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隠蔽しちゃおっか

 かつてこの国から一人の若者が旅立った。彼とも彼女とも伝えられている若者は、見目麗しく、思慮深く、そして勇敢であった。若者は旅先で三人の仲間を見つける。一行はこの世の最高峰を越え、毒の霧を払い、火の海さえも渡り、魔王を打ち滅ぼしたとされる。

 旅の道中で最初は戦士が、次に神官が、最後の戦いでは騎士が倒れた。仲間の死さえも乗り越え、人類の悲願を果たした若者は勇者として、後世に語り継がれている。


 この物語を一人の若者の悲劇と捉えるか、はたまた活躍劇と捉えるかは個々人により分かれることだろうが、一つだけ確かなことは、この国に今も受け継がれ、礎となっている逸話だということだ。

 旅の最中に女神から賜ったとされる聖剣は勇者の死後、突如として出現した台座に刺さり、数十年もの間、何人たりとも抜くことはできなかったが、やがて一人の剣士が聖剣を抜き、そして再び降臨した魔王を討ち果たす。

 そして、数世紀もの間、歴史は繰り返され、聖剣に選ばれ旅立つものは勇者と呼ばれるようになった。時には魔王を滅し、時には魔王に倒され、長きに渡る魔族との歴史は、勇者の歴史でもある。

 勇者とは人類の希望だ。劣勢の時は反乱の旗手となり、優勢の時は先陣を担う一筋の光となる。だからこそ、新たな魔王が生まれた現代において、人類が一番に望むことは新たな勇者の誕生であった。


 そして明日、ついに王城で勇者選定の儀式が開かれる。聖剣の間にて、我こそがと名乗りをあげた者達が聖剣の柄に手を伸ばすのだ──。


「……ねえラビ、特に理由はないんだけど……接着剤持ってる?」


 聖剣の間で明日の準備をしていると、ふと側に居たリリアがそう聞いてくる。

 なんだよ全く。単調な作業に飽きたから、せっかく人が聖剣の伝説を思い出して、気分を盛り上げていたというのに。俺は呼びかけてくる声の方へと振り返る。

 そこに居たのは、薄桃色のミディアムヘアをした女の子。名をリリア・ロームといい、齢十六にしてこの国の公爵だ。俺は彼女の元で使用人として働いており、真夜中だというのに、彼女が国王の身体的特徴ハゲを馬鹿にしたことにより押し付けられた明日の儀式の準備を手伝わされている。


「接着剤なんて持ってたらまずはお前のそのうるさい口を塞ぐとは思わないか?」


「接着剤なんか無くったってラビの唇で塞げばいいじゃない」


「はっはっは、想像したら気持ち悪すぎて俺の口がゲロで塞がりそうになったぜ」


 ちなみに使用人とは名ばかりで、俺と彼女はもはや友人のような関係だった。公爵家はこの国に二つしかなく、本来であれば俺のようなよく分からない人間が雇われるようなものじゃない。しかし二年前、何が彼女の琴線に触れたのかはわからないが、偶然が重なって俺は召し抱えられることとなったのだ。それ以来、歳が近いこともあって割と親密な関係を築くことができ、仕事も長いこと続けられている。それまで最長勤続年数三ヶ月の俺にとっては異常な記録だ。

