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記憶の扉、その先へ

 淡い霧が森を包み、朝の光が差し込む頃。


 ユウとリリスは、王都南方の封印の谷へと辿り着いていた。


 ここは、リリスの祖国・ヴァルディア王国が禁呪によって滅びたとされる地。


 彼女の記憶の奥底にだけ、その真実が眠っている。


 


 谷の奥に聳える封印石。そこに近づくと、リリスの足が止まった。


「……ここ。ここで、私……何かをした」


 声が震えていた。


 


 ユウがそっと手を差し出す。


「一緒に確かめよう。怖いなら、俺がそばにいる」


 


 リリスはゆっくりと頷き、その手を取った。


 ユウの記憶に触れる力が、リリスに流れ込む。


 その瞬間、彼の視界に異変が走った。


 


 ――燃え盛る王都。

 ――黒き獣に蹂躙される民。

 ――玉座に立つ、黒衣の男。

 ――そして、魔法陣の中心に立ち、涙を流す少女――リリス。


 


 「止まって……もう、やめて……!」


 幻の中で叫ぶリリスの姿に、ユウは思わず駆け寄る。


 しかし、彼女の周囲には術式が展開され、禁呪が発動しようとしていた。


 


 封印ではなかった。


 それは――


 


「……自らの王国と家族を、時の狭間に閉じ込めるための禁呪」


 


 記憶の中のリリスが呟いた。


 「私が、あの夜、時間封鎖の呪文を選んだの。誰も殺させないために」


 


 だが、その結果――


 王国全体は時を止められ、封印と同時に存在を忘れられるという呪いを受けた。


 残されたのは、記憶を失った姫だけ。


 


 現実に戻ると、リリスの頬を一筋の涙が伝っていた。


「……私、あの夜、全部覚えてたの。怖くて、思い出したくなかった。私が国を封じたことを……」


 


 ユウはその手を強く握った。


「お前は間違ってない。お前がしたのは、犠牲じゃなく、選択だ……誰よりも苦しい決断をして、未来を残そうとした」


 


 リリスはユウの胸に顔を埋める。


「でも、私は何も守れなかった……!」


「違う。お前は、今も生きてる。だから、取り戻せる。お前の国も、お前自身も」


 


 谷の封印石が微かに光り出す。


 リリスの記憶と禁呪が共鳴し、扉が開きかけていた。 


 風が止み、封印石が淡い光を帯びて震え始めた。


 リリスは、震える指先でその石に触れる。


「これが……私が閉じ込めた、すべて」


 ユウはそっと彼女の背中に手を添えた。


「思い出すのが怖いなら、無理しなくていい。けど――」


「いいの。もう、逃げないって決めたから」


 


 リリスの瞳が、真っ直ぐに光を捉える。


 石に触れた瞬間、光が炸裂し、周囲に結界が展開された。


 ユウとリリスは、空間ごと記憶の世界へと引き込まれる。


 


 


 ――そこは、王国が滅びる直前の大広間だった。


 


 幼きリリスが、泣きながら禁呪を詠唱していた。

 家族はすでに魔獣に侵され、臣下たちは逃げ惑う中。


 


 彼女は選んだ。


 すべてを止めるという選択を。


 それは、時を止め、国ごと呪文に封じる代償。

 ただし、自分の記憶だけは――封じなければならなかった。


 


 「私の命を捧げる代わりに、この国を未来に託す。いつか、誰かが――私を思い出してくれたら」


 


 そして現在。リリスはその記憶を、涙を流しながら受け止めていた。


「私がすべてを止めた……そうしなければ、誰も残らなかった」


 


 ユウがリリスの肩に手を置く。


「それでも、生きて、俺に出会った。お前の決断が、今に繋がってるんだ」


 


 空間が揺れ、記憶の世界が消えていく。


 封印石の結界が崩れ、現実が戻ってきた。


 


 封印の谷に、風が吹き込む。


 長く閉ざされていた時が、わずかに動いた――その瞬間だった。


 


「ユウ……」


 リリスが、そっと彼を見つめた。


「私、あなたに全部見られて……それでも、そばにいてくれる?」


 


 ユウは静かに頷く。


「お前がどんな過去を抱えていても、俺は今のお前を好きになったんだ」


 


 リリスの瞳に光が宿る。


 恐れも、罪も、すべてを越えて――


「……私も、ユウが好き。ずっと、ずっと……怖かった。でも、もう迷わない」


 


 その言葉と共に、二人の唇が重なる。


 過去を越えた想いが、確かにそこにあった。


 


 そして封印石の中央が、まるでそれに応えるように、静かに砕け散った。


 


 ――リリスの記憶が解け、王国の時が再び動き出す。


 それは、彼女自身の再生であり、ユウと共に選び直した運命の始まりだった。


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