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シキの目的

「ねえねえラビ、もしかしてゴブリン退治って意外と楽?」


 リリアは俺の袖口をくいくいと引っ張りながら、そう言った。身軽な装備に一片の汚れもなくそう言ってのける彼女はまるで歴戦の勇士のように思える。ちなみに彼女のゴブリン討伐数はゼロだ。


「ああ、そうだな。これで一生食っていこうかと悩むくらいには」


 返す俺。身軽な装備どころか、そこらへんの村人が着るような服で余裕をぶちかませる俺は、差し詰め最強の勇者といったところだろう。ちなみに俺のゴブリン討伐数はゼロだ。


「ちょっとお二人共、あまり大きな声で喋ってると獲物に逃げられてしまいますよ?」


 割って入るシキ。純白の、いや純白だったドレスにはゴブリン共の血液が大量に付着しており、彼女が一歩進む度に地面には血溜りが出来ていく。笑顔でゴブリン共を撲殺していくその姿は、まさしく悪魔そのものだった。ちなみに彼女のゴブリン討伐数は十五だ。

 村を出て森を歩くこと半日。見敵必殺をモットーにしているのか、そう思うほどに好戦的なシキを先頭に据え、俺達はゴブリンを狩り続けていた。普通のパーティがどれほどのペースでゴブリンを狩るのか俺は知らないが、おそらく相当順調に事は進んでいっているのだろう。


「ここら辺でお昼休憩にでもしますか?」


「「はい」」


 この半日ですっかり俺とリリアもシキ、いやシキ様に敬語を使うようになってしまった。だって、気を損ねられると半殺しとかされそうだし。

 シキ様は手頃な地面に腰を下ろすと、両手につけた金属製のメリケンサックを煩わしそうにしながら外していく。色は黒。最初からその色だったのか、そう質問したくはなったものの、グッと言葉を飲み込む。これで元々は銀色だったんです、などと言われようものなら、一体どうして黒くなったのか、染料は何なのか、その答えを想像してしまいそうだ。

 俺達は現在、村付近の森の中にいた。数時間ほど彷徨っただけで、ゴブリン共と出会うわ出会うわ。村に着くまでに一度も遭遇しなかったのは奇跡ではないか。そう思えるほどに大量発生していた。


「ふう、疲れましたね」


「「そうですね」」


「? 先ほどからどうかしたんですか? お二人ともそんなに畏まって」


「「いえ、そんな事はないです」」


「……敬語禁止です」


 睨まれてしまった。そろそろ冗談は辞めておこう。本当に殺されかねない。俺もシキに倣い、地面に腰を下ろす。ここ数日の旅の影響か、硬くて冷たい地面の感触にもすっかり慣れてしまった。湿っていたりしなければ特段不快感を覚えることもない。


「午前中だけでも結構討伐できましたね。どうですか? 初めてのゴブリン討伐は。意外と簡単でしょう? この程度であればリリアさんも怖がらずに挑戦できると思うんですけど……」


 思案顔でシキはリリアへと問う。


「簡単って……全部シキが倒してたと思うの。私としては午後からもシキにこのままの調子で頑張っていただきたい」


 どうやらまだ口調が戻っていないようだ。リリアの言葉尻に少しだけ眉を潜めながらも、シキは特段突っ込みはしなかった。


「そうですか。ラビさんはどうですか?」


「俺には一生かかっても出来そうにないな」


 それほどまでにシキの戦闘能力は凄まじいものだった。ゴブリンを見つけるや否や、一瞬のうちに距離を詰め、仲間を呼ばれる前にその顔面へと拳を振り下ろす。相手が何匹であろうとその繰り返しで、瞬く間に制圧していた。一体どれほど血の滲むような修行をしてきたのか。まあ、その修行は確実にシスターとしては必要ないだろうが。と、彼女のこれまでの人生に着いて考えを巡らせていると、ふと思い出したことがある。


……そういえば、この間聞けなかったことがあったな。


「なあシキ、この前聞きそびれてたんだが、お前の目的って何なんだ?」


 リリアの前で聞いて良いものか少しだけ迷ったが、俺は切り出す。まあ、内緒にしたいのならば上手いこと誤魔化すだろう。


「目的? ああ、私がリリアさん達に付いてきた理由のことですか?」


 そんな俺の質問に、シキは可愛らしく小首を傾げて答える。


「え? ネアに無理やり連れて来られたからじゃないの?」


「それも理由の一つですけど、流石にそれだけで指名手配犯になるような事はしませんよ。ええと、ラビさん。この前どこまで話したんでしたっけ?」


「リリアとネアが頭の病気だってところまでだな」


「そんな話はしてません」


 あれ? そうだっけ?


