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明治蒸気幻想パンク・ノスタルヂア  作者: 留龍隆
三幕 探偵対峙
22/97

22:計略という名の詰め。

 直刀を携えたままの八千草は、電信室から出てきた井澄に目配せすると木箱の陰へ歩いていった。小走りで駆けよって、井澄も血の元へ辿り着く。山井は杖を担いだまま、ゆっくりと寄ってきた。黒煙はまだ杖から噴き上がっており、これに井澄たちを触れさせるわけにはいかないためだ。


 遺体は、右胸を刺し貫かれていた。血だまりは今も、じんわりと大きさを増しつつある。


「また正面から一撃、か。傷は貫通している、やはり得物は大振りの刃であろうね」


「腰に節棍棒ブラク・ジャァクを携えていたようですが、反撃すらさせなかったというわけですかね」


「井澄、八千草。ちょっと距離あって見えないんだけど、怪我はどう?」


「怪我もなにも致命傷ですよ。右胸を一刺し、肺腑をやられていますね。肋骨の間を正確に刺されてます」


「そうじゃなくて防御創とか」


 ああ、と八千草が納得の声をあげ、少しためらってから、片手で拝むようにして男の腕を持ち上げたりした。着ている外套コウトの袖に傷は無く、ズボンなど足の方にも裂けた部分は無い。


「おそらくなにも」


「そう……完全に一刺し、」「大丈夫ですか!」


 壁際に身を寄せていた山井と、井澄と八千草が同時に顔をあげる。入口のほうからの声に反応したのであり、声の出所には、人影があった。カーキ色の被外套マントに制帽を深くかぶった、警官の男だった。


「あなたがたは? ここは部外者の立ち入りを禁じているはずでは」


「失礼、ぼくらは今日からここの護衛を任された者で……」


 はっとして、八千草が固まる。直刀を抜いたまま、刺し殺された遺体の前にいる自分。疑われるにこれほど易い状況も、他にない。刀に血痕がないことやライトの証言があれば問題はないのだろうが、それでも面倒事には発展しそうだと思い、運の悪さを嘆いているようだった。


「護衛の方々でしたか。しかし刀を常に抜いているというのは、いささかいただけない気もいたしますな」


「ああ、はは。これはすいません」


 とりあえずは下手に出ようと、八千草はアンブレイラへ刀を納めた。井澄の硬貨幣――は、さすがになんとも言われないだろう。それでこその暗器だ。山井は人頭杖を隠すように背に抱えて、黒煙を警官に浴びせない距離まで下がった。警官はこちらへ詰め寄りながら、朗らかな表情で話を進める。


「しかし護衛ということは、倉庫番の方と話はついておりますか? いえ、疑うわけではないんですが、ここのところ物騒ですから。成り済ましというのもあったのですよ」


「ああー、なるほどー。そうなんですかー」


 これはもう観念するしかないな、と思ったのか、下手な作り笑いを浮かべながら八千草は立ち上がった。井澄もまずいな、とは思うのだが、ことここに至っては隠しようもない。重い嘆息をひとつ、警官のほうを向き直る。


 なんとなく見ていたら、被外套の中に軍刀サアベルの柄が見えた。


 ふ、と違和感があった。なにと口にすることもできない、答えだけが過程を飛ばして浮かぶような、いびつな感触だ。手探りで感触をあらためて、井澄は違和感の正体を探った。軍刀。軍刀が、気にかかった。武器。得物。己の手の内の硬貨幣が目につく。これも得物、ではあるが。


 山井は得物の杖を背に隠している。なんということはない、警官に向けるものではないからだ。八千草が刀を納めたのも同様。


 警官に武器を向ける(、、、、、、、、、)者などそうそういない。当然の話だ。


 彼は、にこやかに口を開く。


「そうそう、成り済まし、といえばですな――」


 あと二歩のところで、井澄は硬貨幣を構えた右手を向ける。瞬時に指弾を打ちだし、警官の顔面を狙った。


 だが流れるような足さばきで横にかわされ、そのときにはひるがえる被外套の中で、軍刀の鯉口が切られている。


「――騙し討ちにご注意、と」


 八千草の腕を引いて、井澄は後ろへ下がる。抜き打ちが井澄の右袖口をかすめ、鋼糸を仕込んだ錘のカフス釦が弾け飛んだ。錘が断ち切られ、糸を飛ばせなくなる。井澄は舌うちして、もう少し早く気づければと己を責める。


 ……危ういところで気づけた、違和感の正体。


 無抵抗に真正面から切られ、死んでいた人間たち。ヨハン、ブルーノの二名まではまあ、いいだろう。しかし先の倉庫番の男は、節棍棒という武器(、、)まで持っていたのに反撃の色もなかった。胸板を刺し貫くほどの、大振りの刃(、、、、、)を持った相手と対峙したのに、だ。


 ここから導き出される人物像。大振りの刃を持っていて疑われず、一太刀入れられる間合いまで警戒すらなされない人物――それすなわち、警官!


