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思うよ

「“ヒノコ“」


「“ファイヤーブレス“」


 業火がぶつかり、爆ぜる。超高温の熱波が押し寄せ、髪の先から嫌な匂いが上がる。


「やっぱり人間の魔法って面白い名前だなあ」


 くすくすと笑いながらも、マリモは続け様に魔法を放ってくる。雷が迸り、氷塊が突き出し、地が割れる。その全てに俺も魔法を行使して対応するが、先ほどから防戦一方だ。戦闘が始まって五分と経たないのに、俺の体には幾つもの傷が刻まれていた。


「うるせえな! 俺だって好きでこんな魔法使ってんじゃねえよ! “ペペロンチーノ“」


 マリモの魔法が止んだ隙をついて、魔法を唱えても。


「“シールド“」


 彼女の防御魔法で完璧に防がれてしまう。


「うんうん! 流石ラビ君いい感じ! 本気出してるのにここまで長引くなんて! 前より強くなってるんじゃない? ……でもお」


「“カルボナーラ“」


「“シールド“……そんなに大技ばっかり使ってると、すぐに魔力が切れちゃうよ?」


 光剣はマリモを切り裂くことはなく、彼女の防御魔法の前に消え失せる。俺は持てる高火力の魔法を使って攻撃しているものの、いまだに傷一つつけることが出来ていない。辺りには霧散した魔力の残滓が漂っている。魔力に干渉されやすい者にとっては呼吸をするだけで死に至りそうなほどに危険な場所と化していた。

 魔力量で負けているならと、威力の魔法で押し切ろうとしてみたがどうやら彼女には通じないようだった。


「ったく、どうなってんだお前ってうお!」


「きゃーカッコいい! ほらもっともっと!」


 立て続けに繰り出される魔法の数々。光の矢を屈んで避けて、落雷を防御魔法で防いで、地から突き出す石の槍に脇腹を削られる。マリモの目には最早俺しか映っていないようで、頬を紅潮させながら心底楽しそうに魔法を放ってきていた。

 たまらず俺も魔法を放つが、やはりその全てはマリモに無効化されてしまう。


「いいねいいねいいねえ!」


 不思議と恐怖はない。足も震えないし、心拍数も正常だ。だが、焦りはあった。

 もうすぐ魔力が切れる!


「クソが!」


 あれほど高火力の魔法を乱発していたのだから当然だが、想定していたよりも早い。もう少し、もう少しなのに──!


「おらああああああ! “ディバインソード“」


 だから戦法を変えた。高火力主体の戦いから接近戦へと。魔力消費の少ない魔法で武器を顕現させる。刃渡二十センチ程の光の剣、いやナイフだ。まじで魔法名考えたやつ出てこいや!

 だが、そも剣の扱いには全くもって自信がない俺にとってはナイフだろうが関係ない。がむしゃらに振り回し、マリモへと迫る。彼女はそんな俺を面白そうに見ているだけで、ただ立っているだけだ。


「“プロテクト“」


 しかし、ナイフは彼女へは届かない。巧妙に魔力消費の少ない防御魔法へと切り替えられる。先ほどとは違い、威力の低いディバインソードにはそれで十分だと判断したんだろう。


「らああああああああああ!!!」


 自らを奮い立たせる意味も込めて雄叫びを上げるも、やはり俺の攻撃はマリモには届かない。そも無理な話なのだ。ネアですら破れない防御魔法を俺が腕力で突破できるわけがない。だが、それでも俺は。


「クソがああああああ!!!!!!!」


 何度も何度も切りつける。ナイフが折れれば再度魔法を使い、右腕が悲鳴を上げれば左腕で、獲物を振るう。

 リリアの戦う姿を見た。俺はただ眺めることしか出来なかったが、彼女はやってのけたのだ。数百で足りなければ数千切りつけ、ついにマリモの防御魔法を打ち破った姿が瞳に焼き付いている。俺は勇者じゃないし、リリアのように強くない。

 けれど、一歩でも彼女に近づきたくて、少しでも憧れに寄り添いたくて、俺はナイフを振るい、そして──。


「君には本当に驚かされるね」


 ──俺のナイフとマリモの防御魔法が同時に崩壊を迎える。ナイフが光の残滓を残して消えて、防御魔法がガラスのように砕け散る。互いに魔法を失った。状況は同じだ。だが。


「でも、もう終わり」


「く、クソが……」


 魔力を使い果たした俺は、地に崩れ落ちていた。

 もう少し……もう少しだったのに! あと一歩、あと少しの魔力さえれば……!

