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隠蔽工作

「なあ、やっぱり良くないと思うんだ」


 俺は先程の彼女とのやりとりを思い出しながら言う。

 手には接着剤。王都の商店で買ってきた安い一品だ。それを用いての聖剣の固定に四苦八苦しているのが現状なわけなのだが……。俺はとんでもない過ちを犯したことに気づく。

 おそらく俺は選択を間違えたのだろう。今更になって先程の選択を後悔する。どうしてリリアの甘言に乗ってしまったのか、それだけが悔やまれる。


「もう決めちゃったんだからしょうがないでしょ? 今更後戻りなんて出来ないよ?」


 まるで悪魔のように囁くリリア。


 ちくしょう! 俺があの時ちゃんと考えていればこんなことにはならなかったのに!

 あの時──。


「全然固まんないねこれ」


「だから言っただろう。安物じゃなくて高い物を買えと」


 ──高級品を買っていれば。

 木工用ボンドを見ながらかつてないほどの後悔の念を抱く。なんだよ木工用って。ドワーフくらいしか使わねえよ。あいにく聖剣と台座は金属製だ。……なんで俺こんなの買ったんだ?

 しかし、過去を悔いてももう遅い。すでに時刻は深夜となり、王都の大半の店は閉店してしまっているからだ。今更買いに出ても怪しい店しか開店していないことだろう。


「うーん、これでもいけると思ったんだけどなあ……どうしよっか?」


 大きな瞳に期待を込めてこちらを向くリリア。そんな目で見られても無駄だ。木工用ボンドでどう頑張っても金属を固定することは無理だ。


「お前がこれで良いって言って買ったんだろ? お前が考えてくれよ。お前がこのまま旅立たされるなんて結末は辞めてくれ。俺はお前がいないとダメなんだ」


「そのセリフはもっと別のシチュエーションで言って欲しかったんだけど……」


 ジトっとした目でこちらを見るリリア。


「そんなことより、マジでどうすんだこれ? そろそろ誰か様子を見に来てもおかしくないんじゃないか?」


「大丈夫だと思うよ? いくら信用されてないとはいえ、私公爵だよ? 大概の人より偉いの。完了しましたって報告した後にこっそり確認されるとは思うけど、作業をしてる最中に訪ねて来るなんて失礼な真似、誰もしないよ」


「それもそうか」


キィっと、小さな音を立てて開くドアを見ながら、俺は目の前でこちらを向いて立つリリアの言葉に納得する。

 公爵といえば爵位の中でも最上位。彼女にとって完全に身分が上の者など王族しかいないのだ。貴族の中に、下手に彼女の神経を逆撫でするような奴はまずいないと見て良いだろう。うん、貴族の中には。


「うん! もしそんな不敬な人がいたら土下座させてあげるね! ごめんなさいリリア様って!」


「そうかそうか! もっと厳しくしても良いんじゃないか?」


「じゃあ裸で! 裸土下座だね!」


「おいおい遠慮すんなよ! お前は公爵だ! この国でほぼ頂点に立つ存在だぞ? そんなお方の仕事ぶりを疑うなんて大罪をそんなもんで許して良いものか!」


「じゃあ、全裸で王都を一周だね!」


「だそうですよネアさん」


 俺は、怒気を孕んだ笑みを浮かべながらリリアの後ろに立つネアにそう言った。




「それで? 誤って聖剣を抜いてしまって二人で隠蔽しようとしていたと?」


「「はい」」


 ネアは椅子に座って聖剣を片手で持ち、手持ち無沙汰に軽く振りながら俺とリリアを問い詰める。もちろん俺達は正座だ。


「……木工用ボンドで?」


「「はい」」


「はあ……」


 頭を抱えるネア。

 どうでもいいが、可愛いとというよりかは美人と評した方がいい顔立ちをしているネアは、そういった失望だとか悲しみだとかそんな表情が様になっていてなんかムカつく。

 彼女は長い足を組み替えながら俺達に問う。


「木工用って言葉の意味は分かってますか?」


「「はい」」


「…………はあぁぁぁ」


 ネアは頭を抱えて先程よりも大きなため息を吐く。


「ちょっと待ってくれ。俺はちゃんと気づいて止めた、止めたがこいつは俺にとって雇用主なわけで、逆らうわけにはいかないだろう?」


「はあ!? そんな感じじゃないでしょ私達! なんでも言うこと聞くんなら今頃ラビは結婚してるよ!?」


 俺は一体誰と結婚させられるんだろうか。


「うるさいですよ二人共。それよりもリリア。どうするつもりなんですか?」


「どうするって?」


「この聖剣のことです。これが抜けたのであれば、あなたが勇者なんですよ? 世界を救う者として女神様から選ばれたんです。それを隠そうとするなんて、きっと何か理由があるんでしょう?」


