私じゃない
「うわーーーん! 違うんですー、違うんですよー! 誤解なんです! リリア! シキ! 信じてくださいよー! わーん!」
ネア、もとい覗き魔が檻の中で大泣きしていた。檻は鋼鉄製の太い格子で構成されており、人が二、三人程入るくらいには大きな代物だ。流石のネアにも破壊は不可能だろう。そんな頑強な檻が入る家など村にはないのか、開けた場所に野晒しで置かれており、まるで珍しい動物や魔物が展示されているようだ。俺とリリアとシキはその檻の前でネアの話を聞いていた。
村人達が家に詰め掛けて来て、一晩が明けた。ネアが犯人だとわかると、彼らは速やかにネアを村にある唯一の檻に入れ(もちろん俺達が抵抗するはずもない)、処遇は明日、村のみんなで決定しようと一度帰宅したのだ。俺達は彼らがやって来る前に一度ネアの話を聞いてやろうということで、朝早くからこうして彼女の元へ足を運んだというわけだ。
「誤解って言ってるけど、じゃあなんでヒーリアさんて人の特徴を知ってたの?」
そう問うリリアの声は冷たい。どうやらネアのことを本当に犯人だと思い込んでいるらしい。まあ、無理もないが。
「え、えっと、それは、その……」
ネアは言葉に詰まる。俺は彼女が窮地に陥っている姿を見るのが楽しくて仕方ない。おい、どうした? いつものようにバカみたいな言い訳の一つや二つ言ってみろよ。
「答えられないんですか? 信じようにもそこを説明して頂けないと、私達としてもネアさんを信頼出来ませんし、ここから助け出すことも出来ませんよ?」
続くシキの声。彼女の声にはリリアほどの冷たさはなく、心のどこかではネアを信じたい、そう思っているような声音に感じた。流石シキだ。優しい。そして可愛い。
「い、いや、しかしですね……」
そんなシキの優しさにネアも気づいているだろうに、煮え切らない回答を返す。檻の中に力無く座り込み、その黒い瞳は俺達へ向けられる事はなく、檻の隅へと視線は注がれる。どんな変態的なことを言っていようと堂々としていた彼女の姿はそこにはなく、まるで捨てられた子犬のようだ。
「……」
これは相当心に来てるな。流石の俺としてもこれは見過ごせない。二年程度とはいえ、彼女とは同じ屋敷で働いてきたのだ。彼女がここまでの状態で何もしないのは、寝覚が悪い。
「おい覗き魔! 何へこたれてんだ! いつもみたいに変態行動してみろよ! 得意だろうが。覗きにセクハラに痴漢! ほらほら! 目の前にリリアとシキがいるぞ! いつもみたいに舐め回すような目で見つめなくていいのか? 触らなくていいのか? あ! それとも後でこっそり覗きに行くのかな?」
なので追撃することにした。こんな好機を逃すほど俺はバカじゃない。
「…………ぐすっ」
ガチ泣きだった。
「ちょっとラビ! ネアと仲が悪いのは知ってるけど、弱ってる時にそんな酷いこと言っちゃダメでしょ!? いくらネアが覗き魔だからって、言い過ぎはダメだよ? 可能性はほぼないかも知れないけど、更生するかも知れないんだし!」
「そうですよ! いくらなんでも今のは酷いと思います! ネアさんが性犯罪者だとしても、言って良いことと悪いことがあるんですよ? もう少し人の心を大事にしてください! どれほど小さな望みでも、ネアさんが真っ当になってくれる道を閉ざすようなことは避けるべきです!」
「……お前らも大分追い討ちかけてるけどな。ほら見てみろネアを、ボロボロと子供のように泣いてるぞ?」
檻の中では、ネアが見たこともないほど粒の大きな、いやそもそもこいつが泣くところなんて初めて見たが、涙を流していた。リリアとシキが自らの失言にハッとし、すぐさま慰めにかかるが、中々泣き止まない。たっぷりと十分ほどかけてようやく泣き止ませることに成功する頃には、すでに村人達がちらほらと集まり始めていた。昨日家に訪ねてきた若者や長老はすでに到着しているようだ。遠目からでもその姿を確認することが出来た。
