第2話 異世界召喚とは?②
今わたしは、長月裏磋は人を一人殺した。思った以上に簡単だった。
ちょっと力を入れて押すだけ。
私はトラックの運転手を見る。彼は冷静にこう言った。
「オレは今から警察を呼ぶ。君は逃げなさい」
「はい」
「気にするな。予定通りだ」
私は頷いてこの場を去った。手袋をして押したから指紋は見つからないだろう。途中で別れたと警察には証言する。
仮に嘘だとわかったところで、警察では私を逮捕できない。
ごめん、ごめんなさい。
でも仕方がないの。お父さんの今後のためだから。
脅されて……仕方がなかったの。
だから本当にごめんなさい。
この手に残る罪悪感を洗い落とすかのように、私は涙を拭う。
ただ「ごめんなさい」と謝りながら。
■□■□■
「……え」
オレは緑の上にいた。ここは草原、それも広大な。
いや場所はどうでもいい。今一番気になるのはオレの体だ。
確かにトラックに轢かれてオレは死んだ。
もしかして生きていたのか。いや、目に見えるくらい血も出ていた、それに痛かったし。
死んだ感覚もあった。であればなぜ……。
その疑問に答えるように、空中に映像が流された。
「な、何これ……?」
それはまるでカルテだった。
映像にはオレをコミカルに表したかのようなキャラが映っており、心拍数が上がっています落ち着きましょうなどの記載もあった。
オレは夢かと思い右頬をつねる。そしたらなんと、映像の方のキャラの右頬が腫れたのだ。しかしつねっただけなのですぐに治る。映像では痛みがあるようですと記載されていた。
どうやら、オレの体とリンクしているらしい。
「こんにちは、星乃学歩さん」
「うわっは!?」
穏やかな女性のような声がどこからか聞こえた。
「なになになに!?」
「それはあなたの体の状態を表すものです。例えば体に大きな傷を負った場合、適切な措置を教えてくれます」
「え、何それ、すご」
「それだけではありません、病気などにかかった場合も早急に知らせてくれます」
「かかりつけ医の上位互換みたいな存在……。お金持ちになった気分だよ」
このどこからともなく聞こえる声を天の声と呼称しよう。天の声は淡々とこう語る。
オレはただ上を見つめて立ちながら話した。
「それの説明はこのくらいで」
「ちょっと待って、この名称は? どうやったら出るの?」
「それはメディカルサーチと呼ばれます。最も確実に出現させるためにはその名を呼んでください」
「確実じゃないのは?」
「念じることです」
オレはどんな風に念じるのと訊こうとした。しかしアナウンスのように機械のような声が広がる。
「転生まで残り三分です」
「ええ!? 制限時間あったの!?」
「メディカルサーチの説明はこのくらいで」
「あ、ああ……気になる。気になるけどここは我慢ー!」
天の声は「それでは次に移ります」と言った。でもオレはふと気になったのでこう訊いてしまった。
「……てか、なんでこんな説明があるの? なんのために?」
「それは、これがゲームだからです。競技と言ってもいい」
「ゲーム? 競技? ちょっと待って、お姉さんは生きている人間なの?」
ゲームに競技といった人間の娯楽が出てきたことにより、オレはこれが神だのなんだのの上位種族からの何かではないことをうっすら察した。
天の声は言う。
「はい」
「……どんな経緯でこの天の声をやることになったんですか?」
「……え、あの、はい?」
「お姉さんはどうしてこの仕事を? てか仕事なんですか?」
「……すみません、しばしお待ちを」
オレは黙って空を見た。時間を数えてみる。
十秒ほど待ったので少し時間を無駄にしてしまった。
お姉さんが戻ってくる。
「すみません、その情報はお伝えできません」
「……なんでですか?」
「残り二分です!」
強い抑揚で怒鳴られた。どうやら、センシティブな話題だったらしい。
オレの悪い癖だ。好奇心が優先されて、デリカシーを考えない。
ノンデリ野朗と何度言われたことか。
オレは我慢することにした。
「お口チャックします。もうなにも聞きません」
「それでは次の説明へ」
「そういえば」
「残り一分と三十秒です」
「あ、すみません」
オレは大人しく耳を傾けた。
「では、説明を始めます」
「はい」
「あなたはこれから異世界ハンターゲームに参加してもらいます。拒否権はありません。なぜならあなたはもう死亡しているからです」
「……」
「……」
「……」
「……リアクションはしてもいいですよ?」
「し、死んでいる!?」
「そう、あなたは死亡しました。なのでこれより、異世界へ転生してもらいます」
色々訊きたいが今は我慢。天の声は語る。
「異世界に到着後、あなたには異世界ハンターゲームに参加してもらいます。このゲームに参加するにあたって、異能と呼ばれる特別な力を与えます。それを駆使して戦ってください」
「戦うゲームか……」
「そして、その戦闘でポイントを獲得……。あ、まずい、時間がない」
「え」
「質疑応答タイムを終わります」
「ええ……」
「マニュアルはメニューから見れます。あとは自分でご確認を」
「あ、じゃあ最後に質問!」