 悔しさが込み上げ、目頭が熱くなる。


「うん、すごく良かったよ」


 マリモは膝をつき、俺の髪を愛おしそうに撫でてくる。彼女の手は小さくて、柔らかくて、体温が異常に低いことを除けば、まるで人間と区別がつかない。その手で一体どれほどの人間を殺めてきたのか、苦しめてきたのか、想像がつかない。


「……俺を殺すのか?」


 終わってみればあっけないものだった。最後こそ、マリモの防御魔法を破ることは出来たものの、ほとんど彼女に攻撃を防がれ、その白い肌には傷すらつけることは出来ていない。はっきり言って完敗だ。


「当たり前でしょ。三回目のチャンスはないよ」


 予想通りの答えだ。だが──。


「そうかい。なら、最後のお願いを聞いてくれないか? ネアと少し話したい」


 ──このままでは終われない。


「へ? まあ良いけど……あ! だったら愛の告白でもしてよ。もしかしたらネアちゃんも戦ってくれるかも」


 大分巫山戯たことを言っているが、どうやら少しくらいは時間をくれるらしい。俺は背後にいる、体が動かず見ることはできないが、いるはずのネアへと声をかける。戦いを経ても俺とマリモの位置はほとんど変わっていない。だから、いるはずだ。いるよね?


「……なんですか?」


 戦いの間に、少しは話せるようになったのか、未だ涙が混じった声ではあるものの、そんな言葉がか細く俺の耳に届く。


「人間族の魔法ってなんであんな馬鹿げた名前なんだろうな?」


「……うちの先祖がすみません」


「ちょっと待って何の話をしてるの? 何をネアちゃんは謝ってるの? 馬鹿な話するなら今すぐ殺しちゃうよ?」


 マリモからツッコミが入る。流石に今すぐに殺されてしまうのは困る。俺は少しだけ真面目なトーンで話しを始めた。


「なあネア、どうだった? 俺の最後の勇姿は」


「……カッコよかったですよ。一層好きになりました」


「は?」


「何を驚いているんですか。あなたがこれから成すことを、いえ、成していたはずのことを知ってるんですから、出会う前から好きでしたよ」


 最早全てを諦めて自暴自棄になったのか、ぶっちゃけるネア。その声は暗く、どれほど耳の神経を尖らせようと少女のような恥じらいは微塵も感じられない。だったらなんで、あんなに冷たい態度を、と一瞬疑問に思ったが、おそらく本来この時点ではネアは俺のことを好いてはいなかったのだろう。それに合わせた行動だったことに気づく。


「成していたはずって言い換えるな」


「でも、もう無理でしょう。私とあなたはそこの魔族に敗れて、殺される。これからなんてありません。どうして逃げなかったんですか?」


 ネアは問う。俺らしくない行動だ、そう非難しているのか、どこか棘がある。


「仕方がないだろう。お前を守るとリリアと約束したんだ」


 結果はこの様だが。俺はボロボロで倒れ伏し、マリモは五体満足、無傷で立っている。すぐにその約束は守れなくなるだろう。だが、あと少し……。


「……リリアとの約束で…………ですか」


 少しだけ悲しそうにネアは言った。そんな彼女の声を聞き、外野から野次が飛ぶ。


「こらラビ君! 好きって言ってくれた女の子にそんな言い方ないでしょ! そこは嘘でもお前を守りたかったって言わないと。そんなんだからモテないんだよ?」


「うるせえ。俺がモテようがモテまいが今は関係ないだろうが!」


 あと少し。


「そもそもお前が悪いんだぞ? リリアがもう少しで勝てそうなところでとんでもねえことやらかしやがって!」


「……そうですね。私は一体何がしたかったんでしょうか。リリアを殺して、みっともなく敗れて、あなたまでこんな目に遭わせて」


 すでに涙は枯れ果てたのか、その声に湿っぽさはない。だが、深い絶望と後悔が彼女を苛んでいることは容易に理解することができる。そんな声音だった。一体、どんな表情をしているのだろうか。魔力切れで指一本すら動かせないことがもどかしかった。


「人類も守れず、一族の努力を全て無に帰して……ごめんなさい…………ごめんなさいごめんなさい」


 身を切るようなネアの声が響く。


「ねえ、もういいかな? 十分話す時間はあげたよね? ね?」


 マリモはついに痺れを切らしたのか、冷たい声でそう告げた。しゃがみ込んで俺の瞳を覗き込む彼女の表情は、最早俺達には興味を失った。そう言わんばかりに無機質で、そこには何の感情も浮かんではいない。

 あと少し、あと少しなんだ。だから、俺は最後の賭けに出る。


「なあ、マリモ。おかしいとは思わないか?」


 最早他に打つ手はない。一世一代の博打だ。だが、不思議と怖くはない。


「どうして俺は大魔法ばっかり使ってたのか、気にならないか?」


「全然。魔力が切れる前に火力で押し切ろうとしたとかでしょ」


 当たり。そうなれば良かったんだがな。


「どうして俺の後ろにネアがいるのか、気にならないか?」


「いや、最初からいたでしょ。何言ってるの」


 当たり。激しい戦闘を経ても俺とマリモの位置関係は不自然なほどに変わっていない。


「どうして、俺の魔力量は変わっていないと思う?」


「魔力量に関して全く鍛錬していなかったからでしょ。ねえ、さっきから何なの? もしかして、少しでも生きたいからって、無駄話してる?」


 当たり。俺は鍛錬なんてしていない。


「じゃあ、最後の質問だ。俺がお前に勝てると思うか?」


 ああ、そうだ。俺はこの二年間、鍛錬なんてしてきちゃいない。それどころか、毎日ぐうたら生活だ。過去に怯えて、全てを諦めて。何もしなかった。そんな俺が、守りたいものがある、だなんてちゃんちゃらおかしいにも程がある。事実、今俺とネアは殺されかけている。

