勇者リリアの、笑顔に溢れた活躍劇
マリモとの激闘から三日が経過した。魔法によって崩壊した砦は放棄され、俺達は近場にあった騎士団の別拠点へと移送されていた。忘れかけていたが、俺達は魔王討伐から逃げ出した犯罪者で、なぜか俺はその首謀者とされている。昨日丁度リリアの取調べが終わったところだ。まあ、俺に関しては完全に冤罪どころか、そもそもリリアの逃亡に巻き込まれたわけで、むしろ被害者なのだが。
クロエも完全に回復したし、逃げようにも逃げられない。だったらと、完全に開き直って、俺達は各々自由気ままに日々を過ごしていた。リリアとネアは一度真剣に話をしたらしいが、何を話したのかは知らないし、これからどうなるのかも分からない。殺人犯とその被害者。本来、再会などあり得ない状況の二人だ。今後のことなんて皆目検討がつかない。俺はその間、シキと少し話したくらいで他には何もない。
「ふああー」
俺は長い二度寝から目を覚まし、大きく伸びをする。すでに太陽は天高く登っており、なんなら少し沈み始めている。最高だ。これだよこれ。久々のぐうたら生活に、これまでの旅路で傷ついた体やら精神やらが癒されていくのを感じる。
「ああ、こんな日がずっと続けばいいのに」
「続きませんよ」
「うおっ! なんだよお前かよ」
突如としてかけられた声に驚いて、そちらを見るとネアがいた。マリモとの戦闘でだいぶズタボロにされたと思っていたが、相変わらず黒を基調としたメイド服を着ている。どうやら替えを持ってきていたらしい。
「お前いつからここにいたの?」
「二時間くらい前ですかね」
「そ、そうか……」
「ええ……」
「「…………」」
き、気まずい。正直、リリアを殺したことに関してはいまだに許してはいないが、こいつにだって事情はあったのだ。蘇生もしたし、あまりぐちぐちと言うつもりはない。だが……。
マリモとの戦闘の途中、なんかめちゃくちゃ愛を囁かれた気がする。
「あ、あーと、元気か?」
「ええ、お陰様で」
ネアもその時のことが頭にあるのか、少しだけ頬が朱に染まっている。恥ずかしそうにするな。童貞の俺にはどうすればいいかさっぱり分からん。
「その顔どうしたんですか?」
「ん? 顔? ああ、シキにやられた」
作戦上仕方のないことだった。そんな俺の釈明を全く聞かずに、夢の中での罵詈雑言について文句を言われ、ボコボコにされた。
「シキに? あの子がそんなことするわけないでしょう」
一瞬目を丸くするものの、すぐさま否定するネア。彼女の反応を見るに、シキは最後まで猫を被ることに成功するようだ。なんともまあ流石と言うべきか、面の皮が厚いというべきか。
「……全く、あなたはいつもいつも適当な事ばかり」
クスリと柔らかく微笑むネアを見て、今度は俺が目を丸くする。これまでのキツい当たり方は鳴りを潜め、今はまるで聖母のように優しげな瞳をしていた。そんな彼女を見るのが、少しだけむず痒くて、俺はついつい話を逸らす。
「それで、お前はここに何しに来たんだ?」
「私達の処遇が決定しました」
その言葉にピクリと耳が動く。何せ俺達の今後に関わる重大事項だ。
「無罪放免だそうです。あなたの誘拐の容疑は晴れて、私達は今のメンバーのままで魔王討伐の旅をしていくことになりました。魔族を倒して実力が認められたこともあるようですが、大半はあの白女が何とかしてくれたみたいですね」
おそらく大丈夫だとは思っていたが、言葉にして聞くとやはり安心する。あとでクロエには礼を言っておかないとな。というか、そもそも何で俺が首謀者なんてもんになっていたのだろうか。そこをはっきりさせておかないと、今後も厄介ごとに巻き込まれる可能性があるな。
「なあ、何で俺がリリアを誘拐したことになってたんだ?」
ネアに聞いてみた。おそらく彼女は今回のことについて全容を聞いているのだろう。
「そのことですか。原因はリリアですよ」
は? 思いもよらぬ人物の名前に俺の頭は一瞬思考が停止する。
「あの子ったら式典を逃げてあなたの部屋に行く前に色々と細工をしていたらしくて。自室にあなたの毛髪をばら撒いて、シーツに血をつけて、意味深な内容の日記を一から捏造していたようです。私はもう、ラビから離れられない……という風に」
「……あのバカ!」
何してくれてんだ。やけにすんなり俺を連れて行くことを諦めるなと思っていたが、そういうことか!
