滅茶苦茶可愛いからです
「おい、まずはこの状況を説明して貰おうか」
俺が目を覚ますと、眼前には満天の星空。灯りが雑多に灯る王都では見ることができないほどに、星々が輝いていた。目を開けてすぐにそれが見えるということは、当然俺は横たえられているという訳で、すぐ近くで焚き火でも炊かれているのか、パチパチと乾木が爆ぜる音がする。屋敷にいたときはまだ午前中だったというのに、かなりの時間が経過したようだ。
ようだ、そう表現するのは俺にその間の記憶がないからだ。自室に王国兵が詰めかけてきた直後、俺は視界の端に高速で動く何者かの一撃によってノックアウトされ、現在に至る。チラリと見えたその人物は、メイド服のようなものを着ていた気がするが、おそらく気のせいだろう。流石のネアも俺をいきなり殴りつけるような蛮行をするはずがない。……そう思いたい。
ズキズキと痛む腹部を抑えながら、体を起こし、俺は目の前の少女達へと問いかける。
一人は桜色のミディアムヘアの少女リリア。
一人は黒髪のロングヘアーの少女ネア。
そして、金色のロングヘアーの少女。
彼女達は焚き火を囲むように、それぞれ地べたに直接尻を付けて座っていた。
俺は金色の少女をチラリと横目で見る。
誰だこの子?
「…………?」
そんな俺の視線に気づいたのか、少女は小首を傾げ不思議そうな顔をする。
髪と同色の綺麗で大きな瞳。引き結ばれた小さな口。すっきりと通った鼻筋。細く背の低い体を白のドレスで包む少女の容姿は、並ぶ二人の美少女にも見劣りしないほどに整っていた。
……はっきり言ってドストライクである。
並ぶ二人のバカ共もそれなりに顔は良い。いや、相当に良いのだ。それでも、その顔面でも隠し切れないほどの中身の醜悪さが大幅に減点要素である。もはや女として零点どころかマイナス、虚数にまで至るほどの魅力のなさ。
その点、この少女はどうだろうか。
小首を傾げるその動作といい、地べたにちょこんと腰を下ろす姿といい、まるで愛らしい子猫のようではないか。きっと、その可憐な声帯から発せられる声も言葉も、妖精のようであることは間違いな──。
「…………(ニコ)」
少しだけ恥ずかしそうに、微笑む少女。
………………なんだろうこの子。滅茶苦茶可愛い。
「えっと、リリアさん、ネアさん。こちらの、ラビさん? を本当に連れて行くんですか?」
俺から視線を外して少女は問いかける。想像通り、いや想像を軽く超えてくる程に綺麗な声だ。何かとんでもないことが聞こえた気がするが、今の俺にはそんなことを考える余裕などない。
何この子めっちゃ可愛い。どうすれば仲良く、いや! 好きになってもらえるんだろうか? 聞いてみようかな?
そんなバカなことを問いかけるよりも早く、リリアが言葉を発する。
「大丈夫だよ。こう見えて賢いから。それに逃げ足もすっごい速いの。私達なんか置いて駆け抜けちゃうの」
「リリア、フォローになっていませんよ。しかしながら私もリリアと同意見です。警察や私に追いかけられている時の足の速さ、そして機転といったら、伝説級の魔物にも相当するでしょう。まあ、この男を連れて行くことには反対ですが」
目を細めてリリアを見るネア。怒り半分、呆れ半分といった表情だが、見られている方は特段何も感じていないらしく、飄々とした顔をしている。
「俺も俺を連れて行くことには反対だぞ。つまりは三対一。民主主義の原理に則り、俺は屋敷に帰ることになるな」
リリアに向けてそう告げると、痛む体に鞭を打って地面から立ち上がる。これ以上ここにいて、リリアに無理矢理連れて行かれるのはごめん被る。シキと呼ばれた少女に多少の興味はあるものの、こいつらの知り合いである以上、絶対にまともな人間ではないだろうし、早々に退散するのが吉だろう。
金髪美少女に後ろ髪をひかれながらも、俺は屋敷へと戻るべく、一歩を……?