ネアの話を聞く、その目的が十分に果たされたとは言えないが、タイムオーバーだ。ここでネアがバカな話をして、村人の反感を買われてはたまったものじゃない。この村のことである以上、俺達に発言権はないだろうが、いざという時のために、檻からほど近いところに立ち、村人達の意思決定を待つことにする。
「ねえラビ? こういう時ってどういう風に決めるのかな? 多数決? ネア、死刑になったりしないよね?」
始まった話し合いを眺めながら、リリアが聞いてくる。口では何だかんだ言っていたが、ネアのことを大切に思っているのだろう、その瞳は不安から揺れ動いている。
「さあな。あの長老が決めんじゃねえの? それに、死刑は流石にないにしても、罰金とか追放ってのはあるんじゃないか? 俺としては追放は避けてもらいたいもんだが」
この村で王都への馬車を待ちたい俺にとっては追放されてしまうと非常にまずい。流石に追放となると、仲間である俺達も含めての判断になるだろう。次の人里までリリア達に同行すれば良いのだろうが、正直これ以上歩くのは億劫だ。
「? 別に追放されても良いのではないですか? むしろ元々旅立つ予定だった私達には罰金なんかよりも軽い罰だと思いますけど?」
そういえばシキはその話をしていた時はネアの膝枕で寝ていた。その後特段話した覚えもないから、そもそも俺が人里で馬車を待ってから王都に帰るということを知らないのだろう。参ったな、もしかすると離れたくない、そう泣いて俺の胸に飛び込んでくるかも、
「ラビね、魔王討伐に着いて来てくれないんだって。だから私達が安全に街まで送ってあげて、そこでお別れなの」
「あ、そうだったんですね」
飛び込んでくることはなかった。
「でも街で、ですよね? ここは村ですよ?」
おっと、そんなとんちで来たか。さては本当は俺と離れ離れになりたくないな?
「おいおいシキ、俺と離れたくないのは分かるが──」
「いえ、王都への馬車なんて、この村からは出ないんじゃないですか?」
「え? そうなの?」
「うん。多分。って痛い痛い痛い!!!!!」
真顔で答えるリリアのこめかみをぐりぐりと圧迫する。何が、うん多分、だ。一体何のために俺が着いて来たと思ってんだ!
「ち、違うのラビ! 私のせいじゃないの! だって事前に立てた計画では本当に街に行く予定だったの! でもなんでか、この村に着いっちゃったんだよ! 進行方向はネアに全部任せてたし、私は全く悪くないの!」
「うるせえ! お前この村に着いた時ネアに何も言ってなかっただろうが! どうせ計画通りなんだろ! 俺を一体どこまで連れてく気だテメエ!」
俺は見苦しい言い訳をするリリアを痛めつける手に、より一層力を込める。よくよく思い返してみれば、リリアにしてはやけに簡単に引き下がったように思う。それも、実際は俺を街まで送ることなく、なんだかんだで魔王討伐に連れて行こうとしていたのであれば説明がつく。
「ああああああ!!!! 痛い痛い!!! ほ、本当だよ! 嘘なんてついてないもん! わ、私バカだから! すっごいバカだから最初の計画とズレてることに気づかなかったの! 今シキに言われて、あれ? 確かにここ村だおかしいな、って気づいたの! しょうがないでしょバカなんだから! ってあれ? 痛くない」
「誠に申し訳ございませんでした」
「今ので納得されるとすごくムカつくんだけど!?」
どうやら本当にリリアは悪くないらしい。素直に彼女に謝罪する。
しかし、リリアの企みでないとすれば、ネアが……? チラリと檻の方へと視線を向けると、彼女は村人達の判断を不安そうに待っていた。純粋に道を間違ったのか、はたまたネアになんらかの計画があるのか、それを問いただしたくはあるが、今の状態では無理だろう。
