほどいたネクタイで器用に二の腕を縛り、八千草に銭入れを返した井澄は握っていた掌を開いて閉じた。前腕を貫かれた傷からの出血は、だいぶ少なくなっている。額の脂汗をぬぐって、硬貨幣を手の内に滑らせた。
「問題はなさそうです」
「そうか、よかった」
「ええ。傷口も前腕の中ほどなので、羅漢銭はともかく指弾ならば一度か二度は使えるでしょう」
「あまり無理をしないでおくれよ」
気丈に振る舞いつつもどこか陰のある顔と声音で、八千草は井澄の左腕をとった。傷口を見るために裂いた袖の下には、固まった血の他、黒いものがある。
手首をぐるりと廻っている、刺青だった。ちなみに左手首だけでなく、右手首にも同じものが施されている。彫ってあるのは紋様や絵ではなく、細かに英吉利語で刻んだ、呪文であった。
「問題無いですよ。師匠との修行ではこのくらいの怪我もままあることでしたし。まあ、呪文をやられてたら、術式が途絶えて指弾も打てなくなってましたがね」
危ういところだったと改めて自覚し、掌を開く。手の中にあった硬貨幣がたわみ、ひしゃげていた。これで出力は落ちていないことも確認できた。
井澄がこの呪文の刺青で施しているのは、自己の肉体強化魔術だ。もともと特技として身に付けていた指弾や羅漢銭を、戦闘で最大限活かすためにこの術式を彫っている。
両腕のみ力を高めるよう彫ってあるこの刺青は、戦闘時には詠唱無しでも魔力を送るだけで術を発動できる。どこで戦いが起こるかわからない四つ葉での生活で己と周囲を守るには、これほど扱いやすい術もないものだ。
ではなぜ全身に施して強化を成していないのかというと、これは単純。彼には魔力の絶対量が足りず、また体術の才能がこれっぽっちもなかったからだ。そして『だったら下手な全身強化で器用貧乏な戦力をつけるよりも、強化を腕のみに集中させて一点突破の戦術を狙うがいいじゃない』という師からの助言によるものでもある。
懐かしい師の顔が浮かび、錘のカフス釦を斬り飛ばされた鋼糸に目を落とす。錘無しだと投じて相手に届くまでの時間に猶予が生まれてしまうが、しかしまったく使えないわけでもない。戦力の低下は目も当てられない、というほどでもないようだ。
「ただ、見たところこの倉庫は出入り口以外からは抜けられないようですね……」
周囲に抜け穴や勝手口でもないかと思ったのだが、そううまくはいかない。存在する出入り口はどれも、狙撃にあう可能性のある方向にしかなかった。表で山井が戦ってくれている間に、八千草だけでも警官を追うべきだと井澄は考えたのだが……彼女は首を横に振った。
「あったとしても出ていかないよ」
「なぜです」
「お前を放ってはおけない……おいやめないか、なぜこっちに近寄って来るんだい」
「失礼、ちょっとたかぶりまして」
「戦のほうに向けてたかぶっておくれよ。まったく、物理的な意味でも精神的な意味でも、頭が痛い」
「頭痛ですか」
「雨の日はね。少し、古傷が痛む」
左手でがしがしと乱暴に頭を掻く八千草を見据えてへえ、と気の無いような返事をすると、井澄はじゃらりと硬貨幣を構えた。
「ひとまずは、ここで足止めですか」
「うん、お前の怪我を厄として、山井さんにとってもらうまでは」
「死にはしませんので、後回しでも構わないんですがね」
表で戦っている山井を見て、井澄はつぶやく。黒煙をあげて己の周囲に何者も寄せ付けない山井の姿が、少しずつ変貌していくのが見えていた。
左目が、開かれている。縦に一閃された傷によりふさがっていたはずの目。だがそこにはなにも存在しておらず、ただただ空虚な眼窩が開いていた。そこから黒い液体が溢れだしている。だらだらとこぼれては空気に溶け消え、彼女をとりまく黒煙を色濃いものへ変えていく。……光を遮り、闇に覆われつつあるその肢体。左顔面は端から肌がひび割れて、血管が剥き出しになりつつある。
醜く、姿を変えつつある。おぞましき姿の醜女と成り果てていく。
彼女の二つ名は、黒闇天。閻魔王の妃にして、禍与える悪女。
厄を操るその異能が、いまこの場に顕現しようとしていた。