「確か、人間の回復魔法で治せないものはなんですか? そう聞いたはずですよ?」


「なんかそんな話だった気がする」


「……それでなんで私とネアが頭の病気って話になるのか、すごく気になるんだけど、まあそれはいいや。病気だよね? 回復魔法で治せないもの。それがどうかしたの?」


 リリアは一瞬で正解に辿り着く。だが、別に彼女が賢いからではない。一般に回復魔法で治せないものは? そう聞かれたら十中八九そう答える。この前のは俺なりのジョークだ。


「そうですね。病気です。私の質問の答えはそれで合ってますが、リリアさんの回答は百点満点ではありません」


「ほえ?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔。まさにそう表現すべき表情を浮かべるリリア。


「私は人間の回復魔法で治せないものはなんですか? そう質問したはずです。回復魔法で治せないものはなんですか、ではありません」


「…………人間の回復魔法で治せないものは病気です。これで良いの? はあ、シキって国語の先生みたいだね。私、この手のテストは苦手でいつも赤点だったの」


「似合ってるぞ」


「ラビうるさい」


 イラっとした表情を浮かべるリリア。そんな表情を浮かべるという事はどうやらシキが言わんとしていることを理解していないらしい。


「それで? そんなひっかけ問題みたいな採点してないで、早く理由を教えてよ」


 そんな質問を投げかけるリリアに対し、シキは微笑みながら答える。


「別に意地悪で言ったわけではないんです。人間の回復魔法で治せない、そこが重要なんですよ」


 そう優しく諭されてもリリアはよく理解をしていないようだ。口をへの字に開けている。まあこいつに人並みの理解力を求めてはいけない。


「人間の……ねえ。つまりあれか? 魔族の方には病気すら治せる回復魔法があるって言いたいのか?」


 疑問系で聞いてはみたもののこれが答えで間違いないだろう。彼女は魔族からその魔法を習得するためにリリア、いや勇者に着いていくという選択をしたのだ。おそらく人類で一番魔族と接触する機会が多いのは勇者だろうから。


「え? 本当に? 本当にそんな魔法を魔族が知ってるの?」


「ありえなくはないんじゃないか? あいつら訳のわからん魔法を良く使ってるしな。むしろ魔法においては人類よりも魔族の方が圧倒的に優れてる」


 かつて人類史において、魔法で病気の治療に成功した例はない。数千年の歴史の中でただの一度もだ。人類だって馬鹿ばかりではない。稀に生まれる天才が、その魔法を行使する術式を編み出していてもおかしくは、いや編み出していないとおかしい。だというのに一度も成功していないとなれば、考えられる事はただ一つ。


「ええ、そうです。……実を言うとすでに病気を治す魔法の術式の開発には成功しているんです。ただ、どれだけそれを正確に実行しようとも発動できていない。そして、もしそんな重要な魔法をかつて人類が使用したのであれば魔法名は必ず残されているはずです。なのに残っていない。つまり──」


「すでに魔族がその魔法を使って魔法名をつけているって訳か」


 どれだけ優れた術師であろうと、行使する魔法名を知らなければ絶対に発動はしない。すでに魔法の術式の開発に成功しているとは、シキの優秀さには恐れ入ったが、それだけでは意味を成さないのだ。実際、魔法名を知ることは魔法を学ぶことの第一歩だ。王国では人々が無闇やたらに魔法を撃ちまくれば困ったことになる。だから殺傷能力を持つ魔法の名前は一般には知らされていない。そうすることで人々が恐ろしい魔法を使うことを簡単に阻止できるのだ。


