ただ怖いだけ
「やあ」
自室のドアを開けた途端、爽やかな声がかかる。
こんな夜更けに一体誰が、そんな疑問を持ったまま部屋の中に視線をやると、ベッド付近の椅子に座りながらこちらに右手を挙げ、これまた爽やかに微笑むキング。招かれざる客だ。勝手に灯された燭台の蝋燭が部屋を煌々と照らし、彼の鮮やかな青色の髪が一層映えて見えた。
「何やってんだお前」
「ははは、まあそう言わないでくれ。友との久々の再会に心が躍ってね。こうして会いにきてしまったんだよ」
そう言いつつ、キングは手近な椅子を引き寄せ、俺に座るように促す。
「なんだよ。俺はもう寝たいんだが」
「明日君は特にやることもないんだから別にいいだろう? それに、今ベッドに入ると言うのなら絶交だ」
冗談混りに微笑みながらも後半部分は真剣そのものにキングは言った。
絶交だと? 一体何でまたそんなことを……。
ベッドへと視線をやると、すぐにその理由を悟る。
「すーすー」
すでに俺のベッドで寝ているバカがいた。薄桃色の髪をしたバカだ。
「……何やってんだこいつ」
「さあね? 少なくとも僕がここに来た時にはすでに気持ちよさそうな寝息を立てていたよ?」
先ほどネアと素振りをする姿を見守ってからはすでに数十分は過ぎている。本を貸してくれる兵士を探すのに少し手間取ったからだ。流石のリリアも風呂には入ってきているようで、その髪からは、少し離れた距離にいる俺にも分かるほどに、柑橘系の良い香りがした。あれだけ汗だくになっておきながら、そのまま人のベッドに入ってきていようものならぶっ殺してやるところだ。
「命拾いしたな」
「この状況でその言葉が出てくるなんて一体どんな思考回路をしてるんだ」
呆れ顔のキングの言葉を聞きながら、彼に差し出された椅子に素直に座る。流石に今、ベッドには入れない。キングに絶交されるのは別に構わないが、そんなことをしでかしたとネアに知られようものなら、命とも絶交させられてしまうだろう。
「随分とリリアに好か……懐かれているようだね」
「そうか?」
疑問系で返すものの、キングの言葉は妙にしっくりと来た。確かにこいつはことあるごとにくっついてくるわ、人のベッドで寝てるわ、泣きまくるわで人間よりも小動物に近い感じがする。そんな彼女に、懐くという言葉はすごくピッタリだ。
「そうだよ。少なくとも僕の知る彼女はこんなことをする子じゃなかった」
どうやら退化しているらしい。可哀想に……。
だが、リリアが可哀想なのは今に始まったことじゃない。俺は、キングにさっさと本題を話すように言う。
「で? 何しに来たんだ?」
「何って……さっきも言ったように君に会いに来たんだよ」
大真面目な顔で言うキング。
会いに来たって……別に夜中に来なくてもいいだろうに。そもそもそんなに仲が良かっただろうか。
「そんなに嫌そうな顔をしなくても良いだろう。僕達親友だったじゃないか」
「勝手に親友にするな。そもそも、お前さっきまで人のことを誘拐犯扱いしていただろうが」
「だが、すぐに君じゃないと信じたじゃないか。あれこそ友情のなせる技さ」
最初からやってないと信じることは友情でなせないことなのだろうか。
「君と会うのは……騎士団にいた頃が最後だから二年ぶりかな? 元気にしていたかい?」
確かにキングの言う通り、二年ぶりの再会だ。だが、そこまで仲良くしていたつもりはない俺には、こいつのように過去を懐かしむことなんて出来ない。
「君が騎士団を辞めた後、リリアの元にいるのは聞いていたが、まさかここまで仲が良いとは思わなかったよ。そういえば、リリアの屋敷には何度か行ったが、君とは合わなかったね?」
「下手をすれば大問題になると言って、来客時に俺とネアは屋敷の隅に隠れているように言われていたからな」
「そ、そうか……賢明な判断だね」
ネアにボコボコにされたことを思い出したのだろう、キングは顔をさすりながら言う。
「君とネアさんを雇い入れてしまうなんて、リリアも大変だね」
「おい、俺とあの変態を一緒にするなよ。そもそも大変なのは俺なんだよ。毎日毎日バカとアホの対応で死ぬほど忙しいんだ」
「でも、騎士団にいた時よりも君は楽しそうだ」
は? 楽しいだと?