「ですがこちらも……休んでばかりはいられないようですね」
井澄は硬貨幣を構えて、木箱が密集する倉庫の奥へ進もうとする。八千草は刀を携えたまま慌て、彼を引き止めようとした。だがすぐさま嫌な気配に気づいたのだろう、伸ばしかけた空の手にアンブレイラをとり、瞬時に右片手正眼に構え直す。
木箱の陰から、気配の揺らぎを感じた。すぐさま指弾を石壁に向けて放ち、跳弾させて物陰を狙う。金物同士の擦れ合う音が指弾の防御に成功したことを示し、八千草がそこへ向かって駆けこんでいく。
布のはためく音がして、視線を上に向ける。井澄の頭上に、木箱を乗り越えて警官の男が現れていた。
「切り捨て御免ッッ!!」
被外套の内より軍刀が抜き放たれ、首を刎ねるように横薙ぎの軌道を描く。すぐさま指弾で迎撃を狙う井澄だが――その狙う動作の間に、警官の姿が大きくなる。
蹴る物もない空中で突如加速してきたのだ。焦り、打つ暇がないと、井澄は右手の硬貨幣を持ち変える。人差し指と中指の間へ挟み、指を曲げ、親指で留める。吸いこまれるように頭頂へ迫る斬撃を捉え、右へ身を旋回させながら屈むことでこれをかわす。
そして回転する動きの中で右腕を伸ばし、遠心力をつけて、二本の指を弾きだす。羅漢銭の一打が、風を切って空ぶった警官の脇腹に突き刺さる。ぐむ、とうめいたが、止まりはしない。右腕を振るうことで放った鋼糸で、振り下ろされた軍刀を絡め取る。
「止めだ」
左腕の痛みを我慢して、指弾を打ちこんだ。だがまたも警官は、動きの予兆すら感じさせずに左へ飛び退る。かわされた指弾は木箱にめりこみ、また鋼糸が絡んだままに警官が移動したため、重心が崩れそうになる。
糸の張力の限界を試すかのような引き合いになり、警官と井澄は硬直した。そんな二人を見据えるように、もう一人の影が軍刀を大上段に構える。また軍刀、と拵えを確認した井澄は、次いで視線を下げ男の格好を見て、度肝を抜かれた。
いま、まさに、井澄が対峙しているのと同じ顔の男が。服装も同じままに、斬りかかってきたのだ。
「チェエストオオォォッ!!」
残り四歩で刃圏に入る。左の指弾は間に合わない。右も、鋼糸を御することで手いっぱいだった。
動揺が腕の稼動をわずか遅らせ、刃の接近を許してしまう――だが斬りかかる男の後ろから八千草が、突撃の勢いを載せた突きで以て迫っていた。
足音を消して近付き、鋭く突き出される剣先が。あと二歩のところまで間合いを詰め、男の被外套を貫いて、脊髄深くへ穿たれる。そう、井澄が確信したその時だった。
八千草の姿が遠のく。警官が、軍刀から左手を離し、振り下ろした瞬間のことだった。
「〝剱境負戒〟」
詠唱ではない言葉を聞き取って。鋼糸を介して引き合いになっていたほうの警官が、自ら軍刀を手放したことを知覚した。勢い余って体勢を崩し、逃げ場を失った井澄は、かわすこともできず右腕に斬撃を受けた。今度は二の腕をざっくり切り裂かれ、間を置いて血が噴き上がる。
「がっ……!?」
転倒した井澄の元に、手放された軍刀が転がる。
「井澄!」
八千草が叫ぶが、声は届けど距離は遠く。起き上がろうにも起き上がれず、井澄は左腕を振るう。袖口からカフス釦を錘にして鋼糸が飛び、追撃の横薙ぎで首を狙っていた警官の刀身に絡みつこうとする。だがまたも警官は左手を振るい、この動きに流されるように、鋼糸もふわりと弧を描いて戻ってくる。
先ほどからのこの現象――物も、人も、近付こうにも近づけないこの術――思考を巡らして、井澄の動きが止まる。
「死して償うがいいのですよ」
警官の無慈悲な宣告が倉庫に響いた。
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人頭杖と己の眼窩から溢れる黒煙に塗りつぶされ、山井は術式を練っていた。
〝厄廻払い〟と自ら名付けた術は、この人頭杖を媒介として〝厄〟を操る能力である。不運、不幸、己にあだなすあらゆるものの総称たる概念、これを操ることこそが黒闇天と呼ばれし彼女の真骨頂である。
