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旅立ちの日に

 久しぶりに夢を見た。

 俺にとっては思い出したくもない過去だ。もう二年も前だというのに、いまだにこうして夢を見ては、目を覚ます。この夢を見た時は決まって恐ろしいほどの吐き気が襲い、ぐっしょりとした汗が肌着に纏わりついていた。だが、今俺に遅いかかる不快感の正体はそれらではない。体を起こし、ベッドに右手をつきながら、傍らへと視線をやると。


「すー、すー……ラビ、それはワンちゃんだよ、食べちゃダメだよ…………困ってるの?」


 どんだけ困っても犬は食わねえよ。

 視線の先には、訳のわからん寝言を言いながら寝ているリリア。たしか先ほど俺に散々文句を言った後に、「二年は帰らないからね! 反省しててね!」と、言い放って出て行ったはずだったが、ずいぶんと早い帰宅だ。何やら外の喧騒が先ほどよりも明らかに大きくなっているが、いくらこいつがクズだとしても初日から逃げ出すことはないだろう。


「おい! そこをどけメイド!」


「人類の反逆者の味方をするのならば貴様も同罪だぞ!」


「うっさいですね! 可愛いは正義と言うでしょう! つまりリリアは何をしても正義の味方! つまりブサイクのあなた達は常に世界の敵! さあさあ、死にたいやつからかかってきなさい!」


 何やら玄関の方からとんでもない暴論を吐く聞き慣れたバカの声と、知らんおっさんの悲鳴が聞こえる。が、しかし気のせいだろう。

 勇者とは人類の希望だ。リリアが勇者として選ばれてからというもの、何度も心の中で反芻してきた。初代の勇者は皆、魔王討伐や四天王の討伐、領土の奪還など輝かしい功績を持つ。一説では女神が全人類の中から一番ふさわしい人物を当代の勇者として選ぶ、などと言われているそうだ。それほどまでにこれまでの勇者達に外れなどと揶揄されるような人物はいないのだ。

 だからきっとリリアも忘れ物かなんかを取りに来たのだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない。まさか、旅立つのが嫌で速攻逃げてきたなんてあるわけが──。


「すー、すー……ご、ごめんなさい、ごめんなさい、働きたくないんです…………」


 ──ダメだわコイツ。


 俺は早々に彼女に見切りをつけ、彼女を起しにかかる。このままコイツが役目を放棄などすれば、俺にまでとばっちりがきそうだ。


「おい! おい起きろこのバカ! 起きろって! なんかめちゃくちゃ玄関の方で戦ってる音すんぞ! お前ネアに玄関の見張りさせてんだろ! あのバカ滅茶苦茶やってるぞ! こら! 耳塞ぐな! 聞こえてんならさっさとネアを止めて魔王討伐行って来いや!」


「やだやだやだ! 私働きたくないし戦いたくない! どうして人間と魔族は争うの!? お互い辛いだけじゃない! 私は平和を所望します! 争いを無くす第一歩は自らが争わないことだと思います! だから私は戦いません! 世界平和! 共存共栄! 無為徒食!」


 リリアは耳を塞ぎながら、頭の悪いことを叫び散らす。


「あのなあ、これまでのサボりは別に他の奴がなんとかしてくれたから良いかもしれないが、流石に今回は無理だろ。お前は勇者に選ばれたんだ。最初の方は俺もふざけてお前にノって変なことをしたかもしれんが、勇者の責務から逃げることには俺も反対だ。それに、逃げたところで、他の奴から顰蹙を買って一生追い回されるぞ?」


 彼女が勇者であることが発表された以上、もうどうしようもない。罪人として一生逃げ回るよりかは、嫌だとしても勇者として天命を全うした方がいくらかはマシだろう。

 そう思い、俺は彼女へと進言するのだが、どうやらリリアにとってはそうではないらしい。半泣きになりながらも、こちらをじっと見据えて告げる。


「だ、だって、旅の途中で死んじゃうかもしれないんだよ? 魔王を倒せなかったら私はもうこの街に戻って来れないの。そんなの、そんなのってやだよ。この街にはいっぱい思い出もあるし、家もある。それに……」


 言い淀むリリアは何やら悩ましげな表情をしている。先ほどまでは俺の目をじっと見つめていたのに、どうしてか今はあらぬ方向へ視線を向けてはこちらを向いての繰り返しだ。

 一体何を。


「……二人で何をしてるんですか?」


 言おうとしてるんだ。そう問いかけるよりも早く、視界の外から怒気を孕んだ声がする。尋常ではないほどの殺気を感じ、即座にそちらを向けば、そこにいたのはネアだった。


「聞こえませんでしたか? 私は、二人で、ベッドで、見つめ合って、かつリリアの頬が紅潮している状態で、一体何を、しているのかを聞いているんですよ?」


 訂正。正しくはメイド服の至る所に血を付けて、手に持つ刀を振り上げているネアだった。

 やばいやばいやばい。


「今、この状況が分かっているんですか? リリアが式典から逃げ出して、街は大混乱ですよ? リリアが大丈夫だからと私に玄関で見張りを命じてから三十分。今まで何をしていたのか、納得のいく説明をしてもらいましょうか」


 上段に構えられた刀に、下手なことを言えばすぐにでも振り下ろす、そう言わんばかりに力が込められる。刀の軌道上にあるのは俺の頭。なんで?


