やっと会えたね
「ラビ、お前マジで行くの?」
嬉しそうに駆けていくキングを見送った後、不安そうな顔をしてそう問いかけてくるシキ。
「お前が騎士団にいたことは知らなかったし、よく分かんないけど魔法も凄かったってのは分かった。でも今は使えないんだろ? あそこで断らなかったのは少しだけ格好良いなとは思ったけど、むざむざ死ににいくことなんて」
「おい、リリア。さっさと荷物をまとめてこい! ずらかるぞ!」
「心配したアタシがバカだったよ」
こういった時は三十六計逃げるに如かず。俺はすぐさま荷物をまとめにかかる。視界の端でシキが何やら頭を抱えているが無視だ無視。
情けない? それでも男か? はっ、そんなものはバカのセリフだ。俺が現場に駆け付けたところで何になる。死体が一つ増えるだけだ。死体処理の方々の仕事を増やさないためにも、ここは逃亡一択だ。
俺はリリアを急かそうと、彼女がいた方へと視線をやると。
「ん? あいつどこ行った?」
「ラビ! 荷物まとめて来たよ! 逃げるんでしょ? ネアは居なかったけど大丈夫だよね! むしろ私達がいた方が足手纏いになるよね!」
すでに準備を終えたリリアは俺の部屋の前でそう叫ぶ。途中から会話に参加してこないなと思っていたが、先んじて逃亡の準備をしていたらしい。
荷物の少なさから最低限のものだけを持って来ているものの、しっかりと金目のものだけは身につけられていて、逃げ出した後のことまでもしっかりと考えられた装備だ。更に言えば、瞬時に味方を置いていく方便を並び立てるその頭の回転の早さ、こいつ、逃亡の天才や。
「おっしゃ行くぞ! さっきの魔力の反応からして、敵は正門側にいるみたいだ! 裏門から逃げるぞ!」
「うん!」
「マジで見捨てることに躊躇ねえなコイツら……まあ、アタシも負け戦に参加するのは御免だから別に良いんだけど」
ボソッと呟くシキの声をスタートの合図として、俺達の逃亡劇が始まった。
石で作られた砦の床を蹴り、脇目も振らずに駆けていく。遠くから聞こえてくる男達の雄叫びが交戦開始を告げ、続いて先ほどと同じような轟音が鳴り響く。どうやら俺の考えは正しく、正門でことは起きているらしい。
よほどの緊急事態なのか砦の中には誰一人としておらず、空の廊下を俺達は足音を響かせながらどんどんと裏門へと至る道を正確に辿っていき屋外に出る。そして──。
「やっぱりこちらに来ましたか……え?」
──裏門で待ち構えるネアに見つかり、逃亡劇はもの数分で終わりを告げた。早えよ。
すでに陽が沈んでからかなりの時間が経過している。先ほどネアと会話した時には視界に捉えることができていた満月は、すでに真上を見上げなければ見えないほどに天高く昇り、夜半の冷たい風が肌を撫でる。
「ね、ネア!? どうしてここに?」
後方で叫ぶリリアに対してネアは。
「……それはこちらのセリフです」
少しだけ驚いた表情を浮かべてそう呟く。
「どうしてリリアがここにいるんですか?」
「どうしてって……逃げて来たんですけど? 何か文句でもあるの?」
「開き直るなよ……おいネア! ここで会えたのは都合が良い。さっさと逃げるぞ! お前も気付いてるとは思うが、敵襲だ!」
「逃げる? どうしてですか?」
どうして、だと? 逆に逃げない理由があるのだろうか。
「……いや、今はラビよりもリリアの方が先ですね。リリア!」
だが、ネアの興味はすぐさまリリアへと移る。
「……えーと、最近死にたくなったことはありませんか?」
「ラビ、どうしよう。酷いこと聞かれた」
「大丈夫だ任せとけ。おいネア、あまりバカなことを聞くんじゃねえよ。こいつは生まれてからずっと生き恥晒して来たんだから、今更死にたくなるわけないだろ」
「シキ、どうしよう。酷いこと言われた」
「大丈夫です私に任せてください。ラビさん! あまりリリアさんに酷いことを言わないであげてください。真実は時に人を傷つけるんですよ」
「グスッ……ね、ネアぁ……」
リリアは泣きながら、一周回ってネアに助けを求めるも、それに答える声はない。
ネアは俺達を見つめて何やら考え混んでいる。先ほどリリアが見たことがないと称した神妙な顔で。
そんな表情を見て先ほどの会話を思い出したのか、リリアが問う。
「ネア? どうしたの? いつもならなんだかんだ言っても、ここまで旅して来たように最終的には着いて来てくれるのに。さっきもラビと話してたけど、最近何かおかしいよ?」
「…………は?」
途端にネアの表情が驚愕に染まる。
「さっき話してた? ラビと? 私がおかしい?」
満月に照らされていた石畳に影が刺す。上を見やるといつの間にか雲が立ち込め、月が反射する光を遮っていた。
「ネア? どうしたの?」
リリアがいち早く彼女の異変に気付く。その声音は心配そうに、だが、少しだけ恐怖を孕んだものだ。
「どうして私のを?」
ネアが囁くような声で問う。光源を失った闇夜の中ではその表情は分からない。
「だからネアがおかしいから……」
「どこがですか?」
間髪入れずにネアは再び問う。
「どこって……街に行く予定だったのに村に着いたし」
「ただ道を間違っただけじゃないですか」
「村で覗きがバレたし」
「私だってバレる時はバレますよ」
「ラビとなんか変な会話したっていうし」
「それはラビがおかしいからでしょう」
矢継ぎ早に、リリアの指摘の悉くを否定していくネア。彼女の巫山戯た性質もあってか、その問答には冗談のような内容が含まれるものの、一切の遊びはなかった。
「それだけですか? それだけであなたはラビとの残り少ない時間を使ったのですか?」
「それだけって……ネアにとっては些細なことだったとしても、心配だったんだよ?」
リリアの紡がれた言葉が本心であることを、その声音から十分に察するとともに、俺はネアの言葉に引っ掛かりを覚える。
今、こいつ──。
だが、そんな疑問を口にすることは叶わない。
「あー! やっと見つけた!」
思えばもう少し早く気付くべきだった。
聞き覚えのあるその声に、やっと俺達の置かれた状況を思い出す、いや、無理矢理に理解させられる。ここは現在進行形で襲撃されている戦場だ。魔法が派手に飛び交い、人々の雄叫びが高らかに響くようなところだ。事実、先ほどまではここも例外に漏れず、派手な音が鳴り響いていた。
では、どうしてネアの囁くような声が聞こえる?
それは、戦場というには不自然に──。
「久しぶり! 元気にしてた?」
底なしに明るい声が鼓膜を揺らし、乾いていない血の匂いが鼻腔を貫く。そいつは何の脈絡もなく、こちらを見下ろしながら空に浮かんでいた。
空気がガラリと変わる。そいつの放つ圧倒的な威圧感のせいだ。本人が意図したものではないのだろうが、生物として格上のそいつに、俺達人間は恐れ慄くことしかできない。
雲が冷たい風に流され、再び光が差す。
「やっと会えたね──」
白い髪。赤い瞳。整った顔立ち。二本の角。人間とほぼ同じ見た目をした少女は言う。
「──ラビ君」
二年前、人間の街を単体で滅ぼした魔族がそこにいた。