人頭杖の表面で、肉色の鼻がひくひくとうごめいた。双つの耳と、瞳までもが探索に駆り出されている。己への周囲からの敵意・不運という〝厄〟を感知する能力、これによって彼女は銃撃を察知し回避していた。
井澄たちを倉庫に追いやってから、すでに二発。相手の敵意を悟った人頭杖の、各器官が赤煙をあげる反応によって、一瞬早く対応することでかわすのだ。
今また、人頭杖が赤く濁った気体を吐いた。
横っ跳びにその場を離脱すると、石畳を砕いて鉛玉が落とされる。これで五発。すでに山井は相手の方角について見当をつけ始めていたが、無音弾を放つ射手の居場所は容易には判別できない。けれどこれは術を用いた技ではない、との推測は、七割方合っているとの自信があった。
術を用いるのなら、敵意は術式を練る間少しずつ増していくため、赤煙の反応も少しずつ濃くなるなどのちがいが出る。
それに音のしない銃撃、というものに若干の心当たりがあったためだ。国友という鉄砲鍛冶にして発明家であった男が考案した、風砲という代物である。
太い密閉された筒の中に空気を圧縮して溜めこみ、これの中身を引き金引く動作で銃身へ放出、空気の圧力で弾丸を飛ばすという銃だ。火薬を用いないため雨天でも使えて、爆発の音もないというなかなかに優れた品だったと伝え聞く。
「お偉方の暗殺に使われたら困る、って理由でほとんど作られなかったはずだけどねえ……」
あまり使われなかった品が横流しされてきたりするのも四つ葉の常だ。驚きはない。しかし、風砲による攻撃がここまで面倒なものだとは思ってもみなかった。発射の際に火を噴くことも白煙をあげることもないのでは、撃たれる側は射手の位置補足がほとんどできない。
雨で視界が悪いことも、見落としを生んでいる原因に思えた。
「見えづらいのは向こうも一緒のはずだけどね」
確実にこちらを狙ってくる腕前に舌を巻き、山井は火の消えた煙草を吐き捨てる。さてどうするか。闇雲に攻撃するわけにもいかない。アンテイクの面々で唯一、直接的な遠距離攻撃の手段を持つ山井だが、それは相手を認識しなければ使えないのだ。
「しゃーない……集え罪の輪、守れ罰の環」
山井は動きを止めて、人頭杖を正面に構えた。すると周囲に撒き散らしていた黒煙が、前方に集まっていく。
分厚い、煙の膜が構築される。もやもやと漂うそれを前に、山井は呼吸を整えた。あまり気乗りしない手段ではあったが、結局のところこれしかない、とも思えた。
集めた黒煙、すなわち〝厄〟による目くらましと入射角の確認だ。濃密に練ったこれにより弾丸を受け止め、その入射角から相手の位置を割り出そうというのだ。身構え、呼吸を止めて、迫りくる弾丸の恐怖と戦う。
頭部、あるいは胸部などに受けなければ、生き残れる策はある。左半身になって的となる部位を狭め、左腕で頭部をかばいつつ杖を槍のように深く掻い込んだ。煙が、揺らぐ。赤煙は、出ていない。疑問に思い至るわずかな猶予の間、
意識の空隙を貫いた次の一発に、彼女は左の脇腹を撃たれた。激痛が肩までせりあがり、強張った筋肉の収縮と、追撃を恐れる精神の反射により屈みこむ。集中が途切れ、煙膜が四散しそうになるが、ここは耐え忍んで術式を維持した。
「……くぅ、ぅううッ」
やはり銃声は無い。また、今度は敵意の感知すらできなかった。一切の反応を見せなかった人頭杖をこづいて煙草をくわえなおし、相手の方角がわからないまま狙撃へ対処することの難しさを、改めて思い知る。だがいまは、いまの銃撃は、相手の位置情報としてこの上ない。黒煙の膜を見る。空けられた風穴を通し、この角度から、山井は相手の姿を捉える。
ここから二町はあろうかという教会の鐘の下、建物の白色にまぎれるように銃口をこちらへ向けていて。また立ち尽くしている背後の人物も、海松色のコウトにより背景の暗さに溶け込んでいる。なるほどうまく隠れていたな、と苦笑いして、人頭杖を一振りすると煙膜を解いた。
もはや回避することもできない状態となった。敵意の感知もできず、おまけに腹の出血も少なくはない。内臓までは達していないが、肉の中に焼けた鉛玉が押し込まれている痛みは、山井の動きを悪くしている。ここからは短期決戦であった。
