第9話 異世界人の生活とは?④
さて、思い返してみると、ぶんぶんと場面が飛び、まるで人生がカットされたかのような一日を過ごしていた。
朝起きて、スライムを狩って、新たな街に来たかと思えば、この世界の通貨を知って、そして居場所を手に入れた。
つい先程、シェリーダさんのお家に呼ばれて、しかし臭いという理由で三人で銭湯に向かったのだ。
平安時代から銭湯はあったというし、体を洗うという行為は人にとって大事なものであるのは今更考えるまでもない。
先刻、暖簾に腕押しして銭湯に入った。お金はないのでシェリーダさんに出してもらい、オレは無事に中に入ることができた。もちろん男女で分かれており、オレは今一人でお風呂に入っている。
木と石で出来たこの銭湯で、大浴場にかぽんと頭にタオルを乗せて浸かっていたのだ。
頭にタオルを乗せるという行為をしてみたはいいものの、どこか違和感を覚える。しかし外してしまえばこのタオルをどこに置くんだ問題が発生してしまうため、仕方なしに頭に置く。お湯につけるのはマナー的にアウトなのだ。
「……一人か」
この世界にも一家に一つお風呂があるのか、銭湯にはオレしかいない。非常につまらない。
木造の壁を蹴って、壊せるのかどうか試してみたい気持ちもあるのだが、それもマナー的にアウトなのでやめておく。
まったく不自由な世の中だ。
カランコロンと音がなる。背後からコロコロと転がってきたのは、タライであった。頭にゴテンと落ちてくるあの金属のタライではなく、木製で小さく、湯を入れて体に流す用のタライである。
オレは振り向きそれを取る。
どうやら彼の落とし物らしい。
タオルを前に持ち、オレを上から見下ろす彼は、それが当たり前のようにこう言った。
「返してくれないか? オレが借りたものだ」
「……やだ」
ありがとう、もしくはごめんの一つも言えない彼の反応を知りたくなった。ゆえに揶揄ってみる。
「……厄介な客がいたもんだな」
「お互いさまですよ。あなた、誰なんですか?」
「悪いが友達を作る予定はない」
男はオレが持つタライを取ろうとしたので、腕を動かしそれを避ける。
「おい」
ブンブンとタライを振り回して彼の手を避けるオレ。
「おい、返せ!」
「オレ、星乃学歩っていいます、よろしくお願いします!」
「うるせえ、返せ!」
「なんでお風呂に入りに来たんですか?」
「いいから返せよ!」
「ありがとうって言ってくださいよ!」
「ああもう、ありがとう! これでいいか!?」
オレは嬉しくなってしまいタライを返す。
彼は言った。
「さっさと返せよ」
「……なんでそんな言い方するんですか?」
「……普通に、お前が取らなくてもよかった状況だ。お節介されて、ありがとうを強要されれば誰でも怒る」
「なるほど」
そういう考え方もあるのかと学べた。それに、彼の考え方を知れて嬉しくなった。
彼は呆れたように浴槽に入る。
オレは笑顔でこう言った。
「面白い考え方ですね! 独創的で、オレ好きです!」
「んだよてめえ……。ん? ちょっと待て」
「……?」
「お前、名前は?」
「星乃学歩」
「……まじか」
目を丸くした彼は、突如ニヤリと笑い、こんなことを言ってくる。
「日本人か、お前!」
「……もしかして」
「ああ、同郷だ。オレは重命紡太郎、よろしくな」
「友達を作る予定はなかったんじゃ……」
「友達じゃねえ、仲間だろ」
「……」
横にいる重命さんは拳をこちらに向けた。
「なんで、日本人なら仲間なんですか?」
「……」
重命さんは、少し考えた後こう言う。
「怖いんだ、この世界の人が」
「知らない地域で、知らない人ばっかりですもんね」
「ああ、だから同郷のやつを見つけて気分が舞い上がったみてえだ。すまねえな」
「いえ、重命さんの考えを知れてよかったです」
オレは拳を重命さんに向ける。彼はその拳に自分の拳を当てた。そしてこう言う。
「紡太郎でいい。学歩って呼んでもいいよな?」
「はい!」
紡太郎は微笑んでこう言った。
「どこ出身なんだ?」
「東京です! まあオレのことなんかどうでもいいですよ、紡太郎さんはどこ出身なんですか!?」
「オレか? オレは高知だな。あの四国の一番デカい……」
「知ってますよ! あの森林率が一番高い県ですよね! 昔行ったことあります、鰹のタタキが美味しかった記憶があります!」
「え、森林率が一番高い県なの……? 初めて知ったぞ。あ、それとタタキは美味い」
「わかります! あと柚子も……」
そんな会話を続ける。
オレは、この世界で同じ日本人を見つけた。
紡太郎さん、彼とは仲良くしていこう。
しばらくして、銭湯を堪能したオレ達は外に出た。服は同じ服を着ている、他に無かったからだ。
紡太郎さんは、ポケットに手を入れてこう呟いた。オレたちは会話を始める。
「……寒いな」
「日本は夏だけど、こっちはまるで冬だね」
「だな」
「紡太郎さんはこれからどうするんですか?」
「オレは……他の場所に行こうと思う」
「じゃあ、これでお別れですね」
名残惜しいけど、他人の人生の邪魔をしてはいけない。昔のオレがそれだけはやめておいた方がいいと言っている。
紡太郎さんは、微笑んでこう言った。
「またな」
「はい! また、絶対会いましょう!」
彼はオレに背を見せる。そして手をサッと上げ、じゃあなと姿で表してみせた。
色々とお話しを聞きたかった。でも、それはダメだと知っているから、ここは我慢しなければならない。
それにオレの好奇心を引き受けてくれる人は他にもいるから。
「よう、マナブ。気持ちよかったか?」
「はい、とても温かくて、身も心も綺麗になりました」
「そりゃよかった」
あのシェリーダさんが、今では姉のように感じる。頼りたいと思う反面、縛られたくないとも思うのだが、それでもしばらくは一緒にいたいと思う。
「シェリーダさん」
「んだよ?」
月光がオレ達を照らす。どうやらこの世界にも月はあるようだ。
カラッとした空気の中で、ふわりとほんのり冷たい風が吹く。オレの髪は悪戯に動き、シェリーダさんをくっきりと見ることができた。
「ありがとうございます、この世界を教えてくれて」
彼女は少し照れたように頬をかき、こちらを見てこう言った。
「おう!」
そんな、一日。
オレは優雅な夜の月に照らされる彼女を見つめながら、静かに微笑んだ。