誘拐犯
「さて、とりあえずはようこそ、そう言っておこうかな?」
赤色の布が貼られた高級感のある椅子に、長い足を組んで座りながら王子、キングは言った。キングとは彼の名である。王になるまで、そして王位を退いた後のことを全く考えていない名前だ。この国は大丈夫なのだろうか。
クロエがあの場をなんとか納めた後、俺達は砦の中にあるキングの部屋へと通されていた。おそらく、この砦で一番広い部屋だろう。優に四、五人は苦もなく暮らせる部屋には、数々の調度品やベッド、ソファなどが取り揃えられていた。ちなみにジジイはクロエに叱られた後、門番の役目に戻った。
ボロボロの顔面で切り出したキングに対してネアは。
「では私はとりあえず、一日も早い回復をお祈り申し上げます、とでも言いましょうか」
お前はとりあえずごめんなさいだろ。
「それで? まだ私はリリアが攫われた理由を聞いてませんよ? ことと次第によっては、とりあえずお悔やみ申し上げることになるかもしれません」
「だから違うんだって。君達は魔王討伐から逃げ出したお尋ね者だが、僕がここにいるのは君達を捕まえに来たわけじゃない。僕だって予想外だよ。なにせ昨日クロエが帰って来たと思ったら、なんか居たから捕まえた、って珍しい虫みたいなノリでリリアを連れて来たんだから」
そんなキングの言葉に、彼の座る椅子から一歩後ろに立つクロエに一同の視線が集まる。
「む? なんだ? 普通捕まえるだろう? お尋ね者だぞ?」
確かに彼女の言う通りだ。
「だったらあの場にいた私やラビさんも連れて行くべきではないですか? 一度で運ぶのは無理だったとしても、逃げられないようにすることは出来たはずです」
これが、俺達が馬鹿正直に真正面からここに来た理由だった。事は逃げ出した勇者だけを罰すれば済む問題じゃない。当然俺達にもなんらかの処罰が下される。だというのに、クロエは俺達は逃した。どう考えてもおかしい。そうして俺達は一つの仮説に辿り着いたのだ。
クロエおよび付き従う連中の目的は俺達を罰することではない、と。
図星だったのか、シキの言葉にクロエの表情が驚愕へと変貌する。
「おいどうした貴様! なんだその言葉遣いは。昨日はうんこだのなんだの言っていたではないか! 頭でも打ったのか!? 大丈夫か!?」
ああ、そっちね。
「う、うん……!? そんなこと言ってません! ラビさん、私あの人怖いです!」
そう言ってクロエから隠れるように、俺の背へと回るシキ。カタカタと体を震わせ、俺に縋り付くその姿はもはやか弱い美少女にしか見えない。彼女の本性を知っている俺ですら騙されそうになるほど完璧な演技だった。
「はあ? 思いっきり言ってただろうが! 私の顔面にうんこぶん投げた挙句バカだのなんだの言ってただろうが!」
超至近距離からシキが発する花のような匂いが鼻腔をくすぐる。な、なんて良い匂いってえええええ!!!!
「何ボケっとしてんだ! さっさと誤魔化せ! ネアにバレんだろ!」
耳元で小さく囁かれる鈴のような声。本来なら惚けてしまいそうな状況だが、ツネられる脇腹の痛みでそれどころじゃない。なんだこいつ! 握力どうなってんだ。ゴリラか?
