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インナーヒットマン  作者: 太田
第1章 外と雛

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第4話 目撃

 セラさんと別れたあと、僕は一人、ショッピングモールへと足を向けた。


 外は少しずつ暗くなり、空がオレンジ色に滲み始めていた。


 自動ドアが音もなく開く。


 その瞬間、光とざわめきが一気に押し寄せてきた。


──広ッ!?


 思わず、心の中で声が漏れる。


 天井は高く、視界の奥まで店が連なっている。


 照明に照らされたフロアは、まるで昼間がそのまま続いているかのように明るい。


 人の流れも絶えず、笑い声や足音、店内アナウンスが混ざり合って、どこか現実感を薄めていた。


 入口脇の壁に設置された案内図が目に入る。


 近づいて確認すると、電子機器を扱う店は3階にあるらしい。


 僕は軽く息をつき、エレベーターへと足を向けた。


 そこから先は、ほとんど記憶が曖昧だった。


 店に入り、必要なものを選び、会計を済ませる。


 それだけの単純な行動を、僕はどこか急ぐようにこなしていた。


 外に出る。


 さっきまでわずかに残っていた橙は、もうどこにもなかった。


 空は、すでに完全な夜の色に染まっていた。


 けれど――それとは裏腹に、街はまだ眠る気配を見せない。ネオンはにじむように光り、看板は昼間よりも存在感を増し、人の流れもどこか軽やかだった。


──せっかくだし、帰る前にどこかに行ってみようかな?


 ふと、そんな考えが浮かぶ。


 久しぶりの外出。用事だけ済ませて帰るには、少しもったいない気がした。


 このあたりの店を、頭の中でひとつひとつ辿っていく。


──そういえば、この近くに同人誌を扱ってる店があったはずだ。


 曖昧な記憶を確かめるように、僕はスマホを取り出した。地図アプリを開き、検索欄に指を滑らせる。


 すぐに表示されたピンを見て、小さく息を吐く。


──やっぱりあった。


 久しぶりにここまで来たんだ。少しくらい寄り道してもいいだろう。


 ナビを起動し、示されたルートに従って歩き出す。

 

 無機質な灰色のビルが現れた。


 ビルの5階の窓に、目的の店の看板が見える。


 エレベーターに乗り込む。

 

 5階のボタンを押す。少しの浮遊感。


ピンポーンッ


 ナビを頼りに歩くと、無機質な灰色のビルが現れた。


 ドアが開く。真っ暗だった。

 

 心拍数が、上がる。


 何故か、照明が一つもついていない。反射的にスマホのライトを点ける。


 あたりを照らしながら、エレベーターの外に出る。上下に続く階段、閉ざされたシャッター。張り紙があった。


『〇〇店 〇〇へ移転しました!』


──移転?じゃあここはもう──


 そのとき、鼻を刺すような臭いがした。鉄と腐敗が混じったような、生温い匂い。嫌な予感が背筋を走る。


 しかし、好奇心により、僕は、上へと向かった。


ギシ……ギシ……


 折り返し階段を上がる。「6」の数字が見えたころ、匂いはさらに濃くなった。ゆっくりと、ゆっくりと、6階の床を照らす。




 次の瞬間、視界に赤が飛び込んだ。血だらけで人が倒れていたのだ。

 息が止まる。喉が凍る。


「あー、見ちゃったかぁ」


 奥のほうで奥から声がした。倒れた人の奥。


 そこには、眼鏡をかけた男が立っていた。男は、一見仕事が出来そうな社会人といった印象だった。だが、血まみれのナイフを握っていた。


 理解が追いつく前に、体が勝手に動いた。


 階段を転げ落ちる。視界がぶれる。


 瞬間、光が僕を包んだ。


「だいじょおぶぅ?」


 男がスマホをこちらに向けていた。


──撮られた!?


 反射的に、買ったばかりのキーボードの袋を投げつけた。


「おっと」

 

 男が避けた隙に、全力で逃げる。転ぶように、落ちるように、全力で僕は、階段を降りた。


「また後でねぇー」

 

 男が大きな声でそう叫んだ。気づけば、入り口まで降りていた。しかし、このビルから離れるためにまた急いで走り出す。

 

 全身が総毛立つ。冷たい汗が背中を伝う。


 体力がきれ、息を整えるために一度立ち止まる。


───あの時、あの男は、僕にむけてスマホを向けていたということは、顔の写真を撮られたってことか…。


───どうやって家に帰ろう…。


 そんな事を考えていると、後ろから


「見つけたぞ……!!!」


 背後から怒号。振り返ると、筋肉の塊のような男が突進してくる。巨体なのに、異常なスピード。

ダンプカーのようだ。足が勝手に動く。全速力で走る。路地を右へ、左へ。息が焼ける。心臓が破裂しそうだ。でも、止まったら終わる──そんな確信だけが、僕を走らせていた。細い路地に飛び込む。


「待ちやがれッ!!」


 遠くで怒鳴り声がする。とにかく走るしかない。右へ、左へ、無我夢中で走り続ける。自分がどこを走っているのかも分からない。


 ふと、後ろの怒号が消えていることに気づいた。


 足を止めた途端、全身を襲う疲労。荒い呼吸が肺に負担をかけ、激しくむせ込む。急に空気を肺に入り、むせ込む。


──助かった?


 そう思った瞬間。


ゴッ


 後頭部に鈍い衝撃。視界がぐにゃりと歪む。地面が近づく。耳鳴り。血の匂い。温かいものが額を伝う。世界が、暗く沈んでいった。


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