「ちょ、ちょっと待ってラビ! 屋敷に帰るって、ここがどこか分かってるの?」
「ああ、俺も今それに気づいた。どこだここ」
立ち上がり、眼前に広がるのは鬱蒼と生い茂った木々。周囲をぐるりと囲むそれらは、まるで俺の行手を阻むかのように立ちはだかっていた。
「ふっふっふ、さあ、どこだろうね。おバカなラビに分かるかな? って痛い痛い痛い! 頭ぐりぐりしないで! バカになっちゃうでしょ!?」
「賢くなるならいいだろうが! さっさと帰り道教えろや!」
「それは私がバカ未満って言いたいの!? もう怒った絶対に教えてあげないぃぃぃぃたい痛い痛い痛い痛い! た、助けてネア!」
「えー、私はもっとリリアの泣き叫ぶ姿を見ていたいです。可愛いので!」
「何その理由!? じゃ、じゃあシキ助けてよ!」
「…………すーすー」
「この状況で寝るの!?!?!?」
リリアの助けを求める声は完全に無視され、ネアが満足するまでの数分間、俺は存分にぐりぐり攻撃を続けた。
「それで? 色々と聞きたいことはあるが、一つ一つ潰していこう。まず、俺は何で連れて来られた?」
屋敷で気を失う直前、リリアが魔王討伐について来いなどと戯言を言っていた気がするし、先ほどの会話からも察することはできるが、誤解のないようにはっきりと聞いておきたい。
そんな俺の質問に、リリアはよほど頭をぐりぐりと締め付けられことが効いたのか、涙目になりながらも素直に答える。
「さっき言った通り、魔王討伐について来てほしいの」
「何で? はっきり言って俺を連れて行く意味が分からん。戦闘能力は皆無、運動神経は壊滅的、魔法は使えない」
「おまけにブサイクで、性格も頭も悪く、向上心もないゴミクズみたいな人間です」
「おいネアうるさい。……と、まあ、このバカの言うことは事実無根だとしてもだ、正直役に立つことなんてないだろうし、それどころか足を引っ張る未来しか見えん。魔王討伐なんて命懸けのもんに連れて行くような人材じゃないだろ」
言外に考え直せ、そう伝えているのだが、リリアは意に介さずに言葉を発する。
「私はそうは思ってないよ? ラビがブサイクで性格も頭も悪くて、向上心のないゴミクズみたいな人間でも、私にとっては必要なの」
事実無根だって言ってんだろ。
「なるほど、いざという時の生贄ですか」
「ネアうるさい! 今、ラビと大事な話をしてるんだから、邪魔するならシキと一緒に寝てて!」
リリアに叱られて、とぼとぼとネアはシキの元へと向かうと、寝息を立てる彼女の頭を撫で始め、あ、鬱陶しそうに手を跳ね除けられた。
そんな彼女達を観察した後、俺はリリアへと向き直る。
「必要だと言ってくれるのは素直に嬉しいが、俺は自分の力不足はこれ以上ないくらいに理解してる。何を言われてもついて行く気はない」
昼間見た夢、いや、かつて味わった苦しみを思い出しながら、俺はリリアの目を見てキッパリと告げる。
もはや今の俺に戦う力も、覚悟もない。
もうこれ以上俺にこだわるのは辞めてくれ。
そんな俺の思いが通じたのか、リリアは。
「……そっか。分かったよ」
悲しげな表情をしながらも、そう言ってくれた。
「でも、次の街までは一緒に行くべきだと思うな。王都から大分馬を飛ばしてきたから。馬は追っ手の撹乱のために逃しちゃったし、一人で帰るより、街で行商隊の馬車にでも乗せてもらったほうが良いと思う。二、三日も歩けば着くってネアも言ってたし」
「ああ、分かった」
リリアの言うことも尤もだ。素直に俺は彼女の申し出をありがたく受け入れる。
さて、これで今後の予定が決まったわけだが……。
「じゃあ、ニつ目の質問だ。あの子は誰だ?」
俺は先ほどからシキと呼ばれている金髪の美少女を指差しながら尋ねる。
目を覚ました時からなぜかいる少女。一体彼女が何者で何のために──魔王討伐だとは予想できるが──ここにいるのかが全く分からない。次の街までといえど、少しの間寝食を共にするのだ。どんな人物なのかは聞いておいた方が良いだろう。
「彼女はシキ。十六歳のシスターだよ」
「…………他の情報は?」
「なんかラビの視線がいやらしいから教えたくない」
「そ、そんな視線を向けてねえよ!」
全く何を言い出すのだコイツは。俺はシキに劣情など催してなどおらず、ただ結婚したいだけだ!