「お、おいちょっと待て! 俺は関係ないだろう! 逃げ出したのも、お前に門番命じたのもリリアじゃねえか!」


「主人の責任は従者の責任です!」


「お前も従者だろうが! そもそもお前門番の役目はどうした! 王国兵とかたくさんいるはずだろ」


 なにせ勇者が逃げ出したのだ、護衛に付けられる予定の三十人は当然のこと、それ以外にも相当の人数が追ってきているのは想像に難くない。


「? あの程度の奴らなんて、ちょちょいのちょいですが?」


 ……もうコイツ一人で魔王討伐に行けばいいんじゃないだろうか。


「それよりもリリア、あなたはどうして逃げ出したりしたんですか? 言っておきますが、どこへ行こうと勇者の責務から逃れることはできませんよ? 考えもなく逃げ出したというのであれば、私は無理矢理にでもあなたを連れて、魔王城へ乗り込みますが?」


 と、そこで今までダンマリを決め込んでいたリリアが口を開く。


「待ってよネア! べ、別に私は勇者のお仕事から逃げ出した訳じゃないから! 魔王討伐には行くよ? うんもちろん! でもねでもね? やっぱり私も歴代の勇者達みたいに、自分で仲間を選んで行きたい、いや、行った方がいいと思うの! ほら、知らない人三十人でパーティを組むより機動力も上がるし、チームワークも高まると思うの」


 やけに饒舌に語るリリア。こういう時は大体嘘をついていることを、長い付き合いの俺は知っている。つまりこいつに魔王を倒す気は全くない。だが、同じように長い付き合いでも、頭があまりよろしくないネアにはそれが分からないようで、考え込むように右手を自らの顎先へとやる。


「ふむ、まあ、一理ありますね。それではあなたは、勝手知ったる仲間、少数精鋭で魔王討伐を目指すべく儀式から逃げ出したと?」


「う、うんそうだよ!」


 どうやら騙し通せたらしい。ほっと一息つくリリア。


「では屋敷に戻った理由は?」


「…………」


 困ったようにこちらを見てくるリリア。こっち見んな。


「え、えーと、それは、そのー、ねえネア? ラビって面白いと思わない?」


「全然」


「ラビと一緒にいるときっと楽しいと思うんだよね」


「不快です」


「格好良くない?」


「ゴブリンの次くらいには」


「ラビって」


「やめろやめろやめろ! さっきから俺がめちゃくちゃ傷ついてんだよ! お前何なの!? ネアが俺にポジティブな感情持ってる訳ねえだろうが!」


「そうですよリリア。私はこの男に対して、これまで一度も良いと思ったことはありません。ゴキブリ以下の生物だと思ってます。ラビについてあれこれ聞くなんて可哀想でしょう?」


「そっか、ラビごめんね」


 どうしよう、コイツらぶっ殺したい。


「そんなことよりもリリア。どうして今この男の話を?」


 俺がどうやってコイツらを始末しようか、そんなことを真面目に考え始めていると、ふとネアがそう問い質す。

 たしかにその通り……!?


「お、おいちょっと待て」


 とんでもないくらいに悪い予想が脳裏をよぎる。

 リリアはさっきなんて言った?


『──自分で仲間を選んで行きたい』


 この考え自体は何も悪いところはない。どんな奴と旅をするかなんて、結局のところ本人の自由だ。勇者として、一定行動に制限がかかるのは理解できるが、仲間の選定なんて生死に直結することだ。それを他人任せにするのは良くない。

 で、あればだ。当然一つの疑問が生じてくる。

 リリアは一体誰と旅をするのか。


「あ、あのね、ラビ」


 ネアの指摘する通り、なぜリリアはこの屋敷に帰ってきた? ここはリリアの家だ。王国軍が探すとしてもまずここだろう。すぐさま街の外へ逃げた方が逃亡も楽だろうに。

 そう、リリアが実際に魔王を倒す気があるにせよ、無いにせよここへ帰ってくる意味など本来はないのだ。


 で、あれば、リリアの目的は──!


「魔王討伐に一緒について来てください!」


 そうリリアが叫ぶと共に、俺の部屋のドアが蹴破られ、王国軍が雪崩れ込んできた!


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