第3話 異能とは?①
「木が……硬い!?」
「水は……冷たい!?」
「草が……生い茂っている!?」
「空は……青い!?」
当たり前である。
オレ、星乃学歩は目を輝かせていた。
異世界召喚から数分後、オレはその場で跳び上がってみせる。
感覚的には日本と変わらない。月のように大きくジャンプするかもとワクワクしていたが、どうやらそうではないよう。体感だが重力の違いはないようだ。
このように、オレは異世界を堪能していた。
現在、オレは森にいる。草が生い茂っており、人の手が入っていない印象を受ける森。木も多く生えており、天を隠すほどだ。チラチラとしか見えない青い空はまるで穴を通して監視してくる親のよう。
現代っ子であるオレが森で遭難したことがあるだろうか? 答えはある。だがその時とは違いオレは一人だ。あの時は山に詳しい人と一緒にいたからなんとかなったけど、今は一人だから少し不安。絶対絶滅というほどでもないが、それなりにピンチなのである。
しかし幸い近くに池があり、飲み水には困らない。
なぜなら先ほど好奇心に負けその水を飲んだからだ。味は地球のものと同じだし、お腹も壊さなかったのでこれは飲める水だ。
何よりオレには最強のかかりつけ医、メディカルサーチがある。何かあれば教えてくれるだろう。
サバイバル経験のないオレに最も必要な存在だ。
「……しかし」
異世界に来たのだから初期位置は町が良かった。この世界の文化レベルもわかることだし。
「……まあでも、自然を知れたしいっか」
地図もコンパスもなければ食料もない。何もないがオレには不思議な力がある。
「メニュー」
呟くようにそう言った。空中に現れるパソコンのウィンドウのようなもの。そこに大きく書かれてるのは『ポイント』という項目であった。
それに触れてみる。次の画面に進んだ。そこにはショップと書かれてある。所持ポイントはゼロ。
ゼロである。
軽くショップを見てみると、食料に水、衣服や生活用品などの必需品、ハンドガンやナイフなどの武器に、少し特殊な魔道具のようなものに至るまで様々なものがあった。
目を引くのは寿命という商品。
説明を読んでみると、どうやらオレ達プレイヤーは仮に管理者と呼ぶことにした彼らに命を握られているらしい。
寿命十二時間、五十ポイント。これを買わなければ生きられないらしい。頭の中に爆弾でも入れられているのだろうか、彼らはオレ達を殺す手段を持っている。
どうやらどうしても狩りをさせたいらしい。
これは、ポイントを稼ぐ必要があるな。
ローモンスターなるものが十ポイント。つまり五体倒す必要がある。
気になるのはターゲットに人間がいること。それも百ポイントだ。
この人間というのはプレイヤーではない。なぜならプレイヤーを殺したらプレイヤーのポイントの半分を得れるという特殊なルールがあるからだ。
つまりこれは……。
「現地民」
この世界に人間がいるのは確実のようだ。地図というアイテムも売っていたが、金欠なので……いや、ポイ欠なので買えない。
一か八かで大声を出してみた。
「誰かいますかー!」
助けてもらおうと思ったのだ。
しかし反応はなか……。
否である。
これは、失策であった。
どのくらい失策だったかというと、カレーの材料を買いに行ったのにルーを買い忘れたくらいの失策だ。
「……」
グルルという音が聞こえる。この森が、一瞬にして狩場に変わった。いつのまにか爽やかだった森は暗くジメジメした嫌な場所になってしまっていた。
さて、どうすればいいだろう。
ワクワクが止まらない。
グルルと喉を鳴らしながら現れたのは、口が二つ付いている狼だった。下顎の下に下顎がついている感じだ。そして大きな体。
どうやら彼らは群れで動くらしい。
名前はなんて言うのだろうか、どんなものを食べて生きるのだろうか。
気になる。
しかし好奇心は猫をも殺すというように、時にして知的欲求は牙を剥いてくる。