チラリと件の少女を見る。いつの間にか、ネアに膝枕をされていて、よほど感触が良いのか、ご満悦の表情で寝息を立てていた。
そんな俺の視線に気付いたネアはこちらを一瞥し。
「何ですか? そんなに羨ましそうに見ても、このポジションは代わりませんよ? それとも、私の膝枕をお望みですか? 絶対にしませんけど」
「俺もされたくねえよ。そんな気持ち悪い願望を込めてお前らを見たわけじゃねえ。その子、一体何なんだよ」
「この子ですか? 滅茶苦茶可愛いです」
「他の情報は?」
「私、女の子の見た目にしか興味ないんです」
どうしよう、マジで殴りたい。
「冗談ですよ。この子は正教会のシスターで、魔王討伐のために派遣されたんですよ。まだ若いのに蘇生魔法以外の全ての回復魔法を扱えるすごい子なんです」
えっへん、と胸を張り、自慢気に言うネア。
どうしてお前が偉そうなんだ。そう突っ込みたくもなったが、それよりもまずはシキのことだ。正教会といえば、人間族最大の宗教だ。そんな組織から勇者の元へと派遣されたのであれば、シキは組織の中でも相当上位の実力者ということになる。回復魔法の習得難度がどれほどのものなのか俺は知らないが、才能溢れる少女だろうことは容易に想像がついた。
「で? その子が何者なのかは分かったが、どうしてここにいる? 本来なら、ここじゃなくて、お前らを追ってくる側にいるんじゃないのか?」
ならばこそ当然の疑問だ。
実力があるということは、それ相応の努力をし、さらには教会側にもそれが認められているということだ。そんな傑物が、魔王討伐から逃げ出す勇者なんかに着いてくるはずがない。そんな疑問を俺は彼女達に投げかけると、リリアは若干戸惑いの表情を浮かべながら答えた。
「ラビが牢屋にいる三日間で魔王討伐のメンバーで顔合わせがあって、その時にシキと知り合ってね? 気絶するラビを運びながら、ネアが是非彼女も連れて行きましょう! って」
どうやら、リリアの意思ではなくほとんどネアの独断らしい。
「ん? どうして私がシキを連れてきたのか、分からないんですか? いいですか? 先ほども言いましたが、彼女はこう見えて正教会でも指折りの回復魔法の使い手です。体に穴が開こうと、四肢がもげようと、命さえあれば全てを回復できるほどの能力の持ち主です。そんな彼女を連れて行かない理由がありますか!? いえ、ありません!」
「「本音は?」」
「滅茶苦茶可愛いからです!!!!!!!!」
なんだコイツ。
「と、まあこんな感じで、ネアが暴走して、私には相談なしでシキを勧誘して、何故かシキも了承してって流れかな」
半ば呆れ顔で言ったリリアを見ながら、コイツも大変だなあ、と少しだけ思う俺だった。