 少しだけ、ほんの少しだけ彼女に感謝していることもないわけでは──。


「おい、お前何してんだ?」


 彼女は右手で聖剣の柄を握っており、真っ青な顔をしていた。嫌な予感がする。


「……ちょっと疲れたから休んでるだけだよ? 本当だよ?」


「そうかそうか。なんで聖剣掴んでるんだ?」


「疲れたから体重かけて休んでるの」


「そうかそうか、聖剣が倒れる訳ないんだからもう少し体ごと預けたらいいんじゃないか? そうだ、そうしてみろよ」


「何言ってるのラビ。これは過去何度も人類を救った剣なんだよ? そんな恐れ多いことできるわけないでしょ?」


 ジリジリと俺とリリアの間に走る緊張。


「なあ、お前もし勇者に選ばれたとしたらどうする?」


「ええ!? きゅ、急な質問だね? そうだなー、私ならみんなの為にすぐに魔王討伐の為に旅立つよ! 魔王絶対許さない!」


 胸を張り宣言するリリア。


「嘘つくな」


「嘘じゃないよ!」


 絶対に嘘だ。根拠はそんなに出来た人間が俺と仲良く出来るわけないからだ。こいつなら聖剣を適当な人間に魔王退治ごと押し付ける。


「あのねえラビ。私は学生時代は天使ちゃんって呼ばれる程にいい子だったんだよ?」


 絶対に嘘だ。もしくはペテン師と呼ばれているのを聞き間違えたんだろう。

 俺は会話中でも、聖剣を離さないリリアをじっと見て問いかける。


「……なあ、まさかとは思うが、お前聖剣抜いてたりしないよな?」


「まっさかあ、確かに私は可愛くて賢くて強いから勇者にぴったりな人材だけど、本当に勇者になんてなれるわけないよお、あはははは」


「確かに可愛いな」


「え?」


 なぜか聖剣の前から動かないリリアへと俺は歩を進める。一歩、一歩、距離が近くにつれ、彼女は恥ずかしさからか、頬を朱に染めて、背けて、そしてついに距離はゼロとなる。

 そっぽを向く彼女の顎に右手を添え、少しだけ力を込めて顔をこちらへと向ける。

改めてまじまじと見てみると非常に整った顔立ちをしている。ろくに貴族としての仕事をしていないのに、市井における貴族人気ランキングナンバーワンの座が揺るぎないのは、おそらく見た目がいいからだろう。それほどまでに顔が良い。


「ら、ラビ……あのね? べ、別に嫌じゃないよ? 嫌じゃないしむしろ望むところなんだけどまだ少し早いっていうか……私達の身分上の問題を解決している最中だからちょっと待ってっていうか……」


 目があった途端、もじもじしながら小声で話すリリア。超至近距離でも聞こえないほどの声量だ。みるみるうちに紅潮していく頬と、あっては逸らしを繰り返し、高速で動く水色の瞳。なんかこういうモンスターいそうだな。そんなどうでもいいことを考えている間、なおもリリアはぶつぶつと何かを呟いていたのだが、なんらかの決心がついたのか、彼女は言った。


「い、いいよ? ラビがしたいなら……あ、でもキスだけね……ってああ!?」


 ガッシャーン! と、盛大な音を立てながら倒れる聖剣。リリアの隙を突いて繰り出された俺の蹴りは聖剣の腹を捉えた。

 こんな真似をしでかしたとリリアを溺愛するメイド長に知られれば、世にも恐ろしい折檻を受けるのだろう。だが、俺の運動神経ではこうでもしないと、リリアの支えるものを蹴り飛ばすことなど出来ないのだから仕方がない。全神経を集中させたせいで、リリアの話すらまともに聞いていなかったのだ。と、まあ、そんなことはどうでもいい。

 俺はすっかり台座から抜け、地面に輝く刀身を投げ出す聖剣へと目をやる。


「…………おい」


「…………おめでとうラビ! あなたが勇者よ! って痛い!」


 巫山戯たことを抜かすリリアの頭にチョップを入れた。


「どうすんだお前! 聖剣の儀は明日だぞ!? なんで今抜くんだよ! 俺達の仕事はいい感じに椅子とか設置して、いい感じの空気を醸し出しとけばいいんだよ! 別にお前が聖剣抜くのは良いが明日にしろよ明日に! 聖剣の儀なんてこの国の一大事項で他国の王族とかも来るんだぞ! 前日にアホが抜いたから中止ですなんて、国の威信に関わるぞ!?」


