始まり
「みなさん、これより第一回異世界ハンターゲームを開始いたします」
司会の男はそう言った。会場で拍手が鳴り響く。
ここはある一室であった。酒や食事が並んでいる。居酒屋ではない。それを証明するように、男女ともに汚れ一つないピカピカの正装で優雅にワイングラスに入った酒を嗜んでいる。
私は、それを見ていた。
罪悪感に駆られながら、親の付き添いでこんな場所へ。
映画館のように暗く、コンサート会場のように広いこの空間で、お酒も飲めない私はミカンジュースが入ったワイングラスをフワフワと揺らしてみた。
異世界、このお馴染みの単語を今更解説する必要はないだろう。しかし私は、私の頭の整理のために頭の中で呟いてみることにした。
異世界とは、この私たちが住んでいる世界とは違う世界のことだ。男の子が大好きなドラゴンがいたり、女の子が大好きなユニコーンがいたりする。定番の舞台は中世ヨーロッパであり、一体誰が先駆者なんだと感心するほど中世ヨーロッパが流行っている。あの時代だ、食べるものも少なく飢えていた人も多いだろうが、異世界では不思議とそんな問題はないのだ。そんな、夢のような都合のいい世界……それが異世界。
魔法もあって、夢もあって、この陰鬱とした終わっている世界からしてみると夢のような舞台だ。
この世界で失敗しても、あちらでならやり直せる。異世界召喚または転生とはリスタートの起爆剤なのだ。
齢十六にして、私は異世界に行きたいとさえ思ってしまう。
そう、私が言ったような異世界なら。
箇条書きマジックと言うものをご存知だろうか。あたかも様々な情報を出しているように見せかけて、見せたい情報しか見せない手法だ。
これはダメだ。真剣に聞くほど騙される。
隣の芝生は青いと言うがまさにこれ。
異世界も楽じゃない。私は、モニターに映る彼を見つめながらそう思った。
異世界ハンターゲーム。
この悪趣味な名前の通り、異世界でハンターするゲームなのだ。
狩猟対象は異世界にいる生物、それも全部。
ドラゴンやユニコーンを狩るんだとさ。
「あ」
この空気に飲まれて平然と受け入れていたが、そうだったこれは異常なのだ。この国の権力者はどうやら異世界へ人を送る技術、そして電波を受信して映像としてこちらの世界に送る技術を持っている。
不思議だ。父親が言うには十年ほど前に異世界が確認されたらしいが、いまだに世間には公表されていない。
つまり限られたものしか知り得ないのだ。
特権階級とでも言おうか。そんな奴らが娯楽のために人を異世界へ送っている。そしてこんなゲームでゲラゲラ笑っている。
「……」
罪悪感が、私の胸をチクリと刺した。
「……」
しかし、五年で異世界へ行けるまで研究が進むとは……人を舐めてはならないな。
閑話休題。
とどのつまり、異世界へ行けるようになってから人を送り込んで見せ物にしてやろうという魂胆なのだ。もちろん見に来るのにもお金はいる。本当に意地汚い。
何より気持ち悪いのは、笑って見ている観客だ。
このゲームは、異世界の住民がターゲットになっている。
異世界は無数にあるから、少し死んだところで変わらないんだとさ。
そう、住民はドラゴンやユニコーンだけではない。エルフにドワーフ、猫耳のついた女の子。
そして人間。
誰だって殺していい、そんなゲーム。
殺してポイントを稼ぐ、そんなゲーム。
形容できないほどの不快感が私を襲う。
私は父親を見た。
お父さんも笑っていた。
お母さんはいない、交通事故で死んだから。
仕方がなかった、だって私が殺されるから。
ごめん、ごめん、ごめんなさい。
だからせめて、生き残って。
私は、モニターに映る彼を見つめながら手を合わせて神に祈った。
そしてこう呟く。
「頑張れ、学歩くん」
わたしは、私の贖罪のために彼を応援する。この罪悪感が消えるまで。
ごめん、私は私のためにしか動けない。こんな自分勝手な女でごめんね。
だって仕方ないじゃん。
わたしは……。
「裏磋」
私はお父さんの娘なんかだから。
「お父さん」
私はモニターを見て笑った。お父さんが笑うから。