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陰気で暗いナメクジ野郎

 あれからひどい目にあった。


 駆けつけた衛兵に俺は捕えられ、三日間牢獄の中。一時はひっそりと死刑にされるかとも思ったが、意外にも説教のみで釈放された。そして今日、釈放されてリリアの屋敷に戻った後、最初に迎える朝なのだが。


「うわあああああああん!!!」


 俺のベッドにしがみ付いて泣き叫ぶリリアの声で叩き起こされる。

 昨夜帰ってきた時はすでに遅い時間で、釈放後、リリアと会うのはこれが最初なのだが、ここまで泣いて喜ばれると、なんだかこそばゆい──。


「ラビーーーーー!!! 働きたくないよう!!!!! 旅立ちたくないよう!!!」


 こいつぶっ飛ばそうかな。いや、そもそも俺が投獄されたのだってこいつが訳のわからんタイミングで聖剣を抜いたからではなかろうか。ズビズビと鼻を啜って泣いているリリアを見る目に、自然と力が入ってくる。


「…………おい」


「にゃに?」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げるリリア。そして、ズビーっと俺の布団で鼻を噛む。何やってんだお前。


「俺、お前のせいで牢獄送りになったんだが?」


「ごめんね。それでね、ネアが酷いの。私が勇者になったからって、すっごく厳しい訓練を押し付けてくるの!」


 たった四文字で俺への謝罪は終わり、自分の話へ。流石は貴族。控えめに言ってクソ。


「勇者なんだからしょうがないだろ? これから頑張って世界を救ってくれ」


「はあ!? 何言ってるの! 私に世界なんて救える訳ないでしょ!? 金魚すら掬えないんだよ?」

「金魚もお前に掬われなくて救われたさ。ほら、ちゃんと救ってる」


「ちょ、ちょっとラビ! いいの? このまま私が旅立つとラビは屋敷をクビになってホームレスだよ。ホームレス。ホームがレスでホームレス」


「いや、少し考えてみたんだが、屋敷の人事権を持ってるのお前だろ。だったらどんだけサボっても勝手にクビにされる訳ないし、お前も俺をクビにするつもりないだろ?」


 俺は三日間の投獄で前科と共にそんな気づきを得た。なにせ牢屋の中は暇なのだ。


「い、いやでも……あ、あのね…………あれだよ、ほら、私は成果主義だから全く仕事をしない人を雇うつもりはないよ?」


「……本音は?」


「私が魔王討伐なんて地獄を味わってるのに、ラビが屋敷で寛いでるのが許せない」


「お前のそういうとこ好きだぞ」


「…………むぅ」


 リリアがなんとも言えない顔になる。


「それで? 旅立ちの日は決まったのか?」


 勇者となった以上、リリアは遠からず魔王討伐の旅に出る。いつ帰ってくるのかは今は分からないだろうが、せめていつ行くのかは聞いておきたい。そんな俺の質問にとんでもない回答が返ってくる。


「明日」


「明日!?」


 つい声を大きくして、反芻してしまう。このバカは一体何を考えて……。


「言っとくけど私が決めたんじゃないよ? 国王様が放っとくと夜逃げするからって」


 至極もっともな理由だな。絶対するわこいつ。


「それと、騎士三十人を仲間として連れて行けって」


「……途中で逃げないようにか?」


「うん。よく分かったね」


 俺だってそうするからな。


「まあ、それは今はいいとして……えいっ!」


「痛っ!」


 凄まじいスピードで動いたリリアの右手が俺の頭を薙ぐと共に、ぶちぶちと髪の毛を引き抜いていく。


「何すんだ! 禿げたらどうしてくれる!?」


 痛みの大きさから少なくない本数が抜かれたのだろう。大きな声で彼女を叱りつける。


「大丈夫だよ。禿げたら私が抜いたラビの髪の毛でカツラを作ってあげるから。地産地消ってやつだね!」


 こいつぶっ殺してやろうか。と、殺意を込めた俺の視線を無視し、彼女は抜きたてほやほやの髪の毛を大事そうにハンカチで包む。


「………………?!」


 え? こいつ何してんの? キモ。


 そんな俺の感情が表情に出ていたのか、リリアは慌てて取り繕ったように言う。


「ち、違うからね?! これは、会いたい人の髪の毛をお守り代わりに持ってると、いつかまた再会できるっていう北方に伝わるおまじないだから! 決してやましいことに使うわけじゃないから!」


 そのおまじない、ハゲの人には通じないと思うんだが、そこのところ北方の民族はどう考えているのだろうか。ハゲとは一生会いたくとでも言うつもりなのだろうか。


「ほんとにやましいことには使わないから! 今絶対なんか変なこと考えてるでしょ」


 ジトっとした目でリリアは睨んでくるが、普通の人間は抜かれた髪の毛を大事そうにしまわれたら俺と同じ表情をするんじゃないだろうか。今度屋敷のやつらに聞いてみよう。いきなり聞くと俺が引かれるだろうから、リリアの奇行について説明した上で。


「……やっぱりなんか変なこと考えてる。もう長い付き合いなんだから分かるからね?」


 と、リリアが呟くと同時に、バタン、とノックもなく勢いよく開かれる俺の部屋の扉。俺にプライバシーというものはないのだろうか。


「何やってるんですかリリア! あれだけ十時には腕立て、腹筋、スクワットを千回こなして中庭にいなさいって言ったでしょう!」


 どうやらこいつもこいつで大変な目に遭っていたようだ。余は満足です。


「ひいっ! ら、ラビ助けて! このままだと腹筋バキバキ、上腕二頭筋が丸太のような女の子になっちゃう!」


「良いんじゃないか?」


「良くないよ!」


「ごちゃごちゃうるさいですよ! ほら早く準備しなさい! そんな男に頼ったとしても何も変わりませんよ!」


 鋭いネアの一喝。さしものリリアもビクッと肩を震わせて、恨めしげに俺を睨む瞳に大粒の涙を浮かべながら、渋々と部屋から出て行った。


 目の前には黒髪の少女。光すらも吸い込み漆黒に輝くそれを腰まで伸ばした彼女は、女性としてはかなり長身で、細長い肢体にこれまた黒を基調としたメイド服を纏っていた。


 彼女は出て行くリリアを見送った後、大きな瞳をこちらへと向ける。リリアほどではないが、彼女の顔立ちもまた非常に整っており、出会った当初は見つめられるだけでドキドキと心が鳴ったものだ。