「な、なあラビ! 言ってたよな?」
「シキは可愛くてお淑やかないい子です」
「な、何訳の分からねえ事言ってんだテメエ! ぶっ殺すぞ!」
「お前が言えって言ったんだろうが! というか、恥ずかしがるならそんな指示出すなや」
と、あわや俺とシキの間で喧嘩が起きそうになった時、ネアから助け舟が入る。
「さっきからなんなんですかあなたは? 顔が良いから黙って聞いていればうんこだのなんだのと。シキがうんこなんて言う訳ないでしょう。女性なんですからうんこなどと軽々しく口にしてはいけません。もう少しレディとしての自覚を持った方が良いですよ?」
お前の方がうんこって言ってるけどな。
「大体ですねえ! シキはうんこなんてしないんですから、うんこなんて存在すら知りませんよ! だってこんなに可愛いんですよ!? うんこなんて汚らわしいもの、この子から出てくるわけないでしょうが!」
何やら厄介なファンみたいなことを言い出した。
「しないの?」
「……お前ほんとぶっ殺すぞ」
「何を訳の分からんことを言ってるんだ貴様は! 現実を見ろ! うんこなんて誰でもするだろうが! そもそもそいつがうんこしないんだったら、うんこはどこに行ってるんだ!」
「え? えーと……溜め込んでるんじゃないですか?」
「そっちの方が汚らわしいだろ!」
「溜め込んでんの?」
「……嫌い」
プイッとそっぽを向くシキ。やっぱり可愛い。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。その子……シキさんと言ったかな? シキさんのうんこ発言の有無よりも、リリアの方が重要なんじゃないかい?」
「そうですよ! 今は私のうんこなんて関係ないでしょう? 私達がここに来たのはリリアさんを連れ戻すためです。クロエさん、キングさん。あなた達の目的は一体何なんですか!?」
シキはここが好機とばかりに俺の背から飛び出して言い放つ。今普通にうんこって言ったぞこいつ。だが、馬鹿共はそれに気づいていないようで、確かにと頷いていた。
「目的か……まず一つ言っておくけれど、僕もクロエもリリアを国に突き出す気はないよ?」
だろうな。予想通りの答えだ。
「そもそも私はリリア、勇者に三十人も人を付けることには反対だったんだよ。勇者の強みといえばその機動力、神出鬼没なところだ。大人数で動けば当然動きは遅くなるし、魔族にも居場所がバレやすくなる。だから別にあいつがそいつらを振り切って逃げる事自体は構わん」
クロエも続けてそう言った。
彼らが本心から言っているのであれば、当然残る疑問が一つ。俺がそれを口にするよりも早く、ネアが聞く。
「ではどうしてリリアを攫ったんですか? あの子を突き出す気がないのであれば、別にそのまま放置していれば良いじゃないですか」
「ああ、そうだね。だからさっきも言った通り僕の本命はラビなんだよ」
「そうなんですか。お似合いですよ」
「そうですね。末長くお幸せに」
「おい待て。祝福するな。誤解を招くような言い方すんな! 本命って一体何なんだ?」
もしネアとシキが理解している通りの意味で言っているのであれば、俺は今日、恐怖で眠れぬ夜を過ごすことになる。
「王子、ラビの言う通りですよ。端的に話しすぎていて彼らが誤解しています。貴様ら、最近仲間以外の誰かと接触したか?」
接触? 村の奴らとは何度か会話したが、それが一体何だというのだろうか。
「そうか、村というのはこの砦の近くのものだろう? ならば情報が入って来ていなくても仕方がない。まず、ひとつ誤解を解いておこう。王国はお前達を追っているが、それはリリアが逃げ出したからではない」
は? どういうことだ?
クロエの口から飛び出した事実に頭の中で整理が追いつかない。逃げ出したから追っているのではない? じゃあなんで? あいつ一体何をやらかしたんだ? と、そこで、俺は森の中でクロエが言っていたことを思い出す。
このままだと俺が死刑になる。確かそう言ったはずだ。
「そうだ。今、確かに王国はリリアを追っているが、それはリリアを罰するためじゃない。助けるためだ」
続くキングの言葉に、俺は一つの最悪な結論に達する。当事者としてはあまりにも荒唐無稽で、ふざけるなと、そう言いたくなるような結論。ああ誰か、頼むから助けてくれよ。
「──勇者を誘拐した極悪人ラビからね」
……一体どうしたらそんなことになるんだ。




