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悪役令嬢を追放したら、追放代行を呼ばれたんだが?

作者: 月宮 かすみ
掲載日:2026/03/09

 人は人生で一度くらい、自分が物語の主役だと思い込む瞬間がある。


 たとえば今の俺みたいに。


 王立学園の卒業記念舞踏会。大広間には磨き上げられた床、天井から吊るされた巨大なシャンデリア、左右に並ぶ貴族たち、そして正面には俺の婚約者――いや、元婚約者になる予定の女、公爵令嬢アメリア・フォン・ヴァイスローゼ。


 漆黒の髪を背中まで流し、深紅のドレスを寸分の乱れもなく着こなし、青ざめるどころか背筋を伸ばして立っている。


 気に入らない。


 いや、正直に言おう。少し怖い。


 だが今日は俺が裁く側だ。ここで引くわけにはいかない。背後には父上、国王オズヴァルト三世。右手には宰相。左手には近衛騎士団長。舞台は整っている。証人もいる。観客もいる。


 俺は胸を張り、できるだけよく通る声を出した。


「アメリア・フォン・ヴァイスローゼ! お前はこれまで数々の悪行を重ね、学園の秩序を乱し、未来ある令嬢たちを威圧し、あまつさえ私の心を傷つけた!」


 会場がざわめく。


 よし。いい流れだ。


「よって私はここに、お前との婚約を破棄し――」


 一拍置く。ここが決め台詞だ。


「王都より追放する!」


 言った。


 言い切ったぞ、俺は。


 数日前から鏡の前で練習した成果が完璧に出た。発声も角度も視線の落とし方も申し分ない。貴族たちも息を呑んでいる。これは決まった。歴史に残る断罪だ。後世の教科書に載ってもおかしくない。


 そう思った瞬間だった。


 アメリアが、実に落ち着いた声で言った。


「かしこまりました、殿下」


 予想外に素直だった。


 拍子抜けした俺の前で、アメリアは優雅に一礼し、顔を上げる。


「ですが少々お待ちくださいませ。追放代行を呼んでまいりますので」

「何を?」

「追放代行を」

「何を?」

「追放代行を」

「聞こえてるよ! 意味が分からないんだよ!」


 大広間が静まり返った。


 いや、違う。静まり返っていたのは俺だけで、周囲はなんとなく理解した顔をしていた。


 なんでだ。


 母上が扇の向こうで小さく目を丸くしている。宰相は顎に手を当てて何かを考えている。騎士団長にいたっては「ああ、そう来たか」という顔をしていた。


 そう来たか、じゃない。


「待て待て待て! 追放代行って何だ! 追放は代行できるものじゃないだろう!」


 俺が叫ぶと、アメリアは少しだけ首を傾げた。


「殿下は追放をご存じないのですか?」

「今まさに俺が宣言したばかりだよ!」

「宣言と実務は別でございます」

「実務?」

「はい。追放先の選定、国境通行許可、移送手配、荷物の仕分け、縁切り証明書の発行、身辺整理、噂の初期消火、必要ならば涙ながらの見送り演出まで、追放には多くの工程がございます」

