いってらっしゃい
「いってらっしゃい」
「「なんでそんなに嬉しそうに言うの?」」
朝の心地よい日差しを浴びながら、俺は玄関口で旅立つリリアとネアを見送る。これから長い旅を始める彼女達は装備を整え、ぱっと見れば立派な旅人だ。
「なあ、お前ら、鎧とか着なくて……いや今日は旅立ちの式典と、旅立った後も王都近隣の安全なところまでしか進めないだろうからいいんだろうけど、その後は当然危険なところにも行くんだろ? 鎧とか持って行かなくていいの?」
俺はそばに飾られている、世界最高硬度を誇る金属をふんだんに使った鎧を横目で見ながら問いかける。
「あのねラビ、私達を見て何か気づかない?」
俺の質問に心底不思議そうにリリアは問い返してくる。こいつらを見て……?
リリアは相変わらず整った顔立ちに不適な笑みを浮かべている。いつもの動きやすく、かつだらけやすそうな服装とはうってかわって、マントを纏い、胸当てのような要所要所を守る金属類を身につけた格好だ。
ネアは綺麗な顔で俺を不満気に見つめている。そしていつものように黒を基調とした、露出の少ないメイド服を着用している。
「なあ、お前本当に旅立つ気あるの? いつもと同じ格好じゃん。本当はリリアを適当なところに置いてきて帰って来る気じゃないだろうな?」
「……確かにリリアを魔物の巣に置いてきてもいいかもしれませんね」
「なんで!?」
「いえ、リリアは泣き叫ぶ姿も可愛いんだろうなあ……見たいなあ……と思いまして」
「そこまでしろとは言ってねえよ。そもそもこいつの泣き叫ぶ姿なんていつも見てんだろ」
「命の危険があればまた違った表情が見れるでしょうが!」
「そんなわけのわからない欲望のために怒鳴らないでよ! 違うから! 今話してるのは私達が軽装の理由でしょ!? ほら見て! よく見てラビ! よーく見れば分かるから!」
リリアに叱られてしゅんとするネアを横目で確認しつつ、俺はリリアへと視線を向ける。見れば分かる……か。
「……今日は化粧してんのか? 別にしなくても顔だけはいいだろ」
「あ、ありがと……ん? 顔だけ?」
「顔だけじゃないでしょうが! ちょっとどころじゃないくらいおバカなところとかサラサラした桃色の髪とか手足が長いところとか良い匂いがするところとか夜中一人でトイレに行けないところとか毎日毎日部屋で」
「何を言おうとしてるのネア!? ていうかなんで私の部屋の中のことを知ってるの!? 絶対辞めてね! 絶対にラビに言うのは辞めてね!」
再度怒られてしゅんとするネア。俺を睨むな。俺は何も悪くないだろ。
「それでラビ! 鎧を着ない理由だよね! それは私達が可愛いからだよ! ほら見てこの美貌! 私達は勇者パーティなの! 私達には人類の命運がかかってるの! それがすごく可愛い女の子だったらみんなの士気が上がるでしょ!」
誤魔化すように矢継ぎ早に話すリリア。
「本音は?」
「鎧着るの面倒くさい」
「そんなこったろうと思ったよ」
「でも、あながち悪い選択とは言えないですよ? リリアの体力では重い鎧を着て長時間歩き続けるなんて出来ないでしょうし、そもそも上位の魔族の攻撃は普通の鎧などでは防げるようなものではありません。今のうちから鎧に頼らずに、避けながらの戦闘技術を身に付ける方が良いかと思います」
「本音は?」
「鎧なんかつけてたらリリアの体が見れなくなるでしょうが!」
「ネア、後でゆっくり二人で話そうね?」
「夜に鍵のかかった部屋でなら喜んで」
リリアはダメだこいつ、とでも言いたげにネアを一瞥しただけで、彼女の言葉を無視して俺へと向き直る。……喜ぶなネア。
「……全くもう。ラビもネアもふざけてばかり。ねえラビ? 私旅立つんだよ? もう会えない可能性だってあるんだよ? こんな別れ方で良いの? ……私はやだよ」
目の端に少しだけ涙を浮かべながら、口をへの字に引き結ぶリリア。俺に何を期待しているのだろうか、上目使いでこちらをチラチラと見てくる。
確かに少しふざけすぎたかもしれない。彼女だって十六歳の女の子だ。きっと気丈に振る舞いながらも、心の中では耐え切れないほどの不安や恐怖を抱えているのだろう。
俺は彼女に対して何ができるだろうか。
「…………ラビ?」
消え入りそうな声で呟くリリア。
もちろん、モテない俺には女心が分からない。こんな時にどうして良いのかが全く見当がつかない。だが、目の前で泣きそうな女の子がいれば何かしてあげたい、そう思う気持ちは俺にだってある。いや、女の子がいれば、ではない。リリアが本当に辛い時は助けてやりたい。
「……リリア」
「……ん」
思い出せ、彼女との日々を。彼女との時間はこれまでの人生の中でも、一、二を争うほどに楽しくて、輝かしいものだっただろ。
俺に今できることはなんだ。
彼女が俺にして欲しいことはなんだ。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
「…………!」
そして、俺は一つの回答に辿り着く。
「リリア、こっちへ」
「…………は、はい」
彼女は呼ばれるままに一歩を踏み出し、俺の目の前までくると、こちらを見上げながらそっと瞳を閉じる。その足はどこか嬉しげに弾んでいたように見え、立ち止まった体は期待かはたまた不安からか、ふるふると小刻みに震えている。
おそらく、俺は彼女に嫌われてはいないのだろう。でなければ全く仕事をしていない俺を屋敷に置いているはずがない。
俺は彼女の手をそっと取る。
「…………!」
ビクッと震える彼女。
「なあリリア、俺はまたお前と一緒に過ごしたい。今までのようにバカみたいなことで笑って、仕事もせずにぐうたら二人で過ごしていたい」
「…………うん」
彼女の返事を俺は痛みに耐えながら聞く。
「なあリリア、お前はどうだ?」
「……私もラビと一緒にいたい」
「そうか、だったら──」
俺は握る彼女の手を開き。
「──受け取ってくれ」
俺の大量の毛髪を載せた。
「「きも」」
それを見たリリアとネアは二人揃ってそう言った。