ふとオレの右手を見てみると、少しずつ薄くなっていた。これが転生の転送なのだろう。
オレは最後にこう訊いた。
「お姉さんの名前は?」
「間田と申します。……あ、やばっ、言っちゃっ」
■□■□■
「知らない天井だ」
オレは、森の中でそう呟いた。空を見つめる、鳥が飛んでいた。
一度やってみたかったのだ。
胸がドキドキする。そうか、オレは死んだんだ。あれは紛れもなく死であった。そう、オレは死を経験した。
すごい体験だ。長月さんにもこの想いを伝えたい。
それにしても、なぜオレを殺したのだろうか、気になる。
いや、今はマニュアルとやらを読みたい。
純粋に気になるんだ。
この世界について。
「……」
マニュアルを開くためにメニューと言わなければならない。しかしどうにも恥ずかしく、オレは照れながら「メニュー……」と小声で言った。これを大声で言えるほどオレの心は強くない。
するとまたも空中に映像が現れた。そこには五つの項目がある。
左上にはメディカルサーチが、右下にはマニュアルが、そして左下にはスキルと書かれたものが、右上にはフレンドと書かれたものが、中央上にはポイントと書かれたものがあった。どうやらタップしたら反応するらしい。
オレはマニュアルと書かれている場所に触れる。
こんな文が現れた。
【ルールブック】
1.異世界に送られた者をプレイヤーと呼ぶ。
2.意思疎通は可能である。
3.プレイヤーは異能を使用できる。
4.この世界の生物全てにポイントが割り振られている。
5.ポイントを使用すれば様々なものを交換することができる。
6.異世界では何をしても許される。
⚪︎異能について
3.プレイヤーは異能を使用できる。
・人に眠る内なる欲求を視覚化したものが異能であり、プレイヤーの最も大きい欲求がその力に影響を与える。
・異能は原則一人につき一つである。
⚪︎ポイントについて
4.この世界の生物全てにポイントが割り振られている。
下記がその割り振りである。
Eクラス(10ポイント)
・下位魔物
Dクラス(100ポイント)
・上位魔物
・人間
・悪戯魔
Cクラス(1000ポイント)
・獣人
・鉱石人
・妖精
・小人
・虫人
・人魚
・霊
・鬼
・淫魔
Bクラス(3000ポイント)
・吸血鬼
・竜人
・巨人
・魔女
Aクラス(5000ポイント)
・天使
Sクラス(10000ポイント)
・幻想獣
EXクラス(500000ポイント)
・神
重要記載
・プレイヤーを殺した場合、死んだプレイヤーが所持していた半分のポイントが殺したプレイヤーに譲渡される。
・ポイントは互いの納得のもと受け渡しが可能。ただしその交換にかかる費用は交換したポイントの一割である。仲間内であれば費用はかからない。
・ポイントは通貨に変えることもできる。
・ポイントは様々なものと交換することができる。
・一般ポイントのほかにクラスポイント、チームポイントが存在する。クラスポイントは特殊なポイントを得た際、それの五割分のクラスポイントを同時に得る。チームポイントはイベントでのみ獲得できる。
・全プレイヤーはクラスポイント、チームポイントを確認する権利を持つ。
⚪︎ポイント使用について
5.ポイントを使用すれば様々なものを交換することができる。
・ポイントの項目で購入することができる。
・購入したものはすぐに適応される。もしくは転送される。
・購入をキャンセルすることはできない。
「……これがルール」
すごく長い文章だから全部は読めなかった。
だが、なんとなくわかった。
このゲームはこの世界の生き物を殺してポイントを稼ぐ、そしてこの……。
オレはマニュアルからメニューに戻り、ポイントを押した。
そこにある帰還というものを見つめこう言った。
「五十万ポイント集めて地球に帰ろうってことね」
やることは決まった。
オレは地球に帰り、長月さんに会いたい。そしてオレを殺した理由を知り合い。
恨みなんてない、ただシンプルな好奇心。
それがオレの行動原理。
「しかし異世界か……」
オレは、こんな非常時にワクワクしていた。旅行に行くと、決まってオレは散歩する。なぜなら散歩することでその現地の空気がわかるからだ。
異世界も旅行と同じだ。
知らない場所で、知らない経験をしてみたい。
一体どんな場所なのか、どんな人がいるのか、ワクワクするほど気になってしまう。
気になる、知りたい、教えてくれ。
「この異世界で、オレは何を学べる?」
知的好奇心が疼く。
どうやらオレは厄介なゲームに巻きこまれたようだ。
でも感謝している。
この未開域へ連れてきてくれてありがとう、この期待感を与えてくれてありがとう。
オレは笑っていた。
高揚感を覚えながら。
「ははっ」
■□■□■
異世界ハンターゲームは今から始まる。
役者は揃った。
ある男は好奇心を求めて、ある女は敵対心を表しながら、ある者は虎と戦い、ある女は腹を空かせる、ある女はその場で眠り、ある女は急いで服を着ていた。
そんな、そんな彼らはこれから戦う。自由な欲望を求めて。
これは、そういうゲームなのだから。
「みなさん、これより第一回異世界ハンターゲームを開始いたします」