「聞いたことない工程が混ざってるな?」

「見送り演出はオプションです」

「オプションなんだなそこ!」


 すると父上が玉座の上からゆっくりと口を開いた。


「エドガー」


 俺の名だ。


「はい、父上!」

「追放というのはな、思っているより手間がかかる」

「父上まで何を言い出すんですか」

「昔、辺境伯の三男を追放したとき、荷馬車が足りずにもめた」

「知らないです」

「二度と同じ失敗はしたくない」

「反省する方向がおかしい!」


 アメリアは静かに片手を挙げた。


「では呼んでまいります」

「どうやって」


 俺が言い終わる前に、彼女はどこからともなく銀色の小さなベルを取り出した。いつ持っていた。というか舞踏会に何を持ち込んでいる。


 リン、と澄んだ音が響く。


 五秒後、大広間の正面扉が開いた。


 赤い制服を着た三人組が入ってきた。


 一人は妙に姿勢のいい中年男。髪を後ろで撫でつけ、胸元には金糸でこう刺繍されている。


【王都追放代行センター 第一営業部】


 もう帰りたい。


 その男は会場の中央まで歩み、実に爽やかな笑顔で一礼した。


「お待たせいたしました。王都追放代行センター第一営業部、部長のバルトロメオと申します。本日はアメリア様の追放案件でお伺いしております」

「案件って言うな!」


 俺が叫ぶと、男はようやく俺の存在に気づいたように微笑んだ。


「おや、執行者様でいらっしゃいますか。本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくしたくない!」

「では早速、追放内容の確認に入ります。今回のご依頼は婚約破棄に伴う王都追放、貴族籍一時停止、社交界出禁三年、涙の見送り演出なし、荷物は衣類二箱と書籍六箱、侍女一名同伴可、馬車は標準プラン――」

「待て待て待て! 誰が依頼した!」

「アメリア様です」

「追放される側が!?」

「近年では一般的です」

「一般的じゃないだろ!」


 俺は周囲を見回した。しかし驚いているのは俺だけだった。令嬢たちは「さすが公爵家」とひそひそ話し、貴族の老人たちは「段取りがいい」と頷いている。


 母上にいたっては少し感心した顔で言った。


「いいところを使ったのね」

「母上!?」

「昔、隣国の王妃が妹を追放したときもここを使ったのよ。手際がいいの」

「なんでそんな情報を王妃が持ってるんですか!」


 バルトロメオは懐から分厚い書類束を出した。


「それでは執行者様、こちらにご署名を」

「何の書類だ」

「追放意思確認書です」

「いらないだろ!」

「追放先の第三希望までご記入ください」

「第三希望まであるの!?」

「最近は地方も選択肢が多様化しておりますので」

「旅行じゃないんだぞ!」


 さらに横から若い女性職員がするりと現れた。眼鏡をかけた事務的な顔で、手元の帳簿を確認している。


「部長、ヴァイスローゼ公爵家は年会員でした。家族割が適用されます」

「年会員?」


 俺の声がひっくり返った。


 アメリアが穏やかに説明する。


「一族の中で何かあったときのために、父が加入しておりました」

「何かあったときのための備えが物騒すぎる!」

「祖母の代からのお付き合いです」

「長いな!」


 父上が小さくうなずいた。


「老舗だな」

「父上、理解が深すぎませんか!?」


 バルトロメオは書類をめくった。


「なお今回は卒業舞踏会シーズンにつき混雑しております。通常の追放なら三営業日以内ですが、プレミアム即日プランをご利用いただいておりますので、本日中に国境まで搬送可能です」

「プレミアム即日プラン」

「追加料金は公爵家口座から決済済みでございます」

「決済済み!?」


 俺はアメリアを見た。


「お前、いつの間にそんな手配を」

「殿下が本日わたくしを断罪なさることは、先月から分かっておりましたので」

「先月?」

「殿下は断罪文を図書室で二度ほど練習なさっていました」

「見てたのか!?」

「滑舌が少し甘かったので、聞き取りには苦労しました」

「そこを指摘するな!」


 恥ずかしさで顔が熱くなる。周囲の貴族たちがなんとも言えない顔をした。やめろ。今の俺を見るな。


 すると騎士団長が前へ出た。


「部長殿」

「はい、団長様」

「今回の追放で護衛は必要か?」

「ご丁寧にありがとうございます。標準プランでは不要ですが、道中で刺客が予想される場合は武装護送オプションがございます」

「ほう」

「ほう、じゃない!」


 宰相まで口を挟む。


「予算は?」

「学割と年会員割が併用されますので、大変お得でございます」

「検討に値するな」

「宰相! 検討するな!」


 俺は頭を抱えたくなった。


 何なんだこの国は。誰もおかしいと思っていないのか。いや、もしかして本当に俺がおかしいのか。追放代行はそんなに有名なのか。幼少期の教育で聞き漏らしたのか。王族教育のどこにそんな単元がある。