キングの言葉に少しだけ目を細めてしまう。
ここ数日の間だけでも、覗きで捕まるわ、誘拐されるわでそこそに大変だったというのに……。騎士団にいた時の方がまだマシだった。ほぼ毎日戦いの日々だったが、クロエがいたこともあって大概の場合何事もなく終わっていたからな。やることといえばクロエの遊び相手と……そういえば、こいつの恋愛相談に乗ってやっていたな。クロエのインパクトが強すぎて、こいつのことなんてほとんど覚えていなかった。
思い返してみれば、年が近いこともあってよく話しかけられていた。王族ともなれば気軽に同年代と話すような機会もないだろうし、それでこいつ親友なんて勘違いを……。
「どうしたんだい? いきなりそんな可哀想な人を見るような目で見ないでくれるかい?」
「い、いや何でもない。……そ、そういえば、その後お前の初恋とやらはどうなったんだ?」
確か、真面目でお淑やかで頭が良い等々と表現していた、そんな素敵な女の子とはどうなったんだろうか。終ぞ名前を思い出すことは出来ないが、満面の笑みを浮かべながら考えつく限りの美辞麗句を並び立てていたこいつのことは思い出すことが出来た。婚約届を知らないうちに書かせれば良いだの、勝手に式場予約して断りづらい雰囲気を作れだの適当なことを言ってやった覚えがある。真剣に考えてはいなかったとはいえ、アドバイスをしてやった身としては聞いておくべきだろう。
今はリリアにご執心であることを考えるときっと上手くいかなかったんだろうが、初恋なんて大抵叶わないものだろうし、恋愛経験のない俺に聞くのがそもそもの間違いだ。
「リリアのことかい?」
「違う違う。初恋の子のことだ。真面目でお淑やかで賢いとか言っていた子のことだ」
「だからリリアのことだろう?」
「リリアは不真面目で野蛮で頭が悪いだろう」
「リリアは真面目でお淑やかで賢かったよ!」
「なんで過去形なんだよ」
しかし、そうか。こいつはずっとリリアのことが……。少しだけ格好良いと思ってしまう。
「ふふふ……僕にはリリアしかいないんだ。ほら見てくれ。すごく綺麗だろう? 透き通る桃色の髪に整った顔立ちと体付き。ふふふふふふ」
前言撤回。こいつネアと同類だ。
「一応聞いておくけれど、君とリリアは別に恋人同士ではないんだよね?」
「……今日はよく聞かれるな。ただの主従関係だよ」
「そうか。よかったよ。もし、付き合っていたりなどしていれば……」
ほっとしたように呟くキング。付き合っていた場合どうなっていたのだろうか。こいつの目が血走っていて怖いから聞かないけどな。
リリアのことを語るこいつは少し危ない。一刻も早く話題を変えるべきなのだろうが、悲しいかなこいつと話したいことなんて俺には特にない。だが、俺にはなくとも、こいつにはあったようで、ようやく本題に入るのか、ふうっと息を吐いた後、意を結したように呟いた。
「怖いんだ」
「は?」
いきなり何を言い出すのだろうか。脈絡がないことこの上ない。が、キングは至って大真面目な顔をしていた。どこからか吹き込んだ風が、蝋燭の火を揺らし、俺と彼の影を動かすが、彼はその表情を崩すことなくこちらを見つめている。
「昼に会った時、僕とクロエの目的は君達を捕まえることじゃないって言っただろう?」
「言ってたな」
「実はね……ここには魔族討伐のために来たんだ」
明確な定義があるわけではないが、魔族とは魔物の上位互換だ。知能が高く、身体能力も高く、人語を理解する人間の天敵。昨日シキが蹂躙していたゴブリンは最下級の魔物であり、それよりも遥かに強い存在。
そんなヤバい生物を倒しに来たとキングは言う。
「最近この近くに住み着いたらしくてね。生活圏を奪われた魔物が旅人や付近の村を襲っているらしいんだ。それで討伐依頼が騎士団に来て、倒しに来たというわけさ」
「お前が?」