 そういうネアの表情は、まるで手のかかる妹を見ているようで、優しげな感情が浮かんでいた。

 おそらく、いや、絶対にまともな理由なんてない。ネアもそこそこリリアとの付き合いは長いのだが、彼女のことを全く分かっていないようだ。


「…………で、でも」


 さも言い難い理由があるかのように言葉に詰まり、チラチラと視線を外すリリア。一体何を企んでいるのだろうか。


「大丈夫。私はいつだってあなたの味方です」


 正座をしているリリアを抱きしめるネア。右手はゆっくりと頭を撫でて、まるで本当の姉妹のようだ。


「病める時も健やかなる時もあなたの味方です」


 どうやら夫婦になったようだ。

 リリアも優しげなネアの声に、打ち明ける決心がついたのか瞳に涙を浮かべ、告げる。


「……あ、あのね? 私……ない…………」


「?」


「………………ないの」


「もう少し大きな声で言ってください」


「……私、働きたくないの!」


 ネアのゲンコツがリリアを襲った。

「痛いよネア!」


「痛いじゃありません! 全くもう! 一体何を考えてるんですか? 魔族の侵攻で多くの人が犠牲になっているというのに、あなたときたら働きたくないからって聖剣を抜いた事実を隠蔽しようだなんて。見損ないましたよ」


「こいつはいつもこんなもんだろ」


 聖剣を売っぱらわないだけマシだと思った方が良い。


「うるさいよラビ。私はいつだって真面目だけど今回は本当に嫌なの! だって魔王だよ? 人類の敵。魔の王。そんなのに喧嘩を売りに行く勇気なんて私にはないし、実力もないの」


「だからといってここで隠蔽したところでどうなるんですか」


「上手い感じに固定できれば明日の式典で誰か抜くでしょ? その人は勇者に慣れて幸せ、みんなは新たな勇者の誕生で幸せ、私は旅立たなくて幸せ」


「俺も今まで通りの暮らしができて幸せだぞ」


「だよね!」


 笑いあう俺とリリアにネアのゲンコツが襲いかかってきた。


「だよねじゃないですよだよねじゃ! 馬鹿なんですか? 押し付けられた方はその後どうなるか考えてるんですか? 本当は聖剣に選ばれるほどの能力もないのに、旅立ってしまったらどうなると思うんですか。すぐに魔族に殺されてしまうでしょう。あなたは全く無実の民にそんな仕打ちをして何も感じないのですか?」


「……まあ、少しは思うところもあるけど」


 至極真っ当な説教を受け、しゅんとうなだれるリリア。

 い、いかん。このままじゃ俺がホームレスになってしまう。それだけはなんとか阻止せねば。


「おいリリア騙されるな。よく考えてみろ! 聖剣を押し付けたやつがどこで死のうとお前には全く関係ないだろう! 死んだのはそいつが弱いからだ! 自分の実力を過信して、勝てない奴に挑む方が悪いんだ」


「……確かに!」


 よし!


「……なんだか私もあなたが勇者をやるよりかは、他の人に聖剣を任せた方がマシに思えて来ましたよ」


 お! なんとかなりそうな感じか?


「でも残念でしたね」


「「?」」


「すでにリリアが聖剣を抜いたことは報告してます。ほら」


 ほら、その言葉とともに遠くから大勢の足音が近づいてくる。ドタドタと乱雑に繰り返されるその音から、少なくとも数十人はいそうだ。


「はあ!? お、お前、いつの間に!?」


 こいつが入ってきてから、常に視界に入れていたはずだが、外部の誰かに伝えている素振りなどなかった。いつだ? いつこいつは……。


「いつ、ですか? そんなのここに来る前ですけど」


「はあ? 来る前って。お前リリアが聖剣引き抜いてなかったらどうするつもりだ?」


 勇者誕生などといったガセネタを流せば一体どんな罰を受けるか──。


「リリアなら引き抜くに決まってますよ。だってこんなに可愛いんですよ? 勇者に相応しいのはリリアしかいませんよ! 見てくださいこの透き通った瞳! 見てくださいこの細くて艶やかな髪! 歩けば花のように美しく、うとうととしている姿は愛らしい子猫のよう! つまみ食いがバレて怒られているときはうるうると瞳を潤ませながら謝罪して……ああもう! かわいい!」


 ネアの瞳に胡散臭い宗教にハマった者特有の光があることに気づいたのと同時に、勢いよくドアが開かれた──。


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