「流石ラビさん。その通りです。私は魔族からその魔法の名前を聞き出すために、この旅に着いて来たんです。あ、でも誤解しないでくださいね? 魔族との戦いがどうでもいいという訳ではありませんので、リリアさんの旅には最後まで協力を惜しむつもりはありません」


「……別に途中で帰っても良いんだよ? シキのその魔法があればきっとたくさんの人を救えるだろうから。もちろんシキには着いてきてほしい、欲しいんだけど、その魔法でたくさんの人を救ってくれたら私はそれで十分だなあ……」


 少しだけ寂しそうな表情を浮かべて言うリリア。面だけは整ったこいつはよくこの手を使う。人の良い顔をしておいて本心は別にある。どうせこいつのことだ。魔王討伐から逃げるために、止めてきそうな奴を一人でも引き離そうと考えているに違いない。その証拠に。


「……リリアさん。お心遣いありがとうございます。でも大丈夫です。魔法名さえ他の人に伝えることが出来れば、私の役目は終わりなので。ですから、最後までお供しますよ」


「…………わーい」


 ありがたいシキの申し出に、普通はこんな苦虫を噛み潰したような顔はしないだろう。


「なあ、シキ。一つ聞きたいんだが」


「? なんですか?」


 優しげな笑みを浮かべながら、彼女は俺に問い返す。正直こんなことを聞くべきではないのかもしれないが、どうしても彼女に聞いておきたいことがある。

 俺では見つけることの出来ていない答えが、彼女にはわかっているのかもしれない。その答えが俺にとっては不正解である可能性ももちろん考慮に入れた上で、俺は尋ねる。


「お前は逃げないのか?」


「……え?」


 シキの笑顔が凍りつく。ピクリとも動かない彼女の表情を見て少しだけ後悔するが、ここまできて引き下がれるものでもない。息を少しだけ吸い込み、言葉を続ける。


「病気を治す魔法、その術式の開発にすでに成功したのは素直に尊敬する。だが、そうまでして、そこまで辿り着いてなお目的が達成出来ていないんだ。……お前は逃げようとは思わないのか?」


 新魔法、それも誰もが望む魔法の開発に成功したなど、本来であればこんなところで、俺やリリアだけが感服するだけでは足りない。全人類で称えるべき偉業だ。それは彼女の血の滲むほどの努力があってのことだ。

 だからこそ俺は問う。


「どれほど努力しようと無理なことはある。あまりにも高い壁にお前は恐れをなして、逃げることはしないのか?」


 逃げないのか。俺はそう三度彼女へと投げかけた。それを彼女は最後まで怒ることはなく、静かに聞いた後にただ一言答える。


「逃げません」


 キッパリと、はっきりと。整った表情を引き結び彼女はそう言った。


「いえ、そんな強がりを言ってもしょうがないですね。訂正します。……逃げられません」


「逃げられない?」


「ええ。だってそうでしょう? 私はシスターで、この世界にはたくさんの救いを求める人がいる。そう、どこにだってです。だから逃げられません。どこへ逃げようと、どれほど遠いところへ行こうと、きっと助けを求める声は聞こえてきます。その度に私は傷つくでしょう。自らの無力さに、理想を追い求めるのを諦めたことに。私にはそれが、立ち向かうことより怖いんです」


「…………」


 言葉が出なかった。一体彼女はどれほどの思いで今ここいるのだろうか。シキの言っていることはもはや呪いと言っても差し支えない。怖い? 逃げることの方が? 理解ができない。理解をしたくない。


だが……。


「…………そうかもな」


「〜〜♩」


 俺はチラリとリリアを見て、そう告げる他なかった。

 ちなみにリリアは退屈なのか、地べたを這う羽蟻を投げて飛ばして遊んでいた。何してんだこいつ。


「ふふっ。……さて、そろそろゴブリン退治を再開しましょうか? 二人とも準備は大丈夫ですか?」


 そんな俺の仕草を見て、含みのある笑みを浮かべながらシキはそう言った。

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