すみません
怖い。
痛い。
逃げたい。
必死の思いで私は剣を振る。力の限り、これまでまともに動かしていない体が悲鳴を上げようと、耳を塞いで。
「はあっ、はあっ、えぐっ、はあ!」
息が切れる。涙が出てくる。食いしばった歯が欠ける。
私の人生の中でここまで頑張った経験は他にない。そう自信を持って言えるほどに今、私は限界なんてとうの昔に超えて、戦っている。マリモ、そう呼ばれた魔族とラビの間で昔何があったかなんて知らない。でも、ここでこの魔族を倒さないと、きっとラビは不幸になる。
だって、ラビのあんな顔なんて見たことがないから。いつも暗そうな顔して、でも、優しくて、たまに笑ってくれるラビの泣きそうな顔なんて見たことがないから。
だから、私は戦うんだ。当然でしょ。好きな人が悲しんでいるんだから。愛した人が泣きそうなんだから。
私のことをよく知っている人から見れば、多分目を丸くして驚くんだと思う。もしかして、ラビも驚いているのかな? あのリリアがこんなに頑張って戦うなんてって。クロエの時のことも驚いてたみたいだし。
でも、私にとって戦う理由なんてそれだけで十分。だって勇者なんだから……ごめん、訂正。きっと私は勇者なんかじゃなくたって、たとえホームレスだったとしてもラビのためなら同じことをすると思う。
今みたいに歯を食いしばって、握り締めた聖剣が重くても、何度も何度も聖剣を振るんだ。
だから……どうかお願い。
「えい! はあ! やあ!」
祈りながら振る剣は、全て目の前の魔族の防御魔法によって跳ね返される。先ほどから彼女はその場から一歩たりとも動いていなし、その魔法には一点の綻びも生まれない。
「はあっはあっ……せいっ!」
お願い。
何度跳ね返されようと、無意味な攻撃だろうと私は諦めない。百回振ってもダメなら千回でも万回でも振ってあげる。
「たあ! はあ! せりゃあ!」
お願い!
私は絶対に諦めないから。絶対に逃げたりなんてしないから。絶対にラビに辛い思いなんてさせないから!
「! ……へえ」
想いを込めた聖剣が、遂には魔族の防御魔法を突破する。
バキリ、とこれまでとは違った音が響く。手に残ったのは確かな手応え。見れば魔族が局所的に展開しては消しを繰り返していたその魔法にはヒビが入っていた。私には魔法のことなんてよく分からないけれど、どうやらこれは一つの魔法みたいだった。その証拠に、その後に展開される魔法には全て同じようにヒビが入り、余裕綽々だった魔族の顔にはどこか焦りの表情が浮かんでいるように見えた。
いける!
垣間見えた希望に一気に体に力が戻る。
いけるいけるいける!
もっと疾く!
もっと重く!
聖剣を縦に振り下ろし、横に払い、斜めに切り上げる。
この魔族は絶対に生かしてはおけない。絶対にここで仕留める。
チラリと視線を向けるとラビが目を丸くして驚いていた。
ふふっ。
私だってラビのためなら頑張れるんだよ?
私だってラビのためなら戦えるんだよ?
だからねラビ、私と──。
そして。
「なっ!?」
遂には魔族の防御魔法は粉々に砕け散り。
「せあああああああああ!!!!!!!!」
鮮血が舞った。
大好きな茶髪の男の子のすっごく驚いた顔と。
「……すみませんリリア」
泣きながら謝るネアの声。
──私とずっと一緒にいてくれると嬉しいなあ。
そんな願いと共に、背後から貫かれた私の意識は暗い闇へと落ちていった。