「穿て」


 唸り、左手の指弾で続く太刀へ牽制する。閃く刀身に弾かれた硬貨幣はどこかへと飛んでいき、続く袈裟切りが倉庫の空気をかき乱す。


「不覚をとった、すまない井澄!」


 間合いを潰して踏み込む八千草が、抜刀して袈裟切りを防ぐ。ほう、と感心したような声をあげて、警官は鍔迫り合いに持ちこむ。当然、仕込み刀のため鍔の無い八千草は不利な状況である。鍔迫り合いは長身の側が、上から力をかけられるという意味でも有利だ。


 が、二秒も膠着させられればそれでいい。


「最厄だわ」


 山井の杖が向けられる。彼女を覆っていた黒煙が、一筋の線となり、蛇行して襲いかかる。井澄も羅漢銭の構えを取る。数の利を最大に活かして攻めれば、さすがに向こうも膠着を続けるわけにもいかなくなる。


「ふふはは! 分が悪い、ですな」


 警官はぼやくと、刀を構える左手の、人差し指と中指を立てた。


「ちょいと切り札を失礼しましょう」


「させるとお思いですか」


 井澄が言えば、警官は笑う。そのまま、九字を切るように、左手を離して振り下ろす。八千草はこれを好機とばかり、片手になった相手に向け峰に手を添え押し切ろうとする。


 が、


「――〝剱境負戒けんきょうふかい〟――」


 男の言葉が聞こえる。瞬間、井澄は舌を出して術を練った。


「させるか!」


 殺言権により、男の言葉を消滅させる。


 ――『異能の術』の行使を『リヴォルヴァの発射』に喩えるならば、銃本体が術式で弾丸が術、火薬量と弾頭の形状が術の効果。撃鉄を下ろす動作が呪文詠唱で、引き金を引く動作は魔力を送ることである。


 もちろん符札を操ることで詠唱を破棄する靖周のような者もいる(つまり彼が毎度〝空傘〟と叫ぶのは気分らしい)が、基本的にはこれでようやく術は術と成る。つまり井澄の殺言権は、撃鉄を下ろす動作を消滅させるのだ。


 込められた言霊を殺し、言葉が存在したという記憶を、井澄が認識した対象の頭の中から消し去る。ゆえに詠唱が終わっていても、術は破綻する。『引き金を引く動作』があっても、『撃鉄を下ろす』ことがされていなければ意味無くシリンダが回転するのみ。相手は己がなにをしていたかすら、わからなくなるのだ。


 ……ところがこの警官の術は、詠唱を要しないものだったらしい。術は形を成し、発動された。


「ご愁傷さまですな」


 男に向けて放った羅漢銭が――戻ってきている?


 不思議な感覚に陥る井澄だが、間違いではないと知る。自分の前に進み出て、斬り結んでいたはずの八千草が、なぜか横に立っていた。山井の向けた黒煙も、向かい風に流されたようになる。間合いが奪われ、警官の軍刀が八千草の胸を狙っていた。


 井澄はとっさに左腕を伸ばす。前腕の肉に、切っ先が沈んでいくのが見えた。井澄は顔をしかめ、ながらも、渾身の力で軌道を逸らす。それから右手の中指を折り曲げた。親指で留めて、力を溜めた。


 位置を戻され、空中に停滞しかけていた硬貨幣に右手をかざす。ちょうど、警官の顔面と一直線に並び、己の手で相手の顔が隠れた。


「死ね」


 弾きだす。凄まじい回転をかけられた硬貨幣は、弾丸と化した。


 ばちゅっ、と音がして、肉が削げた。


 警官の男は生きている。顔を鋭く横に振って、力をいなしたのだろう。左頬の肉が石榴ざくろのように弾けていたが、生きている。温度の感じられない蜥蜴とかげのような目と視線が合い、次の瞬間には蹴り飛ばされて距離を開けられた。ずちゅ、と前腕から刃が抜けた。激痛で視界が曇る。


 そのままきびすを返して走り出し、警官は倉庫から出ようとする。山井が黒煙と共に追い、井澄もすぐに立ち上がった。背後を顧みると、八千草が井澄を見ていた。


 彼女の顔にも、体にも、傷は無い。腕を貫いた刃が他のものに刺さった感触はなかったので、無事だろうとは思っていたが。きちんと身の安全を確認できると、胸からいずこかへすっ飛んでいった臓物が、戻ってきたような心地だった。


「腕は」


「大丈夫です、動脈などは傷ついていないでしょう」


「そう、か」


 八千草は銭入れを取り出し、井澄の腋に挟んで仮の止血を施す。なおもなにか言いたげだったが、結局は押し黙ってなにも言わなかった。それでいい、と井澄も思う。笑えない程度の怪我ではあるが、だからといって神妙になっても仕方がない。


「山井さんを追うよ」


「はい」


 走り出し、雨の降る外へ出る。すると、山井は黒煙を巻いて立ち止まっていた。潮風によって斜めに吹きつける雨の中、にじむ黒い輪郭が薄暗がりのように彼女を取り巻いている。