「ちょっとあのバカぶっ殺してくるわ」
頭に血が上り、俺はネアにそう告げる。リリアに告白されたし、彼女の死の間際にとんでもないことを口走ったせいでこれまで会いに行けていなかった。だが、これは文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。
ベッドから跳ね起きて、ドアノブに手をかけたところで、ふと気づく。
「お前も一緒に来るか?」
背後からネアが息を呑む音がする。彼女はリリアを殺した。リリアが生きていてはいけないからと。自らの想いを押し殺して、刺し貫いた。だが、リリアは今も生きている。
だからこそ問う。お前は今もリリアを、シキを、キングを殺すつもりなのか、と。
「──いいえ」
キッパリと、彼女はそう口にした。
リリアは聖堂にいた。ステンドグラスから穏やかな陽光が差す中、彼女は膝をつき、一人で祈りを捧げている。この広い拠点の中で、彼女の目撃情報をかき集めて、やっとのことで辿り着いた。普段ならば俺も彼女も立ち寄らないような場所だ。
「おい」
長い捜索時間もあってか、俺の怒りは最高潮達していて、乱暴に言葉をその小さな背にかけると。
「あ、ラビだ」
彼女は立ち上がって嬉しそうにこちらを振り返る。……ぐ。
「……お前、何してんの?」
なぜだろうか。リリアの顔を見ていると、怒りが収まっていく。つい先ほどまでビンタの一つでもかましてやろうと思っていたのに、不思議と今はそんな気持ちは起きない。むしろ、なんだこの気持ちは。
「祈りを捧げてるんだよ。シキがね、女神様の魔法で生き返ったんだから、感謝しないと三日のうちに体がドロドロに溶けてなくなっちゃうって」
そんな嘘を信じるな。
「はあ……全くお前は」
そう呆れたように口にしたは良いものの、頬が緩む。
「ネアと話したらしいな」
「うん」
「これからどうするんだ?」
二人の関係のこと。旅のこと。魔王討伐のこと。その後のこと。全部ひっくるめて彼女に尋ねた。これから、お前はネアとどうするのだ、と。
「全部聞いたよ。ネアから。運命のことも、一族のことも。全部ね。全部聞いた上で……許したよ。……私ってバカなのかな?」
「バカだろ」
ついに破顔して、俺はリリアにそう伝えた。彼女はイラっとした表情をしている。
そうだ、彼女はバカだ。頭が悪くて、泣き虫で意気地なし。でも、優しくて、立ち向かう勇気もあって、そんな彼女のことを俺は──。
「ねえ、これからラビはどうするの?」
彼女は不安そうに聞いてくる。
「そうだなあ……バカなお前の策略もバレたみたいだしな」
「うん。クロエにめちゃくちゃ怒られたよ」
彼女達はこれからも旅をしていく。俺は元々無理やり連れてこられただけだ。リリアの作戦も失敗した以上、俺はいつでも王都に戻ることができる。
「お前らと一緒に行くよ。元々そうなっていたらしいしな」
「え?」
「そんで、シキとキングは死んじまうらしい」
そうネアが言っていた。だが、運命を知ってることは、それに縛られることを意味している訳ではない。抗うことが、変えることが出来るという権利を持ったに過ぎない。
だからこそ、俺はネアに手本を見せた。マリモに勝てないことは知っている。俺が弱いことは知っている。ならばこそ、それを知った上で勝利してみせた。だからお前もそんなもんに囚われるなと。そんなもん自分の都合が良いように変えるための糧にしろと。そう言外に伝えたのだ。
もう彼女は諦めない。全てを救い、魔王を倒す。不確定性が増そうが、一族の思いが無駄になろうが関係無しに。
俺がそうネアにさせるんだ。だったら少しくらいは手伝わないといけないだろう。
「……全部ネアのため?」
俺の話を聞いて、リリアが瞳を潤ませて聞いてくる。
「いいや。ネアのためってのももちろんあるが。それだけじゃない」
それに対して俺は──。
「お前のことが好きだからな。ずっと一緒にいようぜ」
──そう告げた。一生のお願いは一度だが、こいつは一度死んでいる。だったら二度目を聞いてやるもの悪くはないだろう?
一人の少女が勇者に選ばれた。
頭が悪く泣き虫で、臆病な少女は従者二人と共に役目から逃げ出した。途中でシスター、王子も仲間に加わり、五人となった彼らは、行く先々で問題を起こす。一時は人々から疎まれた彼女らだったが、ついには魔王を討ち滅ぼすこととなる。
その後、新たな魔王が現れることはなく、人類は魔族を滅し最盛期を迎え、勇者達は伝説となった。
おそらく彼女らにも苦悩はあった。旅の途中で多くの別れを経験したはずだ。心が張り裂けそうな思いなど、何度もしてきたはずだ。
だが、この物語を悲劇と捉えるものなどいなかった。いるはずもない。
彼女らは誰一人として欠けることはなく、魔王討伐を果たしたのだ。
だから、それは悲しい物語などではない。悲劇の主人公などどこにもいない。
人々は皆こう言った。それは──。
──勇者リリアの、笑顔に溢れた活躍劇である、と。