 混乱する俺をよそに、バルトロメオは仕事を進める。


「では追放対象者の最終確認を」

「対象者はアメリアだ!」

「承知しております」

「そこは通るのか」

「ただし」


 バルトロメオは手元の書類を見て眉を寄せた。


「一件、問題がございます」


 ようやく常識が勝つのかと希望が見えた。


「そうか! 問題だらけだよな!?」

「はい。追放理由の記載がかなり曖昧です」

「……そこ?」

「『数々の悪行』『秩序を乱した』『心を傷つけた』では、行政処理に通りません」

「行政処理」

「具体的な違反行為、日時、証人、損害額、再発防止の可否、このあたりが必要になります」

「なんでそんなにちゃんとしてるんだ!」


 眼鏡の女性職員が淡々と続ける。


「なお『婚約者として怖かった』は主観的表現のため却下されます」

「言ってないが、今そう思ってる!」


 アメリアがにこりともせず言った。


「殿下、証拠書類はございますか?」

「え」

「わたくしが学園の秩序を乱したという証拠です」

「それは、その、何となく」

「何となく」

「だってお前、いつも完璧すぎて怖いし」

「なるほど」

「うわ、今の最悪だったな!?」


 会場の空気が少し冷えた。母上が扇で口元を隠し、父上が目をそらす。宰相は静かに天井を見た。騎士団長は気まずそうに咳払いした。


 まずい。すごくまずい。


 バルトロメオが咳払いをした。


「執行者様」

「……何だ」

「その内容ですと、正当な追放ではなく、感情的な一方的排除と見なされる可能性がございます」

「言い方がきついな!?」

「その場合、我々としては受任できません」


 よし。終わった。これで帰るぞ。もう全部なかったことにしよう。俺は舞踏会をやり直したい。誰かワインでも飲んで転べばいい。そうしたら流れで有耶無耶になるかもしれない。


