四
「大丈夫なの?」
ビオラはいつになく疲れきっている私に、声をかけてくれた。
「平気よ」
私の声にビオラはしょんぼりしながらも、「そう」とだけ返す。私はここ最近、グッタリとしていた。暑さのせいで弱りきり、私自身、不安を覚えていた。言葉にするのも恐ろしいが、このままでは最悪の方向へ転がるのは目に見えている。イヤだイヤだと思っても、私のカラダは言うことを聞いてくれない。
……枯れてしまう。私は、まだここにいたいのに。
「だから明日でしょー、明日、明日!」
賑やかな声が聞こえた。こうして昼夜問わずぼうっとする日が続いて、果たして今日は何日めだったろうか。それすら思い出せない朦朧とする意識に元気な声がぶつかってくる。頼りない思考を巡らせて、これはどちらの声かと記憶を辿るとすぐに答えが出た。
ああ、ミカのほうね。忘れもしないミカ。あらあら、今日はどうしたの、ミカ。リカも連れ立って。水は朝方に頂きましたよ。
私はいつかのチョウが見せたような、奇妙な笑いが自分の中から込み上げてくるのが分かった。その様子を心配そうにしながら、訝しげにビオラが眺めているのも見える。
ビオラ、大丈夫よ、私は――そう言いたいけれど、あまりに気力が無くて言えなかった。
「ふーん、明日なの?」
「そうだよ!」
どんどん大きくなる声に、二人が近付いてくるのがわかる。その途端、私は頭上が暗くなったのを感じた。大きな影は私だけでなく、ビオラや周囲の子たちも覆っているようだ。ミカとリカが覗き込んでいるのね、と判断した矢先、私は一気に不思議な感覚に囚われた。
こんなの初めてだった。カラダが浮いている。私、翅がある種類のものではなかったはずなのだけど、おかしいわね。そう思っているとカラダの一部分が痛んだ。どうやらギュッと掴まれているようだ。私を持っているのはどちらかしら、と思案しているとビオラが下に見える。慣れ親しんだ一画を私は見下ろしていた。その中にいるビオラに、私は新たな感想を持った。
あなた、こんなに小さかったのね。上から見ると綺麗な雪色。今は暑いから、あなたの色を見ただけで気持ちよくなれるわ、と。
この一画にしてもそうだった。今まで居た所なのに見方ひとつでこんなにも違うものかと、感心する。けれど感動の時間を邪魔する力が、カラダに加わった。
痛い、と思った瞬間、また見えるものが変わった。私は何かに放り込まれたらしい。そこに落ちていく間際、ビオラの声がはっきりと聞こえた。
「いやー!」
……ああ、ビオラ、ビオラ。泣かないで?
どうやら私は真っ暗な所に入れられたようだ。真っ暗といっても上の方からチラリと光が差し込んでいるけれど。でも日当たりの悪い場所に移動させられたのは確かだ。ここに私を入れたのはミカなのかリカなのか分からない。しかし今はそんなことすらどうでもいいように思えた。それよりも気になったことがある。ここは色々な臭いがしているのだ。
おまけに、たくさんの子がいるみたいだ。私が来た時にはみな既にいたようなので、ここでは私は新入りなのだろう。暗がりだけれど、何となく私の周りにあるものの形は分かる。私は観察を試みた。まずは……と、そばにいる子をじっと見てみた。
その子は、先程まで私のいた一角の向こうにある、別の一画の子だと分かった。ヒトの食料になる、確かニンジンという名の上の草の部分。それから他に知るものがいないか、注意深く観察していると、近しい子を発見した。私は少しだけ気分が上向きになっていく。
……あ、この子知っているわ、少し姿が変わってしまっているけれど。前はもっと草色をしていたのに、どうしたのかしら。
それは近くの、土の入った大きな器に並んでいた子だった。私たちの天敵のチョウですら忌み嫌っていた子で、トリコールが教えてくれた。ハーブという種類のパセリという名だったと思う。
周囲を確認していると、「それにしても」と訝しんだ。
……みんな酷いありさまね。カラダがボロボロじゃないの。ああ、でも私も同じかしらね。
冷静に観察していると、上から感じていたわずかな光が途絶えようとしていた。
あ、太陽が消える――そう思った瞬間、上からの光が閉ざされて、私はこの子たちと一緒に夜より暗い場所に完全に閉じ込められた。戸惑う暇もなく、次にギュッとカラダが圧迫されていく苦しさが襲ってくる。何やら外から押し潰されているらしい。その感覚に恐怖した。窮屈だ、とても窮屈になっていく。場所がせばまって、揉みくちゃにされる。もう動けない。閉じ込められたのだ。
みんな、みんな、と私が周りの子たちに注意を寄せても何の声も聞こえてこない。返答のない空しさに直面した時、この子たちが私と同様、ボロボロのカラダであったのを思い出して、愕然とした。
私の声に応えないのは意地悪をしているからではない。声が出ない、いや、もう出せないのだろう。私より少し先に、声が出なくなってしまった子たち。その中に私はいる。その事実が示すものは明白だ。
……これはもう抗えない事態なのだ、と理解した。私は諦めてカラダを休ませることにした。
もうすぐ、私もこの子たちと同じ様になるのだろう。
その事実を受け止めると、閉じ込められた暗がりの中から、かろうじて外の声を聞き取った。
「ミカちゃん、リカちゃん、燃えるゴミの日は明日じゃなくて、明後日よー」
私もカミサマにお願いをしてみよう。
次に生まれたら、また、ビオラとトリコールに会いたいもの。
完