「ネアさんが解放されるのを待つしかないですね」
シキも俺と同じような疑問を持ち、同じ結論に達したのかそう呟く。その言葉に従うように俺達は、地面に腰を下ろして他愛もない会話をしながら、村人達の裁定を待つ。昨日の若者を中心に、処罰について揉めていたようだ。それを長老がとりなすこと数十分。たっぷりと時間をかけて決まった、ネアへの処罰は。
「皆様にこの付近の魔物を狩っていただきたい。逃げられてはかないませんので、あちらの黒髪の女性は檻の中で待機していただきましょう」
「……え? 私達?」
俺達へと下された。たまらず、口を挟む。
「お、おい、ちょっと待ってくれ。なんで俺達が? ここは裁判所もない。だからある程度あんたらで処罰を決めることは国からも黙認されているから何も文句は言わんが、どうして俺達なんだ。ネアへの罰だろう? あいつにやらせれば良いし、旅の仲間の俺達にまで強制する権利なんてあんたらにはないだろう」
事実、戦闘能力が一番高いのはネアなんだ。あいつにやらせた方が、この村にとっても良いはずだ。まあ、そんなことをこの村人達が知っているとは思えないが。
「ふむ、確かにそうですな。我々に黒髪の彼女はともかく、お三方を裁いて良いような権利はありません。ですから、これはお願いです。皆様方に魔物を倒していただければ、彼女への処罰は無しにしましょう」
「知らん。あいつは死刑でも何でもかまわんから、考え直せ」
「ちょっとラビさん! ……すみません。彼は少し錯乱していて。それで、魔物といっても、一体何を? あまりに危険な魔物であれば、流石にお断りさせていただきますよ?」
俺の言葉を嗜めつつ、シキが問う。どうやら彼女は乗り気のようだ。隣を見てみるとリリアが必死の形相で首を横に振っているが、シキがそちらを見ることはなかった。
「なに、安心なさってください。小鬼ですよ小鬼。最近村に出てくる頻度が増えましてな。そろそろ間引きを、と考えておったところなのですよ。見るところ皆様良い装備をお持ちのようで。相当な実力者の方々なのでしょう? 村の者でも倒せはするのですが、なにぶん危険が伴う。そこで、皆様にお願いが出来ればと。我々としては小鬼がいなくなって万歳、そちらとしてもお仲間の罪が許されて幸せ。これぞウィンウィンとやつでは?」
小鬼。一般的な名前ではゴブリン。それは体長50センチほどの醜い魔物だ。数匹の群れを成しては、人の集落からものを掠め取って生きて続けてきた種族。特段力が強いわけでもなく、素早いわけでもなく、世間では雑魚モンスターとして認知されている。しかし、魔物は魔物。人間と比べて低いとはいえ、知能を持つので、稀に狩りに出た人間を殺すこともある。
先ほど長老は俺達の装備を見て、実力者だと言ったが、そもそもその装備はリリアが貴族の金にものを言わせて揃えたもので、なんら俺達の実力を指し示す指標にはなり得ない。そもそも俺とシキに至っては武器なんて持っていない。すなわち俺達にも危険極まりなく、俺も戦いたくないわけで、答えは一択。
「ことわ」
「引き受けましょう! ゴブリン退治程度でネアさんが無罪になるのであれば、お安いご用です!」
この子は意外と血気盛んなのだろうか。俺の言葉を遮り、シキはキラキラとした目でそう言った。
「ちょ、ちょっとシキ! 私嫌だよ! ゴブリン退治なんて! 長老さん今のナシ! 私達はゴブリン退治なんてしません! ネアには前科でもなんでもつけて良いから!」
そんなリリアの声を聞く気がないのか長老は。
「ではみなさんよろしくお願いします。三十匹くらい減らしていただければ結構ですので」
そう言って、フォッフォッフォと笑いながら広場を後にした。村人達もそれに倣い、次々とこの場から去っていく。俺とリリアの制止の声も届かず、遂には広場に残るのは俺達だけになる。なんてこった。マジでゴブリン狩りか?
