あなたに会えた日
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――――――すごく長い夢だった。
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――――――――――何の夢だったのか?
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―――――――――――分からない。
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―――――――――何故今、涙が出ているのか。
あなたに会えた日
母の捜索を始めて、もう三年か。
幼い頃に、母が家を出て、父と二人で暮らしていたが、その父も、去年、亡くなった。今は、掛け持ちしているバイトと、遠方に住んでいる、親戚の叔母さんからの仕送りで、何とか生活している。
母の記憶は、断片しかない。父曰く、母が出て行ったのは、僕が五つの頃らしい。高校生になった今では、あの、優しい声以外、何も覚えていない。
捜索を始めて三年。もう、何がきっかけで始めたのかも、見失ってしまった。ただ、何故か、やめようにもやめがたい。それが、母への興味なのか、今、やりたいことがないからか、自分でも、理由は、よくわからない。
捜索ルートは、昔はいろんなところを回っていたが、今となっては、決まったルートを回っている。十数年前、母と遊んだり、散歩したりしていた場所だ。今でも、そこに着くと、昔の記憶が蘇る。
家の裏にある、小さな山。幼稚園の帰りに、よく、連れて行ってもらった。紅に輝く夕日が、地面を真っ赤に染めている。これを見ながら、母と笑いあい、家に帰っていた。ある日は、母が持ってきてくれたお菓子を食べながら、ベンチに腰掛け、いろいろ話をした。ある日は、母が持ってきたボールで遊んだ。ある日は、夕日に照らされながら、母と一緒に、昼寝をした。
夕日を眺めながら、そんなことを思い出す。一度ベンチに腰掛け、何か考えようと思ったが、何も思いつかず、立ち上がり、そこを後にした。
山を下り、道路に出た。道路の脇には、木々が立ち並び、木漏れ日が、コンクリートの上に、降り注いでいる。昔、この道を通って、よく、母と公園に出かけた。母の自転車の後ろの、ベビーシートに乗り、気持ち良い風を、この体全部で受け止めて、心躍らせていたあの頃。あの頃の時間帯は、確か、昼間だっけ。今は夕焼けだから、あの頃と比べて、少し肌寒いな。
ゆっくりと、その道を、自転車ではなく、自分の足で進んでいく。何故か、不思議な感覚だ。
道路を進み、公園に来た。あまり広くない公園だ。滑り台が一つと、シーソーが二つ。どちらも、もう、サビきっていて、ボロボロだ。ここ数年、一度も整備されていない。今になっては、ここで遊ぶ子供も、少なくなっている。今も、小学生ぐらいの男子が三人、滑り台の横に自転車を置いて、荷物をかたずけている。鞄に、野球ボールと、グローブをつっこみ、まだ鞄に入り切っていないのに、ファスナーを締め、グローブに引っかかったところで止め、その状態のまま、背中に背負う。もう夕暮れ。子供は、帰宅の時間か。
あの滑り台。昔、
「逆から登るから見てて!」
と言って、坂の方から上り、足を滑らせ、そのまま滑り、滑り台に付いていた砂が服に付き、服が砂まみれになり、母と笑いあった。
シーソーも、母と一緒に、遊んだりしたっけ。五歳ぐらいの僕と母では、体重が違いすぎるので、母が、地面に足をつけて、重さを調節しながら、時にはゆっくり押し上げたり、時には勢いよく押し上げたり。その度に、僕が笑って、それを見て、母も笑って。母は、シーソーを終えると、腰をさすりながら、走る僕を追いかけて。
家に帰り、ベッドに飛び込む。気づくと、そのまま寝ていた。
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――――――すごく長い夢だった。
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――――――――前と同じ夢だ。
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――――――――――一体、何の夢なのか?
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―――――――――――夢の中のあの女性は誰なのか。
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―――――――――何故、その女性を、懐かしい、と感じるのだろう?
目が覚めると、また泣いていた。
この日も、いつものルートを通って、また寝た。今度は、ちゃんとパジャマに着替えた。
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―――――――――――また、同じ女性が、前に立っている。誰だか分からない。
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―――――――――――――なんだか、悲しそうに俯いている。
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――――――――――――――――何か言っている。だが、何も聞こえない。ただ、これだけは聞こえた。
「――――――――――――さようなら。」
――――――――――――さようなら?
――――――――――――――僕に?
――――――――――――――何故?
「――――――――――――――いかないでほしい。」
――――――――――――――――??
