5.アズ
「アズ、よろしいかしら?」
コンコン、とノックをしてルージュさんが扉越しに声をかける。
数秒後、ガチャっと音を立てて扉が開かれた。顔を覗かせたのは、青い髪と青い目をした美青年。
「入って、ルー。……おや? その子は?」
「後で説明するわ」
「分かった。君もお入り」
「あっ、失礼します」
ルージュさんが押さえていてくれた扉をすっと抜ける。アズと呼ばれた美青年の部屋は、たくさんの資料が溢れかえっていた。
「散らかっていてすまないね」
「い、いえ……」
「たまには片付けなさいよ、アズ」
「はは、気をつけるよ」
柔和な微笑みを浮かべて謝るアズさんと、ため息混じりに注意するルージュさん。
二人の間にはかなり親しい空気がある気がするが、一体どういう関係なんだろう。
「そこの椅子に座ってくれるかい?」
「マオ、上れる?」
「はっはい! 大丈夫です」
少し高いところにある椅子に飛び乗る。乗った瞬間に椅子が揺らいだ。うう、ちょっと怖い。
「ええと、まずは何から話そうか」
「まずは自己紹介かしらね? まだ私もマオにきちんと紹介していないから」
「ああ……それもそうだね。なら、僕から言うよ」
会話に口を挟めない間に、自己紹介が始まった。
「僕はここで宮廷魔術師として雇われているアズ・マーヴィというものだ。戦いよりも研究を主としているよ」
宮廷魔術師……なんか、すごい魔法使いという認識でいいのだろうか? 落ち着いた声で優しいお兄さんの印象だ。
どことなくアズ・マーヴィの名前も聞いたことがある。友人がロールの名前とともに言っていたはずだ。やっぱりこれは乙ゲーの世界なのだろう。
「私はルージュ・レッドよ。アズの従兄妹で、研究の手伝いもしているわ」
アズさんとルージュさんは従兄妹なのか。なるほど、だから親しげだったのか。
そういえば、ルージュさんの話は聞いたことがないな。女性だし、ゲームでは脇役的な存在なのかもしれない。
二人の目線が私に注がれる。そうだ、自己紹介しないと。
「わ、私はアオヤギマオです。えっと……目が覚めたらここにいて……」
言葉が続かない。ゲームの中に転生したんです、なんて言えないし。他になんと言えばいいんだ?
「ふむ……出身地は分かるかい?」
「えっ、えーと……日本、から来ました」
言っていいのか分からなかったが、正直に言ってしまった。
その瞬間、アズさんとルージュさんの目が僅かに開かれた。
「ニホン……ね。まさかマオも……」
「もしかして、この子も……」
小さな声で二人はなにか呟いている。なんだ? 日本という単語は言ってはダメだったのか?