「さて、二人共! 私達も準備を整えて出発しましょう!」
本当に生き生きとしている。白い頬にほんのりと朱を刺し、シキはニコリとする。大変可愛らしいが、今はそれどころではない。なにせ、ゴブリン討伐だ。自慢じゃないが、俺は肉弾戦でゴブリンを倒したことがない。一度挑んだことはあるが、ボコボコにされたのだ。そんな俺がゴブリン討伐? 命がいくらあっても足りはしないだろう。
「なあ、シキ。マジでやるの? 俺ゴブリンに殺されたことあるんだけど。俺は本来勇者パーティのメンバーじゃないんだし、非戦闘要員ってことで部屋で休んでちゃダメか?」
「ダメです! だってラビさんがいないとリリアさん絶対に来てくれませんよ? 流石に私一人でゴブリン討伐は危険すぎます。後ろで震えているだけで良いのでついてきてください!」
そう言い残し、シキは意気揚々と部屋へとゴブリン退治の準備をしに戻っていく。途中、嫌だと泣き叫ぶリリアの首根っこを掴み、無理やり彼女も連れて行く。こうなってしまった以上、俺も行くしかないだろう。
「……はあ、嫌だなあ」
そんな俺の呟きが聞こえたのか、檻の中から返す声。
「ふん、良い気味です」
「あん? なんだって?」
俺は少しだけ、大きな声で問い返す。元はと言えば、一体誰のせいでゴブリン退治なんざやる羽目になったと思ってんだ? 声に続いて、じろりと彼女を睨んだところで、はっとした。
「お前、なんでまだ泣いてんの?」
彼女はいまだに涙をボロボロと流していた。
「泣いてないです」
そう強がるものの、どう見てもネアの目からはボロボロと大粒の涙が、次々と落ちていく。リリアやシキの前では感情豊かなネアだが、俺の前ではその限りではない。特に何かした覚えはないが、なぜか俺のことを嫌っていて、無表情もしくは顰めっ面。そんな彼女にしては珍しく、俺の前でも感情の起伏を隠せないでいる。
「……正直、今回のことは本当に悪いと思ってるんですよ。あ! あなたにではなく、リリアとシキに」
唇を噛み締めながらネアは言葉を紡ぐ。いや、俺にも悪いと思えよ。
「あれは私の失言でした。こんなんじゃダメなのに。もっと上手くしなきゃいけないのに。……でも、それでも」
俺に涙を見られたくないのか、彼女のはそこで言葉を区切り、抱え込んだ膝頭に顔を付ける。次第に強くなる嗚咽をなんとか抑え込みながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「……それでもリリアとシキはもう少しくらい私のことを信じてくれても良いじゃないですか」
どうやら本当に弱っているようだ。彼女が俺にそんな泣き言を漏らすなんて初めてのことだ。俺は今まで彼女のことを勘違いしていたのかもしれない。血も涙もないクレイジーな変態。そんな評価を改める必要がある。そう思うほどに今の彼女は、檻の中で膝を抱えながら泣くネアは、どこにでもいる年頃の少女のように見えた。
「私だって頑張ってるのに……もう少しくらい私のこと…………」
徐々に徐々に強くなっていく嗚咽。もはや最後の方は聞き取るのに難儀するほどに、言葉の端々からネアの心情がダイレクトに伝わってくる。ここまで本気で泣かれてしまっては、流石の俺も可哀想に思えてきた。
「でもしょうがないだろ? あの場であんなこと言い出すお前が悪い」
「それはそうですけど……!」
顔を上げて睨んでくる彼女。やはりその黒い瞳は涙に濡れている。
「分かってんなら檻の中で大人しく反省してろ。さっさとゴブリン共ぶっ倒してそこから出してやるから。じゃあ後でな、覗き魔。次はバレんなよ」
俺は彼女に背を向けて歩き出す。リリアやシキに告げ口でもされようものなら怒られるだろう。だが、俺にはこうするほかない。こうすることしかできない。ネアがいくら弱っていようと、彼女は俺に優しい言葉なんてかけられたくはないはずだ。俺も彼女に優しくなんてしたくない。そして何より今の彼女を見たくなどない。少しだけ足早でその場を離れる最中。
「……だから私じゃないんですってば」
ぼそりと背後から小さくそんな声がする。
「……んなこた分かってんだよ」
だから、俺もぼそりとそう呟いた。