「……本音は?」


「このまま行くと勇者のお前は無罪放免で俺だけ責任を取らされるからなんとかして欲しい」


「……ラビのそういうとこ好きだよ」


 真顔で答えるリリア。

 おそらく俺は今彼女とは対照的な顔をしているだろう。俺の頭は、一体どうやってこの危機的状況を切り抜けるかでフル回転している。

 どうする? おそらくこのまま明日を迎えれば、リリアは単なる英雄として持て囃される。そして俺は裏でなんでこの場で抜かせたのかを問い詰められた挙句に処刑されるだろう。この国の貴族の性質を考えれば自明の理だ。


「対策その一、貴族どもをぶち殺す」


「その一に謝罪じゃなくて抹殺が出てくるあたり流石の一言に尽きるけど、ラビの実力じゃ無理じゃない?」


「その二、リリアを殺す」


「勇者が死んじゃったら台座に戻る聖剣の特性を利用することを一瞬で思いつくのはすごいと思うんだけど、ラビはそんな酷い事私にしないよね?」


「その三、聖剣を隠して準備後に盗まれたことにする」


「一瞬で私の事を殺すのを辞めてくれたのはちょっと嬉しいけど、この後誰か流石にチェックしにくるよ? そうやって誤魔化すのは無理じゃないかなあ? 私が準備するのに誰も確認しないなんてあり得ないよ」


 ちっ! 普段からろくに仕事してないから誰からも信用されてないんだよ。……あれ?

 ふと、リリアの言葉に引っ掛かりを覚え、この状況に至るまでの経緯を遡る。

 リリアは何らかの会議に呼ばれ、その場で王の頭が眩しいと文句を言った罰として聖剣の儀の準備を押し付けられたのだ。しかし俺は? 

もちろん俺はその会議には参加していないし、屋敷でくつろいでいただけだ。そんな中、リリアに付いて王城へ行っていたメイド長のネアが呼びにきて、半ベソをかきながら作業をしていたリリアに合流したのだ。

もしかして……。


「なあリリア。俺が手伝ってることってお前とネア以外誰も知らない?」


「うん、そうだよ? …………待ってラビ、その考えは良くないと思うの」


 すぐさま俺の考えに行きあたるリリア。流石は俺のほぼ唯一の友と言っていいだろう。

 俺がこの場にいることを誰も知らないのであれば……。


「じゃあなリリア。後始末頑張れよ」


 俺は一人で逃げることにした。


「待って! 本当に待って!? いいの? 私が勇者になっていいの!?」


 駆け出す俺と、俺の腕をがっしりと掴むリリア。

 自慢じゃないが俺はかなり非力だ。どのくらい非力かというと、二つ年下の女の子に腕力で負けるくらいに……。


「……ラビ、もう少し鍛えた方がいいんじゃないの? 私全然力込めてないんだけど」


 言うな、悲しくなるだろう。


「うるせえ離せ! こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻らせてもらう!」


「それ死んじゃう人のセリフだから! いいから話聞いてよ話! 唯一の取り柄のその無駄に賢い頭で考えて!」


「俺の有用な頭脳は今ここから逃げることを選択したんだよ!」


「いいから考えてみてよ! 私が勇者になります。旅立たされます。ラビは?」


 ピタリと俺の体から逃げようとするエネルギーが消失する。


「ラビはどうなるの? 弱っちいから旅には着いてこれないよ? そうなると屋敷に取り残されることになるよね。ここで一つ聞きたいんだけどラビの普段の仕事は?」


 リリアの遊び相手だ。冗談抜きで他には何もしていない。


「私とイチャイチャしてるだけだよね?」


 どうやら他の事もしていたようだ。


「その私が旅立ったらどうなると思うの? 役立たずでクビになっちゃうよ?」


 ………………。


「どうするのラビ? 他に働けるところあるの? ないよね?」


 小首を傾げながら問いかけてくるリリア。

次第に近づいてく彼女の顔。シミ一つなく、超至近距離だというのに毛穴すら見えないほどに綺麗な肌。どこまで近づいても欠点のないほどの美貌は視界を過ぎ去り──。


「…………隠蔽しちゃおっか」


 耳元で怪しげな声が響いた。


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