おっぱいモンスター
「あーやっと着いたあ!」
ぜいぜいと荒い息を吐きながらリリアはへたへたと地べたに座り込む。運良く魔物との戦闘を回避出来たとはいえ、王都にいた頃はほとんど引きこもり同然の暮らしだったせいで、体力の限界が近かったようだ。目の前にはほとんど集落と言って良いほど規模の小さな村。どうやら、ここにはまだ勇者逃亡の知らせは届いていないようで、通りすぎる人々はリリアを見てもなんの反応もせずにそそくさと立ち去って行く。
「ネアったら全然おぶってくれないんだもん! 歩き通しは細くてか弱い私の足にはきついよもう」
「私だって……私だってリリアの平均より少し小さい胸の感触を楽しむためにおぶってあげたかったですよ! でも、でもそれではあなたのためにならない……! ならないんです! だからこそ私は心を鬼にして」
「ラビさん、今日の宿を探しましょうか」
シキもこの数日でだいぶ俺達の扱いに慣れたようで、涙ぐんで叫ぶネアを無視してそんな提案をしてくる。
「なんですかシキ、無視ですか? あ! べ、別にシキの真っ平な胸の感触は楽しみたくないなどと言うつもりはありませんよ? 真っ平には真っ平の良いところがあります! それはもう、たくさん! ですから拗ねてないで私にかまってくだ……ラビ、同じ真っ平でもあなたの胸にはなんの価値もありません。そんなはっとした目で自分の胸を見つめないでください」
「あのー、すみません。この村の宿屋の場所をお伺いしたいんですけど」
シキは本格的に無視することに決めたようだ。通りすがりの村人にそう声をかけていた。胸をイジられたからか、はたまた初対面の人間と話しかけているからか、その表情は少しだけ恥ずかしげだ。うん、やっぱり可愛い。今日の宿はシキに任せておけば大丈夫そうだ。
と、そこで、くいくいと俺の袖が引っ張られ。
「ラビ……ラビ、私は別に平均より小さくないから」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてよ! おっぱいモンスターがそばにいるから小さいって思われがちだけど、私だって人並みにはあるから!」
「おっぱいモンスターってもしかして私のことですか?」
「他に誰がいるの!? 私もシキも胸は小さ……シキは小さいし、私は普通だし! ああもう羨ましい!」
「いつまでも胸の話をしてるんじゃねえよ。ほら、シキを見てみろ。コンプレックスなのかは知らんが、恥ずかしがってるだろ? 人が気にしてることをあんまりいじるのはよくないぞ」
視線を向けた先には、耳まで真っ赤にしながら村人へペコペコと頭を下げるシキ。どうやら肝心の宿の場所を聞き出すことができたようだ。村人が去っていくのを見届けてから振り返る彼女の顔は、茹蛸のように真っ赤で目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「コンプレックスじゃないです! 私が宿の場所を聞いている間、ずっと胸の話でギャアギャアと騒いでるからですよ! あの人、完全に変態を見る目で私達を見てましたよ!?」
プルプルと震えながら叫ぶシキは今までにないくらい怒りをあらわにしている。過去に嫌なことでもあったのだろうか?
「まあまあ、落ち着けよ。それで? 宿はどっちだ?」
だが、そんな話をしていても仕方がない。すでに陽もほとんど沈んでいるし、何よりリリアほどではないが、俺も歩き通しで疲労が溜まっている。少しでも早く宿で休みたいものだ。それはシキも同じだったようで、ため息をつきながらも素直に宿へと歩き始めた。
歩を進めること数十分。村外れまできた俺達の前に現れたのは木造の一軒家。道中シキが説明をしてくれたが、どうやらこの村には宿はなく、稀に訪れる旅人には空き家をあてがっているらしい。少しだけ古いが、四人で寝泊まりをするだけであれば大きな問題はなさそうだ。
立て付けの悪くなったドアを、キィっと音を立てながら開く。椅子が数脚と、テーブル、ソファ、ベッドがそれぞれ一つずつ。決して十分な設備とは言えないが、シキの話では宿賃なども必要ないとのことであったため、家具が備えついているだけ贅沢だろう。俺達は各々手頃な場所に荷物を下ろしていく。
「ふう、やっと一息つけるね。あー、こんなに歩いて移動したのは人生で初めてだー、足が痛いー、誰かマッサージでもしてくれないかなー?」
ベッドに寝そべって、チラチラとこちらを見ながら言うリリア。俺にやれと言っているのだろうか。断る、そう俺が告げるよりも早く、いつの間にか剣を抱えたネアが割り込む。
「何を言ってるんですかリリア。これから訓練です。早く聖剣を持ちなさい。まずは素振り千回、その後に実践形式の試合を百回やりますよ!」
「ええ!? ちょっとネア、今日は休ませてよ! 見てこの足、疲れでプルプルしてるでしょ? こんな状態でそんなキツいことさせられたら足折れちゃうから! 疲労骨折って知ってる?」
「大丈夫です。なんのためにシキがいると思ってるんですか?」
「折るつもりなの!?」
「私ってそんな理由で連れて来られたんですか!?」
少女達の喧騒を背後に聞き、夕食の準備に取り掛かる。ここ数日ですっかりとルーティン化してしまった。変態じみたことを言うネアと、クズでバカな発言をするリリア、そんな二人に振り回されるシキ。意外と良いトリオかもしれない。そう思えるほどに、彼女達はいつも騒がしく、楽しそうだ。そんな中に俺は入れないし、入る必要もない。人里に到着した以上、俺の同行はここまでだ。彼女達がいつまでこの村に滞在するのかはわからないが、別れの時はすぐに来るだろう。
寂しくないと言えば嘘になるが、いたしかたないことだ。彼女達は魔王討伐を目指す勇者パーティで、俺はただの一般人。彼女達が無事魔王を討伐してくれることを祈るしかない。少しだけ、ほんの少しだけ豪勢な食事が完成し、少女達へと振り返ると。
「……んっ」
「……ねえ、何食べたらこんなに大きくなるの?」
「本当ですよもう。……胸ってこんなに柔らかいものなんですね」
ご満悦の表情で胸を揉まれるネアと、真剣な顔をして胸を揉むリリアとシキがいた。
だめだコイツら。