何も努力してこなかった者が最後に格好つけようとしたところで、それを許すほどこの世界は甘くないさ。それが世界のルール、絶対不変の法則だ。そんなもん俺だって分かってる。

 だが、それが常に結果に直結するとは限らない。


「思わないよ」


 マリモはもういい、そう言外に告げるかのごとく、腕に魔法を纏わせる。彼女の腕がどす黒い魔力に覆われ、尖った先端が俺へと向けられる。


「ああ、俺も思わないよ」


 今更俺が奮起したところでマリモには勝てない。そんなことは知っている。どれだけ足掻こうが、絶対的な実力差は埋まらない。俺がこいつに勝つなんて無理な話だ。だが、それだけで諦める理由にはならないだろう?


「おい、ネア。一つ良いことを教えてやるよ。俺はマリモには勝てない。当然だな。あんだけ適当に生きて来たんだから。だが、別に諦めていたわけじゃない」


「……は?」


 全くもって意味がわからない。そう告げるネアの声音。


「お前はさっき言ったな? リリアが死ぬはずだったって。シキとキングは死ぬはずだって」


「え、ええ」


「そして、お前は死ななければ殺すとも言ったな」


 辛そうに涙を溜めてそう言った彼女の姿が脳裏に蘇る。


「……はい」


 本当にバカだ。バカすぎてため息が出る。どうしてそこで諦める。どうしてそこで迎合する。全てを知っているのならば、全てを考慮して戦えばいい。自分の理想を、自分の夢を諦める必要がどこにある。だからな、ネア──。


「もういいよ。バイバイ」


 マリモは短くそう告げて、漆黒に染まった彼女の腕に力を込めて。


「俺が手本を見せてやる」


「かはっ! え? え? 何?」


 マリモの腕が俺を貫く前に、一本の剣が彼女の背から胸へと突き抜けた。月明かりを受けて輝くそれはいっぺんの曇りもなく、まさに聖剣と呼ぶに相応しい代物だった。致命傷だ。腕にまとった魔力が消失し、彼女の体は崩れ落ちる。


「は? リ、リリア?」


「うん」


 ネアの言葉を受けて、そう答えるのは薄桃色の髪をした少女。紛れもなくリリア本人だ。


「な、何で! 君は死んだはずじゃ……!」


 血を吐きながらマリモが問う。地に落ちた彼女の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。


「生き返らせました」


 続くシキの声。


「は? は? 生き返らせた? 蘇生魔法? は? そんなの普通使えるわけが……!」


「そ、そうですよ。シキは蘇生魔法が使えないはず」


 伝説級の魔法の登場に、何も知らないマリモとネアが声を上げる。


「そんなわけねえだろうが。病気治すなんてバカみたいな魔法式を一から組み上げるやつだぞ? 蘇生魔法の理屈なんざとっくの昔に理解してるに決まってる」


 まあ、確証なんてなかったし、結構な大博打だったけどな。


「ええ、ただ使う魔力が大きすぎて私だけでは賄いきれないだけです」


「だからってそんな魔力一体どこから」


「マリモ。言っとくが俺は十八歳だ」


「何? いきなり自慢……!?」


 マリモも気づいたようだ。俺は十八歳。そして彼女に前回会ったのは十六歳の時。一般的には成長期だ。体も成長するし、当然魔力量も多くなる。何もしなくてもな。


「なあ、どうして俺の魔力量は変わっていないと思う?」


「……その子に渡したんだね」


 当たり。俺は気絶するシキに二つのことをした。一つは魔力の譲渡。そしてもう一つは、夢を見せたのだ。罵詈雑言を吐けば、絶対ブチギレて起きてくる。賢い彼女は目の前のリリアを見ればすぐにやるべきことに気付くだろう。そう信じて。


「どうして俺の後ろにネアがいると思う?」


「僕に魔法を使っているところを見せないためだね」


 当たり。激戦の中それをやるのには苦労したぜ。


「どうして俺は大魔法ばかり使っていたと思う?」


「魔力をばら撒いて、蘇生魔法の感知をさせないためだね」


 当たり。


「じゃあ、最後に聞くわ。俺はお前には勝てない。だが、俺達はお前に勝てると思うか?」


「……思うよ」


 そう告げたマリモの首をリリアは聖剣で切り飛ばした。


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