「帰ってきていたんですね」


 先程のリリアへの言葉尻も強かったが、俺に対しては別種の厳しさを孕む声でネアは言う。いつからかは分からないが、彼女は俺をとても嫌っているようだった。


「ああ」


 もちろん俺は万人受けするような人間ではないため、嫌われることは多々あるが、他の彼ら彼女らにはない感情をネアは俺に抱いているように感じる。


 嫌い。ただそれだけではなく、まるで存在そのものを否定するような。


「あなたは一体何なんですか?」


 ゾッとするほどに冷たい声でネアは問う。


「人間だが」


「そういうことではありません」


「……陽気で明るい人気者?」


「陰気で暗いナメクジ野郎ですよ。勘違いしないでください」


 そのレベルの勘違いは最早勘違いと評してはダメだろ。


「それで?」


「何がそれでなんだよ」


「前科何犯になったんですか?」


「俺がすでに前科がある前提で質問するな。失礼だろ」


 ちなみに前科五犯だ。


「そうですか。それは失礼しました。あなたに窃盗、強盗、セクハラ、覗き、殺人の前科があると勝手に思っていました」


 なんて失礼な奴だろうか。殺人までは流石にやってない。


「お前友達いないだろ」


「ええそうですよ。私は陰気で暗いので」


「ナメクジ野郎じゃないって勝ち誇った顔すんな。その自己評価でどうしてそんな顔ができるんだ。イカれてんのか」


「でも私は塩をかけても溶けませんし……」


「俺も溶けねえよ!」


 なんだろう、こいつと話しているとリリアとは別のベクトルで疲れる。三日間の牢獄生活で疲れた体には、結構キツいものがあるな。


 そんな俺の様子を珍しく察したのか、ネアは。


「えっと……大丈夫ですか?」


 心配そうにそう呟く。

 ……こいつ、リリア以外の人間を案ずることができたのか。

 リリアを溺愛するあまりその他の者への配慮が全くないネアの意外な一面に、俺は少しだけ心が弾む。


「そんなに疲れてるんなら死んだほうがいいんじゃないですか?」


 心は弾けた。


「はあ……嫌ですね」


 俺が言いたいんだが。


「あなたといると毒気が抜かれます」


「大丈夫だ。それでも普通の人間なら致死量だから自信を持て」


 これで抜けているというのであれば、元々はどれほどの攻撃性を持っているのだろうか。

 そんな俺の言葉にネアは答えることはなく、一瞥をくれた後、無言で去っていく。その瞳には、部屋に差し込む陽光でさえ照らせない程に深い闇があるように見える。暗く、黒く、世界でただ一人、俺にだけ向けられるその眼差しに、少しだけ寒気を感じさせながら、彼女は。


「……もう少し、なんですね」


 去り際に小声でそう言った。




「しかし、明日か……」


 その夜、なかなか寝付くことが出来ず、少し夜風でも浴びてみようかとバルコニーへ出て夜空を見上げていた。


 空に浮かぶ満月を見つめながら独りごちる。


「ちょっとだけ寂しいかもなあ……」


 意外にもそんなセンチな感情が俺に浮かんでくるのは、月光に照らされた庭の情景を見ているからだろうか。

 明日からあのうるさいのと、おそらくネアもいなくなるだろう。彼女がどのような経緯でこの屋敷にメイドとして仕えているのかは俺は詳しくは知らない。しかしながら、彼女の近接戦闘能力はそこらの荒くれ者が束になってかかっても相手にならない程だ。

 リリアに絡んだ荒くれ者五人を一瞬の内に叩きのめした彼女の姿を思い出す。あの時は何故か俺も巻き込まれてボコボコにされた。……ネアに関してはいなくなってもいいな。

 いや、そもそもリリアも勝手に人の部屋入り、ベッドの上で菓子をポロポロとこぼしながら食ったりするな。後、大切にしていたコップも割られて、少しお高い鏡も叩き割られたこともある。

 意外とあいつらいない方が……っていかんいかん。

 あんなはた迷惑な奴らでも意外と良いところがあるんだ。

 リリアはなんかばれんたいんでー? とかいう日に(うんこにしか見えない)チョコをくれたし。何も仕事をしてなくても雇い続けてくれるし。見た目は良いから遠目で見てると癒しになるし。

 ネアはなんかほわいとでー? とかいう日にカツアゲしてくるし。何も仕事をしていないとぶん殴ってくるし。見た目は良いから遠目で見てると通報されるし。


「ネアに関しては本当にいなくていいな」


 俺は黒髪の少女のことは頭の隅に追いやると、桃色髪の少女を思い浮かべる。

 高級食材だとのたまってカタツムリや鳥の巣を食わされたなあ……。

 腹を壊した思い出が蘇る。

 プレゼントされた本にはレンタルショップのラベルが貼ってあったなあ……。

 返しに行かされて、延滞料金を払わされた思い出が蘇る。

 ラフな格好でいいからと私服でパーティの誘ってくれたなあ……。

 俺以外みんな正装をしていて恥をかいた。


「リリアもいない方がいいんじゃないか……?」

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