オレは近づいてしまった、その狼に。自らの足で、まるで宝石を見たかのように。
「……!?」
案の定噛みつかれた。しかし、オレは傷つかない。
いや、オレは噛み付かれなかったと表現する方が正しいだろう。
『プレイヤーは異能を使用できる』
少し前に読んだルールブックの一文だ。
さすればこれが異能なのだろう。
『人に眠る内なる欲求を視覚化したものが異能であり、プレイヤーの最も大きい欲求がその力に影響を与える』
こちらもルールブックの一文であり、これを鑑みるにオレの欲求とは……知的欲求であったのだろう。
「教えてよ、君の牙はどれだけ硬いんだい? 皮は、瞳は、今……どんな気分なの?」
空中に浮かぶのは黄色く光る半透明の丸い盾。青い線が散らばるように動き、まるで鍵でも開けているかのように、白い四角がガチャガチャと動く。まるでそれは、謎の箱を閉じている錠を解くみたいに。
そして、オレの瞳は黄色く輝く。
知るためには近づかなければならない。たとえ危険なものであっても。
オレは、偽りの心なしで真実の口に手を入れた後、偽りの心ありで真実の口に手を入れるタイプの人間だ。
そんなオレを守るための盾。好奇心は猫をも殺すというが、身を守れば問題ない。これがオレの力。
否である。
「……!?」
五感が広がったようだ。
オレの脳が処理できる情報量は増え、オレの観察眼は強くなる。それだけじゃない、目を凝らしてみると様々な情報が頭に流れてくる。
狼の牙の硬さ、皮の柔らかさ、筋肉量に至るまで、様々な情報が開示される。
それと同時に、狼のような生き物の牙によって盾が割れた。
「……!」
しかしオレは再度それを展開する。そしてそれで次の噛みつき攻撃を防いだ。狼のような生き物も警戒しているのかなかなか全員では襲ってこない。
その一枚の盾。違和感は大きかった。
そう、強度が上がっていたのだ。つまりオレの力はオレが敵のことを知る、つまり解析が進むごとに強度を増す。
その敵に対応した盾に変化する、変幻自在の性質を持つシールドなのだ。
血が吹き出した。どうやら、狼の牙は限界のようだ。
どれだけ力を込めて噛んでいるのか。割れないシールドを砕こうとする狼の牙は、歯茎から剥がれようとしていた。
それに呼応して、仲間を守ろうと多くの狼はオレに襲いかかった。
それを見てオレは微笑む。なぜなら新事実を知れたからだ。
その事実とは……オレはこう考えた。
面白い、仲間意識が強いんだね。
だがオレはシールドをさらに展開した。
同じ攻撃なら、同じ強度でも耐えられる。
「待った!」
知らない声が響き、オレと狼の動きは止まった。
足音マークが現れ、足音のする方向が視覚的に知れる。これもオレの力なのだろう。
オレは振り向いてこう言った。
「ここは……どこ?」
現れた獣の皮を被った人は、こう言った。
「ここはフィアードの森。フィアード町から少し離れた場所だ」
オレは頷く。そしてこう言った。
「なんで、虎の顔を被っているんですか?」
狼は命令に従うように大人しくなる。オレもシールドを消した。声の高さと身体つきから逆算しておそらく女な彼女はこう言う。
「これは趣味だ。都会の街で買ったから衛生面も気にすることはない」
「……いくらだったんですか?」
「五千ギニルほどだ」
「五千ギニル……ギニル!?」
「ふっ、どうやら興味があるようだな。案内しよう、私の基地へ、そこで語ってやる。……それと、助けに来るのが遅れてすまない、飯を食べてたんだ」
そう言って、謎の女性は背中を向ける。ついて来いと言わんばかりに。
そんな女性を追うのは、さっきまでオレを襲っていた狼たち。状況から察するに、どうやら狼はあの人の仲間だったらしい。
つまり、彼女は自分が飼っている生き物が人を襲っているのを見て焦ってきたということか。
「……ははっ」
なんだかそれって面白い。
そんなことを考えながら、オレも後をつけた。
オレも仲間入りである。