第1話 異世界召喚とは?①
好奇心。
オレを語る上で避けては通れない言葉。
赤ちゃんの頃から「ばぶばぶばぶばぶー?」と質問し、未就学児の頃は「なんでままはふとっているの?」と質問する。小学生になると教師に「なんで学校でべんきょうしなきゃいけないの?」と質問し、中学生になると「幸せってなんなんですか?」と白昼堂々と不倫していた担任に質問する。そして今、オレは高校生になり特に何もないまま一年が経過していた。高校生の色は青だと言われるが、残念ながらオレは灰色だったようだ。しかしなぜ灰色になってしまったのだろうか。友達の数は普通、そもそも友達は質だ、しかし質も完璧である。であれば灰色の原因は……恋人の有無だろう。しかしなぜオレに恋人がいないのか、それはきっとオシャレしてないから。清潔感は保っているぞ、だがそれはスタートラインに立っているだけだ。誇れることじゃない。
ぐだぐだと頭の中で呟いていたが、その理由は一つ。そう、それは頭の整理。
意味のわからない状況ゆえ、オレの頭は混乱しているのだ。
つまり何が言いたいのかというと……。
「オレのどこが好きなの!?」
告白された、とどのつまり、告白された。
ここまでの美少女からの告白などおそらくこれからも体験する可能性が少ないであろう体験。これは良い経験になるなどと思っている場合ではない。
目の前にいる少女、名を長月裏磋という。長月さんは同じクラスではあるものの、特段仲がいいというわけではなく、授業でチームを作ってだの、クラスメイトみんなでご飯を食べに行こうなどの特別なイベントでしか話さない仲だ。
そんな彼女がオレのことを好きだと言ってきた。
なんで、どうして、どこが、となるのは必然なのだ。オレじゃなくてもなる。
長月さんは頬を赤らめこう言った。
「真面目に授業受けてるところとかが好きです」
確かに授業は真面目に受けてる。質問もいっぱいしてるし。だがそれは気になるから聞いてるだけで、真面目にだとかを考えているわけではない。
オレは気になってこう訊いた。
「真面目が好きなの?」
「うん」
「なんで?」
「初恋の相手が真面目な先輩だったから」
「どんなふうに真面目だったの?」
「生徒会長で……って、なんで私の初恋を根掘り葉掘りと訊いてくるの?」
我に帰ったように彼女はそう言った。赤くなっていた頬はもう平常だ。
「だって気になったしー」
「何それ……。とりあえず、付き合ってくれませんか?」
「思ったんだけど、人間ってなんで好きになると付き合おうとするんだろうね?」
「ああもう! めんどくさい! いいから付き合う! はい!」
彼女はオレの腕を強引に引っ張りながら歩き始めた。
時刻は四時くらい、学校はもう終わっている。つまり下校の時間だ。
オレは今から、恋人と手を繋いで帰るのだろう。
不思議と心臓がバクバクと激しく動き出した。好奇心が刺激される、なぜ人は異性と手を繋ぐと緊張するのだろうか。いや、この子とだからこそか。
それにしても……先輩の話もっと聞きたかったな。
■□■□■
告白というものは多くのエネルギーを使うらしい、長月さんはどこか疲れた様子であった。オレは気になり質問した。
「疲れてる?」
「喉が渇いた」
「長月さんはなんの飲み物が好きなの?」
「オレンジジュースとか?」
オレはトコトコと自動販売機に向かった。そしてコインを入れボタンを二つタタンッと連続で押す。
出てきたオレンジジュースとお茶を持ち、長月さんの元へ戻った。
「オレンジジュースとお茶どっちがいい?」
「……お茶」
長月さんがそう言ったので、お茶を渡した。彼女は勢いよくそれを飲む。
オレもオレンジジュースを飲んだ。
長月さんは呟くように、そしてなぜか悲しむようにこう言った。
「優しいんだね……」
オレは全力で頷く。そして気になったのでこう訊いた。
「なんでそんな悲しそうに言うの?」
「……疲れてるからかな」
「なるほど、教えてくれてありがとう」
「感謝されることじゃ……」
オレはそう言う彼女をまじまじと見た。気まずそうにそう言う彼女の肌を伝う汗。今は夏だ。
ただただ暑い。だがもうすぐ夏休みのため、頑張れる。
ふと気になった。
「長月さんは夏休みどんなふうに過ごすの?」
「わたしは……」
そんな風に、オレは長月さんと帰宅する。しばらく話をしていると、跳ね上がっていた心臓の鼓動は落ち着きを思い出し、まるで友達と帰っているかのような音に変わっていた。
告白されてから三十分も経っていない。だが満たされはした。
恋人がどういう感じのものなのかは気になっていた。だが機会に恵まれず付き合えるまでは行かなかったのだが、ついにこの素晴らしい体験が行えたのだ。
だが好奇心が治ったわけではないぞ。まだまだ、知りたいことがいっぱいあるんだ。
長月さんのことをもっと知りたい、そう思った瞬間の出来事だった。
「……つまり、生徒会長に勝手に一目惚れして話しかけれずに終わったってわけ」
「今の長月さんなら告白まで行けそうだね」
「……そう、成長したのわたし」
そんな会話をしていると横断歩道に着いた。
「おっと」
気づかず歩くところだったが、今は赤信号である。みんなで渡れば怖くないと言われているが、あれは感覚が麻痺しているだけだ。
オレ達は止まった。会話しようと長月さんの方を向いたが、なぜか彼女はオレよりも後ろで止まっており、少し話しにくさを感じた。
スマートフォンをいじっていたので、オレとの会話に飽きてしまったのかもしれない。いや悲観的になるな、大事な連絡かもしれない。
そうだ、その通りだ。
実に内容が気になるが、ここはグッと我慢。他人の画面を覗き込みまくって嫌われた中学生活、もう二度とあれを経験したくはない。
そんなことを考えている時、確実に法定速度を超えてるだろと言いたくなるようなトラックがこちらへ向かってきた。
信号を見ると、青い光がチカチカと点滅していた。トラックの運転手であるお兄ちゃんが急いでいるのもわかる。もう時期赤く光り始めて通れなくなるからだ。しかもここは信号が変わるのが異常に遅い場所。
配達頑張ってくださいと心の中で。
トンッと音が聞こえた。
平衡感覚が狂う。背中に残る衝撃の後。
「え……」
まさかと思い振り返ると、そこには手を前に伸ばした長月さんがいた。
強引に振り返ったからか、足が絡まり尻餅をついてしまう。
そう、オレは押されたのだ。まるで、虫でもいたかのように、彼女は簡単にオレを押した。
なんで、どうしてと訊いてみたい。
しかしそれは叶わない、なぜならもう……。
今度はドンッという鈍い音が響いた。
オレの体は吹き飛ばされる。全身に広がる痛み、それに伴う体の硬直。
トラックのドアからお兄ちゃんが出てきた。
あれ、なんでだ。
長月さんもお兄ちゃんも、焦らずただこちらを見つめていた。まるで、死んだかどうかを確認するように。
そっか、そうか……。
オレ死ぬんだ。
齢十六にしてこの人生に幕を閉じる。我が人生に一片の悔いなしなんて言えない。
お父さんやお母さんは悲しむだろうな。
でも、どうしてだろう。
オレは死の淵で笑っていた。
皮肉な事に死を体験できるのは生きているうちだけだ。ああ、好奇心が刺激される。
死ぬってどんな感じだろう。すごく気になる。
そんなことを考えながら……オレは、微笑みながら息を止めた。
異世界ハンターゲーム開始まで、残り……10分。