 ところがバルトロメオは続けた。


「ただし、別プランで対応可能です」

「まだあるのかよ!」

「不当断罪カウンター提訴補助プランでございます」


 会場がざわついた。


 俺は凍りついた。


「……何?」

「追放が不成立の場合、被追放予定者が名誉回復および加害者側の一時的隔離措置を求める手続きです」

「隔離措置って何だ!」

「俗に言う逆追放です」

「俗に言うな!」


 アメリアが俺を見た。


「殿下」

「何だよ」

「続きをどうぞ」

「何を!?」

「わたくしを追放なさるのでしょう?」

「今その処理が通らないって言われただろ!」

「では逆追放に移行いたしますか?」

「なんで選択肢がそれしかないんだ!」


 父上が腕を組んだ。


「エドガー」

「はい!」

「証拠もないのに断罪したのか」

「いや、その、場の流れで」

「愚か者」

「はい!」


 この即答だけは完璧だった。


 バルトロメオは実に仕事のできる顔で書類を差し替えた。


「では逆追放案件に切り替えます。対象はエドガー第一王子殿下。理由は公衆の面前における杜撰な断罪、婚約者への名誉毀損、舞踏会進行妨害」

「舞踏会進行妨害って何だ!」

「先ほどから会が止まっておりますので」

「お前らのせいだろ!」

「なお一時隔離先は王城北棟反省室、期間は三日。食事は質素、筆記用具支給、鏡の使用禁止」

「鏡の使用禁止って地味に嫌だな!?」


 母上が頷いた。


「妥当ですわね」

「母上!?」


 宰相が頷く。


「再教育にちょうどよろしいかと」

「宰相!?」


 騎士団長まで頷いた。


「反省室の鍵は私が管理しております」

「団長!?」


 最後の希望だった父上がゆっくりと告げた。


「追放代行がそう言うなら仕方あるまい」

「父上!?」


 どうしてだ。どうして全員そんな顔で納得できる。追放代行とは何なんだ。本当にこの国を裏で動かしているのか。王権より強いのか。


 アメリアが一歩前に出た。


「では、殿下」

「その顔をやめろ。余裕がありすぎて腹が立つ」

「ひとつだけ、申し上げてもよろしいでしょうか」

「何だ」

「わたくし、殿下に嫌われるようなことは、特にしておりません」

「……」

「ですが、殿下がわたくしを怖がっておいでなのは知っておりました」

「…………」

「ですので、いずれこのような日が来るだろうと思い、備えていただけです」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。


 図星だった。


 アメリアは完璧だった。勉学も、ダンスも、外交も、礼儀も、全部。隣に立つたび、自分の雑さや甘さが浮き彫りになる気がした。だから俺は勝てる場を作りたかった。大勢の前で、上から断罪して、少しでも優位に立った気になりたかったのだ。


 最悪だ。


 自分で思っていたより、俺は小さい男だった。


 アメリアはそれ以上責めなかった。ただ静かに言う。


「三日ほど反省なさってくださいませ。その後、婚約の件は改めて話し合いましょう」

「まだ話し合いの余地があるのか……」

「追放よりは建設的かと」

「それはそうだな……」


 そこへバルトロメオが元気よく口を挟んだ。


「なお、お二人の関係修復をご希望でしたら、当センター姉妹店の婚約調整代行もございます」

「姉妹店まであるのかよ!」

「初回相談は無料です」

「もう黙れ!」


 結局、俺はその日のうちに追放代行センターの職員二名と騎士団長に付き添われ、王城北棟反省室へ移送された。


 途中、廊下ですれ違った侍女たちが小声で囁いていた。


「まあ、殿下ったら」

「追放代行が入ったのね」

「では仕方ありませんわ」


 仕方あるだろ。


 あるはずだろ。


 誰か一人くらいそう言ってくれ。


 反省室の扉が閉まる直前、アメリアが廊下の先からこちらを見ていた。勝ち誇った顔ではなかった。むしろ少し呆れたような、だが以前より柔らかい目だった。


「殿下」

「何だ」

「次は、先に証拠をお集めくださいませ」

「次がある前提で言うな!」

「では、よい反省室生活を」

「その挨拶もやめろ!」


 扉が閉まった。


 静かな部屋に、机と椅子と紙束とペンだけが置かれている。窓は高い位置に小さくひとつ。鏡は本当になかった。


 机の上には一枚の案内用紙があった。


【追放代行センター提携 反省室ご利用のしおり】


 提携するな。


 そんなものに王家が提携するな。


 俺は椅子に座り、しばらく天井を見たあと、深く息を吐いた。


 そして紙に書いた。


『追放は勢いでしてはいけない』


 たぶん、今日得た教訓としてはそれで合っている。


 ただ、もっと根本的な問題がある気もする。


 この国、追放代行に慣れすぎではないだろうか。


 そこを問い詰めたい相手は山ほどいるが、とりあえず三日後までは無理らしい。


 俺はもう一行、紙に書き足した。


『アメリアは怖い』


 少し考えて、その下に訂正する。


『アメリアは怖いが、たぶん俺が悪い』


 さらに少し考えたあと、もう一行。


『追放代行は二度と見たくない』


 その瞬間、扉の外から明るい声が聞こえた。


「次回ご利用時はご紹介割もございますので!」

「二度と使うか!」


 俺の叫びは、王城北棟の廊下にむなしく響いたらしい。


 後で聞いた話では、使用人たちが口をそろえてこう言ったそうだ。


「追放代行が入ったなら、仕方ないですね」


 だから仕方なくないんだって言ってるだろうが。


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