 警官はもう半町ほど先まで逃れている。なぜ追わない、と困惑する井澄たちを振り返り、彼女は叫んだ。


「戻れ!」


「なんっ、」


 だ、と問い終わる前にガン、と鉄扉に衝撃が走った。振り返れば塗装がはげて、大きくへこんでいる。一瞬の思考で狙撃か、と気づいて、井澄と八千草が慌てて倉庫の中へ戻る。


「遠距離からの、銃か」


「でも銃声はしませんでしたよ」


「なんらかの術かもしれないわね」


 山井は雨の中に立ち尽くし、白衣のポケットを探りながら言った。危ない戻れ、と八千草が言うが、片手でそれを押し留める。顔は覚悟を決めた者のそれで、こうなればいかに代理店主とはいっても、年長者に逆らうわけにもいかなくなる。


「山井さん、あなたは」


「三分ちょうだい。アタシが向こうを仕留めるから。どっちみちあんたらは遠距離相手に対応できる技が無いし、かといって井澄の怪我の回復を優先すると、五分はかかる。そしたら無防備な三人をまとめて葬ろうと倉庫に〝追い出し係〟が来る可能性がある」


 黒煙の渦がざわりとうごめき、それに合わせて山井が上体を屈ませると同時、地面に鋭い砂ぼこりがほとんど垂直に上がった。


「そんでこの射手、闇雲に逃げてて当たらないような相手じゃない。倉庫前は広場で見通し良いし……これ、かんっぺきにハメられたわね」


「ライト商会に、ということかい」


「どうもそうみたいよねー。ああもう、面倒臭い! さっき電信させたのも、むしろアタシたちが策にはまったって知らせたようなもんよ。ああ、もう」


 本当に面倒臭そうに、燐寸の箱を出しながら言う。警官の姿は、雨の向こうに途切れがちに映っている。井澄はネクタイを外して二の腕を縛りながら、雨中の山井に向かって言った。


「山井、あなただけなら狙撃の中も抜けられるでしょう。追ってあの警官を捕えたほうがよいのでは」


「ばーか言ってんじゃないわよ! あとでぶん殴るからな、あんた」


 こちらを見もせず片手で煙草に火を点け、黒の中に色みを混ぜる。片方のみの目で井澄をにらみ、本気で、殴りかかりそうな気勢を吐いた。


「怪我人おいて消える医者がどこにいんのよ。ばか」



        #



 赤煉瓦倉庫街から二町と十五間ほど離れた位置。


 居留地に並ぶ建物の中のひとつ、プロテスタントの教会、鐘の下。狭い位置にうつぶせになり、頭から白い布をかぶって身を隠す少女があった。


 小柄で華奢な身体には、あまりにも不釣り合いに大きい、海松みる色のロングコウトをまとっている。雨にさらされても微動だにせず、全身で押さえこむように長銃を構えていた。


「――あたった?」


 後ろから声がかけられる。ふるふると首を横に振り、白い布をかぶった少女はまた狙的照準スコウプをのぞいた。肺腑に九割まで息を入れ、七割まで吐いて、止める。視界の情報と、五感の得た周囲情報を、連結させていく。


 声をかけた少女は肩までの髪を、頭の両側耳の上あたりで結っている。ざっくりと切り揃えられた前髪の下、ふっくらとしたまなじりへ視線を流し、左手に握っていた短剣ダガアを軽く振るった。


 と、短剣を振るう少女の足下へ、転がってくるものがある。拾い上げると、それは鉛玉を紙で包んだものだった。紙には「しっけ 九 かぜ とうなんとうむき 三 にふんご ひがしむきへかわる」と書いてあった。


 半町ほど離れた位置で風を確かめていた仲間へ手を振る。彼女は投石機スリングを構えた姿勢で、頭の横で二つに分け結んだ髪型がここからでも見える。海松色のロングコウトが風にはためいていた。


「湿気、かわらず。風、東南東向きに強さは三。二分後に向きが東へかわる」


「りょうかい」


 頭の白い布を外し、銃を構えていた少女も髪型を露わにする。この少女もまた、髪型は二つに分け結んだものだった。眦はふっくらとして、前髪もざっくりと切り揃えられている。


奏鳴そな、早めにね」


「あせらないで、小夜さや


 そこでまた、足下に転がるものがあった。紙には、「はやめにね でもあせらないで」と書いてあった。これを読んだ小夜は思わず笑ってしまって、銃を構えたまま動けない奏鳴は不満そうに咳払いをした。ごめんねと謝りながら、小夜は紙の文章を読み上げた。


夜想やそが、早めに、でもあせらないで、だって」


「なにそれ」


「考えてることはおなじなんだよ」「おなじ」「おなじ。だって、」


 小夜と奏鳴が横に並ぶ。


 鏡を置いたように瓜二つの顔が、そこにはある。


「われら、同心三体――〝惨銃士さんじゅうし〟」


 奏鳴は引き金を引いた。


惨銃士VS黒闇天。

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