言動のせいで忘れがちだがこいつは王族で、行く行くはこの国を担う存在だ。騎士団に所属していたとしても、そんな危険な任務を与えられるとは考えにくい。事実俺がいた時は薬草集めなどの子供でも出来るような仕事しか与えられていなかったはずだ。さらに言ってしまえば、こいつは結構弱かったはずだ。訓練の時はいつも最下位の成績を叩き出していて、とても前線に出せるような人間ではない。
「自ら志願したんだよ。クロエもいるから安全だろうしね」
「バカかお前? 戦いなんて自分から首突っ込むもんじゃねえだろ」
「でも、このままじゃいけないだろう? 王になるまでに何もしないわけにはいかない、そんな考えで気軽に入った騎士団だけど……好きな子が勇者になったんだ。このまま僕が何もしないわけにはいかないよ」
そう言ってキングはベッドで寝息を立てているリリアへと愛おしそうに視線をやる。……俺としては複雑な気分だ。
「ん? 何だいその表情は? ……もしかして君、口では好きではないと言っておきながら本当は……?」
「怖い怖い怖い。無表情でこっちを見てくんな。別にそういうのじゃねえよ」
ただ、リリアは魔王を討伐する気なんてないぞと思っただけだ。
「そうか、なら良いんだ。さもないと……」
さもないとどうなっていたんだ。こいつが歯をギリギリ食いしばっている姿が気持ち悪くて聞かないけどな。
「っと、話が脱線していたね。そういった訳で僕は君に会いに来たんだよ」
「どういうわけだどういう。明日魔族と戦うのが怖いから来たのか? 別に俺はお前の母ちゃんでも何でもないぞ」
「でも、親友だろう?」
「親友でもねえよ」
「……僕はそう思ってるけど、まあ、それは今はいい。君は魔族との戦闘経験が豊富だろう? 明日初陣を迎える僕に何かアドバイスはないのかい?」
「クロエの邪魔さえしなければなんとかなる。実際、俺はなんとかなってこうして生きている」
事実、クロエがいなかった時はなんともならなかった。
チクリ、と心に痛みが走る。
「君でも謙遜することがあるんだね」
……言い方に棘があるぞ。
「別に謙遜なんてしてねえよ。その証拠に俺は二ヶ月と保たなかっただろうが」
「それは別に君が何も出来なかったからじゃないだろう。あの時、あの場所にいれば誰だってそうなるさ。それに、クロエだって君のことは特別だと思っている「え!?」はずだよ……なんだか今、リリアの声が聞こえたような……」
そう言ってキングはリリアの方をチラリと見るが、そこには依然として眠ったままの彼女の姿。やがて気のせいだと判断したのか、彼は俺を見やって。
「リリアといえば……昨日彼女に聞いたんだけど、君はまだ魔法が使えないようだね」
「まあな」
「そうか……」
互いに端的に言葉を返すものの、そのトーンは対照的だ。俺は何事もないように、キングは暗いトーンでそれぞれが言葉を口にした。
普通は逆ではないかと思われるかもしれないが、俺は特に気にしていないのでしょうがない。何せ魔法が使えなくなってから二年が経つ。いつまでもないものねだりをしている方が辛いというものだ。
「騎士団に復帰しないのもそれが理由かい?」
「いや、違う──」
魔法を失ったからなんだというのだ。
魔法の能力だけ一人前で、それだけで騎士団に入って、大怪我をして、魔法が使えなくなっただけだ。
魔法しか取り柄のない男がそれを失った。
ただそれだけの話なのだから。
だから俺が騎士団に戻らないのはそんな理由じゃあない。もし、前と同じように魔法が使えていたとしても、戻るという選択をすることはないだろう。
二年前のあの日、俺は全てを失った。
魔法を。仲間を。友を。
だから、騎士団に戻らない理由なんて単純なものなんだ。戦闘能力がないだとか、足手纏いになるだとか、そんな小難しいものでは決してない。
「──ただ、怖いだけだ」
そう、それだけだ。