――――――――――――――――何故か、離れ難いと感じてしまう。
――――――――――――――その女性は、僕から離れていく。
「――――――――――――――――行かないで。」
――――――――――――――まただ。
――――――――――そのまま、どんどん遠ざかる。
――――――どんどん遠ざかる。
――――――――――――――もうほぼ見えない。
――――――――――――女性の声を思い出す。
「――――――――――――――――母さん…………?…………」
目覚めると、涙が流れていた。夢の最後に思ったことを覚えていない。一体あの女性は誰なのか。
朝食を食べ、郵便受けを確認する。
そこには、幾つものチラシと、それらに埋もれて、二通の手紙があった。
チラシを捨て、手紙を見る。
叔母さんからだ。封筒を見る限り、仕送りではない。
何か、嫌な予感がした。
封筒を開けた。
「――君へ、あなたのお母さんが見つかりました。」
それを見ても、実感がわかない。だが、気持ちの高ぶりは感じた。その続きを読む。
「見つかったのは、私の家の近くにある病院です。数年前から、病気を患っていて、現在も、入院生活を送っているみたいです。私も、これを送った次の日、お見舞いに行きます。」
病気……………………?
なんで?
――――――――――
もう一通の手紙を開ける。この手紙が出されたのは、一通目を出した次の日だ。その手紙の内容は、こうだった。
「昨夜、あなたのお母さんが、息を引き取りました。」
「………………………………」
開いた口が塞がらない。
普通だったら、ここで涙を流して、嘆くところだろうが、この時の僕の目に、涙は流れなかった。実感がなかったのか、はたまた、どうでもよくなってしまったのか。
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母死去の知らせを聞いてから、一か月。叔母さんが、母のお墓をたて、僕も、毎週、お参りに行っている。火葬には、立ち会えなかった。火葬場が遠くて、とても、今あるお金で行くことができる距離じゃなかったからだ。ただ、叔母さんが、
「いつでもお参りが出来るように。」
と、僕の家の近所に、お墓をたててくれた。僕が行っていた、捜索ルートをちょっとはずれた所にある墓地だ。
今日も、墓参りに行く。
墓地に着き、お参りを終えた。そして帰ろうとした瞬間。
ドカッ………………キキーーーーーー!
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目が覚めると、とある病院の、ベッドの上にいた。
「あっ、目が覚めたのね?! よかったーー。」
ベッドの横にいた叔母さんが、喜んでいる。一体、何故病院に…………
数日後、その病院の、診察室に呼ばれた。そこで、何があったのかを説明してくれるらしい。
診察室に入る。そこには、叔母さんと、ドクターが一人いた。取り敢えず、椅子に座る。
――――――――
ドクターの話はこうだ。
墓参りから帰る途中、僕は、交通事故に遭ったらしい。居眠り運転だったそうだ。その時に、事故を目撃した人が、すぐさま、救急車を呼んでくれたおかげで、僕の命に別状はないらしい。だが、一部だけ記憶を失っているらしい。失ったのが何の記憶なのか、僕にしか分からないらしいが、僕にもわからない。色々思い出してみるが、どうしても分からない。
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退院して、家に帰った。
その日の夕方。出掛けなきゃ。何故かそう思った。
家の裏の山に行った。何故行きたくなったのか、何故行かなくてはいけなかったのか。分からない。ただ、なぜか懐かしい。
夕日が、地面を真っ赤に照らしている。
思い出すのは、女性と話している記憶。ただ、その女性が誰なのか。分からない。
自然と、ベンチに腰掛ける。何か考えようと思ったが、何も思い付かない。何故、何か考えようとしたのか。
山を下り、道路に出た。道路の脇には、木々が立ち並び、木漏れ日が、コンクリートの上に、降り注いでいる。此処でも、あの女性が思い出される。一体誰なんだ。
そこを進むと、公園に出た。誰も居ない、小さな公園だ。ここに来ても、思い出すのは、その女性と、一緒に遊んでいる記憶。だが、誰なのかわからない。誰なんだ…………?
気づくと、墓地に着いた。何故墓地に居るのか、何故墓地に行こうと思ったのか。分からない。取り敢えず、墓地に入る。すると、体が勝手に、迷わず、一つのお墓の下に動いた。理由は分からないが、何故か、そこに行かなきゃいけないと感じた。
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取り敢えず、お参りだけした。お参りした後でも、そのお墓が、誰のお墓なのか、一切分からない。
お参りを終え、帰ろうとしたその時。
「大好きだよ。」
後ろから、そう聞こえた。優しい、女性の声。何故か懐かしい。だが、誰の声か分からない。
「誰だ?」
返答が無い。後ろを振り向くが、誰も居ない。
そして、墓地を後にした。
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読んでいただき、ありがとうございました。
色々と、謎が多い感じになってしまいましたが、読んでいただき、感謝です!