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140字小説  作者: 束田慧
28/30

作品No.271〜280

作品No.271【秋の夜長の悲愁】


恋人を失い、彼女は夜が苦手になった。

独りが怖い。静寂が怖い。生きていることが…怖い。窓から外を見ていると、吸い込まれそうになる。遠い遠い、あの空に。

今日は中秋の名月。ちょうど満月と重なる日だ。雲間から差し込む月明かりが濡れた頬を撫で、嗚咽は虫の音に溶け、秋の夜長は更けていく。



作品No.272【消えた張り紙】


『長らくのご愛顧ありがとうございました』

行きつけの食堂に貼られた張り紙。

寂しいが、高齢の夫婦が切り盛りしており、一人息子は都会住まいだ。

せめて、最後まで通い続けよう。と、今日も店に行くと、張り紙がなくなっている。

中に入ると、昔の店主とそっくりな青年が厨房で汗を流していた。



作品No.273【長い物のご利益】


退屈な入院生活。お見舞いに来る家族の顔を見るのが唯一の癒しだ。

幼い娘は、大切にしていた自分のおもちゃをいくつもくれた。キリンのぬいぐるみや象のキーホルダー、動く蛇のおもちゃ等々…

長い物ばかりなのは、きっと夫の入れ知恵だろう。おかげで、余命半年と宣言されてから丸一年生きている。



作品No.274【出前】


このところ3日連続、有名な変人の家に出前の配達に行っている。

初日はカツ丼と担々麺、一昨日は醤油ラーメンと酢豚定食、昨日は牛丼とけんちんうどん。独り身のはずだが、意外と大食いなんだな。

今日もそいつから二人前の注文が入った。今日は天ぷらそばと天丼。天ぷらばかりで、胃もたれしそうだ。



作品No.275【時差ボケ】


「140字小説、毎日投稿するって言ってたけど」

「うん」

「この日だけ、投稿してない」

「いや、翌日の15時頃投稿してるだろ?この日はアメリカにいたから、まだ日付変わる前だったんだよ。だからセーフ」

「ベガスのカジノでも行ってたのか?」

「いや、ニューヨーク」

「じゃあアウトだよ」



作品No.276【悪魔の囁き】


今日は毎月恒例、肉の日だ。この日に肉を喰らうのは、もはや俺のルーティン。欠かすと、全てが崩れると言っても過言ではない。

だが、明日は友人と焼肉、大晦日は実家ですき焼きの予定だ。

肉3連チャンで俺の体がもつかどうか…

悩む俺に、妻が囁く。

「しゃぶしゃぶならヘルシーだよ」



作品No.277【マニアの語源は狂気】


心霊マニアの知人Aは、全国津々浦々のスポットを巡っている。

先日、目ぼしい所は全部回ったと聞いて以来姿を見なかったが、

殺人犯として全国ニュースで取り上げられていた。

心霊スポットに行き過ぎておかしくなったと周りは言うが、Aは言っていた。

「ないんだったら自分で作ればいい」と。



作品No.278【カウントダウン】


今回も大晦日の夜を迎えた。

現在23時59分。いつもこの瞬間は、AIにカウントダウンをさせている。

『10』

『9』

『8』

『7』

『6』

『5』

『4』

『3』

『2』

『1』

『31536000』

「はぁ…またダメたったか」



作品No.279【また髪の話してる…】


「昨日は富士山の夢を見たよ」

「おっ、縁起いいじゃん」

「一富士二鷹三茄子だっけ?」

「実はそれって続きがあって、四扇五煙草六座頭って言うんだよ」

「座頭って何?」

「髪を剃った琵琶法師のことで、『毛がない』から『怪我無い』で縁起がいいらしい」

「…それは縁起悪いと思う人も多そうだな」



作品No.280【入り込んだ男】


ある家での正月の出来事。

その家には、毎年親戚が大勢集まる。お年玉をもらって回っていた子ども達が、「偽札だ」と騒ぎ出した。それは、古ぼけたポチ袋に入れられた、聖徳太子が描かかれた一万円札だ。

子ども達は皆、「長髪のおじさんがくれた」と言ったが、その場に長髪の男は1人もいなかった。

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