おそらくは退魔、あるいは破魔の力を持った一撃。山井の術とは相性が悪く、感知も防御も阻害してくる。神道における巫女の操る〝梓弓〟や〝蟇目〟に用いる術式を、銃撃に転用したものだろうか。
鉄砲の音で魔を祓うという伝承も、世の中には多く流布している。正統な術師のほうが少ないこの島だ、無茶な自作術式で運用している可能性もある。
「でもそういうのは〝音〟っていう遠くまで伝わるものへの恐れ、神秘性が元でしょうが……無音なのにこっちの感知術はぶち抜いてくるってんじゃ、やってらんないわよ」
言いながら相手を見据え、杖を振るう。濃縮された〝厄〟が、人頭杖の杖先で形を変えていく。一方で、遠く望む相手も、次弾装填と放気筒の入れ替えを行っている。背後にいる海松色の人影が、遠眼鏡でこちらを見据えながら射手に指示を出していると見える。
どちらが早く構え、狙いをつけられるかの勝負となってきた。
厄は黒い小さな煤の塊となって空中に停滞する。この弾丸を相手の方角へ向けて、山井は反対側の杖先を、自分の脇腹に向けた。ちょうど相手も、銃口を下げてこちらを指した。
あとは狙い定めるのみ。この段に入って、山井は歯を食いしばる。
己の杖先と傷口を見比べ――一気に、突き立てた。
「ぐううぅっっ」
栓を抜いたように汗がどっとあふれ出し、痛みに杖先が揺れる。相手によって己の肉体へ与えられた〝厄〟これを杖に注ぎ込んでいた。ぐちゃぐちゃと汚らしい音を立てながら杖の口は〝厄〟を食んで、さも旨そうににやりと笑うと、げっぷのように赤煙を吐いて黒い弾丸に赤いものを混じらせる。
「……人を呪わば穴二つ……、探れ罪の香、辿れ罰の禍!」
詠唱と共に放った一撃は瞬時に杖先で膨れ上がり、渦を巻いて蛇行した黒煙は、軌跡を空中に残して鐘の下へ迫る。黒き颶風となりて虚空を疾走する。自分の放った脅威の行く末を見やると、対峙する射手と、視線を交わした気がした。
着弾を確認する。血しぶきがあがり、霧のごとく風に流れる。
一瞬早く放たれた山井の黒い弾丸が、無音の射手を撃ち抜いていた。
人を呪わば穴二つ。呪いし者は呪われやすくなる。射手により撃たれた〝厄〟を載せて倍返しにした傷は、臓物の奥深くまで届いて相手を戦闘不能に至らしめた。結果、射手の弾丸は大きく外れ、山井から二間は逸れた位置に撃ちこまれていた。
観測手の人影は、遠眼鏡を片手に茫然としていた。隙を見逃すはずもなく、山井は尖った杖先を己の左眼窩に向け、突き立てる。激痛に頭の中をかき乱されるが、次の弾丸が精製された。
山井の術〝厄廻払い〟において〝厄〟と認識されるのは己に向いた敵意と傷である。前者は人頭杖の目、鼻、耳の三つによって感知され、術者たる山井に対して赤煙を出すことで接近を知らせる。量の多寡と吐きだす速度などで、相手の大まかな距離、行動も判断できるようになっている。
そして傷の利用。これが彼女の攻撃手段である。自傷を含むあらゆる傷を、杖に吸い取らせることで〝厄〟の黒煙の集合体、〝煤〟を作り出す。穢れの象徴として現れるこれを撃ちだすことで、命中した相手には倍の傷を与えるという術だ。
また相手から与えられた傷を用いて〝煤〟を作り出せば、呪詛返しとなって必中の魔弾として機能することとなる。いま射手を撃ち抜いたのが、まさにそれである。
「じゃ、さよなら」
眼窩を抉ることで生み出した次弾を、杖を振るって解き放つ。倒れた射手の代わりに銃を握ろうとしていた観測手は、とっさにかわそうとするが、なにかを踏んだのか転んで姿勢が崩れた。そこへ弾丸が当たり、左目を押さえて仰向けに倒れ伏せる。
たとえ痛みを我慢したとしても、片目ではろくに狙い撃つことはできまい。ひとまず狙撃手を沈黙させられたことに、山井は安堵した。煙草に火をともして一服つけながら、白衣の裾をまくって、帯周りに吊るしている医術具を取り出す。
まずは井澄の傷を縫い合わせなくては。己の傷も後回しに、山井は治療について考えを巡らし始めていた。
「……いくらボッタくろうかしらね」
治療費について思いをはせていた。